前作転生したらうちはイズナでしたで、扉間はどうなったのかという質問がいくつかきましたが、今回はその濁していた理由の解答編とも言える回となっています。
それではどうぞ。
その日、初代火影の弟である木ノ葉隠れの里創設者が一人千手扉間は、いつものように研究所で自分の研究に明け暮れていた。
かつての千手一族副官で、初代忍者アカデミー校長で、初代木ノ葉忍術研究所所長で、禁術を含む数々の術開発の天才としてこの里の礎を築いたともいえる男であるが、今の彼の身分はあくまでも一研究者だ。
見た目こそ実年齢にそぐわず若く見える扉間であるが、今年で78歳となる。
とうに引退してお迎えを待ちがてら、兄の細胞を使った義肢や新術の開発に明け暮れる余生を送っている。
引退した25年以上前に、これからはただ、一研究者でもいいと思っていたが……少し欲も出てきた。
「……もう、日暮れか。少し休憩をするか」
そう呟き、己の研究室の窓からチラリと外を見る。
そしてコキコキと首や肩を回し、軽くほぐすと白衣を脱いだだけのラフな格好で外へと向かった。
今日は四代目火影の奥方で九尾の人柱力であるクシナが子供を出産する予定日である。
だが、いくら元々が里の重鎮といえど、扉間はとっくに忍びとしても政治の舞台からも引退している身だ。故に彼の元に人柱力の出産のことが伝えられることもなく、彼にとってはいつも通りの日常で、いつも通りの日の筈だった。
明日はうちはオビトの検査の日だ。それは同時に彼への私的勉強会の日でもある。
歳を取ってから最後に取った弟子とも言える彼に、何を教えてやろうかと少しだけ気分も弾む。
純粋で真面目で一生懸命で、しかし不器用で要領が悪く粗忽者な……出来が悪くも可愛い弟子だ。
扉間自身に妻子はいないため正確には違うかも知れないが……この里の多くのジジババがオビトにその感情を抱くように、彼のことは孫のように思っている。
また結局自分は教えることが好きなのだろう。オビトへの勉強を見ることに触発されて、この春から扉間はアカデミーで週に一度特別講師として教壇に立つようになった。
そんな事を考えていたからだろうか、休憩を兼ねて散歩に乗りだした扉間の足は、自然忍者アカデミーの方へと向かっていた。
「あ、扉間センセー!」
そうしてアカデミーの前でくノ一見習いの少女に扉間は呼び止められる。何が気に入ったのか、自分に一番懐いてきた娘だ。
それを皮切りに「あ、ほんとだ扉間先生だ」「扉間先生~」とワラワラと最初の少女を含めて五人ほどの生徒達に囲まれた。
「お前達どうしたのだ、こんな時間に」
流石にアカデミー生でしかない幼子相手に貴様呼びは拙いという分別はあるので、扉間は子供達に視線が合うよう屈みながらそう問いかけると、活発そうな男子が「オレ達、自主練でしゅぎょーしてたんだ!」と笑い、扉間に尤も懐いている女子も「ねーねー扉間センセーしゅぎょーみてーいーでしょー?」と腕にぎゅっと抱きつきながらニコニコと言ってくる。
それから五人そろって「しゅぎょーしゅぎょー」のコーラス。
年齢は全て7~8歳の子供達であることも手伝ってまあ甲高く煩い。
日が暮れたし、本来ならこんな時間なら親かなにかが迎えに来て帰る時間帯なのだろうが、アカデミーに在籍している生徒全員の簡易データを頭に入れている扉間にはわかっていた。
この子達は全員戦災孤児だ。
ここにいる五人は全員、先の大戦で親を亡くした子達だった。
だから、彼らには迎えに来てくれる相手がいない。里の支援で暮らしている子達だ。でもそれでは寂しいのだろう。その寂しさを誤魔化すため同じ境遇で徒党を組み、修行をするという名目でこんな時間までアカデミーに残っていた。それがわかるからこそ、扉間は相変わらず顔だけは厳ついながら、優しい手つきで子供達の頭を撫で、「ああ、構わん。見てやろう」そう答えて、アカデミーの模擬戦に使う広場へと子供達を連れて向かう。
とりあえず疲れさせたら、夢も見ないほどぐっすり眠れるだろう。沢山動かせて、ご飯を食べさせて、疲れたら全員を自分が送れば良かろう。
そんなことを思い、子供達と手を繋いで歩いていた。
ピクリ。
「……」
何か、異変が起きた気がして、扉間の神経がざわめいた。
扉間は感知タイプの忍びだ。しかし、今はチャクラを練っていないので確かなことは言えない。だが、戦乱の世生まれの人間としてこういう勘は馬鹿に出来ないものだ。
「……先生?」
子供達も慕っている白髪赤眼の大男の様子がおかしいことに気付いたのだろう。不思議そうに見上げる。そんな子供達に「……下がっていろ」と告げ、チャクラを練り始める刹那、ドォンと爆音と共に九尾が里へと顕現した。
「何……?」
流石にこれは予想外で眼を見開き驚く扉間に対し、その時アカデミー校舎のほうから教師が一人小走りで近づいてくる。
「ああ、扉間先生、こちらにいましたか」
「……何用だ」
たしか、中忍で利き腕を怪我して現役を引退した忍び……だったはずだ。
よく知っている顔の筈だ、だがだからこそ違和感。
顔も声もチャクラすら同じで、だが九尾が現われたというこんな状況下でいつもどおりの声と表情で、全く焦りすらしていない。
そもそも自分がアカデミーに来たのは研究の息抜きで、来ると知っているはずがないのにヘラヘラと用があるというのは……有り得ないだろう。
『天泣』
ブッと圧縮した水針を飛ばし、瞬身の術で後ろに回ろうとした男に突き刺そうとした。ガガッと音が鳴り、扉間の天泣によって地面が砕ける。
すると、先ほどまでうだつの上がらない中忍教師の姿をしていたそれは、ぐにゃりと白い緑頭の人型をした謎の生物に姿を変え、「うっひゃーこわいこわい」とおどけた声で言い出し、地面に潜って逃げた。
次の瞬間、アカデミーの中庭には結界が張られ、閉じ込められた事を察知する。
地面からはズルズルと先ほどの白い人型の何かと、人形か傀儡兵のようなものが幾百と生えてきて、扉間と子供達を取り囲む。
「……何奴」
素直に答えてもらえるとは端から思っていないが、少しでも情報を収集するために扉間は鋭く睨みながら人外らしきそれらに問う。もしもこれらが人形ではなく、人であれば、一体を捕まえ殺し穢土転生で目的を吐き出させるのに面倒なことよと、思考の端で愚痴る。
そんな扉間の苛立ちなど知ったことじゃないとばかりにおどけた口調で白い何かが言う。
「えーっ、ちょっと君がこのまま生きてたらまずいらしくてー」
「だから、この機会に死んで貰おうかなって! ……あ、死体はボクらが美味しく頂くから大丈夫ッスよ~」
もう一体、今度は顔らしきものすらない白いグルグルとした顔のイキモノも出てきて、そんな茶々を飛ばす。
……つまり、九尾の封印を解いたものとはグルか。
タイミングからしてそうだとは思っていたが、奴等が出てきたのは九尾が里の結界を破ったと同時だ。ずっとこの機会を地面の中から伺っていたのだろう。
「ひ、ぅああ」
「せんせぇ」
忍者の卵ではあっても、殺し合いというものからかけ離れた場所で生活していた子供達は泣きぐずり、扉間に縋り付く。パニックを起こして逃げ出していないだけ上々だ。否、信頼する扉間がいなければとっくに子供達はパニックになって逃げだしとうに殺されていただろう。
土の中から手が飛び出て、一番後ろにいた女子を殺めようと手を伸ばす。それを扉間は飛雷神で奪取し、すれ違い様に仕留め、地面に優しく子供を下ろし、言った。
「下がっておれ」
そうして多重影分身の術で三体の実体を持つ分身を生み出す。
一体は飛雷神互瞬回しの術で使う用で、もう二体は子供達の護衛用だ。実質こちらの戦力は扉間一人であり、子供達という足枷があり、敵は百はいる。
子供達にもそれは絶体絶命の状況に映っている事だろう。
だからこそ敢えて扉間は厳ついその顔に薄らと安心させるよう笑みをのせて、力強い声で言う。
「……扉間せんせぇ……」
「案ずるな、お前達はワシが守る」
例え何を引き換えにしてもな。
そんな言葉は口内で飲み込んで、千手扉間は敵を殲滅するために駆けた。
* * *
千手扉間は戦国時代末期、千手一族の頭領であった千手仏間の次男としてこの世に生を受けた。
兄弟は全部で四人。
兄の柱間と、弟に板間と瓦間。
当時は今のように忍び里制度などなく、忍は一族毎に大名や豪族などに雇われて、前の戦場で味方だった一族が次には敵だったりということも珍しくなかった。
当時の平均寿命は30歳。その平均を下げていたのは多くの子供達の死であり、忍びの子は齢五つになれば戦場に出される大人の弾除けに過ぎなかった。兄弟が多いのも沢山生み、沢山死なせるからだ。弟の瓦間が戦死した年齢もたったの七つの頃だった。
それを憂いて、こんな忍び世界は間違っていると声を上げたのが兄の柱間だ。
扉間は真っ直ぐに自分の思いの丈を父親に吐いて殴られる兄を見て、殺された仲間への恨みだの無念だの復讐だの、いつまでも同じことを繰り返す大人達も、殴られるとわかっていて口にしてしまう兄も馬鹿だなと思っていた。
本当に戦いをなくしたければ、敵と協定を結び戦いを止めれば良い。感情を抑え、きっちりルールを作ってそれに則り、余計な戦いを避けていけば良い、と瓦間が亡くなったときに扉間は兄弟達へ自分が思う殺しあいを軟化させる方法を告げた。
……思えば、それは机上の空論でもあったのだろう。
人間は、扉間が思うよりもずっと感情で動く、感情に支配されているイキモノなのだから。
そんな扉間に柱間は「本当の協定……同盟はできねーだろうか……」とポツリと語った。
思えば、その時には里システムの構想が兄の中にはあったのだろう。
兄の柱間は、その時には既に自分たちや一族にも内緒で千手の宿敵たるうちはの頭領の息子……うちはマダラと、隠れて親交を重ねていたのだから。
兄の柱間は誰よりも良く笑い、嘆き、怒り、落ち込み、誰よりも強かった。
甘い理想を胸に飼ってる馬鹿者で、脇が甘い。だが同時に誰よりも聡く、術開発の天才と呼ばれている扉間よりも、もしかすれば視野は広かった。
この馬鹿兄が、と頭を痛めるのと同じくらい兄者には敵わないなと敬意を抱いていた。
兄が夢見る里を作り支えたかったのは紛れもない扉間自身の意思だ。
柱間と扉間は正反対といえるくらいに似ていない兄弟だったけれど、寧ろ反対だったからこそ、自分にないものを沢山持つ兄を誰よりも尊敬していた。……口に出して言うと調子に乗られるから言わなかったが。
やがて扉間が十八になった時、戦場で父の仏間がマダライズナ兄弟の父であるうちはタジマと刺し違え、相打ちとなり戦死した。
そこからはトントン拍子だ。
その三ヶ月後には千手とうちはは手を取り合い、世界初の忍び里……木ノ葉隠れの里が誕生した。
子供の頃の扉間は敵と協定を結び、感情を抑えルールを作りやっていけばいいと簡単に言ってのけたものだが、いざそうなると口にするほど簡単ではない。いくら同盟を結ぶと言ってもなにも長年の宿敵であるうちはである必要はないはずだと扉間自身兄にもの申したこともある。
……子供の頃の扉間は知らなかったが、年齢を重ねれば重ねるほど、しがらみもまた増えるものだ。
そもそも扉間がうちはを危険視しているのは、長年の宿敵だったからというだけではない。
やつらの血継限界の性質の問題でもある。
うちはは情に厚いものが多く、写輪眼というその目は失意や絶望などを糧に成長し、個人を急速に強くしていく。故にこそ強力な瞳力を持つ者であればあるほど、闇に惑いやすい。
兄が絶対の信頼を寄せていたうちはマダラなどはその筆頭のような男だ。
戦闘狂で、感情的で、愛情深いが自分の感情に振り回されやすい。いつ闇に堕ちてもおかしくないそんな男だった。何故あんな男を兄が信頼してやまないのか、扉間としては理解の範疇外にもほどがあった。
それでも……うちはなら皆がそうであるわけでもない。
そう、うちはを信用ならないと思っていた扉間の目から見ても、信用しても良いだろうとそう思えたうちはの男がいた。
それがうちはイズナ……後の二代目火影だ。
あれは不思議な男だった、闇の極致とも言える万華鏡写輪眼をその目に宿しながら、それでもその目は兄柱間と同じように未来を見て、地に足をつけて一歩一歩進めるそんな人間だった。闇から目を逸らさず、その上で希望に手を伸ばせる人間だった。
凪のような満月のような……静謐だが温かみのある落ち着いた男だった。
そして誰よりも子供達を、里の宝を慈しんでいた。
その男に抱いていた扉間の感情で一番近いものが何かといえば、多分同胞意識だ。
同じ方向を見て、同じレベルで話し、歩ける男だった。
扉間がうちはオビトという子供に賭けても良いと思えたのは、きっとこの男がいたからだ。
子は宝だ。
大人は子供を守るべきなのだ。
扉間の生まれた戦国乱世には無かったその思想価値観は、初代火影となった兄柱間から二代目火影うちはイズナに継がれ、三代目火影猿飛ヒルゼンから四代目火影である波風ミナトまで継がれていった。
ようは、これこそが火の意思なのだ。
子は未来であり、宝だ。
最初っからその理想に届かなくてもいいのだ。いつか、繋がれていく火の意思が、まだ見ぬ未来の子供達が届けばそれでいいのだから。
だから、守る。
……あの時、幼かった時分に守れなかった弟達の分も。
本当の平和がいつの日か訪れると信じて。
* * *
「……せんせ……らません、せ」
一瞬、意識が飛んでいた。
己に一番懐いているくノ一見習いの少女が、大きな瞳に一杯の涙をためて縋り付いている。
他の子供達も自分を囲んで泣いている。
「扉間せんせぇ……死なないでェ……」
彼女の頬についているのは扉間の血だ。
どの子供にも傷一つない。
それにほっとしながらも、血が抜けていささか思考力の低下した頭で扉間は思う。
そういえば自分は幼かった弟達が亡くなったとき、泣かなかったな、と。
「……忍び、たるも、のが……そう泣くな、バカ者、が」
ゆっくりと、指を伸ばし少女の涙を拭い、鈍くなった頭を回転させながら現状を把握する。
……敵は全て殲滅した。
アカデミーに張られた結界も解けた。九尾の気配も里からは消えた。ならば、間もなく誰か救援に来るはずだ。この子達はもう大丈夫だろう。
「……ガハッ」
チャクラは枯渇している。
血を流しすぎた。
それはそうだ。扉間は見た目だけは若々しいがその中身は実年齢相応に老人だ。忍びとしてはとっくの昔に引退している。最後に戦場に出たのは15年ほど前の第一次忍界大戦の時だ。
第一線から退いた自分がいつまでも現場に残れば、それは権力の分断を招く。サル……三代目火影の治世に悪影響を出さない為にも、引退した自分があまりでしゃばるべきではない。そんな政治的な判断から、第二次忍界大戦における扉間の役割は、一研究員として敵の死体の情報から術の分析や解析をしたりなど、そういったものに限られていた。
そしてそれでいいと思っていた。もう、若者達の時代だ。自分のような老兵が口出しすることではない。
里の方針も、判断も今の中枢が決めるべきことだ。
もう己の時代ではない。
その自覚が扉間という男にはあった。
しかし、そうして長い間一研究員として暮らしてきたからだろう、かつては潤沢にあったチャクラも体力も随分と衰えた。血を流しすぎた。チャクラも足りない……自分はこのまま、死ぬ。
あと10年若ければ、きっとこんな失態はしなかっただろう。
だが、後悔はない。
……忍びの生き様は死に様で決まるものだ。
(嗚呼……結局ワシは……オレは最期まで忍びであったな)
苦笑しながら、一種の満足感さえ味わいながらに扉間は想う。
一研究員としてひっそりと死んでいくつもりだった。
それがどうだ? 子供達を……次代の火の意思を守り、看取られ、彼らの腕の中で浄土に旅立てるのだ。
誰一人傷一つ負わず、老いたこの身で守り切ることが出来た。
(もう、十分だ)
「扉間せんせぇ……」
「せんせぇ……」
泣いている子供達を抱き寄せ、撫でる。
「……息災で、な……」
―――……嗚呼それでも……叶うならば、あの若木が大樹となる姿も見てみたかった。
千手扉間。
木ノ葉隠れの里を縁の下で支え続けてきた屋台船ともいえるその男の死に顔は、それまで見た中で尤も穏やかで満ち足りた顔であったという。
その時確かに一つの時代が終わりを告げたのだ。
一研究員としてあろうとしたが、最期まで忍びであったその男の死には、多くの者が嘆いたという。
享年78歳。
これが木ノ葉隠れの里設立の偉人、最後の一人の死であった。
続く
木ノ葉隠れの里設立の四人
千手柱間 享年55歳 死因:寿命(?)
うちはイズナ 享年69歳 死因:肺病
うちはマダラ 享年75歳 死因:老衰(?)
千手扉間 享年78歳 死因:チャクラ枯渇からの失血死
次回「四象封印」!