メンテナンス部は、今日も静かだった。少なくとも――千束が飛び込んでくるまでは。
「すみませーん! 私の銃、ここですよね!? さっき出したやつ!」
自動ドアが開くなり、元気だけを燃料に走ってきた千束がカウンターに両手をつく。受付嬢、正確には武器管理担当の女性は、ちらりと顔を上げて、すぐに視線を端末へ戻した。
「……ああ。千束さんですか」
声が冷たい。
「えっ、なにその“また来たのかコイツ”みたいなトーン」
「気のせいです」
間髪入れずに否定された。理由は明確だった。前回、前々回と、メンテナンス内容がいちいち細かい。
・フレーム歪み
・スライド不調
•マガジンをよりスムーズに装填出来るように
頑張りすぎた結果が報告書三枚分である。受付カウンターの向こうで、武器管理担当の受付嬢は、千束の「模擬戦をするので、デトニクスの代わりに銃を貸してほしい」という申し出を聞いた瞬間、
「では、代替銃をお渡しします」
ほんの一瞬だけ――本当に一瞬だけ、表情を変えた。それは同情でも善意でもない。ましてや業務的な笑顔でもなかった。
(あ、今――良くないこと思いついたな)
千束がそう直感するには、十分すぎる“顔”だった。
「では……」
受付嬢は声のトーンを崩さず、むしろいつもより丁寧なくらいの所作で、カウンターの下から一つのケースを取り出した。
「これなんて、どうでしょう?」
ガチャリ。
意味ありげな音とともにケースが開く。中に鎮座していたのは――S&W シグマ
無骨で角ばっており、そしてどこかで見たような、できれば思い出したくなかったようなフォルム。
「…………」
千束の思考が、見事なまでに停止した。
「……これ、グロックのパク――」
「言っちゃダメです」
被せ気味だった。否定というより、反射だった。
「いやでもこれ、パク……」
「言っちゃダメです」
声のトーンは相変わらず穏やか。だがその穏やかさの奥に、「これ以上踏み込むと戻れませんよ?」という圧があった。拒否権はないし、交渉の余地もない。千束は小さくため息をつき、観念したように渡されたペイント弾入りのマガジンを装填した。
(まぁ……撃てればいいのよ、撃てれば……)
そう自分に言い聞かせながら、スライドを引こうとした、その瞬間――
カチッ、カチカチ。嫌な音だった。銃として、あまりにも不穏な鳴き声。
「…………」
千束は無言で銃を見つめ、次にもう一度、恐る恐る操作する。
カチ。カチカチカチ。
「……弾、出ないんだけど?」
その問いは静かだった。静かすぎて、逆に怖い。
「ペイント弾ですので」
内容と回答が、まったく噛み合っていない。
「いや、それ以前の問題な気がするんだけど!?」
「あと、少々ジャムりやすい仕様です」
「“少々”のレベル超えてない!?これ、撃つ前から戦闘不能なんだけど!?」
千束が銃を軽く振るたび、カチ、カチ、カチ……と、まるで反論するかのように情けない音が鳴る。受付嬢は、その様子を一瞥すると、手元の端末をちらっと確認した。
スクロールして、一拍。そして――
「あ」
「あ、って何!?」
千束の声が裏返る。
「すみません。まだメンテナンス中でした、この銃」
「メンテナンス中!?じゃあ今までのやり取り何!?」
「動作確認用です」
「動作してないよ!?」
もはやツッコミが追いつかない。論点も逃げている。受付嬢は一拍置いてから、にっこりと微笑んだ。それは柔らかく、丁寧で、一切の悪意が表に出ていない笑顔だった。
「でも、トリガーは引けます」
「そこじゃない!」
千束は天を仰いだ。蛍光灯がやけに眩しい。この場所が、公式施設であることが急に信じられなくなる。
「ねぇ、これで模擬戦って……相手を撃つ前に、銃と戦うことにならない?」
受付嬢は少しだけ考える素振りを見せ、それから、さも正論ですと言わんばかりに答えた。
「武器への理解も、リコリスの重要な素養です」
「そんな精神修行みたいな素養いらないよ!」
「では、気を取り直して――」
武器管理担当の受付嬢は、まるで午後の休憩に紅茶でも勧めるかのような、やけに穏やかな口調で言った。そしてドンと、重そうなケースを、遠慮もためらいもなくカウンターに置く。
「トンプソンなんて、いかがでしょう?」
「おっ、トンプソン?」
その一言で、千束の目がきらりと光った。希望という名の錯覚が、一瞬で脳内に咲き誇る。
「いや〜それは嬉しいけどさぁ、模擬戦とはいえサブマシンガンはやりすぎじゃぁ〜」
千束は完全にあの“トンプソン”を思い浮かべていた。ドラムマガジン、重量級、反動マシマシ。やりすぎだけど、ロマンはある。だが。武器管理担当の女は、その勘違いを正す気など、毛頭なかった。むしろ口元に浮かんだ微かな笑みが、「楽しんでいる」ことを雄弁に物語っている。
そして、ケースが開かれると
「…………」
千束の脳が、二度目のフリーズを起こした。中に収まっていたのは、やたらと渋い木製グリップと長い銃身。そして、どう見ても拳銃サイズ。
現れたのは、
トンプソン・コンテンダー。
サブマシンガンのトンプソンではない。単発式の、狩猟・競技用ピストル。とんだ――トンプソン違いである。
「……え」
千束の声が、乾いた。
「……単発?」
「単発です」
情け容赦のない、即答。
「え、一発撃ったら終わり!?」
「はい」
「リロードしても?」
「一発です」
受付嬢は、力強く頷いた。それはもはや肯定というより宣告だった。完全にそういう賭けである。
「ちなみに……」
千束は、嫌な予感を全身で感じ取りながら、おそるおそる尋ねた。
「これ、なんの弾使ってるの?」
「はい、.30-06スプリングフィールド弾仕様です」
その瞬間、千束の中で警報がフル稼働した。
.30-06スプリングフィールド弾。機関銃や大型獣猟で使われる、正真正銘のライフル弾。人体に優しい要素はどこにもない。※銃弾に優しい要素はない。
「誰撃つの!?撃たれた所の存在消えるよ!?」
模擬戦どころか、クライマックスで主人公が覚悟を決めて撃つやつだ。機関銃で撃たれた場合、部位ごと消し飛び、基本的に即死する。
※模擬戦では当然出すモノじゃない
「安心してください」
受付嬢は、淡々と続ける。
「こちらもペイント弾仕様です」
「安心できる要素どこ!?ペイント弾でも威圧感がおかしいよ!」
千束はコンテンダーを両手で持ち上げ、ずっしりとした重量に肩を落とした。
「……これ、外したらどうなるの?」
「外したら?」
「一発外したら」
受付嬢は、にこりと微笑む。
「終わりです」
「人生がか!?」
「模擬戦がです」
「上手いこと言うな!」
千束は天井を見上げた。
「では、気を取り直して」
「何回、気を取り直すのかなぁ?」
千束のツッコミは、もはや反射だった。受付嬢はそれを完全に無視し、淡々と次のケースを引き寄せる。
「M1911系の銃はいかがでしょう?二丁拳銃スタイルで」
「……」
一瞬だけ、千束の顔に安堵が宿る。
「よ、ようやくまともなの来たよ……二丁拳銃はともかく....」
M1911。百年以上の歴史を誇る、由緒正しき拳銃の系譜。数えきれないほどのクローン、カスタム、派生モデルが存在し、千束が普段使っているデトニクス・コンバットマスターも、紛れもなくこの系統だ。
つまり勝ち筋。千束はそう確信するも、
「…………」
そこに鎮座していたのは、
AF2011-A1
コルトM1911を二丁、横並びに接合した、設計者の正気を疑う物体。銃身は1本、スライドは太いのが1本、トリガーは1つ。重量は、拳銃の範疇を軽く逸脱。
「……」
千束の脳内で、「まとも」という単語が音を立てて崩壊した。
「二丁拳銃って……」
ゆっくりと、信じられないものを見る目で問いかける。
「……こういうこと!?」
「はい」
即答だった。そこに一切の迷いはない。千束が両手で持ち上げる。
「……重っ!?」
前に引っ張られる重心。太すぎて指が回らないグリップ。そして想像するまでもない、えげつない反動。
「ちょ、待って!これ、二丁同時に撃つやつだよね!?」
「はい」
「反動どうすんの!?」
「気合いで」
「気合いぃ!?」
千束は構えようとして、すぐ諦めた。
「無理無理無理!これ、撃った瞬間に手首が過去に帰る!」
「安心してください」
受付嬢は、またしても淡々と補足する。
「模擬戦用に、威力は調整されています」
「“調整”で済むサイズじゃないよ!?そもそも握れないよこれ!」
AF2011-A1は、二丁拳銃というロマンを、物理法則で殴りつけた結果みたいな銃だった。
「ねぇ……」
千束は遠い目で天井を見つめる。
「私、なにか、メンテナンス部に恨み買った?」
受付嬢は一瞬だけ考え、そして穏やかに微笑んだ。
「……前回と前々回で」
「やっぱそこ!?」
千束はAF2011-A1をそっとケースに戻した。
「お願い、最後に一つだけ聞いていい?」
「どうぞ」
「これ全部、本気で模擬戦に使わせるつもりだった?」
「もちろんです」
「鬼か!」
メンテナンス部の空気は、今日も平常運転だった。