羂索 in ユメ先輩が征くゲマトリア   作:Nikich

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十二話 「稚芽沾呪」

 その日の百鬼夜行は賑やかだった。

 年に一回の夏祭りに人々は沸き、歓声や雑踏の音が忙しく響く。

 

 その音を、私は路地裏で聞いていた。

 祭りの賑やかな色や光とは打って変わって、映るのは路地裏の暗い壁。そして、怯えたように後ずさる不良。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 私はただ祭りにちょっかいを出そうと思っただけで……!」

 

 不良がその言葉を全て発する前に、手の中の銃が火を吹く。二、三発目がめり込んだ銃弾に、不良はうめき声を上げて気絶した。

 

 それを見届けた私は、胸元から無線機を取り出しスイッチを入れる。ザッという短いノイズとともに通話がつながった。

 

「こちら七陵アヤメ、一名“調停”完了」

「了解。だが、こっちにも三人、怪しい素振りのオートマタの目撃情報が出てきた。至急、応援求む」

「……了解しました」

 

 暑さのせいか、鎮圧しても鎮圧しても不良が湧いてくるかのように出てくる。

 通話を切り息をついていると、遠くで花火が上がったのが見えた。

 

 いつもなら目もくれず、仲間の元へ急行していただろう。

 しかし、その花火は妙に目に焼き付いて見えた。

 

 

「アヤメ……アヤメ?」

「……ナグサ?」

 

 いつの間にか寝てしまっていたらしい私は、小気味良い揺れとナグサの声で目が覚めた。

 

 いつもと違う環境に一瞬混乱したが、すぐに思い出す。今は百花繚乱の任務へと向かう列車の中だ。

 寝起きで少し呆けたような顔をした私に、隣のナグサが少し心配そうな顔をした。

 

「大丈夫? アヤメ。ちょっとうなされてたみたいだけど」

「……うん、大丈夫。窓の外眺めてたら楽になるよ」

 

 ちらりと視線を向けた窓の外では、一面真っ白の雪と田んぼが広がっている。

 

 さっき見ていた夢の内容を振り払うように、私は今回の任務……“()()退()()”に行くことになった理由をぼんやりと思い返し始めた。

 

 

——百鬼夜行学園・陰陽部

 

 その部室の一角で、二人の人影が向かい合っていた。

 

「いやぁ、急に呼んでごめんなさいね。まぁ座ってや」

「……失礼します」

 

 そっとアヤメが座布団に姿勢を正しながら正座をしたが、その顔からは緊張が拭いきれていない。普段快活な彼女からは想像しづらい姿だったが、相手が相手だった。

 

 百鬼夜行学園の自治区ごとのバランスを調整し統治する役割を担い、百花繚乱の上層組織といっても過言ではない陰陽部。

 

 その上、アヤメの眼の前に座っているのはその部長。本来ただの一年生に過ぎないアヤメが合うことなどめったにない。アヤメが慎重になるのも仕方がない話だった。

 

「まぁ、肩の力抜いて。お茶も用意しとるから」

「いえ、そういうわけにも……」

 

 謙遜しつつも、丁寧な所作でお互いが茶をすする。少しの沈黙の後、ようやくアヤメが肩の力を抜いた様子を見て、部長は笑顔を崩さず話し始めた。

 

「で、今日アヤメさんを呼んだ理由なんやけどな。ちょっと頼みたい仕事があってやね」

「……仕事、ですか?」

 

 陰陽部が出向いての依頼というのは陰陽部の自治区を超えた案件ということを意味するが、そのレベルの案件に一年生のアヤメが呼ばれることは滅多にない。

 一体どんな依頼が来るのかと思わず身構えたアヤメへの依頼は、思いも寄らないものだった。

 

「百鬼夜行北部の大雪原で“妖怪退治”を頼みたくてな」

「……妖怪退治、ですか?」

 

 思った以上に場違いな言葉に、アヤメから怪訝そうな声が漏れた。だが部長は予想していたように笑みを崩さない。

 

「そう、“妖怪退治”。まぁちゃんと説明せな分からんやろうし、取り敢えず順を追って教えていこか」

 

 そういった部長は、後ろに積まれている書類からいくつかの紙束と地図を取り出した。慣れた手つきで地図を広げ、アヤメにざっと見せる。

 恐る恐るといった様子で覗き込んだアヤメに、少々大げさな手つきで部長が説明し始めた。

 

「えーと、私達が今いるのがここで、北部大雪原がここ……ってのは言わんくても分かるか。で、今回行ってほしいのが大雪原のこの辺り……百花繚乱生徒なら、見覚えのある場所とちゃうかな」

「黄昏の寺院?確かに分かりますが……」

「そうや、ちょっと説明してくれへんか?」

 

 部長が指を指した場所は、“黄昏の寺院”。百花繚乱なら知っていると言うより、百花繚乱部員なら常識のレベルの場所だった。

 

「百花繚乱の創設者、そして百花繚乱に代々伝わる“百蓮”を残されたと言われているクズノハ様が祀られている寺院です」 

「ちゃんと勉強はできとるようやな。ええことや」

「はぁ……」

 

 部長の反応に、思わずアヤメの口から適当な相槌が漏れた。正直今回との依頼との関係性が全くわからない。その態度が漏れていたのか、部長は広げていた紙束をまとめた。

 

「まぁ説明長々としてもしゃあないし本題に入ろか。これはただのお話……だったのは、一ヶ月前までの話」

「一ヶ月前……ですか」

 

 一ヶ月前に陰陽部が動くような大きな出来事があったという話は聞いていない。記憶を探り出したアヤメを前に、部長はまたしても紙を引っ張り出した。

 

「で、こっからが本題……一ヶ月前から百鬼夜行北部、それも黄昏の寺院の周りで、妙な通報が届き始めてな……どうも()()()()()()()っていう話や」

「妖怪に襲われた……?」

 

 百鬼夜行に入学して暫く経つが、そんな話は聞いたことがない。というより迷信の類ではないだろうか。思わず首をひねったアヤメに、部長は笑みを崩さずに通報の記録を取り出した。

 

「正直こっちもそんな暇じゃなくてやね。いつもなら酔っぱらいの戯言か何かで処理するんやが……数が多すぎる。同じような通報内容がここ一ヶ月で6件。陰陽部としてもこれを放置するわけにはいかん段階に来とる。というわけで、その調査をアヤメさん達に頼みたくてな」

「……事情はわかりましたが、私に頼んでも大丈夫なものなんですか?そういうのは部長に任せた方が……」

 

 本来一年生がやる業務などせいぜい鍛錬とその辺りの警備ぐらいのものである。他の自治区、それもそんな妙な依頼に行くにはあまりにも力不足に思えた。

 

「いや、こっちも考えたんやけどな。向こうも忙しいみたいで……あと、ぶっちゃけこっちでも眉唾ものと思ってるのが大半や。ただでさえ貴重な人材を消費させるわけにはいかへん。というわけで、アヤメさんに白羽の矢が立ったというわけや」

「……分かりました。精一杯頑張ります」

 

 思わず言葉に力が入ったアヤメに、部長は笑みを深めながら説明を占めにかかった。

 

「そういうわけで、これはこっちの総意やから安心していい。それじゃ、期待しとるで?」

 

 “期待の新人”という言葉が聞こえた瞬間、なぜか言葉が沈んだのが分かった。今まで何度も聞いてきたはずなのに、自分でも何故かわからない。

 幸い部長は気づかなかったようで、そのまま立ち上がろうとしていた……が、ふと何かを思い出したように立ち止まった。

 

「あ、そうや。言い忘れる所やった。今回の依頼にはもう一人行かせようと思っててな」

「もう一人……ですか?」

「多分君も知っとるやろ……御陵ナグサって子や」

 

 その名前を聞いた瞬間、胸の奥で何かが小さく軋んだ。

 

 

——百鬼夜行・北部大雪原

 

 こじんまりとした宿屋に、一人の人影が笑みを浮かべながら座り込んでいた。

 

「……動いたみたいだね、百花繚乱」

 

 それだけ言い放つと、スマホを手際よく折りたたみポケットに滑り込ませる。

 おもむろに立ち上がりながら、ユメ(羂索)は笑みを浮かべた。

 

「現状ぶっちゃけ膠着状態だからね。百花繚乱を入れることでどれだけ変わるか……」

 

 そう呟いたユメは、ゆっくりと天を仰いだ。

 浮かべた笑みは、愉しげなものに変わっていく。

 

「怪書は、私が使わせてもらうよ」

 

 その笑みは、これ以上なく邪悪な笑みを浮かべていた。

投票ありがとうございます!今のところ幕間の案はシリアスとギャグがありますが、どちらを先にみたいですか?

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