羂索 in ユメ先輩が征くゲマトリア   作:Nikich

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今回は少し短めになってしまいました
(追記 10/13) 加筆・修正しました


四話 「研究者たち(魑魅魍魎)

人は誰一人としておらず、風にさらされた建物が軋む音だけが響く忘れられた土地。

その荒廃に紛れるように、一棟の廃ビルがそびえていた。

長らく手が入れられていない痕跡の残る廊下を、二人の人影が歩いていく。

 

一人は人ならざる異形、一人は高校の制服を着た少女。

 

異質とも思えるその二人だが、並んで歩く姿は妙に様になっていた。

 

「定例会議にしては、ずいぶん寂れた場所でやるね」

 

ユメ(羂索)がどこか茶化すように言う。

それに対し、黒服は特に気にした様子もなく答えた。

 

「大々的にやるわけにもいきませんからね……そろそろですよ」

 

そう言いながら、黒服は廊下の先にある、荘厳な装飾が施された扉の前で足を止めた。

そのまま足を進めようとしたユメ(羂索)を呼び止める。

 

「念の為ご忠告しておきます。我々の目的は一枚岩ではありません。ある程度は私からもフォローできますが……認められるかはあなた次第ですよ」

「 ……それじゃ、任せるよ」

 

軽い調子で返事をしたユメ(羂索)を見て、黒服は若干呆れた素振りを見せた。

しかしすぐに、いつもの調子に戻る。

 

「クックック……あなたなら大丈夫だと思いますが。それでは、参りましょう」

 

軋むような音を立てて、扉が開かれる。

すでに部屋に居た先客たち——ゲマトリアのメンバーが、一斉にそちらへと視線を向けた。

 

その顔ぶれは、黒服と同じく”異形”という言葉がふさわしい者たちだった。

それぞれが一様に沈黙を守りながら、入室してきた黒服、そしてその同行者を品定めするように見据える。

 

まともな者なら物怖じするような光景だった。

だが、千年分の修羅場をくぐり抜けてきた羂索にとっては、この程度など危機にすら値しない。

 

ユメ(羂索)はいつもと変わらぬ態度で、ふっと笑みを浮かべる。

 

「この度、ゲマトリアに加入させてもらうことになった者だ……よろしく頼むよ」

 

——研究者たち(魑魅魍魎)達の、大人の戦いが始まった

 

☆ 

 

全員が沈黙を保つ中、その空気を破ったのは——双頭の人形(マエストロ)だった。

 

「……”崇高”を目指す我々の一員に、”生徒”が入るというのか?」

 

その顔に刻まれた文様のせいで表情はうかがえない。

だが、声には静かな怒気と困惑がに入り混じっていた。

 

しかし、ユメ(羂索)は答えない。

ただ視線を一瞥だけ向けると、それが合図であるかのように黒服が前へと進み出る。

 

「少々事情が特殊でして……説明は追って差し上げますが、今この方は生徒の”テクスチャ”の中に、別の魂が入り込んだ状態になっています。つまり今——彼女は”生徒”であって、生徒ではないのです」

 

マエストロだけでなく、他の面々も驚きを隠せない様子を見せた。

 

「……つまり、貴下はこのキヴォトスにとって完全なる異物、ということですか?」

「そういうこった!」

 

そう答えたのは、コートを纏い、ステッキを手にした首のない男……ではなく、その男が掲げる写真に写る人物(ゴルコンダ)だった。

首のない男(デカルコマニー)がその言葉に同調するように叫ぶ。

 

それに、あくまで態度を崩さずユメ(羂索)が答える。

 

「そういうことになるね。だからこそ、ここキヴォトスの外から来たという君たちの組織に入ろうと思った」

 

その言葉に、マエストロが木の軋む音を立てながら視線を向ける。

相変わらずその表情は読み取れない。だが確かに、探るような気配が漂っていた。

 

「ふむ……実に興味深い事象だ。だが、それは今は置いておこう」

双頭の声が重なり合い、場の空気を震わせる。

 

「そしてまずは問おう——ここで何をし、何を成し遂げたい?」

 

その問いに、その場の空気が一層引き締まった。

居並ぶ異形たちの視線が一斉にユメ(羂索)へと注がれる。

 

しかしその視線を受けながらも、ユメ(羂索)は逆に異形たちを見定めるように目を細めた。

そしてゆっくりと、言葉を紡ぎ始める。

 

「私の目的。それは——神秘の”最適化”だ」

「最適化……?」

 

黒服がわずかに困惑をにじませる。

だが羂索は気に留めることなく、言葉を継いだ。

 

「言い換えるならば、すべての生徒に神秘を”気づかせる”と言ってもいいかもしれないね……少し話を変えよう。私もまだすべてを調べたわけではないが、このキヴォトスにおいて”神秘”を意図して扱っている者は驚くほど少ない」

 

眼前に並ぶ異形たちは誰一人として口を開かない。

しかしユメ(羂索)は、それすら当然とばかりに意に介さず、淡々と語りを進めていった。

 

「神秘による特殊な能力を持つ者は確かに存在する。だが、それを自覚し、使いこなしている者は滅多にいない……もったいない話だとは思わないかい? 程度の差はあれど、生徒の中に眠る神秘はこんなものではないはずだ」

 

そこまで語り終えたユメ(羂索)は、一旦言葉を切った。

そして、逆に異形たちを見据えるように視線を鋭くし、口元に薄い笑みを浮かべる。

 

「ならば、生徒たち()()の神格本来の力が目覚め、己の意志でそれを扱えるようになったら——どうなると思う?」

 

その言葉に、マエストロがわずかに驚いた素振りを見せた。

もし彼が人間の姿をしていたなら、今ごろ目を見開いていただろう。

 

再び沈黙が支配する中、口を開いたのは、写真の中に佇む人影——ゴルゴンダだった。

 

「……私は、世界は“記号”で成り立っていると考えています。そして記号とは、その内側に含まれる“テキスト”の解釈によって意味を持つものです」

「そういうこった!」

 

自らの解釈を語ったゴルゴンダは、そこで言葉を切った。それに合わせてデカルコマニーがいつものように同調する。

写真の中の存在であるため、外から見て取れる変化はない。だが、次に発した言葉には確かな重みがこもっていた。

 

「あなたがおっしゃるのは……受け手側、すなわち我々が解釈しているそのテキストを、根本から張り替えるということですよ?——何が起こるのか、そもそも可能なのかすら分からない」

 

ゴルゴンダは静かに問いかけた。

その声音の奥に潜んでいたのは、理屈ではなく——”その覚悟はあるのか”という問いだった。

 

だが、羂索は動じない。

知っているからだ。神秘とは勝手が違うとはいえ、“呪力の最適化”に成功した、その実例を。

 

真人の”無為転変”がなければ、実現には至らなかっただろう。

しかし、非術師の術式を目覚めさせ、死滅回游を実現させたのもまた事実。

ならば——こちらでできない道理はない。

 

ゴルコンダの言葉に笑みを浮かべながら、ユメ(羂索)が答える。

 

「それを聞くのは研究者にとって野暮というものだよ。可能なのか、何が起こるのか……それは、手を止める理由にはならない」

 

ユメ(羂索)の姿を見て、ゴルコンダは何かを察したようだった。

そして、先ほどまでの重みをわずかに緩めるように、穏やかな口ぶりで言葉を紡ぐ。

 

「……いや、あなたには確証があるようですね。なるほど……黒服があなたをここへ連れてきた理由が、少し分かった気がします」

 

その声音には、もはや疑念よりも興味が勝っていた。

写真の中の彼の輪郭が、わずかに揺らめいたように見えた。

 

マエストロもその言葉にゆっくりと頷く。

 

「そなたの目的は分かった。そして、これは私の勘のようなものだが——そなたからは、私の芸術を理解するに十分な知性、そして経験を感じる」

 

彼から上げられた条件の中に“品格”が含まれていないことが、羂索の前世をよく表していると言えるだろう。

 

しかしこれで三人中二人の賛同は得られた形になる。

どこかほっとした様子の黒服が、その場をまとめにかかった。

 

「それでは、ゲマトリアに彼女の加入を認めるということでよろしいですか?」

 

それに異形たちが順に答える。

 

「私は構わない」

「えぇ……私はあなたを歓迎しますよ」

 

マエストロとゴルコンダが賛同の意を示し、ユメ(羂索)の加入が決まりかけたときだった。

 

「なりません」

 

その言葉を遮ったのは、頭から血を被ったような異形(ベアトリーチェ)

静まり返る空気の中、ただ一人、頭についた数多もの瞳だけが赤く輝いていた。

 

「……何故です?あなたにとっても悪い話ではないと思うのですが」

「ですが、中身はどうあれ生徒です。そんなものを我がゲマトリアに加入させるなど断じて認められません」

 

一切の譲歩を許さぬ剣幕で拒絶するベアトリーチェに、ユメ(羂索)は呆れたように、しかし興味深げな視線を向けた。

 

「確かに私の体は生徒だ……だが、肉体なんて飾りに過ぎない。好きに扱えばいいよ。それとも、そこまでして拒む理由でもあるのかい?」

 

挑発にも似たその言葉に、ベアトリーチェの無数の瞳が一斉に収束し、ユメ(羂索)を射抜く。

しかしユメ(羂索)は一歩も引かず、むしろ面白そうにその圧を受け止めていた。

 

「……そのものが生徒のテクスチャを取る限り、”子供”である限り認められません。我々”大人”は子供を搾取し、そして楽園を作るものなのですから」

 

その強情で、そして傲慢な言葉を聞いたユメ(羂索)の反応は——失笑だった。

自らの理論を嘲られたと悟ったベアトリーチェの身体が、怒りに震える。

 

「何がおかしいのです……!」

「いや、すまない……子供扱いされたのなんて、いつぶりだろうと思ってね」

 

その言葉を聞いた瞬間、ベアトリーチェの無数の瞳が尋常ならざる圧を放つ。

だがユメ(羂索)の余裕ある態度は、微塵も揺らがなかった。

 

「別に君の理論を否定するつもりはないけど……私の中身さえ認められぬ君が、それを実現できるとは思えないよ」

「何を――!」

 

激昂したベアトリーチェが、音を立てて席を立つ。

一触即発の空気が張りつめる中、その沈黙を破ったのはゴルコンダだった。

 

「落ち着いてください、ベアトリーチェ」

 

その声に、ベアトリーチェははっとしたように目を見開き、ゆっくりと席に戻る。

双方がようやく落ち着きを取り戻したのを確認すると、ゴルコンダは静かに口を開いた。

 

「ユメという者の言う通りです。我々は”色彩”に対抗すると同時に、この世界の理解の及ばぬものを探求する者。その我らが、”理解できぬもの”を認めぬと言うならば——それはすなわち、我々の敗北を意味します」

 

それを聞いたベアトリーチェが、悔しそうに唇を噛んだ。

だが、それもほんの一瞬のこと。すぐに、いつもの落ち着き払った雰囲気へと戻っていく。

 

「……いいでしょう、そのものの加入を認めます」

 

渋々と言った様子だったが、確かに彼女は了承した。

それを確認した黒服が小さく頷く。

 

「では改めて——ゲマトリアに新たな一員が加わったことを、歓迎しますよ……”ユメ”さん」

「……あぁ、よろしく頼むよ」

 

その声には、かすかな愉悦と、どこか底の知れない笑みが滲んでいた。

——”最悪の呪詛師(全ての元凶)”が、正式にゲマトリアの一員となった瞬間だった。




マエストロ&ゴルゴンダのエミュムズすぎませんかね……?

投票ありがとうございます!今のところ幕間の案はシリアスとギャグがありますが、どちらを先にみたいですか?

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