リコリス•ギア•リコイル   作:レゾリューション

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Grave Words, Empty Guns

──翌日。

 

 

千束はその「左遷支部」ことリコリコに到着した。

 

カランカランと鳴る戸口の鈴の音に出迎えられると、店内には朝の柔らかな陽射しと、香ばしい焙煎の匂いが漂っていた。

 

カウンターに座るリコリコの店長、ミカの声はいつも通り低く、響いた。

 

「転属してくるリコリスが来る……?」

 

「そうだ」

 

一言だけで済ませるあたり、彼の性格がよく出ている。

 

話を聞けば昨日、ビルで機関銃をぶっ放した黒髪のリコリスが問題視され、命令違反の処分としてこのリコリコに飛ばされてくるらしい。

 

「ってことは、彼女が私のパートナーに!?」

 

「そういうことだな」

 

千束の瞳が一瞬きらりと輝いた。映画やドラマでよくある「相棒もの」──そこには浪漫がある、と彼女は信じていた。

 

……もちろん、過去にパートナーがいたが、相性が悪く、話も噛み合わず、長続きしなかったことは棚の上。千束は、都合の悪い過去はきれいに忘れるタイプだった。

 

「まぁ、あの子も色々あってな」

 

ミカはそれ以上多くを語ろうとせず、すぐに別の話題へと切り替えた。

 

「さて、千束。悪いが買い出しを頼む」

 

「えぇ〜?また私〜?私、この店の看板娘なんですけど〜?」

 

ぶつぶつ文句を垂れながらも、千束は結局、買い物袋をひょいと持ち上げる。その姿はどう見ても、最強のリコリスというより「使い勝手の良い従業員」でしかなかった。

 

こうして今日もまた、喫茶リコリコの一日は、ゆるく、しかし確実に始まっていく。

 

 

 

千束が買い出し袋を提げて街を歩いている頃、リコリコの店内では、思いがけない邂逅が始まっていた。

 

「……あの」

 

遠慮がちに開かれた扉から顔を覗かせたのは、見慣れない少女だった。

 

呼びかけられたのは、カウンター席で酒瓶を片手に「なんで私はまだ結婚できないの……」と泣きそうになっていた中原ミズキ27歳。

 

「え、あんた誰?」

 

酒気を帯びた声で怪訝に問いかける。

 

その瞬間、低い声が割り込んだ。

 

「来たか、たきな」

 

答えたのはミカだった。

 

そう、そこに現れたのは井ノ上たきな。ほんの数日前、任務中にPKMをぶっ放し、派手にやらかしたせいで左遷されてきた張本人だ。

 

「……ああー」

 

ミズキは酒瓶を揺らしながら、すぐに察した。

 

「DAクビになったって噂のリコリス....」

 

「クビじゃありません」

 

即答し、たきなの黒髪がわずかに揺れる。真剣そのものの眼差しで言葉を返す。

 

「“あなたから学べ”との命令です。千束さん」

 

 

 

 

 

 

違います。

 

 

 

 

 

その場にいたミカとミズキの心が、同時にそうツッコんでいた。

 

たきなが視線を向けている相手は、歴史最強のリコリスであり、問題児の錦木千束ではない。ただの、27歳にもなって結婚できないことを泣き喚いていた酒癖の悪い酔っ払いである。

 

しかし当のたきなは勘違いに気づく様子もなく、姿勢を正して言い放った。

 

「転属は本意ではありませんが、東京で一番のリコリスから学べる機会を得られて光栄です。この現場で自分を高め、本部への復帰を果たしたいと思っています」

 

「……それは千束ではない」

 

静かに突っ込むミカ。

 

「それって言うな」

 

酒瓶を置き、ミズキが叫ぶ。

 

たきなは一瞬、言葉を失った。やがて、ハッとした表情でミカを見つめる。

 

「……まさか」

 

真剣な瞳。鋭い推理。張り詰める空気。

 

「そのおっさんでもねぇよ!!」

 

ミズキのツッコミが雷鳴のごとく店内に轟いた。

 

「わたしはここの管理者のミカだ」

 

「井ノ上たきなです」

 

「千束が帰ってきたらちゃんと紹介しよう。……それまでは、ミズキから学んでもいいかもしれんな」

 

「はぁ!?」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 

 

たきなの勘違いが炸裂し、リコリコ店内が騒然としていたその時。カラン、と軽やかなベルの音を立てて扉が開いた。

 

「ただいま。先生大変!SNSで“ここのホーススタッフが可愛い”って!これって、もちろん私のことだよね~!」

 

買い出しから帰って来た千束がスマホを見せる。

 

そこに待ったをかけたのは、ミズキ。自慢げに笑う姿は、すでに酔っ払いのテンションそのものだった。

 

「アタシに決まってるだろう!!」

 

即座に自称“大人のお姉さん”の主張が炸裂する。だが、その場にいた全員が──心の底から「それはあり得ない」と思った。

 

「冗談は顔だけにしろよ、酔っ払い」

 

帰ってきたばかりの千束が、さらりと毒を吐いた。案の定、ミズキはギロリと睨み返す。

 

「なんだとぉ!?」

 

火花が散りそうな空気を一旦無視して、千束はようやくたきなの存在に気づく。

 

「あら……リコリス。っていうか、どしたのその顔?」

 

「今日から派遣されたリコリスだ」

 

ミカの静かに声が差し込む。彼の言葉に、千束とたきなは同時に振り向いた。

 

「今日からお前の相棒だ、千束」

 

ミカの低い声。その瞬間──。

 

「えっ!この子が?」

 

「え?この人が?」

 

千束とたきなの声が重なった。

 

千束はテンション爆上げで、たきなは表情を大きく変えないままも、わずかに目を見開いている。

 

「よろしく相棒!私は錦木千束!!」

 

「井ノ上たきなです」

 

「たきな!はじめましてよね!」

 

「は、はい……去年、京都から転属になったばかりで──」

 

「おお~!転属組!優秀なのね!歳は!?」

 

「えっと、16歳です……」

 

「おお!私が2つお姉ちゃんか!でも“さん”はいらないからね?「ちさと」でオッケー!」

 

そこにミズキが割り込む。

 

「何言ってんの千束、アンタは17でまだ成人になってないでしょうが」

 

「あ....そうだったね」

 

千束は軽く舌を出して“てへっ”とウインク。

 

「アンタはまだまだガキンチョで、私みたいな人が“大人のお姉さん”なのよっ!」

 

その言葉に千束は、すかさず言葉のカウンターを放つ。

 

「飲んだっくれで酒癖最悪で結婚願望有り(笑)女を“大人のお姉さん”とは言いたくないかなぁ~」

 

「んだとぉ!!上等だ、表出ろや!」

 

「やめろ、二人とも。たきなの前で」

 

ミカの一言で、今にも始まりそうだった場外乱闘はなんとか収束を迎える。

 

──だが、たきなは心の中で思っていた。

 

(……ここが、本当に私の学ぶ現場なんですか?)

 

その無表情の奥に、不安と戸惑いがじわりとにじんでいた。

 

 

「その顔は名誉の負傷ってやつ?」

 

千束が首をかしげると、たきなは小さく首を振った。

 

「いえ……これは」

 

彼女は短く事情を説明した。

 

説明を聞いた瞬間、千束は分かりやすく眉をつり上げ、リコリコの固定電話に手を伸ばす。プッシュ音が響き、すぐに回線が繋がった。

 

「殴らなくたっていいしょーよ!」

 

店内に千束の声が響き渡る。ものの数秒でたきなを殴った千束の同期である春川フキと言い争いになっていた。

 

「うっせぇアホ!!」

 

怒鳴り合いの末、千束は受話器を乱暴に叩きつけるように切る。そのまま振り返り、にっこり笑った。

 

「よし!それじゃあ早速仕事に行こう、たきな!」

 

「はい!」

 

勢いに押されるように、たきなも立ち上がった。

 

「あ、先生のコーヒー飲んでからでいいからね?先生のコーヒー美味しいから!私は着替えてくるから、ごゆっくり~」

 

千束は軽い調子で言い残し、奥の部屋へと消えていった。和服の制服を脱ぎ、リコリスの装備へと着替えていく。

 

着替えを終えると、千束は再び笑顔を取り戻し、待っていたたきなと一緒に外へと歩き出した。

 

 

外に出た千束とたきなは、歩きながら自然と会話を交わしていた。

 

「フキってさ、悪いやつじゃないんだけど融通が利かないんだよね」

 

千束は苦笑しながら肩をすくめる。その横顔には、どこか昔を思い出すような色も混じっていた。

 

「……なるほど」

 

たきなは相槌を打つが、内心は「愚痴か」と半分呆れ気味。

 

「しかもさ、同じ部屋で寝てたんだけど……歯ぎしりがうるさくてさ。こっちは寝不足になるし」

 

千束は思い出したかのようにため息をついた。

 

もしも今ここにフキ本人がいたら、間違いなく千束にメンチを切っていた。いや、黙って睨むだけでなく、胸ぐらを掴んで詰め寄っていたかもしれない。

 

さらには靴底で地面をギリギリと削りながら「もう一回言ってみろや!あぁ!」と圧をかけていただろう。

 

そんな光景を想像して、千束はひとりでクスクス笑った。

 

「うわ、今の想像したら背筋ゾクッとした!」

 

千束は自分の両腕を抱きすくめる。

 

「……自業自得です」

 

たきなの一言は氷のように冷たかった。

 

「まぁそういうところも含めてフキらしいんだけどね」

 

たきなは、そんな千束を横目で見つめながら、どう返すべきか少し考え込んでいた。

 

 

 

たきなは歩調を合わせながら、ふと口を開いた。

 

「千束さんは……どうしてDAにいないんですか?」

 

その問いは慎重でありながら、核心を突くものだった。

 

千束は一瞬だけ目を丸くし、それからわざとらしく顎に手を当てる。

 

「うん?あぁー……問題児だからかなっ」

 

キリッとした顔を作り、ドヤ顔で胸を張る。軽快な調子でごまかそうとしているのは明らかだったが、その裏に潜む影をたきなは見逃さなかった。

 

「優秀なリコリスだと伺っています。あれも千束さんの仕事だと」

 

たきなが視線を向けた先には、遠くに斜めに傾いたままの旧電波塔がある。今も鉄骨は無惨に折れ曲がり、過去の惨劇を無言で語っていた。

 

「旧電波塔をテロリストから一人で守ったリコリスとして、地方でも有名ですよ」

 

その言葉に、千束の表情から一瞬だけ笑みが消えた。

 

「……やっぱり、そう伝わってるよね.....」

 

歯切れの悪い返答。さっきまで軽口を叩いていた千束の声が、急に沈む。たきなはその落差に胸の奥がざわつくのを感じた。

 

「……あ、もちろん私が壊したわけじゃないからね?」

 

最後に冗談めかして付け足したが、その軽さがかえって影を濃くする。

 

「……」

 

短い沈黙のあと、千束が小さく肩をすくめた。

 

「私、電波塔の英雄なんて呼ばれることあるけど――あの呼び方、好きじゃないんだ」

 

千束は自嘲のように笑い、たきなの目が細くなる。

 

「どういうことですか?」

 

真っ直ぐに投げかけられる問い。千束は少しだけ足を止め、どこか遠いものを見るように目を細めた。

 

「電波塔は結局、壊れてあんな有様……私もあの時は重症を負って2年半近くリコリスとして活動出来なかったし。優秀なリコリスは、今もDAにいる子たちのことだと思います」

 

淡々とした声。それは感情を抑え込んでいるようでもあった。

 

たきなは短く息をつき、呟くように言う。

 

「……わたしも、そのはずでした」

 

千束は横目で彼女を見て、少し口角を上げた。

 

「……あー例の銃取引のやつ?」

 

声色は軽いが、どこか探るようでもある。

 

「でもなんだかんだで銃は押さえられたんでしょ?」

 

「……いえ、なかったんです」

 

即答するたきな。その真剣な声色が、余計に重く響く。

 

千束は二度瞬きをしてから、口を開いた。

 

 

 

「…………ゑ?」

 

 

 

間の抜けた声が、路地にぽつんと響いた。

 

 

「いやいやいやいや!取引現場ならさ!普通あるでしょ!?ほら、ドーンっていっぱい!」

 

「なかったんです」

 

「……ちょい待ち!待って!タイム!私、すっごい今シリアスなテンションで話してたんだけど……そのオチ?」

 

千束は頭を抱え、天を仰ぐ。通りすがりの小学生が「なんか変な人いる」と指差して笑った。

 

一方のたきなは表情を崩さず、ただ

 

「事実です」

 

とだけ答えた。だが、千束は

 

「私のシリアス返してー!」

 

シリアスな雰囲気で話したのにオチがこれで叫んでいる。

 

たきなは、やはり表情を崩さない。けど口元はわずかに揺れ、笑いを堪えているようにも見えた。

 

 

 

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