羂索 in ユメ先輩が征くゲマトリア   作:Nikich

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七話 「陰謀詭計」

資料を前に固まった理事を見て、羂索は己の勝利を確信した。

本来なら、こんな危うい賭けに乗る企業など存在しないだろう。

 

だが、“宝探し”と称して、あるかどうかも分からないオーパーツを追い求めるほど野心に満ちたカイザーなら受けてもおかしくはない。

そして、その読みは間違っていなかった。

 

カイザーの選択は珍しいものではない。

“圧倒的な力”というものは、形こそ違えど誰もが求めるものだ。

それを手に入れる手段が目の前にあるなら、人はどうしても手を伸ばしてしまう。

 

その誘惑は、カイザーよりも巨大な力を誇るアメリカ政府すら逃れられなかった。

ならば——カイザーが抗えるはずもない。

 

だが理事も愚かではないだろう。羂索が提示した技術の有用性と危険性は理解しているはずだ。

だからこそ、ここで受けざるを得ない提案を持ちかける。

 

「もしこの場で決断していただけるならば——恒久的な独占契約を結ぶことを約束します」

 

その言葉を聞いた瞬間、理事はわずかに目を見開いた。

 

独占契約——他の取引相手を排除し、特定の相手とのみ取引を行うことを義務づける契約。

だが、今この契約は利益の増加以上の意味を持つ。

 

それは、潜在的な争いの火種となるこの技術を完全に自社の管理下に置けるということ。

仮にこの提案を拒んだ場合、より過激な手段を取る競合企業の手に渡る可能性もある。

それは理事の望むことではないだろう。

 

だが——返ってきた言葉は、羂索の想定とはわずかに異なっていた。

 

「分かった……承認しよう——と言いたいところだが、条件がある」

 

思わぬ答えに一瞬目を細めた。

しかし次の瞬間、その”条件”を耳にして、口元に小さな笑みを浮かべる。

 

「我が社の最高技術とその契約が釣り合うものか実証してもらおう。できたならば契約と援助を約束する。できなかったら——極秘の技術を持つ半端者が、どうなるかは知っているだろう?」

 

理事としては試しと脅しのつもりなのだろうが、こちらとしてはむしろ好都合だ。

ここでこちらの優位を示すためにも——徹底的に叩き潰す。

 

「……いいでしょう。お受けします」

 

それを聞いた理事、そして黒服までもが驚いたような素振りを見せる。

その中心で、羂索は一人笑みを浮かべた。

 

 

最上階の社長室とは打って変わり、黒服とサマー(羂索)は地下の通路を進んでいた。

だがその場所へ至るまでには、社長室に匹敵、下手すればそれ以上の厳重なセキュリティを突破する必要がある。

 

そこで行われている研究こそ、カイザーPMCの叡智の結晶と呼ぶにふさわしいものだった。

所狭しと並べられた銃器や、パワードスーツにも見える装甲類。

さらに、ロボットの関節やレールガンのような試作機まで工房のように散りばめられている。

 

カイザーの中でも極めて限られた者しか立ち入ることを許されないその空間に、完全な部外者である黒服たちが足を踏み入れることなど本来ありえない。

それほどまでに、羂索の技術には大きな期待が寄せられているのだろう。

 

理事と数名の研究員が忙しなく行き交う中、黒服がサマーに声をかけた。

 

「……当たり前の話ではありますが、あなた本人が出るのですね」

「ま、仕方ないかな。今のところ、この技術を扱えるのは私しかいないし」

 

軽く肩を回しながら、羂索は淡々と返す。

理事が準備しているのは——カイザーの最新兵装と、その技術を実戦レベルで検証するための交戦試験だった。

 

実験体かなにかを連れ出してくるのだろうと予想していたらしい理事は、サマー本人が出ると聞いて驚愕していた。

無理もないだろう。新技術の初期実験に研究者自身が参加することは珍しくないとはいえ、今回のようなリスクを伴う試験に自ら進んで臨むなどはっきり言って正気の沙汰ではない。

 

いくらキヴォトス人といえど、カイザーPMCの技術力は侮れない。

死ぬとまではいかなくても重傷を負う可能性は十分ある。

黒服が一歩近づき、わずかに声を落として言った。

 

「……私が手伝いましょうか?直接的ならともかく、間接的になら援助はできますよ」

「いや、いいよ。”神秘”を印象付けるのは、私……”生徒”の肉体が適任だ」

 

相も変わらぬ余裕の態度に、黒服は呆れたように息を吐いた。

 

「あなたなら大丈夫そうですね……時間が来たようです」

 

黒服の言葉が終わるより先に、眼前の扉が音を立てて開いた。

支給された銃を手に取り、実験場へ歩み出す。

 

その背中を見送りながら、黒服は笑みを歪めた。

「クックック……それでは、良い結果を待っていますよ」

 

片手を上げて応じたサマー(羂索)は、扉から漏れる眩い光に消えた。

 

 

実験場というにはあまりに殺風景だった。

壁も床も、目に映るすべてが白く、人工的な光に照らされた無機質な空間。

その中心に、サマー(羂索)は静かに立っていた。

 

目の前には、十数体のオートマタ——カイザーが誇る特殊部隊の一つ。

彼らの手には、同じくカイザー製の最新鋭の銃器が握られている。

 

対するサマー(羂索)は、ショットガンを一丁だけ携えた軽装。

本来なら絶体絶命の状況だが、羂索は余裕の態度を崩さない。

 

両者が睨み合う中、天井に取り付けられたスピーカーから理事の声が響いた。

 

「我々が全員戦闘不能になったら、そちらの勝利。そちらが戦闘不能になったら、こちらの勝利だ。それでいいな?」

 

人数差、武器差ともに、カイザーにとって圧倒的に有利な条件だった。

だが、これしきの危機など、羂索にとっては腐るほど経験している。

 

「構わないよ」

「……言質は取ったからな」

 

後悔するなよ、とでも言いたげな理事の声に羂索は沈黙で返す。

そして——実験の開始を告げる電子音が、静寂を切り裂くように鳴り響いた。

 

瞬間、十数体のオートマタが一斉に視覚センサーを点灯させ、淡い赤光が実験場を満たした。

無機質な足音が、整然と、しかし確実に標的を包囲するように響く。

 

特殊部隊の名に恥じない精緻な動き。

それを前にしても、彼女は微動だにしない。

 

構えも取らず、ただ軽く息を吐き——

 

「……始めようか」

 

次の瞬間、空気のゆらぎとともにサマー(羂索)の姿が掻き消えた。

最新鋭のモノアイですら捕捉できない速度に、彼らに動揺が走る。

 

だが彼らも特殊部隊、瞬時に動揺を振り払い各々が銃を構える。

——しかし、戦場ではその一瞬が命取りとなる。

 

銃声ともに、オートマタのうちの一体の頭がひしゃげた。その音の主は確かめるまでもない。

サマー(羂索)が、ショットガンを構えて立っていた。

 

一糸乱れぬ動きで対処しようとする彼らに、再び銃弾が叩き込まれる。

 

彼らが弱いわけではない。

数々の特殊任務を遂行し、幾多の戦闘試験を乗り越えてきた精鋭たちだ。

 

——だからこそ純粋な”力押し”には脆い。

 

“神秘”による身体強化で間合いを詰め、至近距離からショットガンを炸裂させる。

単純明快、だがゆえに厄介極まりない戦法だった。

 

羂索も本来、この手の力押しは好まない。

だが、目的を達成するためなら手段を選ばないのもまた羂索である。

 

二人目を難なく撃破し、三人目へ狙いを定めたその瞬間。

乾いた銃声とともに、手の甲に大口径の弾丸がめり込んだ。

 

反射的にショットガンを取り落とす。

銃弾は大したダメージにならない”生徒”の肉体とはいえ、痛いものは痛い。

その一瞬の隙を逃さず、オートマタたちが一斉に距離を詰めた。

 

だがその程度で羂索は揺るがない。

 

勝利を確信したように銃口を向けた一体のオートマタが、轟音とともに床へと叩きつけられる。

何が起きたのかを理解する間もなく、次の瞬間には追撃の一撃で三体目のオートマタが沈黙した。

 

何が起こったのかを把握できたのは、羂索本人、そしてモニター越しに観察していた黒服と理事ぐらいのものだ。

理事は思わず息を呑む。

 

「徒手空拳だと……!?」

 

銃火器と爆薬が戦闘の主流を占めるキヴォトスにおいて、体術などは目立った存在ではない。

だが、廃れたからといって無力になったわけではない。

——まして、それを使うのが羂索であるならば。

 

咄嗟に反撃に出ようとした一体に対し、羂索は膝よりも低く身を沈めた。

そこから生じた力の流れを殺さず、しなやかに脚を振り上げる。

鋭い風切り音とともに、オートマタの顔面にかかとが突き刺さった。

 

所謂“卍蹴り”——体重と回転を極限まで乗せた蹴撃である。

四人目のオートマタが、金属音を立てて床に沈んだ。

 

体術の威力は肉体の強度に依存するが、それを真に武器に変えるのは技術の積み重ねだ。

そして、”梔子ユメ”という恵まれた体格の肉体と、千年間磨き上げてきた技術。

それらが積み重なり、羂索は体術においてもキヴォトス最上位層と比肩する存在となっていた。

 

近距離戦は不利——そう判断した彼らは、一斉に距離を取りアサルトライフルを構える。

銃口が一斉に光を帯びる。蜂の巣にされる寸前、羂索は足元に転がっていたオートマタの残骸を掴み上げた。

 

味方を盾にされた形になるが、彼らも曲がりなりにも特殊部隊の一員である。

容赦なく、ためらいなく引き金が引かれる。

 

降り注ぐ弾丸の雨の中で、羂索はほんの一瞬、驚いたように目を細めた。

だが、それも束の間。すぐに楽しげな笑みが浮かぶ。

 

「……やるじゃないか、ここまでしてきたのは明治以来かな?」

 

掲げていた残骸を投げ捨て、転がっていたスナイパーライフルを拾い上げる。

射程の有利を失った彼らに、もはや為す術はない。

 

次の瞬間、ライフルの銃口が火を噴いた。

近距離からの連撃に、オートマタたちは次々と沈黙していく。

 

短時間で一気に人数を減らされた彼らは、もはや統率が取れなくなってきていた。

やけくそのように散弾がばらまかれるが、そんなものが当たるわけがない。

 

羂索が銃口をそちらに向けようとした、その瞬間——

 

「ッ……!」

 

肩に、スナイパーライフルの銃弾が叩き込まれた。

手を撃たれたときとは比べものにならない衝撃が、肉をえぐるように走る。

瞬時に状況を把握し、羂索は思わず笑みを歪めた。

 

気絶した(壊れた)ふり……!)

 

息遣いも心音もない、オートマタだからこそ為せる芸当だ。

だが、この極限の戦場でそれを判断できる胆力には、羂索も舌を巻かざるを得なかった。

 

いくらキヴォトス人といえど、ライフルの一撃を受けて即座に動ける生徒などほんの一握りしかいない。

それは精神論の問題ではなく、純粋な肉体構造の限界だ。

 

そして、梔子ユメの肉体もその例外ではなかった。

わずかにふらついたサマー(羂索)へ、今しかないとばかりに無数の銃口が一斉に向けられる。

 

羂索にとって、あまりにも絶体絶命な状況。

この局面を覆す手段など、本来あるはずがない。

 

——だが、この程度で羂索を倒せるなら、彼ら(呪術師達)は苦労しなかっただろう。

 

引き金が引かれようとした、その刹那。

先に撃ったのは——羂索だった。

 

()()()()()()()()()()()から放たれた銃弾が、正確に敵の頭を貫く。

オートマタたちは、一瞬何が起きたのか理解できずその場で動きを止めた。

 

彼らの視覚センサーに映っているのは——

つい数秒前に損壊したとは思えない、何事もなかったかのようなサマー(羂索)の右腕。

 

モニター越しにそれを見ていた理事と黒服も、思わず息を呑んだ。

黒服が珍しく、抑えきれない調子で声を漏らす。

 

「神秘による治癒力の強化……!」

 

呪力強化の理論を転用し、神秘を媒介として”治癒力”を極限まで引き上げる、羂索が編み出した技術。

 

だが現場のオートマタたちにとって、それがどのような理屈であれ関係はない。

彼らにとって理解できるのは、敵が原理不明の異能を発動したという事実だけだ。

 

その瞬間、わずかに保たれていた統制信号が崩壊した。

制御を失った機体群が、ほとんど乱射に等しい勢いで標的(サマー)に向けて引き金を引く。

だが、もはやその射線が捉えることはない。

 

強化対象を身体能力へと切り替えた羂索によって、オートマタは次々と無力化されていく。

 

——最後の一体が沈黙するまで、そう時間はかからなかった。

 

その様子を呆然と見つめていた理事も、黒服の合図でようやく我に返る。

小さく咳払いをし、自らを落ち着かせるように声を発した。

 

「……実験終了。“サマー”の勝利だ」

 

報告のように淡々とした言葉だった。

だが、勝者である羂索は、喜びも達成感も見せない。

ただ静かに息を吐くだけだった。

 

 

研究者と思しきオートマタが慌ただしく後始末に動く中、理事と黒服たちは再び対峙していた。

だが、もはや理事に反対する気力は残っていない。

 

カイザーPMCの最高戦力が完膚なきまでに叩き潰されたのだ。

それを目の当たりにした以上、判断を翻さないのは賢明な選択と言えるだろう。

 

契約書に印が押されたのを確認した黒服が、薄く笑みを歪めた。

 

「それでは、契約は成立しました……よろしいですか? サマーさん、理事」

「構わないよ」

「ああ……問題ない」

 

底の知れない笑みを浮かべるサマー(羂索)と、疲れ切った様子の理事。

対照的な二人ではあったが、結論は同じだった。

 

目的を達成した黒服が、わずかに口角を上げる。

 

「それでは、私たちは失礼します」

「ああ……案内してやれ」

 

理事が新人と思しき研究員に命じる。

黒服が退室する中、同じく部屋を出ようとしたサマーを、理事が呼び止めた。

 

「……何か問題でも?」

「いや、少し聞きたいことがある」

 

心当たりがなさそうに眉をひそめるサマーに、理事はどうしても聞かずにはいられなかった疑問をぶつけた。

 

「……お前は何が目的なんだ?」

「資金援助と、それに対する契約ですが……」

「違う。お前には……何か、別の目的があるんじゃないのか?」

 

貼り付けたような笑みを浮かべたサマーの言葉を、理事は遮った。

特に根拠があるわけではない。ただ、長年の勘がそう告げていた。

 

その問いに、サマーは一瞬だけ目を見開く。

だが、それもほんの刹那のこと。すぐに静かな笑みを浮かべた。

 

——それは先ほどまでの作り物めいた笑みではない、どこか人間味を帯びた笑みに見えた。

 

「目的、か……そうだね。強いて言うなら——面白いものが見たい、かな」

「面白いもの?」

 

理事は思わず眉をひそめた。

だが、彼女はこちらを一瞥することもなく、静かに部屋を後にする。

 

扉が閉まる音だけが残った部屋で、理事は低く呟いた。

 

「……私は、途方もないものと手を組んでしまったのかもしれないな」

 

静まり返った部屋に、その言葉だけが冷たく響いた。

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