今回の話はダラ先生メインでお送りします。激重感情トライアングルウェイ!
つい最近上忍に昇格した弱冠12歳の少年はたけカカシにとって、英雄と呼ぶべき人物は二人いる。
一人は父、はたけサクモ。
カカシの実父はたけサクモは、木ノ葉の白い牙と他里にもその名を知られ恐れられた天才忍者だった。
誰よりも強く、しかし普段は優しく穏やかなこの父のことがカカシは誰より好きで、尊敬していた。
尊敬していたのだ……小さな頃は。
雲行きが変わったのは五年前……カカシがまだ七歳だった頃のことだ。
極秘任務として敵地に侵入した父は、仲間の命を救う為に任務を中断放棄した。
理由はどうであれ任務の放棄は木ノ葉の信用問題に関わる、なにより里と火の国に大きな損失も出した。
勿論、父を庇う者もいた。
初代も二代目も三代目も、火影は代々仲間の大切さを説いていたからだ。
それでも助けた仲間に中傷された事が、ことの切っ掛けとなった。
父は……サクモは自殺を図ったのだ。
結果的にそれは未遂に終ったけれど、精神的に弱ったサクモはどんどん衰弱し、二年後流行病をこじらせぽっくりと亡くなった。カカシが掟やルールに固執するようになったのは父が自殺未遂を起こして以来だ。
……父が亡くなって三年が経つが、ずっとカカシが目を背けていたことがある。
カカシが父を許せなかった、本当の理由。
自分という息子の存在があったのに、1度の失敗で死に逃げようとしたこと。つまり、残される自分の事を何も考えなかったことだ。オレはそんなに父さんにとって軽い存在だったの? とそんな憤りを掟を破ったクズに対する軽蔑という形で装飾した、それがカカシの真実だ。
そんな本心を、もう一人の英雄に蟠りを解消されるまで気付いていなかった。
そして、気付いたからこそ、後悔した。
父との最期の会話を思い出す。
『カカシ、行くのかい……?』
任務に向かう息子に、父はおそらく病で蒼白な顔で、もしくは熱で赤らんでいる顔で半身を起こしながら掠れた声で話しかけた。どんな顔をしていたのかはわからない。覚えていないのではない、カカシが見ようとしなかったのだ。父が自殺未遂を起こして以来、カカシは父の顔から目を背けるようになったから。
『……暫く帰らないから』
無視するのも大人げない、そんな理性と、許せない気持ちから声は自然とそっけなく冷淡なものとなった。
そんなカカシにサクモは弱った力の無い声で『ごめん……ごめんな、カカシ』そう呟いた。
『…………そう』
それが親子の最期の会話だった。
三日後任務から帰っていたカカシは、隣の家のおばさんに昨日見に行ったときには既に父が死んでいた事を告げられた。木ノ葉の白い牙と恐れられた英雄の最期は、骨と皮だけになり誰にも看取られることもない、そんな寂しいものだった。そんな一端を担ったのは、きっとカカシだった。
でもそれでもずっとカカシはそのことにも見ないフリをしていた。認めたくなかったのだ、自分を置いて死に逃げようとした男を、未だに慕っている自分を。
だが、今は思う。それでも、仲間を守る選択をした父は本当の英雄だと。
五日前に言われた言葉を思い出す。
『オレは“白い牙”を本当の英雄だと思っている……』
そう語った背中を。
『……確かに忍者の世界でルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる……けどな……仲間を大切にしない奴はそれ以上のクズだ』
そう力強くカカシに宣言した一つ年上の少年は、宣言通り仲間を……カカシを守り、開眼したての左目を上忍祝いだなんて言ってカカシに託して、岩の底に消えていった。
少年の名前はうちはオビト、カカシにとってもう一人の英雄だ。
そしてだからこそこの胸は、ジクリと膿んだように痛む。
カカシは最初っからオビトのことを好ましく思っていたわけではない、寧ろ逆だ、見下していた。
なにせオビトときたらエリートとして有名なうちはのくせに、カカシより一つ年上な癖に、遅刻魔だし、言い訳ばかりするし、弱いし、泣き虫だし、そのくせ大口ばかり叩くのだ。ハッキリ言って軽蔑すらしていた。
だがカカシの父を認めて英雄だと言ってくれたのも、一人でなんでも出来るとそんなふうに傲っていたカカシを救ったのも、人として大切な事を教えてくれたのも、オビトだった。
そしてこの左目をくれたのも……。
「オビト……」
ずっとバカだクズだと思っていた。だけど、本当にバカなのは、クズだったのはオビトではない、自分だ。表面だけ見て分かったような顔をして、父への自分の想いからも目を逸らし続けた。
そんな風に視野狭窄だったから、きっと火影さまもとっくにアカデミーを卒業して中忍としてやっていたカカシを、アカデミー卒業したてだったリンやオビトと一緒にミナト班に預けたのだろう。忍びとしての能力よりも、その精神こそが未熟だったのだ。
そうカカシは思う。だけど、悔やんでももう過去は変わらない。
それでもオビトが託してくれた言葉と目があるのなら、これからも生きていけると、そう思っていた。そんなカカシにとって、火影塔で同じ班員であるのはらリンと共に担当上忍である波風ミナトに告げられた一言は青天の霹靂であったとも言える。
「オビトが生きていた……?」
「ん! 予断は許さない状態みたいなんだけどね。昨晩綱手様の部隊に保護され、木ノ葉病院に担ぎ込まれた。今は集中治療室にいる」
「オビト……ッ」
カカシ同様オビトは死んだものと思っていたからだろう、リンは目の端に薄らと涙を浮かべながら、信じられないような嬉しいような色々な心境をない交ぜにした表情を浮かべながら、両手で自分の口元を覆った。
あの状況でオビトが生きているとは思わなかったのは自分も同じだ、だが師は今オビトは集中治療室にいると言った。それにオビトの生存を喜ぶにしては師……波風ミナトの表情は険しく、硬い。
「オビトの容態は……」
「右手と右足が壊死していたとかで、既に切除されたらしい。内蔵もいくつか損傷しているそうだ……峠を越えたとしても、忍びとして復帰するのは絶望的……だろうね。だから、二人とも覚悟していた方がいい」
「そんな……」
師の言葉に今度こそリンはショックを受けた。
のはらリンは心優しいくノ一だ。幼馴染みで班員だったオビトのことは弟のように大切に想っている。それでも、オビトの願い通りに右半身を岩で潰された彼の左目をあの土壇場でカカシに移植したのもまた彼女だ。あんな劣悪な環境で土壇場で手術を成功させた、そんなリンは優しいだけではない、優秀で見た目より度胸と根性もあるそんな忍びだ。
それがオビトの望みでそれ以外の選択肢がなかったとしても、一度は死にゆくと思われたオビトを置き去りにした。その時は彼の黒髪の幼馴染みが死ぬことも覚悟が出来ていたことだろう。
だが、オビトは生きていたことを知った。その上で命か……生き延びたにしろ忍び生命の終わりを覚悟しろと突きつけられたのだ。いくら一度は覚悟したとはいえ、ショックを受けるのも無理はない。ぬか喜びさせられたようなものだ。
カカシとしては生きていてくれただけでも良かったと思う、しかしオビトの夢は……火影だった。
火影は木ノ葉隠れの里長だ、頂点だ。最も優秀で人望がある、そんな忍びがなる、それが火影だ。
話しに聞く限り、たとえここでオビトが命を拾ったとしても不具は残るだろう。奇跡的に忍びに復帰できたとしてもそんな身体でなれるほど、火影の地位は甘くない。
オビトの夢は絶たれた。そのことをこの場で一番悔しく悲しく思っているのは、きっとこの茶髪の少女だ。
大言壮語にしか聞こえなかったオビトの火影になるという夢を笑わなかったのも、落ちこぼれと呼ばれていた少年に「オビトならなれるよ! がんばれオビト!」と本気で信じて応援していたのも、カカシが知る限りリンくらいのものだ。
その夢を笑わなかったという意味ではこの目の前の師も同じだったけれど、「ん! ならオビトの夢もオレと同じなんだね」と「じゃあ君とオレは火影を目指すライバルだ」と爽やかに微笑んだ金髪の優男は、あまりにステージが違いすぎて、どこか遠い存在だった。
「……リン」
リンに対する慰めの言葉をカカシは持たない。
オビトの夢を信じていなかったのはカカシも一緒だったから。
なによりあの時、あの黒髪の少年を岩の下に置き去りしたあの日、オビトにお前を頼まれたからお前を守るとそう宣言した銀髪の少年に、班員の少女が告げようとした恋心を無碍にして「オレは一度……お前を見捨てようとしたクズだ……」そんな言葉で遮って言わせなかったのはカカシだ。
この数年ミナト班としてオビトともリンともずっと一緒にやってきたのだ。カカシは鈍感ではない。
ずっと見ていたのだ。
知っていた、わかっていた。
リンが自分に淡い恋心を寄せていたことも、オビトが彼女のことが大好きで、大切で、だからこそカカシに突っかかってくる理由の一つにリンへの恋心があったのであろうことも……知っていて拒絶したのだ。
だからカカシにはリンに対する慰めの言葉は持たない。それはケジメでもあった。
「はい、二人ともそこまで! 顔を上げて」
突如、カラリと雰囲気を変えて師はパンパンと手を手を打ち直す。
それから困ったように微笑みを口の端にのせて告げた。
「確かに覚悟はしていたほうが良いとは言ったけれど、今はオビトが生きていてくれたことを喜ぼう。二人がそんな顔をしていたら、オビトが起きたときに笑われるよ?」
「そう、ですよね、オビトならきっと……」
そういって茶髪の少女は目の端を拭う。
「二人ともご苦労だった、明日は休暇だ、しっかり休んで。それと……ここだけの話だけど、この戦争はもうすぐ終わる」
「……!」
その師の言葉にカカシは唯一衆目に晒している右目を大きく見開いた。
「本当ですか……!?」
茶髪の少女がそう訪ねると金髪の爽やかな表情がよく似合う上司は、茶目っ気たっぷり内緒だよというように口元に人差し指をあてた。
「君たちのおかげだ。はたけカカシ上忍、のはらリン中忍、そしてここにいないうちはオビト中忍、みんな本当に……本当にご苦労だった、君たちは英雄だ」
そう本心からの言葉を伝える自分たちの師こそが、最もこの戦争に貢献していただろうことを、カカシは知っている。だが、口には出さなかった。
「……ありがとうございます」
(第二次忍界大戦が……終わる。……二年半も続いた戦争が、やっと)
この戦争の始まりが何だったかと言われれば、それはある一人の男の死から始まっている。
うちはマダラ。
初代火影であった千手柱間の盟友であり、二代目火影うちはイズナの兄であり、そして他国に「歩く鬼神」、「うちはの赤鬼」と恐れられた生きた伝説だった男。
あれはそう第二十五回武練祭が終わって間もなくの時期だった。彼の鬼神と恐れられた男が亡くなったとの報が五大国中に駆け巡ったのは。
死因は忍びとしては珍しいがなんてことはない、ただの老衰だ。
75歳の大往生で、看取った者によると最期の言葉は「イズナや柱間のいねェ世界に興味はねぇ」だったと、そう新聞で読んだ覚えがある。その時はカカシはそのうちはマダラという存在に対して何も思って無かった。
多分、それは里人の多くもそうだ。
確かに第一次忍界大戦でマダラという男は大暴れして他国にもその恐怖を刻み、「うちは兄弟世直し旅」などでその行跡や力の強さなども語られてはいたが、所詮は既に忍びを引退した老人が亡くなった、それだけの話だと、軽く冥福を祈った。それだけだ。
だからうちはマダラという存在にどれだけ木ノ葉が守られていたのか知ったのは、その半年後。
マダラが本当に死んだことを漸く他国が確信し、揃って木ノ葉率いては火の国に宣戦布告をされてからのことだった。
木ノ葉創設期の主要人物の中で恐らく最も人望がなかったのはうちはマダラだ。
残された話も恐ろしげな逸話や、戦鬼の申し子に暴力の化身……眉唾話としては初代火影の女房役みたいな、笑っていいのかよく分からない話も混ざってはいたが、それがうちはマダラの後世の評価である。
暴力と破壊でもって語られる、鮮烈なうちはの男。
だが、そんな男は誰よりも抑止力として機能していたのだ。その事に宣戦布告を受けて漸く里は気付いた。
そこから四面楚歌の、この五大国を巻き込んだ第二次忍界大戦は始まった。
(そういえば……)
そこでふとカカシは思い出す。
オビトは、そのマダラの子孫だと、どこかでそう聞いたことがある気がする。
そんなことを考えながらリンと二人、火影塔からブラリブラリと木ノ葉病院へ向かう方への道を歩く。
意識してのことでも示し合わせたこともでない、ただ無意識に病院のほうへと足を向けていた。
「あら」
すると、目の前によたよたと腰の曲がった老婆が通りかかり、ふと何かに気付いたように足を止め、リンに話しかけた。
「あなた、よくオビトちゃんといる子じゃない」
「……知り合い?」
カカシは何故今この老婆が班員の少女に話しかけたのかわからず、困惑に眉根を寄せる。
「のはらリンと言います」
自己紹介した、ということは別に知り合いというわけでもないらしい、そう銀髪の少年は判断した。
「そうリンちゃんね」
ニコニコと笑いながら老婆は言う。
「オビトちゃんは元気? この前はアタシだけでなく、おじいさんも助けてくれて、本当に助かったのよ。あの人ったら最近ボケが進行してすぐ迷子になるんだから、本当まいっちゃうわ」
だから今度オビトちゃんにお礼をしたいの、うちに来るよう言っといてね、そんな言葉を残しておばあさんは去っていった。
「はい、必ず伝えます」
そう優しく微笑みながら答えるリンを見ながら、カカシは戸惑いの波に襲われていた。
何故ならそのあとも2人、3人とそんな風にリンに言葉を託す老人が現われたからだ。オビトちゃんによろしくと、みなオビトに助けられたのだとそう答えた。
それに、知らずカカシはショックを受けていた。
「……カカシ?」
オビトはいつも、任務に遅刻する、遅刻の常習犯だった。そしていつも困っている老人を助けたからだと言い張っていた。それを、カカシはただの言い訳、嘘をついている、そんな風に断じてきた。ずっと。
だってオビトの前にそんな都合良く困った老人が毎回出てくるはずがないと、そう思ったから。
だが、そんな自分の認識のほうが間違いだったのかも知れない、そう思うカカシにリンはいう。
「オビトはね、嘘つかないよ」
そしてカカシの手を握り、言う。
「明日、オビトに会いに行こう! それで遅いよって遅刻だよって叱ってあげなきゃ。ね? カカシ」
「……うん」
カカシにとっての英雄、うちはオビト。
知らないなら知れば良い、そう言うかのような少女の言葉にコクリと頷いた。
ふと見上げた空は抜けるように青かった。
続く