棚に足をかけ、高く跳躍。デトニクスを斜めに構え、空中で照準を合わせる。
「おい、上だ!」
警告が上がった頃には、すでに手遅れだった。
一発目の弾丸は、男の脚に命中。勢いよく体勢を崩し、悲鳴混じりに倒れ込む。
(二、三発目は勘で修正……)
続けざまに、二発、三発。タクティカル・ベストを着込んだ上半身に叩き込まれた。
「かはっ!!」
もっとも、本人としては一発目は「銃を持った腕」を狙ったつもりだったが、非殺傷弾の集弾性は相変わらずご機嫌斜めである。
それでもこの弾を使うのは、千束なりのこだわりだ。『いのちだいじに』この信条だけは、どんな状況でも曲げてはならない。傭兵は激痛に顔を歪め、その場でもがく。その隙を逃さず、スーツケースの陰に仰向けになっていたたきなが、ひょいと遮蔽物から顔を出し発砲。
弾丸は男の腕をかすめ、さらに奥にいた二人の傭兵が慌てて物陰へと引っ込むのが見えた。
「たきな!そっち、頼める!?」
「何とかやってみます!」
「よろしく!」
軽快なやり取りを残し、千束はフロアをたきなに任せ退路確保のためバックヤードへと駆け出したその直後。
「ちょ、ま……え!?盾に使うのはナシだ!!」
「ちょ、駄目ですって!動かないで!!」
「ボクよりもケースだ!大事なものだって言っただろー!?」
「たきな!それ何か駄目らしいよ!?」
「無理言わないでください!」
「そこをなんとか頼むぜ、相棒!!」
無理という単語を千束は華麗にスルーした。細い廊下を抜けた先は、従業員用通路。廊下の陰から、傭兵の姿をちらりと確認する。気づかれた瞬間、素早く身を隠す。直後、廊下に銃声が響き渡った。銃声が止んだその一瞬を逃さず千束は走り出す。
すると傭兵の手には、見覚えのありすぎる
(あっ、それはダメなやつ......!)
「とおっ!」
掛け声と同時に右の手刀で爆破寸前の手榴弾を叩き落とし、相手が拾い直すよりも早く、近くの部屋へと蹴り入れる。
「はい残念ッ!」
さらに間髪入れず、男の体勢を崩し、ベストのストラップを掴み、思いきり手前へ引き倒す。投げ飛ばした先は、さっき手榴弾を蹴り入れた部屋の、ちょうど真ん前。
「ぐあっ!!」
次の瞬間、完璧なタイミングで爆発。ドアが廊下側へ吹き飛び、男はドアと壁にきれいに挟まれて沈黙した。
フロアの傭兵たちを切り抜けたのか、ウォールナットを先導しながらスーツケースを引くたきなの三人が、千束が現れたのと同じ廊下から通路へ姿を現した――その瞬間。
ざっ、と靴底が床を擦る音がした。千束の背後にもう1人現れたのだ。千束は振り返ると視界に映ったのは、至近距離で突きつけられたアサルトライフルの銃口。
直後、銃声が弾ける。だが、放たれた弾丸は一発たりとも彼女を捉えなかった。千束は“見ている”のだ。引き金にかかる指の緊張、肩の僅かなブレ、銃口の癖――それらすべてを、弾が放たれる前に。
《弾除け》かつて、旧電波塔事件以前から完成されていた異能の領域。今は全盛期ほどではない。長時間使えば確実に疲労が出る。それでも、幾度もリハビリを重ね、彼女は再び“そこ”に立っていた。
弾倉が空になる。その一瞬の隙を、千束が逃すはずがない。
彼女はC.A.R.システムの構えを取り、相手に向かって歩き出した。その間に、三発。乾いた音と共に弾丸が吸い込まれ、男は悲鳴を上げてライフルを取り落とす。激痛に顔を歪め、そのまま仰向けに倒れ込んだ。千束は容赦なく、追い打ちの一発を撃ち込む。動きを止めるための、確実な位置に。そこへ、帽子を被った別の男が飛び出してきた。
次の瞬間、千束の身体が跳ぶ。跳躍からの蹴りが男の胸元を捉え、壁へと叩きつける。すると、男は右肩を押さえた。たきなに撃たれた所だ。
「く……っ」
苦悶の声を上げる男に、千束は一歩近づく。
「そのまま」
短く言い放つと、彼女は息をつき、銃を仕舞った。そして背負っていた鞄を下ろし、中からワセリンの瓶とガムテープを取り出す。
「手当てするから」
「な、なにを……ぅぐっ!」
「血ぃ出てるでしょ〜?」
しゃがみ込み、千束は淡々と応急処置を始めた。背後から、たきなの焦った声が飛ぶ。
「敵の増援が来る前に脱出しましょう!」
「少し待って」
「……囲まれますよ!?」
正論だった。この状況で敵兵の手当てをするなど、常識的ではない。だが千束は振り返り、たきなを見た。その目は、どこか悲しく、そして使命感に満ちていた。
「死んじゃうでしょ? 人は死んだら、蘇らないからね……」
一拍置いて、ウォールナットがタブレットを操作する。
「脱出ルートは、まだマークされていない」
「私たちも、すぐ追いかけるから」
「……行きましょう」
たきなの合図で、二人の足音が遠ざかっていく。残された男が、荒い息の合間に吐き捨てる。
「……何の真似だ……?」
「見て分かんない? 応急処置」
「やめろ、からかっているのか!」
千束は顔を上げ、にこりと笑った。
「じゃあ、死にたいのかなぁ〜?」
次の瞬間、男の額に銃口が突きつけられる。非殺傷弾とはいえ、この距離で撃たれれば、無事では済まない。静寂が落ちた。千束は何事もなかったように手当てを続けながら、淡々と言った。
「大丈夫。ちゃんと生きて帰れるようにするからさ」
その言葉が、脅しなのか、本心なのか――男には、判断がつかなかった。
「今日、夕飯は誰と?」
不意に投げられた問いに、男は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……家族だ」
「いいねぇ」
彼女はそう言って、屈託のない笑みを浮かべた。そのやり取りの最中、床に転がっていたもう一人の男が小さくうめき声を上げ、意識を取り戻す。
「なにっ……生きて……!?」
キャップを被った男が息を呑む。しかし驚愕する彼をよそに、目を覚ました男は大暉の姿を認めた瞬間、反射的に身構えた。だが、次の瞬間には自分の腕の傷に目を落とし、すぐに力を抜く。
「……私が撃った人は大丈夫」
淡々とした声だった。
「……ゴム弾か」
男は小さく呟き、しばし沈黙した後、吐き捨てるように言った。
「……もういい。行けよ」
「分かった。ちゃんと鉄分摂れよ」
彼女は軽く手を振り、踵を返してたきなの後を追おうとする。その背に、鋭い声が飛んだ。
「そっちはやめろ!」
「……うちのハッカーのドローンが見ている。待ち伏せしているぞ」
その言葉に、彼女の表情が一瞬だけ引き締まる。次の瞬間には走り出していた。
「たきな!」
裏口へと繋がる搬入口に飛び出し、声を張り上げる。視線の先には、確かに二人の姿があった。呼ばれたたきなが困惑した表情で振り返る。一方で、先を歩いていたウォールナットはすでにドアノブに手をかけていた。
「出ないで!!」
叫びは、間に合わなかった。たきなはその場に踏みとどまったが、ウォールナットは制止を聞き終える前に扉を開き、外へ踏み出してしまう。
次の瞬間だった。ウォールナットの身体が、ぴたりと止まる。腕に抱えていたタブレットが手から滑り落ち、床に叩きつけられた。中央には、大きく穿たれた穴。胸元にも、タブレットと同じ大きさの穴が開いていた。そこから、血が滲み出していく。
乾いた銃声が響いた。続けざまに、ウォールナットの右目が砕け散り、AKMSから放たれた銃弾の雨が、一体の着ぐるみに容赦なく叩きつけられる。
銃声が止む。一度、大きく身体を揺らしたウォールナットは、そのまま崩れ落ちた。
「ウォールナット!?」
たきながインカムに手を当てながら駆け寄るが、倒れた身体は微動だにしない。
「失敗です……護衛対象は死亡です……!」
『すぐに緊急車両が到着する。遺体と荷物を回収して、現場を離脱しろ』
ミカの声がインカムに響く。
「了解……ッ!」
たきなは悔しそうに唇を噛み締めた。千束は、横たわるウォールナットから目を離せずにいた。数分後、手配された車両が到着する。救急車の車内。台の上には、射殺されたウォールナットの無惨な遺体が載せられていた。
「すみません……」
思い詰めたように、たきなが口を開く。
「私が、護衛対象を先に行かせてしまったばかりに……」
「たきなのせいじゃない」
千束は低く、はっきりと言った。慰めというより、事実を切り分けるための声音だった。
「……そもそも、おかしいよ。これ」
救急車の揺れの中で、たきなは顔を上げる。
「おかしい……?」
「たきな。傭兵さん達が持ってた銃、覚えてる?」
「はい……確か……AKMSだったはずです……」
千束は小さく息を吐いた。AKMS。7.62×39mm弾を使用する、旧ソ連製の突撃銃。近距離での制圧力を重視した銃だ。
「あれさ」
千束はストレッチャーに横たわる“遺体”へ、視線だけを向ける。
「人体に当たれば、弾が中に留まることもある。でも――」
言葉を切り、千束は先ほどの光景を脳裏でなぞった。短く、荒々しい連射音。間を置かない銃声の連なり。弾幕と呼ぶほうが正確な、フルオートの雨。
「あれだけ撃てば、どこか一発くらい、完全に抜けてもおかしくない」
「……」
「服でも、着ぐるみでも、貫通した“向こう側”が、もっと分かりやすく残るはずなんだよ」
たきなははっとして、ウォールナットの胸元を思い出す。確かに、目立つ損壊はあったが、
「…… 貫通痕確認できていません」
「でしょ?」
千束は短く頷いた。
「撃たれた形跡はある。でも、“撃ち抜かれた結果”が、妙に綺麗すぎる」
偶然にしては揃いすぎている。運にしては、都合が良すぎる。
「つまり……」
たきなが言葉を探す間に、救急車のサイレンが一段高く響いた。
「ウォールナットは、本当に撃たれたのか。それとも――」
千束は、そこで口を閉ざした。答えを言い切るには、まだピースが足りない。だが胸の奥では、確信に近い違和感が、静かに形を結びつつあった。
その疑問に、応える声があった。
「もういいか……」
やけに耳に残る、機械混じりの声。次の瞬間――ウォールナットの“遺体”が、むくりと起き上がった。着ぐるみはそのまま、リスの頭部を模した被り物に手をかけ、勢いよく引き抜く。
「……ぷっはあッ!!」
「「え.....?」」
きゅぽん、音が響き、汗しぶきを散らしながら亜麻色の髪が広がった。現れた顔は、
「お前かぁい!!」
千束のツッコミが、救急車の中に炸裂した。救急車の中だというのに、緊張感は驚くほどなかった。
「ビールちょーらーい!」
そう叫んだ次の瞬間、運転席から放られた缶が弧を描く。ミズキは反射的にそれをキャッチし、プルタブを引いた。
「うわっ、泡!」
慌てて口をつけると、炭酸と苦味が一気に喉へ流れ込む。
「え、あっ、ミズキさん……!?」
たきなは完全に置いていかれていた。ついさっきまで“死亡偽装事件”の推理で頭をフル回転させていたというのに、急カーブで日常側に引き戻された形だ。
「落ち着け、たきな」
その声に、彼女はびくりと肩を震わせた。運転席の救急隊員が、マスクをずらして顔を出している。見慣れた顔だった。
「ゔぇっ、先生!?」
思わぬ人物の登場に、今度は千束が素っ頓狂な声を上げた。
「……っかぁぁぁあぁあッ!キンキンに冷えてる!」
「あ、これ防弾ね。派手に血が出るのがミソ! マジでクッソ重いけど!」
彼女は自分の胸をバンバンと叩く。すると着ぐるみに開いた穴から、いかにもそれっぽい赤い液体がとろりと垂れた。
「……役者だねぇ」
千束は半ば感心、半ば呆れで呟く。そこで、たきなが遠慮がちに手を挙げた。
「あの……ウォールナットさん本人は?」
「そうだよ!どこ行った!?」
二人の疑問に、運転席のミカが静かに答える。
「ここだ……追手から逃げ切る一番の手段は、『死んだ』と思わせることだ。そうすれば、それ以上捜索されない」
重たい音を立てて、救急車の床に置かれていたスーツケースが、内側から開いた。
機械音混じりの作動音と共に、どこか幼さの残る声が響く。中から現れたのは、小柄な少女だった。その姿を見た瞬間、たきなは息を呑む。
「……あなたが」
天才ハッカー・ウォールナット。
「……では、わざと撃たれたと?」
たきなの問いに、少女はこくりと頷く。それから彼女は、千束たちを通り越し、運転席のミカを見上げた。
「彼のアイデアだ」
「ちょっ、私の推理どこ行ったの!?」
すかさず抗議する千束だったが、
「あーぁあ、最後はハリウッド並みの大爆発も用意してたのにぃ~」
ミズキが心底残念そうに言う。
「無駄になったわ~。てかアンタが中途半端に推理したせいで、サプライズ半減〜?」
「んだとぉー!真っ当な疑問でしょうがぁ!?」
千束は本気でむくれた。だがミズキはケロッとして、
「この子、めっちゃ金払い良いからさ。命懸けでも安いもんよ!」
「それ基準おかしくない!?」
ツッコミは虚しく空を切る。色々あった。銃撃もあったし、推理も中途半端だった。それでも――
「よかったぁあ~……みんな無事で……!」
千束は心底安心したように、へにゃりと笑った。救急車は今日も、サイレンも鳴らさずに走っている。
貫通した描写が無かったのは見ていた当時、思った疑問です。まぁ、死を偽装+正体がミズキとは思いませんでしたwww