おまたせしました、51話です。ちょっと(一ヶ月半くらい)風邪引いてくたばっていますた。ではどうぞ。
「はぁ~……」
時は夕方。
恩師の自宅の浴場で、黒髪隻眼の青年……うちはオビトは、感嘆の吐息とも困惑のため息とも取れる気の抜けた声を漏らしながら、波風ミナト邸で畏れ多くも一番風呂を頂戴しているのであった。
(……なんでこうなったんだ?)
と、自問自答するも答えが出るわけではない。
強いて言うなら、キラキラと期待を孕んで自分に向けられたあの幼子の碧い瞳に、NOを突きつけられなかった己が悪いとは言える。
まさか恩師にして現四代目火影波風ミナトに自宅に泊まるよう誘われ、一番風呂をいただくハメになるとはオビトだって思っていなかったのだ。
ていうかこんなのミナト先生の直弟子として、直属の部下として同班で働いていた時代でも経験が無い。
波風ミナトは爽やかで物腰柔らかな優男といった風貌をしているが、公私の区別はきっちりつけるタイプだ。
それでも上忍師として直属の部下であった己を、それなりに可愛がってくれていたように思うし、オビト自身もミナトには懐いていたが、それでもどこかで一歩、見えない線が引かれていた。
でも、それは当たり前のことだとも思っていた。
オビトとミナトはそれなりに親しくはあるが、親子でも兄弟でも友達でもない。
師弟であり、その前に上司と部下であり、今や師はこの里を治める火影様で、オビトは未だにただの木ノ葉隠れの里に所属する一中忍だ。
師は何度もオビトだけを特別扱い出来ないと、言葉で態度で示してきた。
三年……いや、四年前か。師が自来也にオビトを預けて里の外に出したのも、その一環だろう。
そのことについてオビトに特に思うところはない。寧ろ、火影になった今も立場は変われど、これだけ気にかけてくれるなど有り難いことだと思う。
……ミナト先生の家に来たのは別にこれが初めてというわけではない。
波風ミナトが四代目火影に就任してからは数えるほどだが、ミナトがクシナと結婚する前の彼女と同棲していた時代は、何度か同班だったカカシやリンと共に自宅に招かれ、ご飯を御馳走になったり、一楽でラーメンを奢って貰ったりしたことはある。
だけど、泊まりに誘われたのはこれが正真正銘はじめてだ。
はっきり言ってオビトは自分で言うのも何だが、動揺しているのだ。
任務中の野営で隣で寝たことなら何度も経験があるが、自宅というのはプライベートな空間だ。そこに招かれ泊まっていけと言われるなどそれってまるで……。
そこまで考えて、オビトは左右にブルブルと頭を振った。
(止めだ、止め)
とりあえず湯船から上がり、石けんを泡立てて、ワシワシと髪を無心に洗うことで、自分が今抱いた感想を追い出す。
家主でもないのに、一番風呂を使わせて貰うことには後ろめたい思いがあるが、ミナト曰く、赤子や幼子に熱い湯は厳禁であるらしい。
なのでニッコリとあの感情を読ませない爽やかスマイルで「ん、オビトが先に入ってくれて良いよ。オレは後で
とはいえ、人様の家で長風呂を楽しむのも、それはそれでどうなんだ? という話なので、髪を洗った後は30秒ほど浴槽で温まり直した後にすぐに上がった。
脱衣所には新品のおろしたての下着に、季節外れではあるけれど、サイズが違っていても着れるようにだろう、師の瞳の色を思わせる鮮やかな天色の浴衣と、寒くないようにだろう、誰かさんの髪色を思わせる分厚めの赤いちゃんちゃんこ、先生の髪色と同じ黄色い帯が用意されていた。
その師の心遣いに苦笑を一つ浮かべて、するりとオビトはそれらを身につけた。
元々着物の着付けはばあちゃんに仕込まれているのだ。
あとはタオルで短い自身の黒髪をガシガシと拭いながら、師とその息子が待つ居間へと向かう。
「あの、四代目。お風呂ありがとうございました」
「ん」
その言葉に息子をあやしていた師は振り返り、オビトの姿を上から下まで感心したような目で眺めて、にこりと爽やかに微笑みながら、オビトにとっては思いがけない言葉を吐き出した。
「オビト、君……パーティの時も思ったけど、随分と格好良くなったね。いつも濃い色の服が多いけれど、淡い色もよく似合ってるよ。うん、男前だ」
そんな台詞を、パチンとウインクしながら、照れもせずに言う。
それを微妙な気持ちで聞きながら、オビトはなんとか「ハハ……ありがとうございます……」と、半目になりそうなのを堪えて、礼の言葉を返す。
(……男前とか、ミナト先生に言われてもなァ……)
おそらく木ノ葉隠れの里で一番モテるのが誰なのかといわれたら、ミナト先生この人である。
金髪碧眼で、甘いマスクの美丈夫である四代目火影様は、御年28歳。
里長として見ればまだまだ年若い部類であるが、命短し忍びという人種としては折り返し地点におり、そろそろおじさん呼ばわりされてもおかしくない年である。
だが30近くなって尚、師の爽やかイケメンスマイルにはいささかの衰えはなく、寧ろ歳と立場を重ねた分だけ貫禄や凄み、成熟した男特有の色気が加わっており、今日も今日とて
気のせいで無ければ、そのイケメンぶりは衰えるどころか、年々魅力が増していくばかりだ。
おそらく先生が既に既婚者の身で、子持ちかつ嫁一筋でなければ、きっとあの手この手でくノ一達は波風ミナトに迫ったに違いない。疑う余地なく木ノ葉一のモテ男とは、四代目火影波風ミナトの事だ。
……そんな里一番の色男に男前と言われても、リップサービスにしか聞こえないのが正直な所であった。
「じゃあ風呂行ってくるから、上がったら一緒に夕飯を食べよう」
今夜はオデンだそうだよ。
そうにこりと微笑みながらミナトは、片腕で愛息子ナルトを抱え楽しそうにオビトに話しかけた。
「……はい」
正直に言えば、その夕飯の誘い自体、オビトにとっては億劫なものだ。
柱間細胞の副作用なのか、オビトは食事をほぼ必要としない。柱間細胞への適応が進毎に、食べれる量は減っていったし、空腹にならないせいか……何が美味いのか、不味いのかといったものも、今ではもうよくわからない。
それでも一日一回少量でも食事を取るようにしているのは、それを止めたら人間から離れてしまうような気がしているからだ。
人目があるところでは無理矢理なんでもないフリをして、他の人と同じように食事を摂取してはいるが、そうすると決まって胃薬や消化剤の世話になることになる。
だから、オビトの事情をよく知っているが故に、オビトの食事量になにかを言ったりしないカカシ以外の他者との食事は、その時点で彼にとってはストレスを感じるものではある。
……それでも、誘ってくれた気持ち自体は嬉しいし、こんな笑顔が見れるなら、自分が少し辛いくらいは我慢してもいいかなとオビトは思うのだ。
だから笑って、自分も嬉しいのだと表情に乗せて師に返すことが出来た。
(胃薬用意しとこう……)
そう思って四年前想い人である少女……のはらリンから贈られた医療用パックから、消化剤を配合した胃薬の包みを取り出す。それを手に取りながら、こういう時にふっと思い浮かべるのは、リンの向日葵のような微笑みだ。
(リンは……元気かな)
昨日は夜遅くの帰宅だったから、失礼になるから訪ねることは出来なかった。
今日は、ナルトと会ってからはトントン拍子に波風邸に来る事になったから、結局今年里に帰ってから一度もリンに会っていない。
(リン……)
……会いたい。
明日、会いに行こう。
こんな稼業についているのだ、会えるときに会っておいたほうがいい。
顔を見れたら、そうしたらそれだけで元気百倍だ、オビトの活力になる。
そんな風にぼうとしながら、ソファに座って茶色い髪の彼女に想いを馳せている間に、思ったよりも時間が過ぎていたらしい。ミナトとナルトの金髪碧眼親子は弾むような声をあげながら、賑やかに居間への戸を開けた。
ホカホカつやつやの顔を隠す事もなく、息子と色違いで揃いのパジャマ姿で現れた師は弾むような声で黒髪隻眼の弟子へと声をかける。
「おまたせ、オビト。ん……夕飯の用意するからもう少し待ってて貰って良いかな」
「手伝いますよ」
何もせずただ待っているだけも尻の座りが悪い。
そう思ったオビトはソファから立ち上がりながらそう言うも、金髪碧眼の美丈夫は「なら、
「え? あのお手伝いの人は?」
オビトはナルトを受け取ると、動揺混じりに、そういえば、ナルトの護衛兼お手伝いとして雇われているあの油女一族のくノ一が見当たらないなと思い、彼女のことについて尋ねた。
するとミナトは「ん、帰って貰ったよ。今夜はオレとオビトがいるから今日はもう上がって大丈夫だよ、と言ってね」オビトが入浴している間にかな、そう軽く弾むような声で答えた。
つまりこの家の中にいるのは正真正銘、ミナトとナルト、そしてオビトの三人だけのようである。
「なーなー、オビト、アレやって、あれ!」
「アレ?」
オビトの腕の中に預けられた幼児は父親譲りの碧眼をキラキラとさせながら、興奮に丸いほっぺを林檎のように真っ赤にしつつオビトに言う。
それに、何のことやらと黒髪隻眼の青年が首を傾げると、ナルトはもうそんなこともわかんないのかよー鈍いなあと言わんばかりの動きで、軽くオビトの胸板をペチペチと叩き、「たかいたかいだってばよ!」と自身がしてほしい事を要求した。
「あー、はいはい。高い高い」
そういってオビトがナルトをリクエスト通り上に掲げ、ゆさゆさ揺らすと、この幼子は何が楽しいのかキャッキャとはしゃぐ。
(こんなのが楽しいのか……? 子供ってよくわかんねーな……)
自分にも今のナルトくらいの時期はあったはずだが、そんなことを思うオビトであった。
そんなやりとりをしている間に夕飯の準備が終わったらしい、ミナトは「出来たよ二人とも。じゃ頂こうか」と言ってオビトとナルトを食卓へと呼んだ。
コトリ。
自分の前に置かれた、己の夕飯の器らしきものを目にしたオビトは、思わず唯一残った右目を点にしながら、思わず何事もなかったかのような師のほうへと視線を彷徨わせる。
ミナト先生の席に並べられた内容は……普通だ。
おそらくはあの油女一族のお手伝いさんが作ったのだろうおでんを、成人男性ならこれくらい普通であろう量を深皿に入れておいてあり、他にも茶碗一杯のご飯に味噌汁、白菜の浅漬けにほうれん草のおひたしなどがバランスよく配置されている。
ナルトの前におかれているのは、普通の三歳児が食べる量よりはやや多いくらいの量ではあったが、小さい子でも食べやすいように小さく切ったおでんが小盛一杯に、子供用の茶碗によそわれた白いご飯、小鉢に入ったほうれん草のおひたしに、味噌汁……量と大きさを減らしただけで、内容はミナトのものと大して変わらない。
対して、オビトの席に置かれたのは、大根が一切れに、小さく切った人参が一つ、ナルトに出されたおでんに入っているのと大きさの変わらない小さく切ったちくわぶに、味の良く染みこんでそうなウズラの卵。それらがバランスよく入った小鉢が一つだけだ。味噌汁もごはんもほうれん草のおひたしもない。
「あの……?」
普通なら嫌がらせかと思うメニューだろう。
オビトの前に置かれたそれは、成人男性が食う量とは思えないほどに少ない。いや、ダイエット中の女子とて、もう少し食べるだろう。試食か? と疑われるような量だ。
だが、それはオビトにとっては、薬の世話にならずに食べきれるギリギリの量である。
「リンから聞いたよ」
ミナト先生に自分が食べれなくなったことを言っていなかった為、思わず動揺してしまったオビトであったがその師の一言で察した。
「悪かったね、オビト。四年前、辛かっただろう……?」
ミナト先生が言っているのは、四年前の身内を招いた結婚祝いのホームパーティの事だろう。
あの時、オビトはミナト先生の妻であるクシナに碌に食べていないことを見抜かれて、『良くないってばね。ちゃんと食べないと大きくなれないわよ』そう言われて、食事を取らされた。
それを一名を除き、微笑ましい光景として笑ってみていた。覚えている。ミナト先生もその微笑ましそうに笑ってみていた者の一人だ。だが、別にオビトはそのことについては言われるまで忘れていたくらいに、気にしていたわけではないのだ。
「いえ……黙ってたオレが悪いですから」
「そうだね」
そのことをミナトは否定しなかった。
「オビト、無理なら無理って言いなさい。出来ない事を出来ると嘘をつくものじゃない。自身のことを正確に把握して申告するのも大事なことだよ」
君の意地で周囲に迷惑がかかることもある、そう淡々と諭すような口調でミナトは言葉を告げた。
「……はい」
「ん、じゃ食べようか。食事はみんなで楽しく取るものだよ」
そういって金髪碧眼の美丈夫は辛気くさくなった空気を入れ換えるようにニッコリと笑って、隣に座っている息子の頭をクシャリと撫でた。
父親に構われて嬉しかったのだろう。ナルトは元気よく「ごはん!」と叫び、三人でいただきますの声を上げ、箸を口につける。
大根はホロホロで、人参もよく火が通っているが、相変わらず、味はあまりよくわからない。
だけど、楽しそうにナルトとミナトが笑い、オビトに話しかけるから、なんだか心がポカポカしてきて、あ、オレここにいていいんだと急に実感が芽生えてきて、胸の奥がキュウとしてきて、なんだかぐっと堪えていないと泣いてしまいそうだ。
「な、オビト、おいしい?」
金髪碧眼の幼子がニカッと太陽のように笑いながら、オビトに問う。
それにオビトは「ああ、美味いな」そう返しながらウズラの卵を口に含んだ。
* * *
―――……今日は川の字で三人で寝よう。
夜、寝る段になってミナトはそう言った。
「憧れてたんだよね」
そう悪戯っ子のように楽しそうに師は笑う。
三人で一緒に眠れることにナルトは無邪気にはしゃぎ、オビトはミナトの言葉に思わず息を飲み込む。
その願いは、もしもあの時、クシナがああなっていなかったらとっくに叶っていた望みだっただろうからだ。
クシナとナルト、ミナトの親子三人で川の字になって寝る。
親子の微笑ましくも仲睦まじい光景。
それはあの日、九尾の襲撃がなければ叶ったはずの夢なのだ。
本当はここにこうしているのは、自分では無くクシナだったはずだ。
そんな黒髪の弟子の様子に苦笑して、ミナトは「クシナがここにいたら羨ましがったかもね」と悪戯そうに告げた。遠回しに気にしなくていいと伝えるような軽さだった。
客間に布団を二つ並べる。
ナルトを真ん中において、ナルトの右隣にミナト、左隣にオビトが寝転がる。
幼子がいるので消灯時間は早く、まだ夜の八時半を過ぎたところだ。
金髪碧眼の幼子は暫く楽しそうにはしゃいでたが、やがてすよすよとミナトとオビトの服の端を握ったまま安らかに眠りに落ちた。
暗い室内でスゥスゥと子供の寝息だけが響く。
「……眠ったね」
「眠りましたね」
オビトとしては、なんともむずがゆい緊張に包まれている。
任務中の野営ならばともかく、こんな触れれば届くほど隣に誰かいる状態で寝るなど、あまり経験があることじゃない。子供の体温は暖かくじんわりと伝わってきて、どうにも落ち着かない。任務中ならともかく、すぐ近くにミナト先生がいるのも、どうにも慣れなくて変な気分だ。
(なんで先生はオレを誘ってくれたんだろう?)
どう考えても親子の団欒に自分は異物だろうに。
何度考えてもオビトにはわからなかった。
ナルトの世話係兼護衛の油女のくノ一に、つい押し負けてここまで来てしまったが、貴重な親子の団欒を邪魔するつもりはなかったのだ。
先生は火影だ。
自分とは比べものにならないくらいに忙しいはずで、息子とこうして過ごせる時間は先生にとってはかなり貴重な筈だ。
「四代目は……」
「オビト」
静かなのに強い声だった。
それがオレの話を聞いてくれ、と言外に言っているようで、黒髪隻眼の青年は口を閉じ、師の語る言葉へと耳を傾けた。
「……火影というのは、木ノ葉隠れに住まう民全てにとって親のような存在だ」
語りながら、ミナトは思い出す。
あの日、初顔合わせの時遅刻して現れた少年を。
息を切らしながら現れた少年は、『オレは火影になる!! うちはオビトだ!!』そう元気よく自己紹介した。その小さかった少年も随分と大きくなった。
碌に敬語も使えず、大口を叩いていた少年は、夢は変わらないままに、立場を弁えることを覚えた。自分のためのではなく、誰かの為の嘘をよくつくようになった。
オビトに対して抱いていたミナトの第一印象は「困った子」だった。
同じ夢を抱く部下が出来て嬉しいと言ったのは本心だが、同時に大丈夫かなあこの子とも思っていた。
あの時あの時代、ミナトにとって飛び抜けた特別な存在はクシナだけだった。
クシナはオビトを気に入ったようで、会えば口げんかばかりだったけれど、弟か子供に向けるような目をオビトに向けていた。それを、ミナトは受け入れてはいたけれど、理解は出来なかった。
ミナトにとってオビトは弟子ではあるけれど、あくまでも部下の一人に過ぎなかったからだ。まだカカシのほうが気になるくらいの存在だった。
だけど、親となった今なら、クシナの気持ちもわかるのだ。
父親は母親のように腹を痛めて我が子を産むわけではない。父性というのは、少しずつ子や妻と関わっていくうちに育んでいくものだ。
クシナが、ナルトが自分を父親にしてくれた。
自分を育ててくれた。
ミナトは火影だ。
里人全ての親だ。
「木ノ葉の子等は皆我が子であり、ここに住まう人々はみんなオレにとっての宝なんだよ。それは君も例外じゃないんだ」
「えっと……」
何を言われたのか、わからないかのように困惑する様は、こんなに大きくなったのにまるで迷子の幼子のようだ。それに苦笑して、
「オビト、君の事も家族だと思っているよ」
その言葉に、つぅとオビトの右目から涙が静かに伝った。
それに相変わらずこの子は泣き虫だなあと、ミナトは思う。
……忍者が任務中に泣き出すのは御法度だけど、だけど今は任務中じゃないから、プライベートだから、まあいいかなとミナトは考える。
優しく梳くように、もう一撫で、二撫でして、それから伝えようと思っていた本命を告げた。
「だから、この家の中では昔みたいに呼んでくれたっていいんだ。外では弁えて貰わないと困るけれどね、でも今の君は出来るだろう?」
「……ミナト先生?」
そう、それで正解だ、というように金髪の美丈夫は笑った。
いつもの感情の読めないスマイルではなく、父性に満ちた親としての笑みだった。
「木々は大きく育ち、やがて森へと姿を変えるように、やがて火の意思も大きく育まれ、それは次世代に伝えられていく。今は教えられる側の君もいつか、教える側になる時が来る。その時に君が意思を繋ぐ相手の中に
親の欲目かもしれないけどね、そうこぼしてミナトは話を終わりにした。
* * *
スゥスゥと二人分の寝息が微かに空気を揺らし、月明りが部屋に差し込み似たような表情で眠る二人を照らす。
一人は金髪碧眼の幼子で、一人は黒髪隻眼の青年と、色合いは全然違うし、血縁でもないのだが、どうしてか寝顔や仕草はそっくりで、まるで本当の兄弟みたいだなと、一人寝所から抜け出し窓辺から眺めながらにミナトは思う。
(クシナ、君がここにいたらどう思うのかな)
やはり今の自分のように、微笑ましく思うのだろうか。
……いやきっとそうに違いないと、病室で今だ眠り続ける妻に想いを馳せる。
少しの寂しさが湧いてくる、しかしそれをミナトは見なかったことにして部屋を後に、ベランダへと移動する。
それから静かに指で符丁を一つ。
それに反応して、本日の火影邸の警護役の暗部がスルリと夜闇に紛れ近寄ってくる。
「火影様、お呼びですか」
「すまないね、急に。私用で申し訳ないのだけど、これを彼女に」
そういって結んだ紙を一つ手渡した。
「謝らないで下さい。火影様の願いを叶えることも私共の仕事ですから」
「ん、ありがとう」
そうして手早くやりとりを済ませると、そのまま何食わぬ顔で元の布団まで戻ってきて、そのまま空が白むまで眠りを貪った。
* * *
翌朝、泊めて貰ったお礼と称してオビトが腕を振いスープを作って、ミナトがトーストを焼き朝食を共にしたあと、オビトは波風邸を後にすることにした。
「それじゃ、お世話になりました」
「オビトまたなー」
「ん、いつでもおいで」
ぶんぶんと大きく手を振りながら言う幼子と、穏やかに微笑みながら告げる金髪碧眼の美丈夫に、なんだかくすぐったい気持ちになりながらオビトは手を振る。
(さて、家に帰ったら片付けをして……)
と、これからやることに彼が想いを馳せている時だった。
「……オビト!」
「リン!?」
先生の家を出てすぐに、通りの向こうから今日会いに行こうと思っていた、のはらリンその人が現れて、オビトはぎょっと右目を見開く。
(なんで、ここに? 先生が知らせたのか?)
思う間にも彼女は近づいてくる。まっすぐな茶色い髪に丸い頬に紫のペイント、女らしさを感じる華奢な体躯。今年になって初めて目にする彼女を前にオビトの心臓がバクバクと高鳴る。
(本物のリンだ、か、可愛い……!)
そう噛みしめる間もないまま、リンはオビトに抱きついた。
「!?」
思わず許容外のことが起きてオビトの脳みそがフリーズする。顔をタコのように真っ赤にしながら、オビトは何事だと混乱しつつも、リンを引き剥がすことも出来ず、狼狽えるままに手が空を泳ぎ、ギクシャクとした動きで固まった。
そんなあからさまにおかしいオビトの様子に気付いた吉もなく、ポツリとリンは言葉を落した。
「……完成したの」
「え? なにが?」
リン、めっちゃいい匂いする。どういうこと? これ夢か? え、なに? なにが? そんな混乱に陥っていた青年は、思わず彼女に混乱しながらに聞き返す。
「約束したでしょう。私、オビトの味覚取り戻すって。その方法が完成したの」
続く
次回「ハッピーバースデー」