羂索 in ユメ先輩が征くゲマトリア   作:Nikich

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五話 「部品は廻る」

——定例会議を終えた頃

 

「しかし……酷いものだね」

 

黒服から貸し与えられた空きビルの一室。

書類を手にしたユメ(羂索)は、溜息まじりにそう呟いた。

 

手にしているのは、“梔子ユメ”に関する一式の資料だ。

これまでは入れ替えとともに記憶は自然と受け継がれてきたが、今回はそうはいかない。

知らぬまま動くのは得策ではないと判断し、黒服に依頼して調達してもらったのだ。

 

そして目を通した結果が、この一言だった。

 

酷いというのは、梔子ユメという少女そのものに対してではない。

彼女を取り巻く環境に対してである。

 

アビドス……一昔前は栄えていた都市の一つ。

だがここ数十年で砂嵐に見舞われ、今やその面影すら失われつつある。

それだけならば、よくある衰退の事例に過ぎない。問題はその後に続く記述だった。

 

「八億円以上の借金を学校が負担、そして土地もほとんど向こう側……随分と裏がありそうだね」

 

ユメ(羂索)は書類を軽く指先で弾きながら、薄く笑った。

 

学区の衰退に比例するように増え続ける莫大な負債。

その全てをアビドス高校が負担していたのだ。

 

いくら学園都市キヴォトスとはいえ、アビドスは廃校寸前の学校だ。わざわざそこにこれほどの金を投じる者がいるだろうか。

返済の見込みも利得もない。常識的に考えれば、そんな貸付は愚行以外の何物でもないだろう。

 

さらにきな臭さを増しているのは、土地の所有権に関する項目だった。

借金のかたとして売り払われたのだろう、学校周辺の区画は軒並み企業の手に渡っていた。

しかも、その企業の名は——カイザーPMC。

 

借金に追い詰められた者が土地を企業に売り渡すこと自体は、珍しいことではない。

だが、砂漠化が進み、金になりそうな資源もない土地を買い取ったところで利益は一切ないはずだ。

 

水も資源もない砂漠の土地を、企業が大金を出してまで手に入れようとする理由。

その答えが、アビドス砂漠のどこかにあるのだろう。

 

だが、どの資料を調べても答えに繋がりそうな記述は見当たらなかった。

あまりに不自然なほどに。

 

砂祭りなどが行われていたという数十年前の記録などは、しっかりと残っている。

だが、それだけだ。黒服が用意した資料——表に出ている情報の限りでは、企業が手を出すほどの理由は見えてこなかった。

 

ユメ(羂索)は資料を閉じ、静かに息を吐く。

 

本来、アビドス砂漠の事情など羂索には関係のない話だ。

しかし今は事情が違った。書類の奥、隠すように差し込まれている一枚の紙をそっと取り出す。

 

「予想が正しければ、()()への戦力が手に入るかもしれないね……黒服に連絡でもするかな」

 

その紙に記されているのは――ゲマトリアにも、黒服にも伝えていない羂索の“計画”。

情報も実験も足りない、羂索にとってはまだ大まかなプロットのようなものに過ぎない。

 

しかし、その内容は――キヴォトスを混沌に陥れるには、十分すぎるものだった。

 

 

そしてその夜。

 

街灯もなく、人の気配もないその街が完全な闇に沈むころ――

一つの空き部屋だけが、煌々と明かりを灯していた。

 

「クックック……驚きましたね。あなたのほうから連絡してくるとは」

「梔子ユメ……というより、アビドスについて少し聞きたいことがあってね」

 

そう言いながら、互いにソファへ身を預ける。

黒服は首を傾げ、その言葉の意図を探るようにユメ(羂索)を見つめた。

 

「アビドス、ですか?渡した情報に不備でも?」 

「カイザーコーポレーションについて、といえば伝わるかな……いや、単刀直入に言おう。アビドス砂漠には、何が隠されている?」

 

その名を聞いた瞬間、黒服の目がわずかに揺れた。

驚きの色を隠しきれないその仕草を見て、ユメ(羂索)が確信したように微笑む。

 

「……何故そう思ったのですか?」

 

「アビドス高校はカイザーコーポレーションからの借金に苦しんでいるという話だったが、返済の見込みもない廃校寸前の学校に金を貸す意味が気になってね。ただ――金以外に欲しいものがある場合なら説明できる」

 

興味深げに耳を傾ける黒服に、ユメ(羂索)は淡々と告げる。

 

「そして、カイザーにとって金以外で一番価値があるもの、それもアビドスとなると、消去法で土地しか残らない。だが、まともな者――ましてや大企業が、あの砂しかない土地を手に入れようとするとは考えにくい……何かがあると見るのが自然だろう」

 

興味深げに耳を傾けていた黒服は、その一言にふっと笑みを深めた。

推測にすぎない言葉ではあったが、どうやら的を射ていたらしい。

 

「クックック…相変わらず勘が鋭い。いいでしょう、あの砂漠は私にとっても興味深い場所ですからね」

 

黒服は一呼吸を置いて、ユメ(羂索)のほうへ向き直る。

その瞬間、部屋の空気がわずかに張りつめた。

 

「あなたの言う通り、カイザーの目的は金ではありません。彼らの狙いは、あの砂漠に遺されたもの――“船”です」

 

「……船?」

 

砂漠の話にしては不釣り合いな単語に、ユメ(羂索)は眉をひそめた。

比喩か暗喩かはわからない。だが、ただの言葉遊びではないことだけは感じ取れた。

 

「もちろん、“船”といっても文字通りの意味ではありません。ここキヴォトスが形成される以前、“名もなき神”が敵対していた“忘れられた神々”に抗うために造ったとされる兵器です。もっとも、今はアビドス砂漠に埋まっているということしかわかりませんが」

 

若干分かりづらいが、まとめるならば”古代に作られた超兵器”といったところだろうか。

だが説明を聞いただけでも人の身で扱えるものだとは思えなかった

 

「ですが、あれを使える者は”サンクトゥムタワー”——キヴォトスの制御権を奪うか、”船”に匹敵するオーパーツの使用できる者に限られます。私も協力はしていますが……カイザーにはまず無理でしょう。興味深いものではありますがね」

 

「……なるほどね。しかしそんなものを狙うとは、カイザーもずいぶん野心的というか……ろくなことにはならないだろうけど、面白いね」

 

いくらカイザーが大企業とはいえ、あまりにも無謀な挑戦だ。

だがそういう挑戦をしようとする連中は、羂索は嫌いではない。

 

しかし——そういうタイプは都合がいいことも、また事実である。

 

「……君はカイザーグループとの協力関係にあるんだったね」

「えぇ……小鳥遊ホシノ(暁のホルス)を引き入れるためですが。それがどうかしましたか?」

 

その言葉を聞いたユメ(羂索)は、底の知れぬ笑みを深めながら口を開いた。

 

「私に、カイザーグループとの繋がりを紹介してほしい」

 

それを聞いた黒服は再び驚いたような素振りを見せた。

 

「何故です?……あの”船”について深堀りするのはおすすめしませんよ」

「興味がないわけじゃないが、それが目的じゃない。企業とかとの繋がりはあるに越したことは無いと思っただけさ」

 

ユメ(羂索)の言葉に黒服は怪訝そうだったが引き下がった。

 

羂索の言葉は嘘ではない。研究においては、費用と人脈が不可欠だ。

そうしたパイプがあるか否かで、できることの幅は大きく変わる。

 

もちろん、いくらゲマトリアといえど金は必要になるため、一定のコネクションは保持している。だが、個人として持つ人脈があれば、それはなお心強い。

 

戦力や金はキヴォトス屈指の無法地帯——“ブラックマーケット”で集めるつもりだった羂索にとって、黒服がカイザーとの接点を持っているのは好都合だった。

 

——だが、目的はそれだけではない

 

ここアビドスに拠点を置くカイザー系の企業は、銃火器や傭兵派遣を主業務とするPMCである。

つまり、彼らと協力関係を結べば、強力な戦力を得られるということだ。

 

恐らくだが彼らとは”計画”との利害は多少なりとも一致する。

足が付くため大々的には扱えないが、カイザーが誇る資源、そして戦力は“計画”の実現に十分なものだった。

 

ユメ(羂索)と黒服の間で一瞬視線が交わる。

先に沈黙を破ったのは黒服の方だった。

 

「……分かりました。私は上の方にも顔が利きますから、紹介自体は可能だと思います。ただ、あなたには出資に対する対価がまだないのでは?」

 

黒服の懸念は尤もだった。

カイザーも慈善事業で活動しているわけではない。いくら黒服の顔が効くとはいえ、何の研究も協力の見込みもない者と手を組むほど彼らは暇ではないだろう。

 

そして、キヴォトスに来てまだ日が浅いユメ(羂索)に、カイザーを納得させるだけの対価を提示できるのか……黒服には正直、疑問が残っていた。

 

——だが、相手は千年もの間、呪力と人間という存在の可能性を追い続けてきた“人間”である。

対象が“神秘”に変わったところで、その執念が鈍るはずもない。

 

黒服の疑問を聞いたユメ(羂索)は、動じる様子もなく淡々と答えた。

 

「君は私がこれまでの間に、ただ資料を漁ってきただけだと思うかい?それなりに面白いものが用意できてるよ……説明するよりも、見たほうが早いかな」

 

何をするつもりなのかと訝しむ黒服の前で、ユメ(羂索)は小銃を取り出し——()()()に銃口を向けた。

 

流石の黒服も面食らう。この程度の銃で傷つくほど“生徒”が脆いわけではないと分かってはいたが、当たれば痛みはあるし、痣の一つも残るだろう。

 

だが止める間もなく、ユメ(羂索)は一切の躊躇も見せず発砲した。

乾いた銃声が連続して響く。引き金を引き続け、弾倉が空になったとき、ユメ(羂索)の手には、深く紫色の痣が浮かび上がっていた。

 

”神秘”のお陰で手に穴が空くことはなかったが、その傷は一日や二日で癒えるものではなさそうだった。

何をするのかと声をかけようとした黒服は——その直後、目を見開くことになる。

 

「う〜ん、まだ惜しいね……もう少し調整が必要かな」

 

先ほどまで痣が浮かんでいたユメ(羂索)の手は——ゆっくりと元の姿に戻っていった。

まるで傷が治る過程を早送りで見ているかのような光景に、黒服は息を呑む。

 

「まさか……自らの意思での神秘の調整……!」

「流石だね……その通りだよ。正確には、治癒力の底上げといった感じかな」

 

羂索が見せたその光景、それは——神秘の調整による治癒力の底上げ。

反転術式というよりも、呪力強化の応用から着想を得たものだ。

 

最初にこの発想が生まれたのは、たまに行う射撃練習の最中だった。

偶然気づいたことだが、銃弾に“神秘”を込めると、火力が明らかに上がる。最初のうちは感覚を掴みづらかったが、慣れるにつれて威力の上昇を確信するようになった。

 

そこから羂索は一つの仮説を立てた。

 

——治癒力や防御力、そして身体能力も、“神秘”の調節によって底上げできるのではないか?

 

一見荒唐無稽な話だが、実際に銃弾への“神秘”付与で結果が出ている以上、理屈としては通る。

もし特定の物体——銃弾に“神秘”を宿せるのなら、腕や脚など、自らの肉体の一部にそれを込めることも可能なはずだ。

そして、いま目の前で黒服が見たのは、その理論の「実証」だった。

 

だが、口で言うほど容易なことではない。

生徒たちにとって“神秘”とは、無意識の領域で働く力に近い。

それを意識して制御しろというのは、「内臓の一部を意図的に動かせ」と命じるようなものだ。

 

幾度か行った黒服との実験により培われた”神秘”への理解。

そして何より、千年もの間、呪力という“見えないが確かに存在する力”を研究し続けてきた羂索だからこそ成し得た技術と言ってよかった。

 

黒服が今まで追い求めてきた”神秘”の新たな可能性。

それが今目の前で展開されている様子をみた黒服は、感動に打ち震えていた。

 

「素晴らしい……やはり、あなたを我々に迎え入れたことは間違いではなかった……!」

「……カイザーに対する対価をどうするかという話だったね」

 

興奮冷めやらぬといった様子の黒服だったが、ユメ(羂索)の言葉を聞いて我に返る。

 

「えぇ、確かにそれほどのものなら、彼らを納得させられるとは思いますが……その技術はあなた以外には扱えません。そこをどうするおつもりで?」

 

黒服の疑問に対するユメ(羂索)の答えはあっさりしたものだった。

 

「言わなければ分からないことを、わざわざ言う必要はないさ。それに、この技術の独占契約をちらつかせれば、確実に相手は食いついてくるだろうしね」

 

その答えを聞いた黒服は、堪えきれないといった様子で笑みを漏らした。

 

「クックック……あなたも人が悪い。いいでしょう、カイザーには私が連絡しておきます」

「あぁ……よろしく頼むよ」

 

——”計画”の歯車が、静かに回り始めた。




神秘関連は完全に独自設定で解釈しています。

投票ありがとうございます!今のところ幕間の案はシリアスとギャグがありますが、どちらを先にみたいですか?

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