リコリス•ギア•リコイル   作:レゾリューション

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今回短め


A Quiet Cafe After the Gunfire

喫茶リコリコは、久しぶりに「日常」の匂いを取り戻していた。ひと段落。そう言っていい時間だった。それらが、ついさっきまで命のやり取りがあったことを、少しずつ現実から遠ざけていく。

 

「……やっぱり『いのちだいじに』って方針、無理がありませんか?」

 

その一言で、空気がわずかに軋んだ。

 

たきなは、お盆を両手で持ったまま立っていた。逃げ道を塞ぐように、真正面から千束を射抜く視線は鋭く、迷いがない。

 

「あの時、きちんと動いていれば、今回のような結果にはならなかったはずです」

 

淡々とした口調。感情を削ぎ落とし、任務と結果を抽出した言葉だ。理屈は整っていた。合理的で、効率的で、リコリスとしては正しい。

 

「目の前で人が死ぬの放っておけないでしょ」

 

千束は、いつもより少し低い声で返した。軽口でも冗談でもない。ただの事実を口にするような、静かな声音だった。だが、たきなの表情は変わらない。

 

「私たちリコリスは、殺人が許可されています!敵の心配なんて――」

 

「たきな」

 

短く、しかしはっきりとした声。その一言で、たきなの言葉は途中で止まった。千束は笑っていなかった。いつもの飄々とした雰囲気も、冗談めいた仕草もない。

 

ただ、まっすぐだった。

 

時折、彼女が見せるこの目。どこか悲しげで、それでいて、逃げ場のないほど真剣な眼差し。

 

たきなは、この視線が苦手だった。普段は誰よりも軽く、場を和ませる存在なのに、こういう瞬間だけは、自分よりもずっと冷静でずっと重いものを背負っているように見えるからだ。

 

「命令に従って……ただ人を殺すだけの存在になったら」

 

千束は、言葉を急がない。一つ一つを確かめるように、ゆっくりと紡ぐ。

 

「それはもう、人じゃない。組織に組み込まれた、ただの歯車(ギア)だよ」

 

店内が、しんと静まり返る。ミズキは軽口を挟むタイミングを失い、ミカもまたカウンターの奥で何も言わずに聞いていた。

 

誰も、この会話を邪魔しようとはしなかった。

 

「私はね」

 

千束は、視線を逸らさない。たきなの目を、真正面から見据えたまま続ける。

 

「自分の意思で動く歯車(ギア)でいたい。組織とか誰かに回されるんじゃなくて、自分で回る、そんなギアに」

 

それは理想論かもしれない。非効率で、危うくて、命取りになる考え方だ。組織にとっては、扱いにくくて、厄介で、排除されかねない思想。

 

それでも――千束は、そうでなければ意味がないと思っていた。

 

たきなは言葉を失っていた。反論ならいくつでも浮かぶ。命令、規則、組織の論理。それらを並べれば、この考えを否定することはできる。けれど、そのどれもが、千束の目を真正面から否定できなかった。

 

喫茶リコリコには、再びコーヒーの香りが広がっていく。何事もなかったかのような、いつもの日常。答えは、まだ出ていない。立場も、考えも、完全に噛み合ったわけではない。

 

それでも、確かに何かが、ほんの少しだけ、噛み合った気がしていた。

 

 

リコリコの空気は、事件の余韻が溶けきらないまま、どこか間の抜けた静けさに包まれていた。

 

「あの人達も、今回は敵だっただけだよ。誰も死ななくて、よかったよかった」

 

能天気にそう締める千束に、たきなはお盆を持つ手を止め、冷ややかに返す。

 

「……そういう話じゃないと思います」

 

「二人とももうやめろ。私達も騙すような作戦をして悪かった」

 

仲裁に入ったミカは、カウンターにコトン、と何かを置いた。透明な細長い筒に収められた三色団子。抹茶、小豆、きなこ――やけに渋いラインナップだ。

 

「あぁ~!先生、甘いもので買収するつもりぃ~?」

 

「いらないか?」

 

「うぅん!千束が食べますぅ~!!」

 

即答だった。千束は抹茶の団子を引っ掴み、幸せそうに頬張る。

 

「んん~!和の心~!」

 

その後、千束が鼻歌交じりにお手洗いへ向かい、戻ってきた直後だった。

 

「……あれ?」

 

押し入れの襖が、わずかに開いている。首をかしげながら覗き込んだ千束の視界に飛び込んできたのは――配線むき出しの派手な機材に囲まれ、モニターを眺める小柄な少女。

 

「え……ちょ、なんでいるの!?」

 

「ウチでしばらく匿うことになったのよ」

 

ミズキが何でもないことのように言う。

 

「そうなの~!? うわぁ、妖怪かと思った....」

 

「失礼な。天才ハッカーだ」

 

少女はむすっとしながら顔を上げる。

 

「それでキミ、ここに住むの?」

 

「お前らの仕事を手伝う条件でな。言っとくけど格安なんだからな?」

 

「じゃ、今日から仲間だね!名前は?」

 

「ウォールナッ――」

 

「ちょーちょちょ!そいつは死んだんでしょ?本当の名前を教えなさ~い」

 

千束の勢いに押され、少女は一瞬だけ視線を彷徨わせる。少し考え込むように唇を噛み、それから小さく息を吐いた。

 

「……クルミ」

 

「日本語になっただけじゃん!」

 

即座にミズキのツッコミが飛ぶ。

 

「でも、そっちの方がよく似合ってるよ!よろしくクルミ!」

 

「……よろしく、千束」

 

握手もそこそこに、空気が緩んだ、その瞬間だった。

 

パチン。

 

乾いた音と同時に、千束は反射的に身をかわすと、

 

「あいたぁッ!?」

 

輪ゴムが、クルミに吸い込まれるように額へクリーンヒットした。

 

「……え?」

 

千束が呆然と視線を上げる。その先には、右腕を突き出し、人差し指だけを伸ばしたまま固まっているたきなの姿。

 

「え……?」

 

撃った本人が一番驚いていた。

 

 

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