羂索 in ユメ先輩が征くゲマトリア   作:Nikich

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十三話 「稚芽沾呪 弐」

 地元の住民ですら近寄らぬ山奥に、ひっそりと佇む廃墟。その静寂の中、一人の少女が瓦礫に腰掛けていた。

 

「まさか百花繚乱まで動き出すとは……どこまでも余計なことをしてくれますねぇ。あの蛇女には動くなと釘を刺されていましたが、はてさてどうしたものでしょうか」

 

 あどけなさの残る顔つきに、隠しきれない怒気を滲ませながら、彼女は一冊の本を取り出した。パラパラと捲られるページからは、ただならぬ妖気が陽炎のように立ち昇る。その紙面をじっと見つめていた少女は、やがて口端を吊り上げにやりと笑みを浮かべた。

 

「……いや、百花繚乱とて一枚岩ではないようですねぇ。やはり嘘というものは、どこにでも眠っているようです。我々の風流に土足で踏み入る者は、誰であろうと許さない。手前らのしたこと……たっぷりと、思い知らせてやりますよぉ!」

 

 少女の鋭い叫び声が、冷え切った山々に木霊した。  

 しかし小女は気づかない。その百花繚乱に、さらなる裏があることに。

 

 

——百鬼夜行・エビス分校

 

「いらっしゃい、いらっしゃ〜い! とれたて新鮮、甘〜いとうもろこしだよ!」

「お土産にガラス細工はいかがですか〜!」

 

 農業や工芸が盛んなエビス分校の市場は、今日も活気に満ち溢れている。特有の賑わいが街全体を揺らす中、その喧騒の中でもひときわ目を引く少女二人組の姿があった。

 

 彼女たちの肩にかかっているのは、百鬼夜行の治安維持組織——“百花繚乱”の証である青い羽織。本来であれば、エビス分校のような僻地にまでわざわざ足を伸ばすことのないエリート集団だ。

 

 しかし、彼女たちが注目を集めている理由は、その立場だけではなかった。

 

「さっきも言ったけどさ、嬢ちゃん。ねぎま、むね皮、ぼんじり……全部合わせたら20本ぐらいになるけど本当にいいのかい……?」

「はい!!」

「いいわけ無いでしょ!?何やってるのナグサ!?」

 

 焼き鳥屋台の前で目を輝かせるナグサと、それを全力で引き剥がそうとするアヤメ。もう10分も同じような押し問答を繰り広げている二人のもとには、いつしか物珍しそうな見物客の視線が集まっていた。

 

「あぁもう……!この辺りで起こってる事件について聞いて回るんじゃなかったの!?」

「でも……ここの焼き鳥は絶品だって評判なの……!」

「だからってそんなに食べられるわけないでしょ!?」

 

 いつまで経っても二人の子供のような押し問答は終わらない。遂に見かねた店主が苦笑しながら割って入った。

 

「まあまあ。うちは逃げやしないから、仕事が終わってからまたおいで……それで、この辺りで起きてる事件について聞きたいんだって?」

 

 店主の言葉に、アヤメは「すみません……」と肩を落としてナグサの手を引く。ようやく話が本題に移る気配を感じ、少し残念そうだったナグサも表情を引き締めた。

 

「この辺りでの妖怪騒ぎのことだろう?俺も……襲われそうになったよ」

 

 店主の表情がわずかに強張る。思わず身構えた二人を前に、店主は声を潜めて話を続けた。

 

「その日は、いつもの仕入れ先が休みになっちまってな。仕方なく山の少し奥まで足を伸ばしたんだ。行きは何ともなかったんだが……問題は帰り道よ」

 

 その場の空気が、市場の喧騒を忘れるほどにスッと冷える。思わず息を呑んだ二人だったが、次に店主が発した言葉は、予想もしないものだった。

 

「居たんだよ……鶏の化け物が……!」

「に、鶏……?」

 

 店主のなんとも気の抜けた告白に、二人は思わず顔を見合わせた。店主は当時の光景を鮮明に思い出したのか、自身の二の腕をさすりながら深刻な面持ちを崩さない。

 だが、聞いた限りではお世辞にも“恐ろしい妖怪”の話には聞こえなかった。

 

「じーっとこっちを見据えたまま、鳴きもせずにこっちを見てやがるんだ。俺も腰を抜かしそうになりながら必死で逃げたんだが……戻ってこの話をしても、誰一人として信じちゃくれねえ」

 

 店主は仕込みの串を取り出しながら不満げに鼻を鳴らした。

 

「『そりゃいつもの鶏が化けて出てきたんだ』って笑われて終わりさ。ま、鶏なんて怖がってたらこの商売は続けられないけどな……おっと、そろそろか」

 

 焼き網に載せられた肉から、じゅわりと脂が弾ける香ばしい匂いが広がる。喉を鳴らすナグサを制止しながら、アヤメは“焼き鳥屋の店主が鶏の化け物に怯えている”という皮肉な状況に思わず苦笑を浮かべた。

 

「それじゃ、頑張ってな!」

「ありがとうございました!」

 

 手を振る店主にアヤメは手を振り返しながら、そのまま聞き出した場所へと向かって歩き出す。

 しかし、遠ざかっていく二人を見つめる者は、店主だけではなかった。

 

 

 焼き鳥屋以降も聞き取りを続け数時間、いつの間にか日が橙に染まりそうな中、アヤメたちは山中を歩いていた。

 

「……そろそろ宿に戻ったほうがいいんじゃないの?アヤメ」

「いや、騒ぎが起こってるのは基本的に夜だからさ。確認したいけど流石に山の中で真夜中は危ないし、夕暮れぐらいがちょうどいいかなって」

 

 アヤメは冷静に答えながらも、周囲の木々に鋭い視線を走らせる。

 そう、今彼女たちが足を踏み入れているのは、“妖怪”の目撃例が多発している山中——その中心部であった。

 

「ナグサの方こそ大丈夫?結構歩いたけど」

「私は平気」

 

 短く、しかし淀みのない返事。ナグサもまた、平然を装いながらも羽織の内の神経を研ぎ澄ませているようだった。 

 

「ま、ここで足踏みしてても変わらないし、ちょっと状況の整理でもしようか」

「でも、あれだけの内容で何か分かる?確かに聞き取りの効果はあったけど、逆によくわからなかったというか……」

 

 そう言いながらナグサはパラパラとメモをめくりながらアヤメに渡した。それを見たアヤメは思わず小さく唸る。

 

「漁師はマグロの化け物、農家は米の化け物、建築業の人がお金の化け物かぁ。適当ってわけでもなさそうだけど、これは……」 

 

 アヤメが言葉を繋ごうとした、その時だった。

 

「——欲望、とか?」

 

 アヤメが口を開くより早く、背後からその言葉が紡がれた。 二人は弾かれたように跳び退き、即座に振り返って銃を構える。

 しかし、銃口の先に立つ少女は、その切迫した様子を眺めておかしそうに喉を鳴らした。

 

「そんな怖いことしないでくださいよぉ。まぁ……無駄ですけどねぇ」

「……誰」

 

 少女の言葉に耳も貸さず、ナグサが静かに問いかける。その様子を見た少女は、ますます愉快そうに笑みを深めた。

 

「手前は語り手です。手前さんがたの感情の、ね」

「感情?」

 

 銃を構えながら思わず漏らしたアヤメに、笑みを崩さず少女は一歩前に進み出た。アヤメの銃口が更に上がるが、意にも介さずに少女は歩を進める。

 

「百花繚乱の期待の新人。その重苦しい立場を脱ぎ捨てたい——そう思ったことはありませんかぁ? ()()()()()()

「何を……っ!」

 

 一瞬、心に生じた焦燥に突き動かされ、アヤメは反射的に引き金を引く。しかし、放たれた銃弾がシュロに届くことはなかった。

 

「え……!?」

「だからぁ、無駄だって言ったでしょう?」

 

 アヤメの口から驚愕の声が漏れる。それも無理はなかった。放たれた弾丸が、彼女の目の前で霧のように掻き消えたのだから。

 

「でもぉ、このまま撃たれ続けるのも風流じゃありませんし……ここらで、お相手を変えてみようと思います」

 

 シュロの不穏な宣告に、二人は息を詰めて身構える。彼女が手にした本をパラリと捲った瞬間、音もなく二人の眼前に「それ」が姿を現した。

 

「それじゃ、手前はこれで……」

「逃がすわけ……!」

 

 ナグサの銃が立て続けに火を噴くが、その弾丸も呑み込まれ、シュロの姿は夜の闇へと消えていく。深追いしようとしたナグサだったが、背後から聞こえたアヤメの震える声に足を止めた。

 

「……あれって」

 

 呼びかけに応じて振り返ったナグサは、言葉を失い、思わず息を呑んだ。立ち昇る妖気の中に佇むその人影は——

 

()()()()()()()()

 

 

「……動いたようだね」

 

 アヤメ達が怪異に相対する一方、物陰から静かにそれを見つめる影があった。窮地に陥る二人を助ける気配など微塵もなく、むしろこの状況を愉しんでいるようにすら見える。

 

「助かったよ、相手が馬鹿で。むしろ私のときに動かなかった理由が謎だけど……あっちも一枚岩じゃないってことかな」

 

 夜の闇へ消えていくシュロの背中を眺めながら、人影はふっと冷ややかな笑みを浮かべた。

 

「でも、怪書か……正直その辺の呪具程度かと思ってたんだけど、これは。使い方によっては、()()に近しいことができそうだね」

 

 独りごちる人影は、玩具を見つけた子供のように、にやりと口角を吊り上げた。

 

「まだまだ、利用させてもらうよ——存分にね」

投票ありがとうございます!今のところ幕間の案はシリアスとギャグがありますが、どちらを先にみたいですか?

  • シリアス
  • ギャグ
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