お待たせしました31話です。
「うっひゃー寒っ! 流石水の国。まだ11月なのにもう雪降ってるんすねスケアさん」
それが水の国に降り立ったオビト改め大道芸人トビの第一声だった。
それに、苦笑しながら、素の彼だと考えられないくらいには穏やかで優しげな声で、カカシ改め写真家のスケアもまた言葉を返す。
「水の国は寒冷地で有名ですからね。あまりはしゃいで転ばないで下さいね、トビくん」
「もー、そこまでボクはドジじゃないっすよ! あいた!」
そういって、トビはコミカルな動きで雪で足を滑らせ、べしゃりと頭から突っ込んで派手にすっ転んだ。
綺麗に即時伏線回収したトビに対し、港からこの二人を見ていて同じ船に乗っていた人達は思わず吹き出し、周囲には「何をやってるんだよー」など野次混じりの笑い声が響く。
そんな人達を見て「えへへー恥ずかしいなー」と言いながら、照れたように頭の後ろを掻きながらオレンジ仮面の男が起き上がると、「あー、大道芸人さん!」と港でトビがチューリップの花束をあげた少女が、大きく手をふりながら、とてとてと走り寄ってきた。
「はい、どーも大道芸人のトビさんです!」
ビシッ。
そんなオノマトペが聞こえそうな勢いで敬礼して、少女の背丈に合わせるようにヤンキー座りで屈むトビに対し、少女は「トビお兄ちゃん!」と呼んで何が楽しいのかきゃらきゃら笑う。そんな少女に彼女の両親が追いつくと、「娘がすみません」と言ってから、少し夫婦で目配せしてそれから「失礼ながら、大道芸人さんはこれからどこに興行に向かうか決まってらっしゃいますか?」そんな質問をしてきた。
「えーと、その……まあ気の向くまま、風の向くままですかねー!」
その質問に、トビは仮面の下で見えていないだろうが少し困っていた。
目的地はある。向こうの使いと合流予定の村まで向かわなければいけない。まあ、二週間以内に到着すればいいらしいから実のところ急いで向かわないといけない、というわけでもないようなのだが、それでも無駄に遅くなっていい訳ではないだろう。
まあ、それにこの任務の隊長はカカシだ。どうすればいい? の意味を込めてチラリと微笑みを称えた優男に扮した相棒に視線を向けるが、何も知らない夫婦が喋る方が早かった。
「もし、行く先が決まっていないのでしたらうちの実家の村にきてくれませんか? 勿論お礼はさせていただきますから」
話を聞いたところ、曰く元々妻のほうは水の国の出であり、ここから徒歩で二時間ほど歩いた場所にある村が実家で、そこには足があまりよくない父を一人残しているのだとか。あまり娯楽のない村で、閑散としており住む人間も年々減っているから、父には村を出て欲しいのだが、父は頑なに村を出ようとしない。なら、せめてもの慰めに、大道芸人さんの芸を見て、父にも楽しんでほしい、と。母が亡くなってからあまり笑うことの無くなった父に笑って欲しい。
「寝るところも食べるものも用意しますので、なんとか一晩お願いできませんか?」
そう、夫婦は語った。
それに、トビは「良いっすよ~! お安いご用です、任せて下さい」と胸に手をどーんと当てて自信たっぷりな声を出して応えた。
勿論、これには理由がある。
午後発の船に乗って火の国を発ち、今日水の国に到着した二人はどちらにせよ、今夜寝る場所を確保する必要があったし、言われて教えられた村の方角が丁度合流時点の予定地と同じ方角に存在していたからだ。また二人とも土地勘がないので、現地人の案内があるのならばそれはそれで有り難いと思った。主にはその三点である。
隊長であるカカシの承諾を得ずにオビトの独断で決めたように一見見えるが、地図と共に村の名前と位置を教えられた際目配せした際に、カカシは何も言わなかった。問題があったならその時点でスケアとしてやんわり割り込み、口八丁でこの話を断る方向に持っていった筈である。と、そんな信頼をオビトはカカシに向けていた。
つまり、口を挟まなかった時点でカカシはこの夫婦の申し出を黙認している。問題ないと思っているのだ。
なら、オビトもまた自分が作ったキャラクター……四年前の大戦の時に顔に火傷を負ってしまって仮面を被るようになった謎の大道芸人トビとして、トビらしい言動行動をとるだけである。
「おじいちゃんのところまで、トビお兄ちゃんもいっしょなの?」
両親と橙色の仮面を被った男の話をあまりよく理解していないようであった5歳か6歳くらいの少女は、とりあえずトビが自分たちと同じところに向かうということだけ、理解したのだろう、キョトンと目を丸くして、それから嬉しそうに破顔する。
「はい、そうっすよ。一日だけですけど、宜しくお願いしますねー小さなお嬢さん」
「わーい!」
そう喜ぶ少女をトビがひょいと肩車すると、少女はキャッキャと笑いながら「パパよりたかーい!」と喜ぶ。それに若夫婦の夫のほうは少し複雑そうな顔をして、妻の方は「あらあらすみませんね、大道芸人さん」とニコニコ笑う。
「なんのなんの! どういたしまして!」
そういってまだ20代だろう夫婦に先導される形で、夫婦の一歩後ろで仮面の大道芸人トビと彼に背負われた少女、写真家スケアの五人で街道を歩く。
空からはパラパラ雪が降っていたが、なんだかんだまだ11月のはじめだ。積もるほど降ることもなく直に止んだ。そんな中で、最初はトビの背中でキャッキャとはしゃいでいた少女はそのうちトビの体温が気持ちよくなったのか、30分もしないうちにグッスリと眠りについた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
眠った幼子をそっと肩から降ろして彼女の父親に渡すと、父親は申し訳なさそうに、でもどこか嬉しそうにそう微笑む。
「それにしても手慣れてますね……ひょっとして大道芸人さんもお子さんが?」
娘を渡す手つきや抱き方があまりにこなれたものだったからだろう、トビとしてはまさか言われるとは思ってなかった台詞を少女の父たる男に言われ、仮面の下で目を白黒させながらも、「いえいえー、まさか! 独り身ですよ! そもそもボクはまだ子供とかいるような年じゃないんで~!」と返すと、一般人だろう一児の父親は目を丸くし、その妻も「あらあら、大きいからてっきり……思ったよりもお若い方だったのね~」と微笑ましそうに見てくるものだから、トビは照れたような仕草で「いやあ……アハハハ」と頭をポリポリと掻いた。
「じゃあ弟妹が多かったのかしら。フフ、きっと昔から面倒見が良かったのね」
どうも若夫婦の妻にはトビは大家族の長男か何かに見えたらしい。
「えーと、その……」
無論、オビトは一人っ子である。
物心ついた時には既に両親はいなかったし、家族といえるのは父方の祖母ただ一人だけだった。
じゃあなんでオビトが無駄に子供の抱き方が手慣れていたかと言われたら、ただたんに昔から里中のジジババのお手伝いをライフワークにしてきたオビトは、ちょこちょことジジババ達の幼い孫の面倒を見させられる事があったので、その際「きっと将来役に立つからオビトちゃんも覚えてなさいな」と幼子の正しい抱き方を里のばあちゃん達にレクチャーされていたからである。そんなことが何度かあり、根が真面目なオビトはしっかりと学習していた。それだけの話である。
それに小さな子供の面倒を見るがあったといっても、それほど長時間ではない。布団を取り込んでくるからその間見ておいて、とかごはんを作る間だけお願いとかそんな感じだった。まあ、それらの経験はDランク任務で子守任務が回された時に大変役に立ったのだが、それはともかく。
「そこまでにしてくれませんか。ほら、トビくんも困っていますよ」
当然オビトが一人っ子で寧ろ大家族とは縁が遠い境遇で育った事を知っているカカシは、写真家の好青年スケアとしてそんな穏やかな声で話を止めに入る。すると、若夫婦の妻も「あらあら、詮索しすぎたかしら? ごめんなさいね、大道芸人さん」と返す。
それにトビは「とんでもない! ボクは大丈夫っす! でもでも、男の子も秘密の一つや二つあったほうがかっこいいでしょ? なんちって!」なんて言いながらおどけてクネクネして誤魔化してみるのであったが、内心相棒からの助け船に心底ほっとして「助かったぜカカシありがとなー」と思っていたことは、同じ目を分け合ったが故の以心伝心か伝わってきて、思わず苦笑するスケアであった。
そうして街道を歩くこと暫し、ピクリと反応し、トビ……否、オビトはカカシに目配せをする。
『待ち伏せされてんな』
『待ち伏せされているね』
表面は変わらない。相変わらず愉快でおかしな仮面を被った謎の男トビと、穏やかな微笑みを浮かべた好青年スケアを装いながら、目線だけでそんなことを互いに確認する。
さて、狙いは自分たちか、それとも別か……。
カカシとオビトは夫婦に気付かれないよう、素早く同時に印を切った。
* * *
その連絡を受けて、元忍び崩れの
丁度、5歳くらいの女の子をペットにほしがっている金持ちがいたのだ。
男達は元は忍び崩れとはいっても、元々はただの下忍だ。先の戦争のどさくさに紛れて死んだことにして忍びをやめて、人攫いを生業とするマフィアの下っ端に転職した。
下忍程度とはいえ、基礎的な忍びの技が使える時点で一般人より戦闘力も上だし、忍びを続けるよりもマフィアの下っ端をやっているほうがマシなくらい、霧隠れの里は腐っている、そんな認識が彼らには共通してあった。
だからもう忍びに戻るつもりも無いし、ターゲットとして浚った商品がどんな目にあうかも男達にとってはどうでもいいことだ。ただ、彼らはそれらで得た報酬で美味いもんが食えて女と遊べたらそれでいい。
そんな彼らがターゲットに選ぶのは、水の国に定住しているわけではない旅人である。
流石に地元の人間をターゲットに選べば、面倒なことになりかねないから、足をつかない相手を選ぶ程度の頭はあった。
商品にするのに都合がいいのは、仮想敵国ともいえる火の国から来る船に乗ってた連中だ。敵国の人間が消えたところで誰も気にやしない。だから船着き場には仲間を必ず一人か二人を潜ませており、そして商品に丁度良い人間がいれば飼い慣らした鳥を使って合図を送り、港から離れた人気のない場所で挟み撃ちにし、商品を生け捕りにする。
これまでも何度もやってきたことだ。彼らにしてみれば、よそ者が街道をのこのこと護衛も雇わず歩いているほうが悪いのだ。
今回、商品に選んだのはいかにも幸せそうに育った5~6歳の幼い娘だ。それなりに整った顔をしていて何もしらなさそうなのが良い。両親のほうはいらないから、排除だ。しかし、その前にまだ若そうな母親のほうを味見しても許されるだろう。最終的に始末すればいいのだから、少しくらい皆で遊んでも役得ってやつである。
まあ、予定外だったのは、追加で二人の男が親子と道連れになったことだが。
とはいえ、一人は仮面を被っていて顔がわからないとはいえ、弱そうな奴等だし問題はないだろう。なにせこちらは曲がりなりにも忍術が使える上に、16人もいるのだ。
とはいえ、あの茶髪の優男はそういう趣味の金持ちマダムに売り払えば良い金になりそうだが……足がついたらそのほうが面倒だ、一緒に殺しておこう。
さて、もうすぐこの場所を通るはずだ。
街道を見下ろせる死角になる場所で男は考える。
「行くぞ」
「へえ……どこにだ?」
そう、手下達にリーダー格の男が声をかけた時だった。
がばっと振り返るより早く、手袋越しの男の手がガッと男の口元を掴む。骨が軋み、声にならない悲鳴を上げながら信じられないように目を見開きながら、周囲を見渡す。自分の手下達は一人残らず倒れていた。その側には銀髪に口布をしたまだ年若い男が気怠そうにしゃがんでいる。
自分の顔を掴んでいるのはツンツンとした短い黒髪に赤い隻眼の男だった。右の顔面には皺のような渦のような傷跡が無数に広がっている。その額には木ノ葉隠れの額宛が靡いており、額宛の布を左側だけ大きく幅をとって眼帯のようにして耳の横で結んでいた。
……自分たちのように忍び崩れの破落戸ではない、現役の忍びだ。
男の額に冷や汗がぶわっと広がる。しかし、抵抗する間も無く、男はぐるんと白目を剥いてそのまま意識は暗転した。
* * *
「オビト終わった?」
「……おー」
忍び崩れの破落戸共を瞬く間に鎮圧したカカシは、リーダー格の男に写輪眼で幻術をかけて情報を抜いているオビトにそう声をかける。
オビトの顔は眉間に皺が寄っており、あまり機嫌が宜しくなさそうだ。
「とりあえず今回の任務とは関係ない連中みてえだ」
そう、苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、オビトは努めて淡々と男から引き出した情報をカカシに話す。
奴等は抜け忍崩れのマフィアの下っ端だった事、あの子を浚って金持ちに売り払うことを目的で、あの若夫婦は殺してしまうつもりだったこと、あとはあのリーダー格の男が知っていたマフィアのアジトや組織の事について。
まあ、忍びとして殺しを家業に置いている身としてはあまり人の事は言えないが、男達が日常的にやっていた事は普通に胸クソ悪い話だ。
「オビト……オマエ潰しにいきたいとか思ってる?」
そのカカシの言葉にギョッとしてオビトはびくりと肩を揺らすと、「いや、それは……ダメだろ」と黒髪隻眼の青年は眉間の皺を益々深めながら答える。
「そう、自らの火の粉を払う程度なら良いが、今回の任務にも関係ないし、ここは他国だ。それを勝手に解決するとなると内政干渉になる。理解してくれていて安心したよ」
「カカシお前、オレを馬鹿にしてんのか。それくらいオレだって分かってるに決まってんだろ」
そう口では言いながらも、忸怩たる想いを抱いているのは銀髪の少年の目から見てもわかった。
まあ、無理もないとカカシは考える。
……火の国の子供は大抵がある兄弟の旅を書いた絵本を読んで育つ。
『マダラとイズナ』
『真眼のイズナ』
『うちは兄弟世直し旅』
出版社や作者によってそれぞれ作風は違うが、このどれもが今から30年近く前に実際にあった出来事を脚色して書かれたものだ。
そう二代目火影だったうちはイズナと、その兄のマダラ。この二人はイズナが二代目火影を引退した後に火の国中を回り、悪党退治の旅をして多くの人を助けてのけたのだというそんな、嘘のような本当の話。
それをもってして二代目火影うちはイズナは、これをしたいが為に火影を引退したのかと益々名声を高めたという話だ。火の国に住まう子供なら、誰もが一度はそんな真眼のイズナに憧れるものだ。
そしてオビトの夢は火影だ。
なら、彼が憧れる火影とは……御伽噺で語られたこの人であっても何もおかしくないのだ。
悪しきを挫き、弱きを助ける麗しの二代目火影様はまさに理想の
しかし彼らが絶賛されたのは、その悪党退治はあくまでも自国内のことで済ませ、他国には干渉しなかったという部分も大きいのだ。全てを救える人間などいない。それも現実である。
まあ、それでもどこに本拠地を置いて何をやっているのかその悪事を知っているのに、悪党を放置しておかねばならないのはやはり、理屈ではわかっていても割り切れないものはあるのだろう。
眉間に深い皺を刻み、嫌悪感で足下に転がった破落戸を見下ろすオビトは口で言うほどその心は納得出来ていないのは、カカシにはよくわかった。
昔の彼ならそんなオビトに本当にオマエは甘いよ、と言ったかもしれない。
でも、今のカカシはオビトがそんな奴だからいいんだと、そう思っている。オビトは確かに甘い。だけど、だからこそ支えてやりたいと思うのだ。理想を夢見足掻く奴だからこそ、人はついていきたいとそう願うのだ。
「ま、これから同盟を結ぼうとしてるんだ。水影様への手土産に合流地点に向かいがてら情報を集めて、報告するのもありじゃない?」
「……!」
こいつら、抜け忍なわけだし、霧隠れに恩を売れるなら木ノ葉にとっても意味があるでしょうよ。
そう、何気なく軽い調子でカカシは言うが、それが彼なりのオビトの心情を汲んだ上での気遣いであるのは明らかであった。
「……ありがとな、カカシ」
自分たちの手でなんとかするわけではないが、それでも悪人をのさばらせたままにするわけではない、と方針を示した友にオビトは素直に礼の言葉を口にする。それに、カカシは照れくさそうに後頭部をポリポリ掻きながら「隊長のオレの判断だ、礼を言われるほどの事じゃない……が、ま、先生もよく義を見てせざるは勇無きなりって言ってたしね」そう答えて、とりあえず捕まえた破落戸達は裸に剥いて逆さ吊りにして首に「こいつら人攫いです」と看板をかけて放置していくことにした。
当然、幻術で二人を見た記憶は掛け変え、痕跡共々消しといた事をここに表記する。
続く