今回の話はオビトのやってきた行動が色々返ってきた回。
十二月一日、夕方五時から始まった水の国の大名と火の国の大名による、会談……その最中に襲撃に遭い、オビトに抱えられる形で後方に待避させられた青年……水の国の若き大名は成り行きについていけず、固まっていた。
何一つ言葉を発することなくオビトの腕の中で大人しくしていたのは、正確には何も言わないのでは無く、混乱の余り何も言えなかったのである。突如始まった惨状に言葉を失い、絶句していた。
何せ彼はやんごとなき家の嫡男として生まれ、半年前に若くして大名という水の国のトップへとついた身ではあるが、だからこそ荒事に対しての耐性がない。
毒殺疑惑や忍びを雇っての暗殺合戦は水の大名家のお家芸ではあったのだが……だからといってこうやって目の前で襲撃に遭い、人死にが出るような状況下とは無縁に育ってきたのだ。
その辺り、木ノ葉の忍びを信頼して、何があっても彼らが守ってくれると信じ、泰然と構えている火の国の大名とは大分違う。それも、彼の身分や年齢を考えたら仕方の無いものがあった。
彼はただでさえ年若く、それでいて忍びと違い、戦場に出向いた経験などなかったのだから。
増して、代々の水の大名家と霧隠れの里の仲自体、火の大名家と木ノ葉隠れの里と違い、信頼と絆で結ばれてきたわけではない。寧ろ、父たる先代大名は霧隠れに怯えていた節さえあったのだ。それが己がこの若さで大名の座に引っ張り込まれ、父が失脚し隠居させられた理由の一端でもあるのだが。
その辺りがあるので、水の大名家の幕閣自体が、忍び自体を疎み、あまりよく思っていない風潮があったりする。
故に今回の会談についても、家臣達には難色を示されたものだ。
霧隠れの精鋭と水影が護衛としてついていざという時は守ってくれるというが、信用出来るのか、と。
気持ちはわかる。
それでも、例えお飾りに過ぎなかろうと、他ならぬ自分こそが今この水の国を統べている頂点……大名であるのだ。そう思い、彼は家臣達を説き伏せ、それなりの覚悟でもってこの会談に臨んだ。
しかし、それでも心のどこかでは、早々に事件など起こりはしないとそう自惚れていたのかもしれない。
襲撃者達は皆、事件が起きて即座に捕縛されるか死ぬかの二択を突きつけられることとなった。
濃厚な血の匂いが部屋に漂う。だが、彼の気分を尤も害し、心を締め付けたのは、目の前で人が溶けて死ぬ光景であった。
(アレが……血継限界……?)
元々霧隠れには血継限界をよく思わない傾向があるが、三代目水影政権下でその風潮は加速し、一般人にさえ浸透するレベルで血継限界に対する差別意識や忌み嫌う空気が蔓延している。
水の国の若き大名である彼自身はこれまでは、周囲が思うほど血継限界に対する忌避感や嫌悪感をさほど抱いてなかった。
だが、こうして人が二人、目の前でドロドロに溶けて死んだ様を見せられた今、恐怖を覚えるなと言われても……それは土台無理な相談だ。彼は忍びではないのだ。いきなり目前で人が溶かされたのをみて、吐かなかったけ上等なくらいである。
そうして青白く血の気の引いた顔で恐怖に固まり、成り行きについていけない若き大名の心情を置き去りに、それでも無情に時は進んでいく。
そう、片目に眼帯をした霧の忍びがこちらに対して武器を向けたのだ。
正確には男は大名に対して武器を向けたのではなく、大名を抱えて後方に待避した男に対して武器を向けたのだが……大名がそこで思わず悲鳴を上げ泣き叫ばなかったのは、これでも一国の主である自負があったので、なけなしの
「水影様、何故止めるのですか!?」
「青、落ち着け」
「この男は、あの者に名指しされていた! コイツもあいつらの仲間だろう!!」
その男の言い分を聞いて、ようやく水の国の大名たる青年は自分を抱えている相手に意識を向けるゆとりが少しだけ生まれた。ゆっくりと振り返る。
そこにいたのは木ノ葉隠れの里の額宛をした黒髪の青年だった。
身長は高めで、忍びにしてはガッシリめの体型。髪は短くツンツンとしており、左顔の半分を額宛の布を幅広にとって眼帯のようにして覆っている。露出している右の顔面も渦のようにも皺のようにも見える傷が無数に走っており、年齢をわかりにくくしているがよくよく見れば顔の造りは若そうで、大名たる青年より同年代くらいか、やや年下くらいに見える。
そんな男が、唯一露出している赤い勾玉模様の浮かんだ右目を吃驚したように開いて、慌てたように、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と掠れがちな低めの声で降参というかのように手を上に翳し、言う。
「誤解だ!! そりゃ同じ里の人間だったわけだし、あのオッちゃんの顔だって見たことはあるかなーとは思うけどよ、そもそもあのオッちゃんとオレは知り合いでもなんでもねェし、情報漏洩もなにもオレはずっとアンタラと一緒にいただろうが……!?」
「じゃあ何故アヤツはお前を名指ししたのだ! そもそも真っ先に大名様を確保した事からして怪しすぎるのだ……! 言え、本当は人質にするつもりだったのだろう……!?」
未だに大名様を手放していないのがその証拠だ! そう厳しく睨みながら告げる青に大名を抱えた青年……オビトはもう涙目だった。
「護衛対象を危険から遠ざけようとしただけなんですけどォ~……!?」
オレが何をしたっていうんだよ……と心の中でさめざめ泣いた。
こういう時にうっかり涙ぐんじゃうあたりが、泣き虫忍者の泣き虫忍者たる所以であった。
そんな二人を前に、「あー……あのーすみません……青さん。ちょっといいですか?」と青い肌をした巨漢の青年が、オビトにチラリと視線を向けながら手を上げる。
「スパイがいたにしても、オビトさんではないと思いますよ? ずっと彼の事は私の方で見ていましたが……もしそういう動きがあったのなら、とうに
とサラリと物騒な事を言った。
水影様に報告します……ではなく、処断してましたという辺りが、普段は紳士な鬼鮫の霧隠れの怪人という異名を思い出させる一幕である。
「水影としては公平に判断するべきだが……オレもオビト殿ではないと思うぞ」
鬼鮫に続き、四代目水影やぐらもまた、オビトを擁護する言葉を放った。
それが里で暫く見ていたオビトに対する分析の結果なのか、それともオビトの監視役をしている鬼鮫への信頼からきての台詞なのかは解釈の別れる所だが、オビトを内通者だと断じる男……青はその評価を甘いと受け取り、眉間の皺を益々深め、吐き捨てるような声で言う。
「は……どうだか。何せ、そいつは写輪眼のうちは一族。幻術にかけ、偽の記憶を植え付けるなどお手のものでしょう?」
だから信じられるかと、オビトと、その監視役であった鬼鮫の両方について吐き出す。
そんなオビトへの敵意を隠しすらしない男……青を前にして、「青」そう名を呼んで、ザワリと人為らざるものの気配とチャクラを漂わせながら、自力で四代目水影の座についた男が言う。
「やめろ。鬼鮫が幻術にかかっているか否かなど、お前なら
何のためにお前を連れてきたと思っている。
そう、唇の動きだけで続きの言葉を語る水影は、穏やかな口調で見た目も子供のようであるというのに、圧倒的な強者としてのオーラを放っていた。思わず血が上っていた青の背中に冷や汗がつうと流れる。
……四代目水影やぐらは三尾の人柱力だ。尾獣のチャクラを滲ませながら、自分の目を真っ直ぐ射貫く子供のような容姿をした男の姿に、思わず化け物という単語が脳裏をよぎり、ブルリと震える。
そうして冷静に戻った青は再び、オビトとその周辺へと視線を向ける。
(お前ならわかるだろう……か。その通りだ)
青の眼帯に覆われた右目の下には、日向一族の血継限界が納まっている。これは先の大戦で青が得た
白眼。それは忍界における三大瞳術の一つであり、これを発動することにより術者は360度近い驚異的なまでの視界の広さと、写輪眼以上に以上に特化したチャクラ視や、透視、遠視などの能力を得ることが出来る。
有用なのは違いないが、だからこそ敵に奪われることを警戒するあまり、日向一族はそれを分家に対する呪印という形で防いできた。つまり、その死と共に所有者の目の能力は封じられるようになっている。本家の人間にはその縛りはないのだが……だからこそ本家の人間が戦場に出ることもほぼないのだ。
だから青がこの眼を手に入れた時も、戦場で相対した日向一族分家のものから生きたまま奪ったのだ。死んだらこの眼は機能を失うから、生きたまま奪うしかなかった。
点穴を見破り、柔拳と白眼を操る日向一族を相手にこの眼を手に入れるのは、とても苦労した。だが、その甲斐はあったと思っているし、戦場の習いを恥じる気は無い。どうせ逆に霧隠れの忍びが死んだ場合は、木ノ葉とて霧忍の死体を研究し、奪えるだけ奪ってきたのだから、そこはお互い様というものだ。
だからたとえこれが元は別の誰かの眼であろうが、今は恥じることなき自分の眼であると青は思っている。
そしてその白眼で見る限り、鬼鮫にも水影様にも幻術がかけられている形跡はない。それもまた事実である。
だが……。
「それでも、襲撃者は木ノ葉の忍びです。同じ木ノ葉の忍びであるそいつが信用ならないことは、何も変わらない……!」
そんなやりとりを前に、四代目火影である金髪碧眼の青年波風ミナトはため息を一つ零す。
出来るならオビトを擁護してやりたいところではあるが、今はまずいのだ。
なにせ、襲撃者は木ノ葉から出た。それを火影である己は察知することが出来なかった。それは明らかなこちらの落ち度であるのだから。それでもこのままでもいけない。
だからミナトに出来るのは、火影としてこの後どうするのかの方針を霧に示すことくらいだ。
「彼らがどこから情報を得たのか、何故ここまで来る事が出来たのか……それはこれからこちらで彼らの脳を調べて知らせます」
元々襲撃してきた彼らは木ノ葉の忍びである。それも、第一次忍界大戦も第二次忍界大戦も里の為に戦ってきた偉大なる先達達だ。だが、ここでミナトは彼らを火影として切り捨てる選択肢をした。
それはある意味当然と言えば当然の結末であったといえる。
なにせ、彼らは引退したといっても元忍びなのだから、里外に出るのには許可がいる。
というのに、武装してここに現れたということはつまり……抜け忍となったと判断されて文句を言えない所業なのだ。更に言えば大名様もいる場に襲撃をかけるなど明らかな犯罪行為である。里長としてそんな不穏分子を切り捨てるのは当然といえば当然の決断であった。
そうしてミナトの冷ややかな青い眼を向けられ、頭に白いものが大分混じった老人に片足を突っ込んだ隻腕の男が言う。
「フフ、ハハ……仲間を売るような薄情者はワシらにはおらんよ」
「……!」
そういって男は奥歯をガリッと噛みしめた。赤い血が口元から伝う。毒だ。男は奥歯に即効性の毒をしこんでいた。
元より、この絵図を描いた側もそうだが……実行犯である彼らも生き残る気などはじめからなかった。
里抜けは重罪だ。里の結界を弄り、皆で里を出た時点で既に命など捨てたも同然だ。
そして別に死んでもいいのだ。
何故なら、木ノ葉の忍び達が会談の場で襲撃をした、という事実があればそれだけで彼らの目標は達成しているも同然なのだから。今回の申し出が流れたのなら、それでいい。
霧との同盟を阻止する、そのためなら自分たちの命をベットにしたところで、未来の子供達を思えばこんな老骨の命など惜しくはない。
ただ、この隻腕の男にとって一つだけ心残りがあるとすれば……。
(オビトや……ワシらのリーダーが迷惑かけて、すまなかったなァ)
自分たちのリーダー格の男で先に黄泉路に旅立った男の不注意な一言が原因で、関係なかった筈の青年が疑われてしまったこと、それだけは謝れるなら謝りたい。でももうここにきたらどうしようもない話なのだ。
(願わくば、木ノ葉の未来に光あらんことを……)
ただ老骨は死して灰になり、次の若葉達の育つ為の養分となること、それだけが次世代のために出来る事だと、そんなことを考えながら死出の旅へと旅立っていった。
そして隻腕の男が行動を起こしたと同時に、自殺を試みたのは彼だけではない。全員だ。全員が奥歯に仕込んだ毒で死ぬことを選んだ……が。
「四代目様……一人間に合いました」
「ん、でかしたカカシ」
ここには木ノ葉の歴史上最速で上忍に昇格したエリート忍者カカシがいた。彼は先ほどの隻腕の男が自害を選んだ、そう判断した瞬間に自分が捕縛していた男に雷撃をかまして、気絶させていた。これで情報源を全て失う、という結果にはならなくなった。あとはどうやってこの会談のことを知ったのか、どうやって里を抜けて気取られずにここまでこられたのかを調べるだけである。
そんな中、ドンドンと扉を破る音と共に複数の武装した集団が一斉に流れ込んできた。
「大名様ご無事ですか!?」
彼らは忍びではない、大名の護衛達である。
遅いと言う無かれ、まだ木ノ葉の抜け忍たる彼らが襲撃してきた時から五分も経っていない。
今回の会談にあたりこのホテル内の会議室の外で警備任務に当たっていたのだが、襲撃事件直前にホテル内で他にもボヤ騒ぎが起きて、確認に人手を割いたところで轟音が鳴り響き、会談の為に用意された部屋が襲撃されたのだと認識し、焦ってすぐ駆けつけようとしたのだが、ドアがひしゃげてすぐには入ってこられなかったという事情がある。
故に今回もあとで旅館に補填するのは決まったこととして、ドアを破壊し、今駆けつけることが叶ったという次第である。
「こ、これは……貴様ッ若……大名様から離れろ!!」
そうして改めて見て、先日オビトがトビとして大名様に会った時に水の国の大名に「爺」と呼ばれていたお付きの中年男が怒りと共に眦をつり上げながら、自分の主の傍にいる隻眼の男……オビトに向かってそう怒鳴りつける。
部屋に転がっているのは木ノ葉の額宛をした忍びの死体であり、襲撃してきたのが一体どこの誰なのかなどは一目瞭然であった。
それを見て、水の国の大名の配下である男達は口々に言う。
「これはどういうことですかな、火影殿!!」
「やはり、火の国など、木ノ葉など信じられるものではなかったのだ!」
「同盟などありえはしない……!!」
「若……大名様、もう帰りましょう!!」
そんな自分の家臣達の言葉を前に、同盟の話が流れようとしていることに気付き、漸く言葉を取り戻した若き大名は「その……私は、余は……」そうそこまで口にしてからはっとした。
すぐ横にいるのは似たような年齢の木ノ葉の額宛をした黒髪隻眼の青年だ。
血の匂いと目にした光景の惨さに今まで気付いていなかったが、自分をここまで抱えてきた青年から仄かに香るこの
そもそも忍びほどではないが、彼ら上流階級というのは得てして鋭い嗅覚を持ち合わせている。
何故なら彼らが伝統として嗜む
故に一度嗅いだ匂いは早々忘れたりはしない。
(この爽やかな瑞々しい森の木々のような香りは……トビ殿)
この目の前の青年が一体誰なのか、若き大名の中でカチリと頭の中でピースが嵌まった。
よくよく見ればあの時の青年と背格好もツンツンとした短い黒髪も共通しているし、17歳とそう言っていた。年頃も合う。
(そうか……助けてくれたのは、そなただったのか。そなたは木ノ葉の忍びであったか……)
そんな大名の前で決断を迫るように部下の声が響く。
「大名様!!」
それに一瞬だけ眼を伏せて。次に今までの気弱さが嘘のように力強い声と眼差しで年若き大名は声を張りあげる。
「余は……この者を、木ノ葉を、火の国を信じる……!」
それに驚いたように家臣達は動きを止め、忍び達もまたある者は興味深そうに、ある者は驚いたように若い水の国の大名を見た。
「この者らは木ノ葉の忍びを名乗るただの賊、そうであろう!? 火影殿」
「え……ええ、そうですね」
突如自分に振られた話に、水の国の大名が一体何故何を考えてこんな言葉を言ったのかまでは察せずとも、現火影たる男ミナトは話しに乗り、後半は神妙にいかにも私はわかっています、という顔を取り繕った。
それに内心ほっとしながらも、心臓をバクバクさせながら水の国の大名は続ける。
「この者らは火の国と水の国の同盟を壊すために現れたのだ……! 我らは施政者であろう? それが賊の思い通りにさせてなんとするか」
それは論外であると青年大名は言い切った。
「余は霧を信じる。木ノ葉を信じる。火の国を信じる……!」
「だが、この場で起きたことはどう説明されるつもりなのです……!?」
そう爺と呼ばれている中年の男が尋ねた。
それに苦笑して、二本の足でしっかりと立ちながら若い大名は言う。
「ま、まあ……不幸な事故が少しあっただけのことよ。
つまりは、大名はこう言っているのだ。
この場で
会談は無事終わったし、火の国と水の国ひいては木ノ葉隠れの里と霧隠れの里の同盟の締結に問題はないと。
そう言っているのだ。
命を賭してこの会談を阻止しようとした男達にとっては溜まったものではないだろうが、上が白といえば黒も白となる。それもまた政治なのだ。
話は纏まった。同盟の話しはこのまま進んでいく。それを見て取り、四代目火影を継いだ男は、四代目水影たる少年のような姿をした男に「……恩に着ます」と囁き、「何、貸し一つだ、そのうち返して貰う」そうやぐらもまた囁くような声で告げた。
(よくわからないけど、一件落着、でいいんだよな?)
そんな風に考えるオビトの前で、最初の印象より大分しっかりした感じのイメージに変わった若き水の国の大名は、「オビト殿」と彼を呼び、そしてすれ違い様にオビトにだけ聞こえるような声でこう囁いた。
(『これで弟を助けて貰った恩は返したぞ』……か)
そして霧隠れと木ノ葉隠れの同盟の話はここから本格的に進んでいくこととなる。
正式にこの二つの里が同盟を締結させるのは年を開けて約二ヶ月後……翌年の二月七日のことであった。
続く
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