今回はほのぼの回です。
オビトがそれに気付いたのは、幼い子供の悲鳴を彼の耳が捕らえた時のことだった。
そもそも忍びの五感というのは一般人よりもずっと鋭いものだ。とりわけ子供の声は、高いからか耳によく響く。
はなせ、やめろとは……ただごとじゃない。
そういえば先ほど広場でトビとして大道芸人として振る舞っていた時に、広場から斜め向かいにある高台から身を乗り出す子供らしきものを見かけたな、とすぐに思い出す。声の方角からすれば、あの高台から続く路地か。
そう思い、何が起こったのか確認するために現地に向かったオビトが目にしたものは、なんとも胸クソ悪い光景だった。
どうみても堅気ではない大柄な男が、幼い良いところの坊ちゃんらしき子供の腕を掴んで堂々と拐かそうとしていた。子供は真っ青な顔をして涙目で、必死の抵抗も虚しく引きずられている。
なのに……それにも関わらず、誰も助けない。路地を行き交う大人の誰しもが白昼堂々と行われようとしている誘拐劇を、見ないフリをして目を逸らしている。まるで、自分にその火の粉がかかったらたまらないというように。
その光景に思わず胸がムカムカした。あんな小さな子供が助けを求めているのに、なんで皆無視出来るのか。
そしてオビトはその光景を見てもう一つ気付いたことがあった。
彼はその子供を誘拐しようとしている大男とその手下らしき男の顔に、見覚えがあった。
そう、あの街道で人攫いと殺しをしでかそうとしていた、忍び崩れの破落戸を幻術にかけた時に見た顔だ。
確かこの二人は件の破落戸達と同じマフィアの構成員の筈だ。こいつらはあの時捕まえた連中と違って、忍び崩れではなく一般人出身のようだが。
となるとあのどこからどう見ても良いところのボンボンらしき子供を連れて行こうとしているのは、そういう趣味の相手に売り払うのが目的か、もしくは……子供の出自を知っているのなら、身代金が目当てか。
あまり事を大きくするのは本意ではないが、でもこれを知ってしまった以上見過ごすというのは無しだろう。
「おっと、手が滑っちゃいましたーごめんなさい。でも、白昼堂々と嫌がってる子を誘拐しようとするのはちょっと……どうかな~って思いますよー」
そう、おどけた仮面の大道芸人トビとして前に出たオビトは、さてどうするかと思った。
見捨てるという選択肢はないが、だからといってここが水の国である以上うちはオビト……木ノ葉の忍びとして助けるわけにはいかないのだ。
霧隠れと木ノ葉隠れの里が同盟を結ぼうとしているといっても、今の時点ではまだ仮想敵国同士だし、今帯びている任務に影響を与えるわけにもいかないのだから。
里やミナト先生には迷惑をかけたくない。
なら、この子供を助けるなら、あくまでも一般人の大道芸人トビとしてでなければならない。
「大道芸人だァあ!? てめえ巫山戯てんのかァっ!」
「そうだ、兄貴をコケにしてただですむと思うなよ、てめえ!」
大男は厳つい顔を更に険しくして懐からドスを取り出しながら、そう叫ぶ。その形相に低く響く男のがなり声は迫力があり、一般人にはさぞかし恐ろしいものなのだろうが、生憎オビトにとっては人の声を話す犬っころがキャンキャン喚いているのと大差ない。
オビトはトビとしてオレンジの仮面を被ったおどけた仕草のまま、「まあまあ、落ち着きましょうよ~コワいなぁ。ほらほらお兄さん、こんな街中で刃物なんて振り回すもんじゃないっすよ……あ、衛兵さん! こっちです!」そういって男の斜め後ろのほうに向かって指を差した。
「何ィ!?」
その言葉に男二人が釣られて後ろを向く。当然そこには誰もいない。ただのハッタリだ。
が、その隙があれば彼には十分だった。
「わっ!?」
オビトはそのまま、腕の中に少年を抱えて確保するや否や、脱兎の如く駆けだした。
「なんちゃって……! 嘘も方便っていうでしょ! 三十六計逃げるに如かず……ってね!!」
「待てやゴラァ!!」
突如現れた仮面の大道芸人の腕の中に抱き込まれた少年は、目を丸くしながら情報を脳内でなんとか整理していた。
大道芸人のトビと名乗ったこの男は、先ほど広場でジャグリングやパントマイムなどの芸を披露していた張本人だ。それは違いない。こんなオレンジ仮面を被ったおどけた男が早々他にいるはずがない。掠れがちなテンションの高い声だってあの時聞いたものと同じだ。
ただ、自分とは一生交わる事のない世界にいると思っていた、そんな男にまさか助けてもらえるとは思わなかった。
だって、この男には関係がなかった筈なのだ。
寧ろ、自分を庇ったことで彼があの者共に酷い目に合う可能性もあった。なのに、助けてくれた。自分が心の中で願った助けて、の声に応えてくれた。
そのことにじわりと少年の心に温かい気持ちが湧上がる。
ついで恥ずかしさと一種の爽快感が、同時にやんごとなき少年の身に襲いかかってくる。
仮面を被った黒髪長身の男は体幹がしっかりしているのか、全くブレることのない大樹のような安定感で少年を抱きかかえて疾走している。大名の子息として育った少年は上流階級での常として、父にも母にもこのように抱かれたことがない。誰かに抱き上げられたのは三つか四つかの頃に乳母に抱き上げられたのが最後の記憶だ。
もう七つになるというのに、こんな赤子のように抱きかかえられるとは、気恥ずかしい。
(しかし……人のたいおんとは、このようにあたたかいものなのだな……)
そういう香木でも焚いているのだろうか? なんだかほんのりと檜にも似た木の良い香りもして、春の日差しのような心地よい体温も合いまり、油断すれば眠ってしまいそうだ。
(それにしても、足がはやい)
やはりあれほどの芸を熟すだけはあるのか、この仮面の男は随分と達者な足腰をしているらしい。人一人抱えているにもかかわらず、グングンと追い駆けてくる男達を引き離し、器用に行き交う人々を避け、ついには完全に撒いてしまったようだ。
「はい、ここまで来るともう大丈夫っすよ」
そう仮面の大道芸人……トビと名乗ったか、が言うと、彼は優しく少年をその腕から地面にそっと降ろし、助けた子供に目線の高さを合わせるように、行儀悪く両足を開くような姿勢でしゃがみこんだ。
「その、そのほう助かった。助けてくれてかんしゃする」
とりあえず礼を言わねば、と思い少年がそう声をかけると、オレンジ仮面の男はため息を一つこぼしながら「君、良いところのお坊ちゃんでしょ」と少し咎めるような声で言った。
やはり、この格好を見られた以上、身分を誤魔化すことは出来ないようだ。
「なんで護衛もつけず、一人であんなところ歩いてたんです? 君のような良いところの子供が一人で出歩くなんて誘拐してくれって言ってるようなもんですよ」
わかっているのか、と少し怒ったような声でトビは言う。
彼は気付いていた。
綺麗に整えられた髪に肌、白い上物の着物。綺麗なイントネーションの、上流階級特有の言葉遣い。
この少年はどこからどう見ても良いところのお坊ちゃんだ。本来こんなところにいる筈のない子供。それがいる意味。おそらくこの子は自分で屋敷を抜け出したのだ。
もしもあれが仕組まれた誘拐だったなら、あまりに杜撰すぎる。なら偶然かもがネギをしょってきたところを男達が捕まえたといわれたほうが、ずっと納得が出来る。
それにあの時高台にいたのも、サイズからしてこの子だったのだろう。
ならやはり自分の意思でこの子は家を出たということになる。
「取り返しがつかないことになってからじゃ、遅いんすよ。君、自分がどれだけ無謀なことしてたのかわかってるんですか」
「だ、だって……」
トビの言葉に少年はじわりと涙ぐみ、言った。
「……ひろばに大道芸人がきているってきいて……ぐす、私も大道芸がみて……みたかったんだ」
「え…………オ……ボクの芸を?」
どうやら少年が家を抜け出した理由は自分にあったらしい。
「あー……」
そう悟ったトビ……もといオビトは、後頭部をガリガリと掻きながら気まずそうに抜けた声を漏らす。
(参ったな……)
子供も自分が悪い事をしていた自覚はあったらしい、幼さに似合わず声を潜めて泣く姿には罪悪感を刺激された。
オビトはジジババとはよく縁があるが、実のところそこまで子供の相手に慣れているわけでもないのだ。泣く子には勝てない。それに仮面を被った不審者と、どこからどうみても良いところの子供。この組み合わせで子供が泣いていたら、どう見ても自分が悪者だ。
なんとか泣き止ませたい。
「ほら、これどうぞ」
そういってオビト……仮面の大道芸人トビは、他者に見えない長い袖の下で片手印を切って出したタンポポの花を少年に手渡した。吃驚した少年の涙が引っ込む。
「わざわざボクの芸を見に来てくれたファンの少年に、大道芸人トビからのプレゼントっす」
「わぁ!」
その素朴な黄色い花にキラキラと齢七つの子供は瞳を輝かせる。
それはなんでもない野花であるが、ここ、水の国は寒冷地で、まして少年は大事に大事に屋敷の中で育てられた箱入り息子だ。火の国の子供なら別に珍しいものではないその花も、花といえば蘭や梅、牡丹などの華やかなものしかない環境で育った少年からして見れば、それは初めて見る物珍しい花であった。
「涙がやんだら帰りますよ。ボクが送りますから。きっと沢山の人達が君の事、心配してます」
そういってトビは少年の頭を撫でた。その声があんまりにも優しくて、撫でる動きが大好きな兄のそれと似ていたものだから、思わず少年は頬を赤らめて俯く。なんだか無性に気恥ずかしくてつい「……泣いてない」と強がりをいうと、仮面の男は「ブハッ」と吹き出して笑った。
トビからしてみれば、その言い訳と仕草が昔の自分に似ていたのが、なんだかおかしかった。
そうして少年と手を繋ぎ、彼の道案内に従い屋敷があるという方角に向かって歩けば、次第に遠くから人々が誰かの名を呼ぶ声が聞こえてくる。複数の物々しい足音といい、どうやら少年の冒険はとっくにバレていたらしい。その事に緊張気味に肩を強張らせる子供であったが、恐らくは少年の名前だろう名を呼びながら必死な声を上げるある男の声を聞いたときに、幼い少年ははっとしたような顔をして呟いた。
「……兄上の声だ」
「……」
嬉しさと申し訳なさ、喜びをない交ぜにした顔で泣き出しそうに呟く少年に、オビトはトビとして作った声ではなく、素の本来の声と口調で「良かったな坊主。今度からあまりお兄さんに心配かけるなよ」と呟いて、少年を捜索している人々に見つかる前にその場を離れた。
「え?」
掠れがちな低く落ち着いた声は、それまで聞いてきたテンション高めの声とはまるで別人のようで、驚いて思わず少年がトビのいたほうに振り返るも、その男はまるで最初からいなかったかのように消えていた。
(……夢? ……じゃない)
あまりに綺麗さっぱり消えるものだから一瞬白昼夢を疑う少年であったが、あの時渡された黄色い素朴な花が今だ自分の手の中にあるのを見て、夢ではない、あの者は確かにいたのだと思い直す。
そして自分の手の中にあるタンポポに勇気を貰い、自ら兄がいる方角に向かって駆け出した。
「……兄上ッ!!」
「!! おお」
元気に通りの向こうから駆けてくる幼い弟を見て、最初兄である水の国大名を務める男は目を丸くして驚くも、そのまま心のままに一筋の涙を目尻に湛えて、「弟よ、よく無事で……心配したぞ。そなたが無事で、ほんに良かった……」と本心のままに言葉を告げ、ギュウと小さな弟の体を抱きしめた。
これまでたまに会った時に兄に頭を撫でられることはあっても、兄に抱きしめられるのははじめてである少年は吃驚するものの、緊張が緩んだのだろう、思わず彼もポロリと大粒の涙をこぼして「兄上……心配かけてごめんなさい」とそう謝った。
そうして暫し経ってから、若き大名はふと弟が右手に握っているものに気付き「そなた……それはどうしたのだ?」と首を傾げた。
その兄の言葉に、少年は一瞬だけ躊躇いに視線を惑わすも、やがて覚悟を決めたのかしっかりと兄に目線を合わせはっきりとした口調で語った。
「私は助けられたのです……トビとなのる大道芸人に。これもそのものに」
兄上、私の冒険を聞いてくれますか? と幼き少年は懇願するような声でこの国の頂点たる異母兄に問うた。
「勿論。そなたが望むのであれば、いくらでも聞こうではないか、我が弟よ」
さあ、そなたの冒険を話してくりゃれ。そう優しい声で告げながら年の離れた兄は弟の紅葉のように小さな手をぎゅっと握る。そうして手を繋ぎながら、これまでの時間を埋めるように談笑しながら屋敷までの道程を、兄弟は共に歩むのであった。
* * *
「……ふぅ」
あの人攫いに拐かされそうになっていた坊ちゃんを彼の家の近くまで送り届けたオビトは、トビとしての仮面もそのままに再び広場へと戻ってきていた。
そんなオビトに、「トビくん」とよく知っている筈の人物が普段とは全く違う声音で語りかけてくる。
それに、一瞬ぎくりと肩を強張らせるも、彼はトビとしての仮面を被って自分の仮名を呼んだ男に振り返り、テンション高く尋ねた。
「はいはい、なんですか? スケアさん」
そこに立っていたのは思った通り、写真家のスケアという設定の人物に変装中の自分の相棒、はたけカカシである。スケアはオビトの思い人を思わせる茶色いカツラと目の下の紫のペイントに、担当上忍師でもあったどこぞの四代目火影の爽やかな微笑みを模した特徴の、人当たりの良い青年……という設定のキャラだ。
正直、スケアに扮したカカシを見る度に、オビトの背筋にはムズムズした感覚が湧上がってくるのだが……一応それを表にしないだけの演技力が彼にはあった。
「見当たらないから心配しましたよ、無事で良かったです」
にこ。
と笑いながら語るスケアであるが、彼の発言を意訳するなら「ちょっとオビト勝手にどこか行かないでよ。オマエこんな異国の地でまで迷子とかシャレにならないからやめてよね」である。
「アハハ、すみませーん。いやー、迷子の子猫ちゃんを見つけちゃって、ほら、親元に帰してあげないと可哀想でしょ? ほら、ボクって優しいですから!!」
トビの言葉も意訳すれば「ああ? 迷子を見つけたんだからしょうがねえだろ、送ってやってたんだよ」となる。
そんな勝手に持ち場を離れておきながら反省も後悔もないオビトの態度に、表面上は完全にニコニコ笑顔の優男なのに、カカシは器用に目の奥の視線だけで咎めるような気配を送りつけてくるものだから、ついついオビトはトビとしての仮面の下で頬を引きつらせる。
(こりゃ、カカシとしてここに立ってたんなら、絶対ため息つきながら嫌味言ってきたパターンだな)
そう考えるオビトに、スケア扮するカカシは言った。
「そうそう、先ほどこんな噂を聞きましたよ。なんでも仮面の男が幼い少年を腕に抱えておっかないお兄さん達から逃げ回ってたとか。怪しい仮面と身なりの良い男の子が歩いていたとか……フフ、トビくんが見つけた子猫ちゃんってもしかしてオスでした?」
前言撤回。
スケアのままでも嫌味言ってきやがった。
オビトは仮面で隠れているのを良いことに頬をひくつせながら、眉を思いっきり顰めつつ、そのくせトビとして作ったとびっきり明るい声で「さあ? もう忘れちゃいました!! それより早くいきましょーよ、スケアさん。ボクもう都飽きちゃいました……!」なんて答えながら思いっきり伸びをする。
実際問題、カカシの耳にもそんな噂になって聞こえているならさっさと都を出た方がいいのだ。
もしあのお坊ちゃんが屋敷に帰った後、何が起こったのか調べられて、事情聴取のため呼び出されたりしたら困る。
それから台詞にはせず口の動きだけで「あんまり、変な事に首突っ込むなよ」と伝えてきたカカシに、ジェスチャーでへいへいわかってるって、と返して足を進めた。
そうして門のところまで進んで、後ろを振り返り、オビトは思う。
あの少年は今頃どうしているのだろうか。
自分が出した花をキラキラと瞳を輝かせて喜んでいた姿を思い出す。
今頃、お兄さんと笑って話せていたらいいな。
「? トビくん、どうしたんですか?」
なんか上機嫌そう? そう思って尋ねるスケアに扮したカカシに「んー、なんでもないです」そういってオビト……トビは、仮面ごしの口元に人差し指をそっとあてて笑った。
大道芸人トビと少年の間に何があったかは、カカシにも内緒だ。
続く
次回、推し登場!