ありがとうございます!
砂、砂、砂。
見渡す限り、どこまでも砂が広がる砂漠に、私はひとり取り残されていた。
目の前を覆うのは激しい砂嵐。視界は閉ざされ、何も見えない。
途方に暮れて立ち尽くしていると、遠くに人影が揺らめいた。
——それは、私がよく知っている人。
「ユメ先輩!」
思わず声を張り上げ、駆け寄ろうとした。
けれど。
「な、なにこれ……足が……重い……?」
足首に砂が絡みつき、地面に縫いつけられたように動けない。
必死に足を踏み出そうとしても、先輩の姿はどんどん遠ざかっていく。
待って、なんで、どうして——
胸の奥から焦燥が噴き出した瞬間。
先輩が振り向いた。
そして——
「ホシノちゃんのせいだよ」
息ができない。耳鳴りがする。足は動かない。
そのままユメ先輩は、私を置き去りにして向こう側へ歩き去っていく。
——待って、なんて言えなかった。
だって、ユメ先輩は私が——
「ッ……! はぁ、はぁ……夢?」
ジリリ、と甲高い目覚ましの音が現実に引き戻した。
気づけば、服は汗でぐっしょりと濡れている。
「……着替えないと」
重い体を引きずりながら洗面所へ向かい、鏡を覗き込む。
「……酷い顔」
目の下の隈が、隠そうとしても隠せないほど濃く浮かび上がっていた。
疲れ切った表情は、もう笑みを形作ることすら忘れていた。
いつものショットガン、そしてユメ先輩の盾を手に取る
辛くても、それでも私はアビドスを守らなくちゃいけない。
——ユメ先輩が居なくなったのは、私のせいなんだから
☆
”
”神秘”から”恐怖”へと反転する事象の総称。
”色彩”に接触する、極度の苦しみを味わうなどが条件と考えられるが、詳細は一切不明。
☆
「……情報が少なすぎるね」
報告書を読み終えた
せっかく面白そうだと身を乗り出したのに、これでは何も掴めない。
ただ一つだけ確実に言えるのは、呪力や術式における”反転”とは質がまったく異なる、ということだった。
文章だけでは詳細は不明だが、”神秘”と”恐怖”は完全に別の位相にあるように見える。
そして、もう一つ興味を引いたものがあった。
「……色彩、か」
”苦しみを味わう”という条件ならまだ理解できる。
だが”色彩”とはいったい何を指すのか、皆目見当がつかなかった。
他の書物を漁ってみても、それらしき記述はほとんど見当たらない。
唯一、古代に書かれたと思しき断片的な記録に、かろうじて関連しそうな表現があった。
——”ただ到来する、理解不能な光”
そこには、そう綴られていた。
しかし、いくら羂索といえど、さすがにこの断片的すぎる情報からでは推測のしようがない。
とはいえ今のところ、資料を読み漁る以外にやることもなかった。
この世界に来たばかりで勝手もわからないというのもある。
だが、大きな理由は別にあった。
黒服から受けた”忠告”を思い出す。
『あぁそれと……できるだけ外に出ることはひかえた方がよろしいかと。死んだ扱いになっている、というのはもちろんですが……小鳥遊ホシノに見つかれば、面倒なことになりますからね』
——
この体の元の持ち主、梔子ユメの後輩であり、キヴォトス最高の神秘を宿す存在。
エジプト神話の中でも著名な”ホルス”の名を冠していることからも、キヴォトス最高というのは必ずしも誇張とは言えないだろう。
生前の梔子ユメに強く懐いていたらしく、死亡が報道された際には深い衝撃を受けたという。
もしうっかり出会ってしまえば偽物として確実に殺されるだろう。仮に言いくるめてその場をやり過ごしたとしても、その後が相当面倒になるのは避けられない。
さしずめ、五条悟に対する夏油傑といったところか。
前世での経験もあり、そう簡単に外へ出ていこうという気にはなれなかった。
することもなく窓を眺めていると、後ろの扉からノックの音が聞こえた。
相手は一人しかいない。
「入ってもよろしいでしょうか?」
「構わないよ」
短いやり取りの後、どこか上機嫌そうな黒服が入ってきた。
手には大量の書類を抱えている。
「あの結果をご覧いただこうかと……研究へのご協力、感謝いたします」
「いや、私も気になるところだしね」
黒服が持ってきたのは、
もちろん体に負担がかかるようなものではないが、結果を
もっとも、見たところで理解できない部分のほうが多いのだが、結果を目にした黒服はひどく興奮していた。
「クックック……やはり興味深いですね」
「役に立てたなら嬉しいよ」
黒服が結果を置き、立ち去ろうとしたそのとき。
ふと思い立ち、
「なにか問題でもありましたか?」
「いや、実験とは別に聞きたいことがある」
怪訝そうな様子の黒服に、どうしても気になっていたことをぶつける。
「”色彩”について、教えてほしい」
「……どこからそれを?」
その言葉を聞いた瞬間、黒服の雰囲気が明らかに変わった。
「君の持ってきてくれた”
「あぁ、あれですか……いいでしょう、いずれは教えておくべきことです」
黒服は姿勢を正し、こちらに向き直った。
顔はいつも通りの胡散臭い笑みを浮かべていたが、先ほどまでのどこか緩んだ空気は微塵も残っていない。
「そうですね……”色彩”について話すなら、まず我々ゲマトリアの信念から語る必要があります」
「確か……”崇高”を目指す、という話だったかい?」
抽象的すぎて何を言いたいのか分からないと思ったことはさておき、そんな目的だったはずだ。
「その通りです。ただ、我々の最終目的はそこではありません。”色彩”に対抗し、その到来に備えること――それこそが、ゲマトリアが存在する理由なのです」
興味深そうに身を乗り出した
「色彩――それは世界に破滅をもたらすとされる存在です。目的も疎通も持たず、不可解な観念そのもの。解釈されず、理解されず、伝達されず、ただ到来するだけの不吉な光……」
相当危険で、しかも正体不明の存在であることは理解できた。
だが、一つだけ気になる点があった。
「それが”
「生徒というテクスチャの奥に眠る神格――”崇高”には二つの側面があります。一つは、今あなたにも宿っている神秘。そして、その裏側こそが”恐怖”です。色彩は、その反転を強制的に引き起こす作用を持っています」
そこまで告げると、黒服は底なしの瞳でこちらを射抜くように見据えた。
「一度反転した生徒は二度と元には戻れません。”神秘”が中核を担うキヴォトスにおいて、それは物理的な死よりも死に等しいことです。もしこれがキヴォトスに到来すれば――世界は滅びるでしょう」
そう言い切った黒服は、ゆっくりと息を吐いた。
張り詰めた空気がふっと緩んだのを感じる。
「もっとも、”色彩”は気まぐれなもの。そう容易く到来するものではありません。これはあくまでゲマトリアにおける目的です。あなたがどうするかは、あなた自身が決めるといいでしょう」
「そうすることにするよ……そうだ、もう一つ聞きたいことがある」
席を立とうとした黒服を呼び止める。
「君は……世界が滅びた後、何が残ると思う?」
その問いに、黒服ははっきりと虚をつかれたような素振りを見せた。
しばし沈黙したのち、言葉を慎重に選ぶようにして答える。
「……私にも読めません。名もなき神々がこの地に立つのか、それとも何も残らぬ焦土と化すのか。ただ、一つだけ言えるのは――ろくな結末にはならない、ということです」
「……分かった、ありがとう。少し気になっただけだよ」
そう返すと、黒服は静かに一礼し、扉の向こうへと姿を消した。
その背を見送った
「ろくな結末にはならない、か……いいね。面白くなってきたじゃないか」
☆
——数日後
いつものように扉を叩くノックの音が聞こえた。
また実験結果かと思いながら、目を向けずに返事をする。
「入っても構わないよ」
「それでは失礼します……が、今回は実験ではなくてですね」
どうやら、いつもの実験ではないらしい。
改めて黒服に視線を向ける。
「何か問題でもあったかい?」
「いえ、そういう訳では……ゲマトリアの定例会議の日程が決まりました。あなたにも同行を願おうかと」
——怪物達が、邂逅しようとしていた
色彩と神秘の解釈はオリジナル要素も混じっています
投票ありがとうございます!今のところ幕間の案はシリアスとギャグがありますが、どちらを先にみたいですか?
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シリアス
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ギャグ