リコリス•ギア•リコイル   作:レゾリューション

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Erased Names

千束は、シリアスな口調で「英雄なんて好きじゃない」と語ったその数分後。

 

まさかの「銃がなかったオチ」に面を食らい、心のダメージを抱えたまま、たきなを伴って次の任務に向かっていた。

 

最初の立ち寄り先は保育所。次に日本語学校。そして最後に、なぜか組事務所。

 

「……あの、任務ってこういうのも含まれるんですか?」

 

たきなが遠慮がちに尋ねる。

 

「そりゃそうよ~。リコリコは地域密着型だからね!ほら、“困ったら何でも千束に”ってキャッチフレーズ!」

 

「聞いたことありません」

 

「いま作った!」

 

とりあえずノリと勢いで押し切る千束。

 

そして組事務所。

 

 

濃厚なコーヒーの香りが漂っていた。

千束は笑顔で紙袋を差し出す。中にはミカが丹念に挽いたコーヒー豆。

 

「これで例の約束は果たしたぜぇ組長さん」

 

組長は太い腕で袋を受け取り、目を細めた。

 

「おお、ありがてぇ。やっぱ本場の豆は違うな」

 

……空気は和やか。ここまでは完璧だった。

 

だが、その場にいる一人だけ、違う方向に思考を巡らせていた。

 

唐突に鞄の側面手を押す。そこには拳銃が入っており、銃が引き抜かれるはずだった。が千束が恐ろしく早い手口で銃をしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──保育園、日本語学校、組事務所。

 

ついて回ったたきなは、とうとう口を開いた。

 

「……これは、リコリスの任務なんですか?」

 

眉間にしわを寄せるたきなに、千束は肩をすくめて答える。

 

「んー、任務っていうより、まあ……“お手伝いさん”かな?」

 

「お手伝い……?」

 

「そうそう。困ってる人を助ける仕事だよ!」

 

胸を張る千束。その口調は妙に軽い。たきなは思わず眉をひそめる。

 

「でも、保育園に日本語学校、組事務所……共通点が見当たりません」

 

「あるよ?」

 

と千束は即答した。

 

「みんな困ってるから助ける!はいロジック完成〜」

 

ドヤ顔で指を鳴らす千束。

 

「……ロジック、ですか」

 

「そう!助け求めてる人がいるなら手を差し伸べたい。だから、たきなも協力してくれない?」

 

にっこり笑いながら、千束は手を差し出した。

 

一方のたきなは、しばらく固まったまま。

 

(……この人、本当にふざけてるのか、本気なのか分からない)

 

真面目に考えすぎている自分に気づき、たきなは小さくため息をついた。

 

それでも、千束の差し出した手からは、不思議と拒めない力を感じてしまうのだった。

 

 

 

──警察署。

 

千束とたきなが通された先にいたのは、どこか気の抜けた雰囲気をまとった刑事だった。

 

「いや〜またリコリコに行く楽しみが増えたよ。よろしく」

 

にこやかに手を振るその人物――阿部刑事。

 

勤務中なのに雑誌を読みかけていたのを、慌てて机に押し込んだのは見逃せない。

 

「井ノ上たきなです」

 

たきなは姿勢正しく、淡々と自己紹介する。

 

阿部はにやにやと笑い、どこか“常連客モード”のままだった。実際、彼は勤務中にもかかわらずリコリコに顔を出してはボードゲームで遊んで帰るという世間で見ればダメな大人である。

 

「で、本題なんだけどね」

 

妙に親しげな口調で阿部が切り出す。

 

「篠原沙保里さんって女性がストーカー被害に遭ってるそうなんだ。ただな……」

 

「ただ?」

 

たきなが身を乗り出すと、阿部は人差し指を立てた。

 

「警察はストーカー案件って動きはするんだけどね、まあ動きが鈍い。情けない話、事件が起きないと警察は動かないんだ」

 

「自分で言いますか、それ」

 

たきなの冷たい突っ込み。

 

阿部はまるで聞こえなかったかのように続ける。

 

「で、女の子同士の方が話しやすいだろ?だから君達に頼みたい。もちろん報酬のバイト代も多めに出すからさ」

 

「……つまり、私たちにお任せってことね!」

 

千束が腕を組み、にかっと笑った。

 

その横でたきなは小さくため息をつく。

 

(……警察が頼りなくて、喫茶店に依頼って……どういう国なんですか、ここは)

 

 

 

 

 

「さて、次はたきな向きの仕事かもよ。なんたってボディーガードだからね」

 

携帯を耳に当てながら、千束が軽快な声で言う。どうやら次の依頼人と待ち合わせの場所を決めているらしい。

 

たきなは少し歩調を緩め、考え込むように口を開いた。

 

「あの……こんなことをしていて、評価されるのでしょうか?」

 

「ひょうか?」

 

千束は首をかしげ、なぜか急に楽しげに指を折り始めた。

 

「……アイスクリームのひょうか?それとも、『わたし気になります』のひょうか?」

 

「……」

 

たきなは一拍おいて、無表情のまま淡々と返す。

 

「評価のことです。あとその二つの選択肢、どっちも同じ『氷菓』ですよね?」

 

「……てへっ」

 

千束が舌を出し、誤魔化すように頭をかく。

 

「……」

 

たきなの目が半分だけ閉じる。半目というより“冷ややかなカーテン”がスッと下りたかのようだった。

 

千束は笑い飛ばす。

 

「まぁまぁ!立ち話もなんだし、とりあえず待ち合わせのカフェに寄ろっか。甘いもの食べれば、評価も上がるかもよ?」

 

「……その理屈でいくと、あなたは永遠にSランク評価ですね」

 

「おぉ、それ褒めてる?褒めてるよね?」

 

千束がにやにや笑い、たきなは無言で歩みを早める。

 

 

 

昼下がりの柔らかな光が窓から差し込み、カップから立ちのぼる湯気が揺らめいていた。千束とたきなは向かい合って座り、それぞれコーヒーを手にしていた。

 

「活躍で評価を上げて、早くDAに戻りたい……と、戻りたいかぁ」

 

千束は確認するように口にする。

 

たきなは姿勢を崩さず、淡々と答えた。

 

「私への人事の評価は正当とは思えません」

 

千束はカップを口元に運び、一口飲むとふっと目を細めた。

 

「じゃあ、なんで撃ったの?」

 

唐突な問いに、たきなは瞬きをする。

 

「……」

 

「いや、別に責めてるわけじゃないんだよ。ただ、揉めたくないなら、なんであんなことしたのかなぁって」

 

千束はわざと調子を軽くしながらも、その瞳の奥には鋭さが宿っている。

 

たきなは息をひとつ整えて答えた。

 

「あの状況において、最も合理的な行動だと判断しました。……ですが、あんな騒動にまで発展するとは」

 

千束はわずかに肩を揺らし、短い笑い声を漏らした。

 

「合理的にねぇ。……なるほど」

 

彼女はカップにミルクを少しだけ落とし、スプーンで静かにかき混ぜる。白が黒に溶け合っていく様を、じっと見つめながら呟いた。

 

「でもさ、騒動になんてなってないと思うよ。多分ね」

 

たきなは顔を上げ、訝しげに千束を見る。

 

「普段はそういうの、全部組織がもみ消すんだ」

 

千束の声は低く、淡々としていた。

 

「事件は事故に。悲劇は美談に。……そういうふうに作り変えられる。リコリスの“活躍”ってやつは、全部都合よく塗り直されて、世の中に出るんだよ」

 

その口調は軽く聞こえるのに、どこか背筋を凍らせるような静けさを帯びていた。

 

「……だからかな。そういうのを知っちゃったから、私、DAを離れたんだよね」

 

カップを置く小さな音が、妙に大きく響いた気がした。

 

「……えっ」

 

たきなの瞳が揺れる。千束の軽さの裏に潜む暗い影を、初めて真正面から見せられたような気がした。

 

 

 

会話の調子は、先ほどまでの軽やかなやり取りから一転して、緩やかに落ちていた。たきなが静かに耳を傾ける中、千束は視線を落としたまま、低い声で切り出す。

 

「たきなが前に話した、旧電波塔事件もね……私が一人でテロリストを倒した、なんて言われてるけど、あんなの嘘」

 

その言葉に、たきなの眉がかすかに動いた。

 

「……嘘?」

 

千束は小さく頷き、テーブルの上で指を軽く組んだ。

 

「実際は、私以外にも電波塔で戦ったファーストリコリスが三人いたんだ。上層部の判断でファーストの中から選抜して投入された優秀な子たちでね。確か、私より少し年上だったかな。でも……そのうち二人は最後の爆破に巻き込まれて……」

 

言葉を区切るたびに、千束の目が遠くを見つめる。カフェの景色ではなく、あの日の鉄骨と爆炎の残像を。

 

「最後の一人は……私を庇って......あの子がいなかったら、私は重症どころか、ここにいなかったかもしれない」

 

たきなは息を呑んだ。胸の奥に冷たいものが広がる感覚があったが、言葉を差し挟むことはしなかった。ただ、千束の言葉が落ちる音を静かに受け止める。

 

「……上層部も、さすがに困っただろうね」

 

千束は自嘲するように笑った。

 

「言い方は悪いけど、お偉いさんにとって捨て駒扱いで、代わりが幾らでもいるサードリコリスならともかく……育てるのに時間も労力もかかるファーストリコリスを三人も自分たちの判断で失った、なんて失態が露呈したら上層部の面目丸潰れ。そうなると……上層部がやることは一つ」

 

たきなが目を細め、短く答えを投げた。

 

「……隠蔽」

 

「そ」

 

千束は淡々と頷く。

 

「最初から私以外いなかったことにされた。英雄譚は、都合よく一人の名前だけに書き換えられた」

 

そこまで言って、千束はわずかに苦笑した。

 

「流石に、私もショックだったよ。自分たちを救ってくれたはずのDAが、こんなに闇の深い組織だったなんて当時の私はそれに嫌気がさして――」

 

たきなが代わりに呟いた。

 

「……DAから離れた」

 

「その通り」

 

千束は苦笑を深め、カップを軽く傾けた。苦いコーヒーが、喉を落ちていく。氷を落としたように、静かな冷たさが心に広がった。

 

外の雑踏がガラス越しにぼんやりと響く。だが、カフェの一角に流れる空気は張り詰めていて、しばし二人の間には沈黙が落ちた。

 

たきなはその沈黙を埋めようと口を開きかけたが、結局言葉を飲み込んだ。

 

千束が過去を語るときは、軽妙さの裏に隠した本音が滲む。軽々しく踏み込んでいい領域ではない、と本能的に理解していたからだ。

 

千束はふっと息を吐き、わざと肩をすくめて見せる。

 

「……まあ、暗い話はここまでにしよっか。せっかくのコーヒーが台無しだし」

 

その軽妙さは、空気を和らげようとするいつもの千束らしさだった。

 

たきなは一度だけ小さく息を吸い、慎重に言葉を選んだ。

 

「……それでも、あなたがいたから、事件は収束したんだと思います」

 

千束は一瞬だけ目を見開いた。

 

次いで、またいつものように笑みを浮かべる。

 

「嬉しいねぇ。そういうことにしといてくれる?そっちの方が、気楽だからさ」

 

その声は、どこか寂しげに響いた。

 

 

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