リコリス•ギア•リコイル   作:レゾリューション

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Gun Knows the Answer

千束はカウンターに肘をつき、さっきから開けられては閉じられる“問題児ケース”の数々を思い出して、遠い目をしていた。

 

メンテナンス中の銃。

単発の大口径ライフル。

二丁くっついた、設計者の正気を疑うM1911。

 

どれもこれも、「発想が悪ノリの域を超えている」という一点で完全に共通している。

 

「……ねえ、もっとこう、普通のはないの?」

 

ため息まじりにそう言ってから、ふと思い出したように首を傾げる。

 

「HK USP シリーズとかさ。ほら、ちゃんと“銃です”って顔してるやつ」

 

その瞬間だった。空気が、ほんの一拍だけ止まる。受付嬢は端末から顔を上げ、千束をじっと見つめた。その視線に含まれている感情は、非常にわかりやすい割合で構成されている。

 

哀れみ3割。呆れ5割。残り2割が「夢を見るな」という職務的現実。

 

「……そもそもですね」

 

彼女は眼鏡をくいっと上げる。

 

「Hk系統の銃を扱う人、うちではかなり少ないんですよ。殆どのリコリスがグロック26ですし」

 

「あ、そっか」

 

受付嬢は、まるで雑談でもするように付け足した。

 

「過去に一人だけ、実戦で9mmのUSPシリーズを使っていた人はいたそうですけど」

 

千束の動きが、ぴたりと止まった。

 

「へえ……」

 

何気ない相槌。しかしその一音に、ほんの一瞬だけ別の温度が混じる。だが次の瞬間には、彼女はいつもの調子に戻っていた。

 

「なにそれ、都市伝説?」

 

笑ってごまかすように言う。

 

「さあ」

 

受付嬢は肩をすくめる。

 

「記録もほとんど残ってませんし。あくまで"いたらしい”って話です」

 

「というよりHkの銃、値段高いので」

 

受付嬢は淡々と追撃する。

 

「とても高い。びっくりするくらい高い」

 

「うっ……」

 

千束は胸を押さえた。金額という概念は、彼女にとって大体いつも最後に殴りかかってくるタイプの敵である。

 

「なので」

 

受付嬢は、にっこりと微笑んだ。その笑顔には、慈悲も例外も含まれていない。

 

「仮にあったとしても、あなたには貸しませんよ」

 

「ひどくない!?」

 

千束が抗議の声を上げると、受付嬢は小さく息を吐いた。

 

「……というか、正直に言うとですね」

 

端末を閉じカウンターに肘をつく。完全に“愚痴モード”に入った仕草だった。

 

「お金がないんです。全体的に」

 

「え、DAって国家予算ゴリゴリじゃないの?」

 

「それがですねぇ……」

 

受付嬢は天井を仰いだ。

 

「今、上の予算がほとんどPL計画に吸われてまして」

 

「PL計画?」

 

千束が首を傾げると、受付嬢は“ああ、そこからか”という顔になる。

 

「正式名称はProject Lycoris」

 

彼女は、いかにも資料を読み上げるような口調で説明を始めた。

 

「戦闘で四肢を失ったリコリスを再び戦場に復帰させるための、次世代バイオニック義肢開発計画、です」

 

「へぇ……なんかすごそう」

 

「すごそう、なんですよ。表向きは」

 

受付嬢は指を折る。

 

「旧ソ連出身の“バイオニクスの権威”の研究データを基礎にして、神経直結型の義手義足を開発。反応速度、握力、精密動作――射撃も整備も体術も、人間以上に引き上げる、っていう」

 

「ほほー」

 

「評価もいいんです。“戦力維持”“合理的”」

 

そこまで言ってから、彼女は真顔に戻った。

 

「ただし」

 

「ただし?」

 

「義肢やら義手一つ作るだけでも、目玉飛び出るくらい高い」

 

「うわぁ……」

 

「しかもリコリスは未成年。成長するたびに作り直しで実験段階。実戦投入は困難」

 

受付嬢は、きっぱりと言い切った。

 

「そして、今も研究されている」

 

「……それって」

 

千束は、さっき見た“問題児ケース”たちを思い出す。

 

「つまり、銃の予算が削られてる?」

 

「その通りです」

 

受付嬢は即答した。

 

「良質なパーツ?取り寄せられません。Hk?論外。結果どうなるかというと――」

 

彼女は、棚に並んだクセの強い銃たちに視線を投げた。

 

「発想で誤魔化す方向に行くんです」

 

「うわぁ……」

 

「メンテナンス部にもっと予算よこせよ、って話ですよ本当に」

 

どうやらHK USP シリーズが出てくる未来が遠いことだけは、はっきりしていた。

 

「受付嬢さん……私、なにかしました?最早嫌がらせの類いなんですよ。このラインナップ」

 

千束は首を傾げ、きょとんとした顔で受付カウンターの向こうを見つめた。心底わからない、という顔だった。少なくとも本人の中では。

 

「心当たりがないのですか?」

 

武器管理担当の受付嬢は、声を荒げることもなく、ただ静かに問い返す。その口調は穏やかだが、逆に逃げ場がないタイプの静けさだった。

 

彼女は机の引き出しから、分厚いファイルを一冊取り出す。

 

 ドン。

 

置かれた瞬間、空気が重くなった気がした。

 

「こちらをご覧ください」

 

千束が恐る恐るファイルを覗き込む。そこに並んでいたのは――

 

【メンテナンス内容】

【再調整】

【微調整】

【再・再調整】

【やっぱり再調整】

【念のため再確認】

 

ページをめくっても、めくっても終わらない。

 

「…………」

 

千束の口が、わずかに開いた。

 

「……あっ」

 

ようやく、理解が追いついた。

 

「あー……うん、確かに……」

 

視線をすっと逸らす。さっきまでの無邪気な顔はどこへやら、明らかに“思い当たる節がありすぎる人間”の反応だった。

 

「ちょっと、細かすぎたかも……?」

 

希望的観測を込めた一言。

 

「ちょっとではありません」

 

即座に切り捨てられた。その後、数分の説教をくらう千束だった。受付嬢はため息すらつかず、黙って立ち上がると、奥の棚へ向かう。

 

数秒後、彼女が戻ってきた。その手にあったのは、見覚えのある黒いケース。

 

「……こちらを」

 

カチャ、とケースが開く。中に収まっていたのは、ピカピカに整備されたデトニクス・コンバットマスター。

 

「うわぁ……!」

 

千束の顔が、一瞬で花開いた。

 

「おかえり! 私のデトニクス!」

 

抱き上げる勢いで銃を手に取り、頬ずりしかねないテンションだ。

 

「次に壊したら」

 

受付嬢は、にこりともせず告げる。

 

「本当に“単発式”にしますから」

 

「え、それはそれで逆にロマン……」

 

「反省してください」

 

「はい……」

 

即答だった。千束は銃を大事そうに胸に抱え、そそくさと出口へ向かう。その背中に、受付嬢がぽつりと呟いた。

 

「……腕は、本物なんですけどね」

 

その一言を、千束は――聞こえなかったふりをした。次の瞬間。

 

「それじゃ失礼しまーす!!」

 

全力疾走、廊下に響く足音は、反省の“は”の字も感じさせなかった。受付嬢はその様子を見送り、静かに端末へ視線を戻す。

 

「……次は、何日保つかしら」

 

そんな独り言が、誰にも聞かれないまま、メンテナンス室に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

結果的に言えば――千束&たきな VS フキ&サクラの模擬戦は、千束たちの勝利で幕を閉じた。ルールは単純明快。ペイント弾が当たったら負け。戦術も戦略もあるが、最終的には「当たったらアウト」という、非常にわかりやすい世界である。

 

 

千束は、開始と同時に一つだけ決めていた。たきなが来るまで、絶対に場を持たせる。そのための生贄に選ばれたのが、サクラだった。

 

電波塔の件で、ちょーっと。ほんのちょーっとだけ、感情をこじれさせられた相手である。

 

「良い腕してるねぇ~」

 

千束が軽口を叩いた次の瞬間、距離はゼロになっていた。

 

「なっ――」

 

サクラが反応するより早く、彼女の手元からグロック26が消える。

 

「はい、没収~」

 

奪われた銃をひらひら振りながら、千束は楽しそうに言った。

 

「今の判断ミスで一回。銃を許した時点でもう一回」

 

にっこり。

 

「2回は死んでるね」

 

「……ッ!」

 

サクラが反撃に出ようとした、その肩を掴んだのは相方のフキだった。

 

「下がれ、サクラ!」

 

「でも――!」

 

「今は撤退だ!」

 

模擬戦とは思えない緊迫感の中、サクラは歯噛みしながら後退する。その背中に、千束は追撃しない。代わりに角に隠れて――グロック26のマガジンを抜き、わざとペイント弾を数発抜いた。そして床に転がす。

 

「忘れ物ですよぉ~」

 

スーッ……と、床を滑ってサクラの足元へ。

 

「……舐めやがってぇ!!」

 

完全に煽られたサクラは、反射的に銃を拾い、引き金を引く。

 

――だが。

 

千束は、まるで自分の立ち位置にスポットライトでも当てているかのように、ひらりと身を翻した。

 

「そろそろかなぁ?」

 

余裕たっぷりの声。その直後だった。

 

――カチ。

 

乾いた音が、やけに大きく響いた。サクラの指が引き金を引いたまま止まる。撃てない。出ない。理解した瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 

「……っ!」

 

「敵から貰った銃で撃つなんて、まだまだ甘いねぇ」

 

ペイント弾が、容赦なくサクラの顔面に集中砲火した。ゴーグルに、頬に、額に。ペイントが弾け、視界が一気にカラフルに染まる。

 

「――っぶ!?」

 

言葉にならない声を上げたサクラが、よろけて後退する。その様子を見届けて、千束は満足そうに一歩引いた。銃口を下げ、にっこりと笑う。

 

「はい、アウトぉ~」

 

まるで鬼ごっこの終了宣言のような軽さだった。そこでフキは、千束の背後を取った。しかし、

 

「うぉ——————!」

 

背後から聞こえた声。振り向いた瞬間、視界がぶれた。

 

「っ!?」

 

――ごん。

 

頬に走る、明確な衝撃。理解より先に、フキの体勢が崩れる。その直後、発砲音。たきなが撃ったペイント弾が命中し、模擬戦終了の合図が鳴り響いた。

 

 

「……くそッ!」

 

フキは顔をしかめながら立ち上がり、たきなを睨む。

 

「お前、模擬戦なんだぞ。後ろから撃てばよかっただろ。それを、わざわざ突っ込んできて殴るなんて……馬鹿げてる」

 

たきなは一瞬だけ考え、そして穏やかに微笑んだ。

 

「これで、おあいこですね」

 

その笑顔が、火に油だった。

 

「……っ!」

 

フキは人差し指を突きつける。

 

「やっぱりお前、使い物にならないリコリスだよ!命令違反に独断行動!二度と戻ってくるんじゃねぇ!」

 

びしっと言い放つ。その空気を、ぱぁん、と軽く叩き割ったのは千束だった。

 

「いや~でも勝負だよ?後ろを確認しなかったフキも問題あんじゃないのぉ?」

 

にこにこと笑いながら歩み寄る。フキが言い返そうとする前に、たきなが小さく呟いた。

 

「……私は、嬉しいかったです」

 

「は?」

 

「ちゃんと、自分で動けたので」

 

その一言に、フキは言葉を失った。千束は満足そうにうんうんと頷く。

 

「よし!じゃあ帰ろ帰ろ!お腹すいたぁ~!」

 

あまりにも自由すぎる締めだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

整備室は、いつも同じ匂いがした。油と金属と、微かに残る火薬の残り香。それらが混ざり合った、リコリスにとっては日常でしかない匂い。彼女は、その中に溶け込むように椅子に腰を下ろしていた。年齢に似合わないほど、姿勢は正しい。

 

足は床にきちんと届いていないが、それを気にする様子もない。壁際の作業台には、分解された拳銃が整然と並べられている。部品の配置に無駄はなく、どこに何があるかを考える必要すらない。

 

指が覚えている。

 

周囲では、他のリコリスたちが軽口を叩きながら整備をしている。新型の銃がどうだとか、反動がどうだとか、誰それの戦い方が派手だとか。誰かが笑い、誰かが冗談を言う。それらは彼女の耳に届いていた。だが、拾われることはなかった。彼女の視線は、ただ一つ目の前の銃に向けられている。

 

Hk USP Expert

 

厚みのあるスライド。主張しすぎない直線的なフォルム。手に取った瞬間、重さが均等に分散される感触。軽くはない、だが、偏らない。彼女はそれを「安心」と認識していた。バレルを指先でなぞり、微細な擦過痕を確認する。任務帰りに付いたものだ、記憶にある。

 

深くはない、研磨の必要もない。

 

「……問題なし」

 

声は小さく、独り言というには、少しだけはっきりしていた。彼女は銃を信頼していた。だが、感情を預けるようなことはしない。だから、必ずこうして自分の目で確かめる。機械は裏切らないが、整備を怠れば結果は変わる。

 

スプリングを軽く押し、反発を確かめる。わずかな差異。ほんの僅かでも、違えば分かる。それが、生き残るための最低条件だった。マガジンを手に取り、弾を装填する。今日は9mm。任務内容を思い返し、45口径を選ばなかった理由を再確認する。

 

彼女にとって弾の選択は、趣味ではない。

 

・貫通が必要か

・制圧が目的か

・音を残していいか

 

条件を並べ、答えを出す。そこに迷いはない。

 

「またそれ?」

 

不意に声がかかる。

 

「重くない?」

 

視線を上げず、彼女は短く答えた。

 

「慣れてる」

 

それ以上、何も言わない。

 

軽い銃が扱いやすいことは知っている。だが軽いということは、反動が素直に返ってくるということでもある。彼女は、反動を「読む」ことよりも、反動が「常に同じ」であることを選んだ。引き金を引いた瞬間、次に何が起きるか。想像ではなく、確信で知っていたかった。

 

だから、この銃を使う。

 

非殺傷弾を好んで使う、奇妙なリコリスがいるという噂も聞いたことがある。そんな弾で戦うのは、彼女には理解できなかった。

 

仕事(殺し)を、仕事(殺し)として終わらせない選択。

 

それは、役割の放棄に等しい。

 

作業は終盤に差し掛かる。組み上がった銃を片手で持ち、やがて鞄に収める。金属音が小さく鳴り、蓋が閉じられた。その瞬間、銃はただの装備になる。彼女は立ち上がり、鞄を手に取る。足取りに迷いはない。感情も、達成感もそこにはない。この銃は、今日も仕事をする。彼女もまた同じだ。

 

それ以上でも、それ以下でもなかった。

 

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