羂索 in ユメ先輩が征くゲマトリア   作:Nikich

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遅れて大変申し訳ありません…


八話 「机上之論か、画無失理か」

——人の気配が、かすかに残るアビドスの一角

目を離せば忘れてしまいそうな廃ビルの地下、その奥深くに広がる空間で、幾度となく爆発音が響いた。

 

「正直、あまり期待していなかったんだけど……想像以上だね。大企業の名は伊達じゃないといったところかな」

 

ショットガンを手に、もう片方の手で手榴弾を弄びながら、ユメ(羂索)は小さく呟いた。

カイザーとの契約の後、研究資金と共にいくつかの兵器の提供を受けていたのだ。

 

黒服が用意したビルを一棟借りてテストがてら試用してみたのだが、扱いやすさも火力も段違いだった。正規の流通で買えば車が一台買えるほどの代物もあるのだ、当然と言えば当然だろう。

それ自体はおかしなことではない。だが、問題は別にあった。

 

「……何も、自分の身体でしなくてもいいのではないでしょうか?」

 

床一面に転がる薬莢と爆発跡がテストの苛烈さを物語る中、何故かこちらまで訪れていた黒服が若干引き気味に呟いた。

そう、羂索はほとんど自分を巻き込む形で兵器の実験を行っていたのだ。

 

黒服自身、これまで数多くの実験を繰り返してきた身だ。

とやかく言える立場ではないことは重々承知しているが、目の前の光景はあまりに心臓に悪い。

いくらキヴォトスの肉体が頑強といえど、連続で被弾すれば命に関わるものもある。

端から見れば自殺行為そのものだが、羂索に死ぬつもりなど毛頭なかった。

 

「”神秘”の耐久実験もしてみたくてね。どうせ治せるから心配ないよ」

 

羂索にとって所詮は他人の身体だ。どうなろうと知ったことではない。

己の目的のためならば妊娠出産さえも厭わなかった怪物に、今更躊躇などあるはずもなかった。

 

「でも、君がわざわざ見に来るとは珍しいね。何か気になることでもあったのかい?」

 

黒服は己の興味を引くことには目がないが、他人の研究に首を突っ込むタイプではない。

よほど気になることでもあったのかと問いかけると、黒服は静かに笑みを浮かべた。

 

「いえ、そう大したことではありませんよ。あなたに連絡するついでに立ち寄っただけです」

「連絡?」

 

基本的につながりが希薄な黒服からの連絡など珍しい。

何かあったかと心当たりを探ったが、黒服の言葉でようやく思い出した。

 

「ゲマトリアの会議の日程が決まりました。本来もう少し遅くに開く予定だったのですが、事情が変わりまして……」

「あぁ……もうそんな時期か」

 

あまり実感はないが、前回の会議はたしか二ヶ月前かそこらだったはずだ。

時間の感覚などとうの昔に失っているため完全に忘れていた。

 

「では、これで伝えたいことは終わりです。邪魔をしてしまい申し訳ありません」

 

そう言い残して去っていく黒服を見送り、ゆっくりと息をつく。

ゲマトリアの面々とは黒服以外ほとんど関わりがないため、未だに分かっていないことも多い。

何かしら興味深いものが得られるだろうかと、羂索は小さく笑みを浮かべた。

 

 

前回とは場所こそ違えど、ここもまた、人に忘れられた土地。

その一角にひっそりと佇む一棟の廃ビルで、ゲマトリアの面々は再び集っていた。

 

双頭の芸術家。

首なしの虚像と、写真に佇む不実在。

スーツに身を包む探求者、そして狂いし貴婦人。

 

錚々(そうそう)たる異形たちが一堂に会する中、一人相変わらず制服を着た少女は明らかに浮いていた。

だがそれは見た目だけの話。その身に纏う気配は、異形たちに混じってなお異様な存在感を放っている。

 

全員が揃ったことを確認し、双頭の人形——マエストロが低く声を上げた。

 

「それでは、これにてゲマトリアの集いを開始する」

 

その言葉に、全員が重々しく頷く。

それを確認した黒服が静かに立ち上がり、ゆっくりと異形たちを見渡した。

 

「まずは私から……ではなく、ユメさんからお願いしてもよろしいでしょうか?」

「私かい?」

「えぇ、あなたの“研究”について、改めてここで話していただきたい」

 

思いがけず自分に話が振られ、ユメ(羂索)はわずかに驚いた素振りを見せた。

だが、ゴルコンダやマエストロも静かにこちらを見つめている。

ベアトリーチェは不服そうに眉をひそめたが、特に異議を唱える様子はなかった。

 

こちらとしても、渋る理由はない。

黒服が腰を下ろすのを待ってから、念のために用意しておいた書類を一枚取り出す。

書類を机の中央に滑らせ、視線を一巡させてからユメ(羂索)は口を開いた。

 

「研究というより、“技術”の方が近いかもしれないが――これに書いてあることを一言で表すなら、”神秘の自律制御”だ」

 

その言葉に、黒服を除く面々の視線が一斉に集まる。

その反応を見ながら、ユメ(羂索)は静かに言葉を続けた。

 

「神秘による異様な耐久性や治癒力の高さについては、前にも説明したと思うけど、それを自分の意思で制御できないかと思ってね」

 

そう言いながら静かに立ち上がり、書類の一枚を指先で軽く叩く。

 

「結果は見ての通り、治癒力と身体能力はある程度任意で扱えるようになった。この肉体では恐らくここまでが限界だが……神秘由来の異能を持つ生徒ならば、それらも制御できるようになる可能性がある」

 

そこで一旦言葉を切り、ユメ(羂索)は静かに眼前の異形たちを見渡した。

マエストロが軋むような音を立てながら首を傾け、興味深げにこちらを見つめる。

 

「神秘を持つ者でしか成し得ぬアプローチか。我々の手が届かぬ領域……実に、インスピレーションを掻き立てられる」

 

ゴルコンダ――正確には、写真を掲げるデカルコマニーが同意するようにゆっくりと頷いた。

一方ベアトリーチェは、興味深げにというよりも、獲物を観察するような鋭い視線で資料を見つめている。

三者三様の反応を見ながら、ユメ(羂索)は静かに息をついた。

 

「……私の成果は、ひとまずこんなところかな。できれば、そちらの研究も見せてほしい」

 

黒服の話では、“神秘”以外の領域を研究している者もいるらしい。

それらも、ぜひ目にしておきたいところだ。

ユメ(羂索)の言葉を聞いたマエストロが、軋む音を立てながら静かに立ち上がった。

 

「では、次は私から紹介させていただこう。私が主とする分野は――“芸術”であり、“複製”だ。」

 

マエストロ、そしてそれに続くゴルコンダの発表を聞きながら、ユメ(羂索)は思わず目を見開いた。

マエストロの“複製”、ゴルコンダの“テクスト”——どちらもまた魅力的だ。

かつて自らが構築した“呪力”の理論と比較しても、勝るとも劣らぬ精緻さがあった。

 

思考の糸を巡らせているうちに、ゴルコンダの言葉が途切れる。

静寂を破るように、ベアトリーチェが余韻も惜しまず立ち上がった。

 

「私が求めるものは、崇高がもたらす楽園。ひいては、”大人”が管理する社会です。そして、そのために子供は搾取される必要があると考えています」

 

その言葉を聞き、前回の言動に合点がいった。

彼女がユメ(羂索)の肉体が“生徒”であることに執着していた理由が、線としてつながる。

 

「いずれはここキヴォトスで実現するため、手始めにアリウス自治区の生徒会長となり、統治を進めているところです」

「……なるほどね、実質的な箱庭といったところか」

 

理論の是非はともかく、理屈は通っている。

少なくとも、それを築き上げた野望の深さは称賛に値するだろう。

だが――ひとつだけ、気になる点があった。

 

「でも、それは君の言う“崇高”とやらに関係するのかい?」

 

彼女の話を聞くかぎりでは、まともな統治など行われていない。

むしろ実態は迫害に近いものだろう。それにどうこう言うつもりはないが、反逆のリスクを抱えてまで実行するにはあまりにも回りくどい手段だ。

 

自らの理論を追い求めるうちに、手段がいつの間にか目的へとすり替わっていた――そんな例は珍しくない。

羂索の言外に滲むその疑念を察したのか、ベアトリーチェはわずかに目を細め、素っ気なく答えた。

 

「もちろんです。あなたに教えるようなものではありませんが」

「……不躾なことを聞いたかな。すまない」

 

これ以上踏み込んでも、警戒心を強めさせるだけだろう。

得策ではないと判断し、羂索はあっさりと引き下がった。

 

全員が再び席についたのを確認し、黒服が静かに声を上げる。

 

「それでは、これにて今回の会議は終了でよろしいでしょうか?」

「構わない。興味深いものが聞けたことに感謝しよう」

 

マエストロが軋む音を立てながら応じる。

他の面々も異論はないといった様子で、静かに頷いた。

 

「それでは、本日はここで解散とさせていただきます。またの機会に」

 

その言葉とともに、黒服は部屋の外へと姿を消した。

マエストロ、ゴルもンダもそれに続いて立ち去っていく。

ユメ(羂索)も席を立ち、後を追おうとした――そのときだった。

 

「……お待ちなさい」

 

背後から、ベアトリーチェの冷ややかな声が響いた。

自らの理論に興味を示していたマエストロならともかく、ベアトリーチェに呼び止められる理由にはまったく心当たりがない。

わずかに警戒を滲ませながら、ユメ(羂索)は振り返った。

 

「……何かな。聞きたいことでも?」

 

貼り付けたような笑みを浮かべて問いかけると、ベアトリーチェは静かに頷いた。

 

「あなたの言っていた”神秘の自律制御”、これは他のものに適用させることは可能なのですか?」

「……理論上は可能だが、まあ難しいね。私だからできるといっても過言じゃない。手段に心当たりがないわけではないが……」

 

思いがけない問いに一瞬言葉をつまらせながらも、慎重に言葉を紡ぐ。

ゲマトリアの戦力が未だ未知数の中、下手な嘘をついてベアトリーチェを敵に回したくはない。

ユメ(羂索)の答えを聞いたベアトリーチェは、わずかに残念そうに息を吐いた。

 

「……そうですか、儀式に使えそうだと思ったのですが」

「――儀式?」

 

その言葉を拾った瞬間、ベアトリーチェが動揺したように目を伏せた。

本来ここで口にするべきことでは無いことだったのだろう。だがその隙を逃す羂索ではない。

 

「何かするつもりかい?“儀式”というからには、何かを呼び出すのだろうけど」

 

古来より、儀式というものは人ならざるものと繋がるために行われてきた。

生贄を捧げるようなものはもちろん、結婚式でさえも本来は神に男女が結ばれたことを告げるための行為だ。

 

キヴォトスにおける儀式が呪術的な意味合いと異なる可能性もあるが、それはそれで興味深い。

ユメ(羂索)の言葉に、ベアトリーチェは一瞬顔を歪めた。

 

「何度も言っているでしょう、あなたに教えるようなものではありません」

 

突き放すようなベアトリーチェの言葉をよそに、羂索は考察を続ける。

 

本来なら神などが対象に当てはまるだろうが、”神秘”を持つ生徒を軽んじる彼女が、神と繋がるような儀式を行うとは思えない。

呪霊や妖怪の類も、ここキヴォトスで聞いたことはない。仮にそんな存在がいたとしてベアトリーチェがわざわざ儀式を行うかは疑問が残る。

 

ベアトリーチェの突き放すような態度、ここキヴォトスにおける”上位の存在”、それらが脳内で繋がり、一本の答えが導き出される。

 

——”色彩”

 

目的も疎通も持たず、不可解な観念そのもの。解釈されず、理解されず、伝達されず、ただ到来するだけの不吉な光。

黒服いわく、ゲマトリアの宿敵であり忌むべき存在。

 

”神秘”を反転させる、生徒より上位の存在ならば、儀式で呼び寄せるに相応しいものだろう。

ゲマトリアの宿敵であるそれを呼び出そうとしているなら、ベアトリーチェが頑なに教えることを拒む理由も納得できる。

 

あくまで推測にしか過ぎないとはいえ、本来ならそれは紛れもないキヴォトスの危機である。

黒服に伝えたら顔色を変えるレベルのものだが、羂索に教える気は微塵もない。

 

——むしろ、都合がいいとも言えるだろう。

 

羂索の()()にとって、間違いなくこの情報は貢献してくれるものだった。

足早に立ち去ろうとするベアトリーチェを、今度はユメ(羂索)が呼び止める。

 

「せめて、儀式の日時だけでも教えてくれないかい?」

「……何故、あなたに教える必要があるのですか」

 

ベアトリーチェが吐き捨てるように呟く。

だが羂索としても、計画に大幅な修正が必要になる可能性がある以上、ここで引くわけにはいかない。

 

「興味があってね、"儀式"ってやつに。こちらも、”神秘の自律制御”についての情報を渡そうか?」

 

その一言に、ベアトリーチェの表情がわずかに揺らいだ。

やはり“神秘”が関わってくる儀式らしい。一瞬の沈黙が落ち、空気が張り詰める。

やがて、その緊張を先に断ち切ったのはベアトリーチェだった。

 

「いいでしょう、日時だけならばあなたに話します。ただし、情報はそちらから話しなさい」

「……構わないよ」

 

一瞬だけ思案する。

最悪、こちらの情報だけ持っていかれたとしても構わない。

これから話す内容が漏れたところで、羂索にとって痛手になることはないからだ。

 

——神秘の制御は、呪力強化の応用として成立している。

つまり、呪力と同じく“神秘”を知覚できない限り、制御など不可能。

ならば……強制的に、気づかせればいい。

 

呪力を非術師に知覚させる方法は、二つ存在する。

一つは、真人の“無為転変”を用いて魂の構造そのものを改変する方法。

だが、キヴォトスにそんな便利な能力を持つ者はいない。

 

そして、二つめは——

 

「これはあくまで私の推測だが……()()()()()()()()()()こと、それが一つの鍵なのではないかと踏んでいてね」

 

”死の淵まで追い込む”

稀にだが、非術師でも呪霊などに追い詰められたときは呪霊が見えるようになると言った事例があった。

それは恐怖によるものなのか、人間の防衛反応か。

 

だが、もし“神秘”が呪力と同じく“目に見えないが確かに存在する力”なのであれば、この理論も当てはまるのではないかという可能性は捨てきれなかった。

しかし、現状の自分は変装なしでは外を満足に歩くことすらできない身分だ。

そんな実験に同意する者はいないだろうし、拉致や詐欺といった手段はリスクが高すぎる。

 

結局保留としていたのだが、学園を事実上支配するベアトリーチェならば実行に移せるのではないか。

 

「……死の淵に、ですか」

「ま、あくまでこれは推測だけどね。そのまま死んだら意味はないし、やりすぎても無駄に傷を増やすだけになるよ」

 

このあたりは才能も関わってくる分野だ。

やりすぎても意味はないという旨は伝えておいたが、興味深げに考え込む彼女には通じているかは少々疑問が残る。

しばらく思案していたベアトリーチェだったが、やがてゆっくりと息を吐いた。

 

「分かりました、参考程度に受け取っておきましょう」

「こちらは情報を渡した。次は君の番だよ」

「……“儀式”の日時でしたね」

 

一瞬の逡巡のうち、ベアトリーチェは諦めたように息を吐いた。

これを黒服にでも知らされたら面倒になると判断したのだろう。

 

「……来たるゲヘナとトリニティの不可侵条約。過去の公会議、そして戒律の再現であり、両者の憎しみが渦巻く——“エデン条約”。その当日です」

「エデン条約?」

 

神秘関連とアビドスについて重点的に調べていたこともあり、聞き馴染みのない単語だった。

だが、聞き返す間もなくベアトリーチェは踵を返す。

 

「伝えたいことは終わりましたので、それでは」

 

今度は呼び止める間もなく、彼女は扉の先へと消えていった。

一人残されたユメ(羂索)は、静かに思案する。

 

思った以上に、時間が残されていない。

推測で補われている部分が多いとはいえ、“計画”はすでに完成に近づきつつあった。

 

“船”、そしてそのための権限を求めるカイザー。

“色彩”を追い求めるベアトリーチェ。

駒は、着実に盤上へと揃いつつある。

 

仮に予想が外れていたとしても、ここでの準備が無駄になることはない。

 

計画——()()()()()()()()()()の準備は、いくらあってもいいのだから。

 

「……今は、待ちかな」

 

ユメ(羂索)の声が、不気味に静寂を切り裂いた

投票ありがとうございます!今のところ幕間の案はシリアスとギャグがありますが、どちらを先にみたいですか?

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