キヴォトスを代表する大企業、カイザーコーポレーションが経営する企業の一つ――カイザーPMC本社。
その最上階の社長室で、トップことカイザーPMC理事は一人の人影と対峙していた。
「クックック……お久しぶりです、カイザー理事」
「……何の用だ、黒服」
その人影――黒服は、仰々しく理事へ礼を取った。
しかし、理事の声に来客を歓迎する色は微塵もない。
「今日はあなたへのご報告……ではなく、あなたに紹介したい人がいるのです」
「紹介?」
理事はわずかに眉をひそめ、怪訝そうに聞き返した。
数カ月前から黒服と取り引きを始めていたが、こんな話を持ちかけられたのは初めてだ。
そして、まず間違いなく——ろくな相手ではない。
理事はそう直感しながら、目の前の異形を静かに見据えた。
“
その条件のもと、これまで理事は黒服と協力関係を築いてきた。
だが、その人物の性別も本名も、すべてが謎に包まれている。
独自に調査させても一切の情報が掴めず、上に問い合わせても”承認済み”とだけ返されるばかりだった。
一度、本人に直接問いただしたこともある。
しかし返ってきた答えは、“ゲマトリア”という組織に属している“研究者”というだけだった。
そんな得体の知れない黒服が紹介する人物など、まともな相手であるはずがない。
理事は警戒を強めながら、黒服が口を開くのを待った。
「そんなに警戒するような人ではありません……ただの研究仲間ですよ」
「……よく言うものだな」
理事は思わず吐き捨てるように呟いた。
研究の内容を深く聞いたことはないし、聞こうとも思わない。
自分たちにまで協力を仰ぐほど執拗に
とはいえ、黒服の協力がこれまで有益だったことも事実だ。
その異様なまでの知識量と情報網には、幾度となく助けられてきた。
その黒服が紹介するということは、つまり彼自身がその人物を認めているということでもある。
癪に障るのは事実だが、手を組んで損をするような人物ではないだろう。
リスクとリターンを天秤にかけ、理事は静かに息を吐いた。
その様子を見て、黒服がいつものように底しれぬ笑みを浮かべる。
それを見ても、理事の選択は変わらなかった。
「……分かった。その紹介を受けよう」
「クックック……良い判断だと思いますよ。それでは、一週間後でよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
その言葉を聞いた黒服の笑みが、さらに深まる。
「それでは、また一週間後に」
そう言い残し、黒服はいつもより上機嫌そうに部屋を後にした。
残されたのは、険しい表情の理事ただ一人。
——この選択が、吉と出るか、凶と出るか。
静まり返った室内で、理事は静かに天を仰いだ。
☆
——一週間後
カイザー理事へ向けた資料などを用意し終えた
「……もっとこう、いいものはなかったのかい?」
「仕方がないでしょう。公的記録での"梔子ユメ"は死亡扱いですから」
そこに準備されていたものは——黒服が普段身に着けているものとほとんど変わらない黒のスーツ。そしてウィッグ、化粧道具、シークレットブーツ……ありとあらゆる変装道具だった。
変装そのものに抵抗があるわけではない。
これまで何度も偽り暗躍してきたのだから、今さらである。
ただ、黒服が生徒の“テクスチャ”などと語っていたからには、それに関する技術でも見られるかと期待していた。少しばかり拍子抜けしたのは否めない。
「この世界は”テクスチャ”で構成されてるんだろう。それ関係をいじったら楽に見た目を変えられるんじゃないかい?」
「それが出来ればよかったのですが……”テクスチャ”は繊細なものです。戻れなくなるだけならまだしも、下手すれば存在ごと消されますよ」
興味深い案件だが、慎重に進めたほうが良さそうだ。
少なくとも今取り掛かることじゃないだろう。さっさと切り替えて道具たちを手にする。
千年間暗躍してきた時間は伊達ではない。
そのあまりに滑らかな手つきを見た黒服は、思わず感嘆の息を漏らした。
「お上手ですね……使い方を教える必要があるかと思っていたのですが」
「慣れてるからね」
「……常々思うのですが、あなたは”外”で何をやってきたのですか?」
”面白いことのために千年間死体を乗っ取ってきました”などいえるわけもない。
適当に言葉を濁しているうちに、大方の準備は整っていた。
それを見た黒服が思わず息をのむ。
青い短髪に吊り気味の瞳。わずかに底上げされた身長。
一目見て“梔子ユメ”と見抜ける者など、まずいないだろう。
スーツの胸元がやや張って見えるのはご愛敬だ。
「本当に誰だかわかりませんね。小鳥遊ホシノでも見抜けるかどうか……」
「私はプロだからね」
「……何のプロなんです?」
軽口を交わしているうちに、最終準備が整った。後は用意した車に乗り込むだけだ。
それを確認した黒服が、静かに口元を歪める。
「……それでは、行きましょうか」
車の行き先が、“カイザーPMC”へと切り替わった。
☆
山ほどのセキュリティをくぐり抜け、幾重もの承認を経たそのさらに奥。
限られた者しか立ち入ることを許されない社長室で、理事は静かに座っていた。
本来なら応接室を使うべきところだが、黒服という異形の存在を公にするのは様々な問題があるため、やむを得ずこの場が選ばれたのだ。
黒服が紹介するという人物——同じく異形なのだろうかと想像を巡らせていると、扉が三度、控えめにノックされた。
その音に、理事は自然と気を引き締める。
「入れ」
「……それでは、失礼します」
滑らかに開かれた扉から現れた二人の姿を見て、思わず息を呑んだ。
片方は見慣れた顔の
(……生徒か)
黒服と同じような異形の類だと思っていたため、その姿には少なからず驚かされた。
しかも、いかにもブラックマーケット上がりといった荒っぽい雰囲気ではなく、立ち居振る舞いの端々に知性と品のようなものが垣間見える。
一見すると秘書のようにも見えるが、隣に立つ黒服と並んでもまったく引けを取らない。
その纏う空気だけで、ただの生徒ではないことが分かる。
一体どこの学園の者なのかと訝しんでいると、彼女が口を開いた。
「よろしくお願いします。名前は……サマーと言います」
言い淀んだ様子からして、“黒服”と同じく偽名なのだろう。
だがその声を聞いた瞬間、胸の奥にかすかな違和感が生まれた。
——似ている。
脳裏をよぎった思考をすぐに振り払う。
彼女——梔子ユメは死んだはず。仮に生きていたとしても、目の前にいる“これ”は別人だ。
彼の知る梔子ユメは、良く言えばお人好し。悪く言えば、どこまでも無鉄砲で無力な少女だった。
だが今、目の前に立つ人物から感じるのは、圧倒的な存在感。そして理屈では測れぬ威圧。
違和感を押し殺し、理事は言葉を返した。
「あぁ、よろしく頼む……座ってくれ」
理事が腰を下ろすと、二人もそれに倣う。
それと同時に、黒服がどこからか書類を取り出した。
「私があなたにこの方——サマーを紹介した理由は、あなたへの技術提供、それに対する支援の打診です……ここから先はサマーさんに説明してもらいましょうか」
その言葉に合わせて、サマーが黒服の用意した資料を広げた。
理事がそちらに視線を向けたのをサマーが確認すると、静かに口を開く。
「ここ学園都市キヴォトスの”生徒”には、多かれ少なかれ”神秘”と呼ばれる要素が内包されています。その影響は多岐にわたり——私たち生徒の”ヘイロー”だけでなく、銃弾や衝撃に対する異常な耐久性などにも表れています」
神秘——黒服がたまに言っている”キヴォトス最高の神秘”などから聞いたことがある。
こちらが軽く相槌を打つと、サマーは続けた。
「ですが、これはあくまで“要素”にすぎません。本来であれば、それを意図的に制御したり、変化させたりすることはできない。——しかし、私が研究し、あなたに提供しようとしている技術は、まさにこの点に関するものです」
そこで一度言葉を区切ると、彼女は新たな資料を取り出した。
その内容に目を通した瞬間、理事は思わず目を見開く。
書類に食い入るように視線を落とす理事を見て、サマーは静かに笑みを浮かべた。
「これは……!」
「私の研究成果——
そこに記されていたのは、常識ではあり得ない数値を示す実験結果だった。
単なる身体能力の向上にとどまらず、治癒力までもが飛躍的に上昇している。
「先ほども言ったように、サンプルが少ないため断言はできませんが……理論上は、神秘を持つすべての生徒に適用可能です」
企業の代表としては、これを受け入れるべきだと頭では理解している。
だがその一方で、まだ残っているわずかな倫理が静かに待ったをかけていた。
理事とて馬鹿ではない。
これは——劇薬だ。
このレベルの身体能力向上が実現すれば、軍事関係を扱う他企業はこぞって”神秘”を求め始めるだろう。最悪の場合、”生徒”を狩ろうとする動きすら現れるかもしれない。
揺れ動く思考の中で沈黙する理事を、サマーは静かに見つめていた。
そして、彼女が口にした一言が、決定的な引き金となる。
「もしこの場で決断していただけるならば——独占契約を結ぶことを約束します」
その言葉を聞いた瞬間、理事の中で何かが決壊した。
黒服は胡散臭いが、契約に関してだけは嘘をつかない。その黒服が紹介した相手ならば、信頼に値するだろう。
最悪結果が出なくとも、他企業にこれを利用されるよりは遥かにマシだ。
理事は覚悟を決め、静かに口を開いた。
「分かった……承認しよう——と言いたいところだが、条件がある」
その一言に、サマーがわずかに目を見開く。
予想外の返答だったのだろう。成立を疑っていなかった表情が、一瞬だけ揺らいだ。
だが、理事とて自らの立場を弁えている。自分の目で確かめてもいない技術を、二つ返事で認めるほど愚かではない。
「我が社の最高技術とその契約が釣り合うものか実証してもらおう。できたならば契約と援助を約束する。できなかったら——極秘の技術を持つ半端者が、どうなるかは知っているだろう?」
それは、紛れもない脅しだった。
だが、その意味を理解していながらも、サマーは微かに口角を吊り上げる。
「……いいでしょう。お受けします」
その笑みは自信から来るのか、ただの虚栄か。理事には掴みきれない。
しかし、ただ一つだけ確かなのは——この瞬間すら、すでに羂索の掌の上だということだった。
ヘイローで即バレは流石にアレなので、一般キヴォトス市民も生徒と同じくヘイローは見えるけど区別できない設定です。
偽名はサマーオイルにしようかと思いましたが流石にやめておきました
投票ありがとうございます!今のところ幕間の案はシリアスとギャグがありますが、どちらを先にみたいですか?
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シリアス
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ギャグ