お待たせしました52話、オビトの誕生日回です。
人目のある往来で話すのもなんだから。
そう断って、オビトはリンを自分の住まうアパートにあげて、茶で持て成すことにした。
正直、自分の住む部屋に好きな人がいるシチュエーションに、オビトの心臓はバクバクしているが、ときめいている場合じゃないから、だから落ち着けと自分に言い聞かせて、出来るだけいつも通りの声を意識して彼女に問う。
「それで? 味覚を取り戻す方法が完成したって言うけど、つまりどういうことなんだよ?」
「あ、うん。オビトからしてみたら急で、意味がわからなかったよね。ごめんなさい」
そういってシュンとしている姿も可愛い。
「あ、このお茶美味しい」
そんな事を呟きながら、頬を緩めて目を細めて笑っているリンも、世界で一番可愛い。
(……ッて、そうじゃないだろ、落ち着けオレェ!!)
いや、無理。
好きな子が自分の部屋にいて、しかも二人っきりなのだ。
この状況で落ち着けるやつがいたら、そいつは男じゃ無いか、イ○ポだ!
もしもこの場にリンがいなかったら、頭を抱えてゴロンゴロンのたうち回りたいくらいに、オビトは葛藤していた。
おそらく、自分に抱きついたことや、部屋までついてきたことについて、リンに他意はない。
オビトにとってリンは大好きな女の子だから、動揺してドキドキときめきが止まらないけど、リンにとってはそうじゃない。
彼女にとってオビトはどこまでいっても仲の良いお友達で、幼馴染みで、弟分のような仲間の一人だ。
オビトについてきたのも、オビトなら大丈夫だと信頼しているからこそで、リンはほいほいと見知らぬ男についていくような警戒心の低い女じゃない。
ある意味オビトを特別だと、身内だと信頼しているからこその距離感なのだ、これは。
……裏を返せば異性として見られていないといえるが。
今も、オビトの部屋にいるというのに、極々普通の態度だし、そもそもリンが好きなのはカカシだ。
そう思いながら、銀髪の相棒の姿を脳裏に浮かべる。
二人っきりだと思うから変に意識するのだ。
ここにカカシもいると思い込め。
よし、落ち着いてきた。
オビトはスンっと澄まし顔になった。
大体案件からして、リンは医療忍者として、担当医としてオビトに真面目な話をしに来たのだ。
こちらも真剣に受け止めなければ、リンに対して失礼というものである。
そうして改めて向かい合ったオビトに、リンは淡々と落ち着いた聞きやすい声音で、オビトの身に何が起きて食事が取れなくなったのかの見解と、それを解決するために自分が編み出した対処法についての説明をする。
柱間細胞は自然エネルギーに限りなく近い細胞である事。
その性質は、人間よりも植物に近しい事。
消化器官を柱間細胞で代換した結果、おそらくオビトの肉体は光合成に近しいもので栄養を常に得ており、故に食事という手段で栄養を摂ると、過剰摂取からの飽和状態に入り、それが消化不良という形で返ってきているのであろうこと。
味が良くわからないのも、おそらく体がこれ以上無理に食事という形で栄養を摂取しないように、セーブをかけたその結果だろうとも。
味覚が碌に機能していないのは、それ自体が体からのそれ以上摂るなという警告なのだ。
「だから私が考えたのは、その飽和を緩和し、別のものに置き換えること。食事が体に必要なものだと思わせること」
そう告げながらリンは、オビトに手術への同意書と、何を行うのか、どういった効果が考えられるのかについて解説した資料を束ね、オビトにさしだした。
それにザッと目を通していく。
正直に言えば、オビトはさして医療知識があるほうじゃない。
頭の出来も、カカシやリンに比べるまでもなく劣っている自覚はある。
だが、それでもオビトはこれでも扉間先生の弟子として一年、彼の元で座学を学んできた過去が有り、あの三忍の自来也師匠の元でも、三年の修行を積んできた身だ。
だから、昔よりはずっと……その資料に書かれている意味も、内容も理解が出来る。
リンが行おうとしている手術。
それ自体は予定通りに進めば、小一時間ほどで終わるものであるらしい。
オビトの体に悪さをしている柱間細胞性の疑似臓器の一部を、オビト自身の細胞を培養して作った人工臓器と置き換えるため、これまでオビトの肉体が生成していたチャクラ総量は、若干目減りするようである。
しかし、秋道の秘術を元に考案した術式を、代換消化器官に組み込むことによって、食事から摂った栄養素を直接身体エネルギーへと変換。
予備エネルギーとして丹田へと蓄積し、任意で使用することが出来るため、トータルで見ればこれまでと大きくチャクラ量が変わることはないと思われると、そう資料には書かれていた。
オビトが最後まで資料に目を通した事を確認したからだろう、少しだけ自嘲気な響きでリンが言う。
「理論上は、食事から摂ったエネルギーを予備チャクラとして使用することで、手術前よりも減った分のチャクラは補填される筈だけど……ごめん、戦忍なのに、チャクラ総量が減るのは痛いよね……でも今よりオビトの体を構成している柱間細胞の割合を減らす以上、そこは私にはどうしようも出来なかったンだ」
「でも、トータルだとそう変わらないんだろ?」
彼女の落ち込んだ顔は見たくない。
そんな心情も働き、やや脳天気にも聞こえる明るめの声で、元気づけるようにオビトが言う。
するとリンは苦笑しながら「理論上はね」と返した。
「私の研究結果と、その報告に綱手様は太鼓判を押してくれたけど、ほら、柱間細胞に適応した相手ってそんなにいないからさ……実のところこの手術が本当に成功するか、どうなるかは誰にもわからないの。誰かで試すわけにもいかないし、これはあくまでこれはそういう結果が見込まれるという、机上の空論でもあるから。だからオビトが決めて」
そう言ってリンは、しっかりとオビトの目に視線を合わせて告げた。
「今のままでいるか、それとも可能性にかけて手術を受けるか。これはオビトの体の事だから」
その真剣な瞳と声音で告げられた言葉に、オビトはチラリと湯飲みに視線をやって、思い出したように口元に運び舌を潤す。
それから、気負っていない声と態度でリンに問いを投げる。
「リンはどう思っているんだ?」
「私は……オビトに手術を受けて欲しい。やっぱり、今のまま、オビトがごはんの美味しさもわからず、一人で我慢したまま過ごすなんて嫌だよ。でもそれはあくまでも私の願望だから……だからオビトがどっちを選んでも、私はオビトの意思を尊重するよ」
そのリンの言葉は、オビトの想像通りの答えでもあった。
少しぬるくなった茶を口に含み、オビトはゆっくりと啜ってからフゥと息を吐き出す。
リンは誰より心優しいくノ一だ。
多くの人を救いたくて、医療忍者になった。
オビトの体に起こっているトラブルへの解決策として、リンが考案した過剰エネルギーの飽和を緩和し、飲食物を予備エネルギーに変える術式の研究にも、かなりの苦労をしてきた筈だ。
それはオビトの為でもあっただろうが、未来のこの技術を使用するまだ見ぬ若葉達の為でもあった。
病払いの蛞蝓姫と謡われている医療忍術の第一人者、加藤綱手が太鼓判を押しているということは、リンは机上の空論などと謙遜したが、この術が成功し、上手くいく見込みはかなり高いのだろう。
今日、出会い頭にオビトに抱きついてきたのも、これに成功すれば、やっとオビトに人間らしい生活を送らせることが出来ると、そんな感慨に後押しされて思わずの行動だったのだろう。
(どっちを選んでもオレの意思を尊重する……か)
もし、ここでオビトが手術を受けないと、今まで通りで構わないとそう告げたなら、本当にリンは引くのだろう。これまでの研究結果も全て荼毘に付し、努力は塵芥になるにも関わらず……笑って「わかった。急にごめんね」ときっとリンは言うのだろう。
のはらリンは、自分の努力を振りかざしたりはしない。
彼女は本当に、誰より優しい人だから。
(……そんな未来は嫌だな)
「…………そういえば、まだ言ってなかったっけな……」
コトリと湯飲みを机の上に戻して、オビトはなんでもないような声でそうポツリと呟いた。
「……?」
それに幼馴染みが何を言おうとしているのかわからず、茶髪茶目の、頬に紫のペイントをした少女は小首を傾げる。そんな彼女の目をしっかりと見ながら、オビトは言う。
「リン、五年前……オレの
「え……」
「あんな劣悪な環境と限られた道具で……目の移植手術を完璧にやり遂げるなんて、やっぱリンはスゲえよ。度胸もあるし、勇気もある。オレも、カカシも……それ以外にも沢山の人が、リンの医療忍術に助けられてきたんだ。本当にありがとうな……! リンはオレが知る限り、最高の医療忍者だ……!!」
まさか、オビトに褒め殺しにされるなど思っていなかったらしい。
リンは数瞬呆けたように目を見開くと、「私なんて……本当にすごいのはオビトだよォ」と泣き笑いのような顔を作って、くしゃりと笑った。
「オレにとって、この世で一番の名医はリンだ。そのリンがオレのためにわざわざ研究して、考案してくれたんだ。机上の空論なものか、上手くいくに決まってる。スッゲー嬉しい。ありがとうな、リン」
そういってオビトはニカッと子供の頃から変わらぬ、明るい
「だから、やってくれ。手術、受けるよ」
そのオビトの言葉に、これまでの苦労が報われたような心地でリンは「ありがとう、オビト。きっと……ううん、絶対成功させるから……!」と万感の想いを込めて、黒髪隻眼の幼馴染みに告げた。
……リン曰く、既に木の葉病院の手術室は一つ抑えているらしい。
だから望めば今夜にでも手術は可能だとか。
先にも言ったとおり、手術自体は小一時間ほどもあれば済む。
だがその後の経過観察と検査もあるので、念のため今夜一晩は病院に入院することになるらしい。
何事もなければ、明日の午後には退院出来るそうだ。
「明日はオビトの誕生日だし、退院出来たら、退院祝いと誕生日祝いを兼ねて一緒にご飯に行こうね。前からオビトと一緒に行きたかった店があるンだよ。フフ、楽しみだなあ」
と、リンは可憐に笑った。
この四年半、オビトにとって食事というものは億劫なものだった。
既に何が美味いもので、何が不味いものかすら、オビトにはよくわからない。
だけど、そんな風に言われると、なんだかオビトも嬉しくなってきて……リンとごはんを食べにいくのが、少し楽しみだった。
* * *
スゥと、目が覚める。
オビトが最初に感じとったのは、消毒液の匂いで、次に認識したのが、病院特有の真っ白い天井だ。
(ここは……?)
少し考えて、そういえば昨夜は手術を受けるために、病院に入院する事になったのだと思い出す。
確か手術前に、麻酔薬を打たれて……そこからの記憶が曖昧だ。
オビトの半身を担っている柱間細胞は、それなりに強めの毒や薬も解毒し、中和してしまう。
なので、一般的に使われるものよりも強めのものを使うと、事前にそう説明を受けていた。
己が誰より信じるリンが行う施術なら、なら安心だ、とそう最後に思っていた事を覚えている。
どうやらリンに対する信頼からきた安心感と、薬を使われたことによる倦怠感が合わさり、そのままグッスリと朝まで眠ってしまったらしい。
まだ外は薄ら暗い。夜が明けてそう経っていないと思われる。
(見たところ、ざっと今は朝の六時半くらいか……?)
そう思って唯一己に残された右目で、自分に宛がわれた病室内に視線を彷徨わせる。
「おや、お目覚めか、うちはオビト」
「……! 綱手
片目しか視界のないオビトから見て死角にあたる位置で、椅子に座ったまま静かに本を読んでいたのは、木ノ葉医院の院長で元オビトの担当医でもあった、加藤綱手医師だ。
金髪茶目の豊満な胸元をした絶世の美女であり、見た目はとても若い女なのだが、こう見えて自来也師匠やオビトの父と同年代であり、年齢は親子ほどに離れている。
だからだろうか、若い見た目に寄らず達観した雰囲気があり、からかうような声でカラカラとオビトに声をかける。
「よく寝ていたじゃないか。体の調子はどうだ?」
「あ、はい……おかげさまで……?」
言いながら、チャクラを巡らせ、改めてオビトは自身の体に意識を向ける。
調子は悪くない。
寧ろぐっすり眠ったのもあり、頗る快調といえる。
あと気付いた点といえば、リンが昨日言っていたように、自身から生成されるチャクラ量が少し減少している。が、減ったと言っても微々たるものだ。とはいえ、その小さな感覚の違いが戦場では致命傷になりかねない事も在り、今のチャクラ量の感覚に慣らす為にも、明日は丸一日修行だなと、オビトは自分の脳内スケジュール帳にそう予定を書き込んだ。
「……食欲はどうだ……?」
綱手姫はどっかりと行儀悪く備え付けの椅子に座り直しながら、そうオビトに問う。
言われてみれば、「少しだけ腹が減ったような……?」気はするのだが、気のせいかも知れない。
ここ数年、空腹という感覚とは無縁だったため、言われてみれば腹が減った気がしなくもないのだが、それが本当に空腹なのか自信が無いのだ。
「これからの予定だが……昨日リンからも聞いただろうが、今日の午前中いっぱいは経過観察と検査だ。長いこと碌に胃腸が機能していなかったのもあり、回復食として、今朝は重湯、昼には粥が用意される予定だ。その際、何か気付いた点があれば、看護師に申告するように」
まあ、お祖父様の細胞をもっているんだ、朝と昼だけ気をつければ、夜には普通の食事に戻れるだろう。
そう、綱手は医療忍者として淡々と告げた。
「……?」
しかし、それを自分に告げたのが綱手姫であったことに、黒髪隻眼の青年は思わず違和感を覚える。
確かに元々の自分の担当医はこの金髪茶目の美女であったが、去年から自分の担当医はのはらリンであったはずだ。
「あの、綱手
「ああ……」
そのオビトの疑問に、綱手はサラッとなんでもないような顔をして言った。
「あの娘はここのところずっと根を詰めていたからな……院長権限として、昨晩の手術を終えた後からリンには休養を命じたよ」
「え!? リンは大丈夫なんですか……!?」
それに思わずガバリとオビトが上半身を起こすと、綱手はからかうような顔と口調で「心配するな、今は仮眠室でグッスリと寝ている」と答えた。
「良かった……」
リンに何かあったわけではないと知って、オビトは思わず安堵のため息をほうと漏らす。
その顔には心からのリンを案じている気持ちが浮かんでいた。
そんなオビトを見て、綱手はつい小声でポツリと言葉を零す。
「……顔は父親によく似ているが……つくづく中身は母親にそっくりだな、お前は」
「……え?」
「いや……」
両親について言及されるとは思わず、思わずオビトが聞き返すと、綱手はゴホンと咳払いをして、誤魔化すようにからかいの言葉を紡ぐ。
「リンはお前の体をなんとかしてやりたいと、それはそれは必死だったぞ。愛されているじゃないか、うちはオビト」
「……ハハッ」
オビトは思わず苦笑しながら、後頭部を左手で掻く。
リンが懸命にそうやって研究を重ねる姿は、想像に難くなかったからだ。
異性としては見られていないとは言え、友愛や親愛も愛のうち、と思えば確かにオビトはリンに愛されていると言えるだろう。
だが、リンなら……多分おそらくきっと、オビトと同じ症状で苦しんでいる人がいたのなら、それが見ず知らずの人だったとしても、その人を助けるために懸命に努力した筈だ。
少しだけ悔しいような気もするけど、それがのはらリンという医療忍者だ。
その誰にでも分け隔てのない優しさこそが、のはらリンというくノ一の在り方なのだ。
悔しいような気はするけど、でもオビトはそんな風に誰かを救うために懸命になれる、リンのそういう所が大好きだった。
だからまあ、そういう意味では綱手の発言はある意味では的外れなのだ。
でもそれは、わざわざ指摘するようなことでもなかった。
コンコン。
ノックの音と共に「失礼します。うちはオビトさん、入りますよ」と知らぬ女性の声がした。
「ああ、いいぞ」
それにこの病室の主であるオビトが返事するよりも早く、加藤綱手は蓮っ葉な声でそう返答した。
「失礼します。朝食をお持ちしました」
声で木ノ葉医院院長である綱手がいるとわかってしまっていたからだろう、オビトより五歳ほど年上の女看護師は、緊張した声音と態度で綱手をチラリと見ながら、オビトのベットに小さな組み立て式の机を置き、重湯が入った腕と匙、水を配膳し、それが終わるとそそくさと退散した。
「……あいつは再教育だな」
とか、なんでもない声で言っているのに、なんだか少し怖い。
とりあえず、冷める前に食べたほうがいいのだろうが……。
「あの……!」
「どうした……? 食べないのか、冷めるぞ」
「なんでじーと見てるんですか」
視線が煩くて叶わない。そうゲンナリ思いながらオビトが問うと、綱手姫は「気にするな。先も言っただろう。食事を摂った際、気付いた事があれば申告しろと。生憎看護師は退出してしまったからな。私が聞こうじゃないか」と、そう答えた。
……どうやら、こうやって食事を見ていることも、医師の務めの一部だったらしい。
なんだかなあ、とは思うが、まあ綱手医師が言うなら、そういうもんなんだろうと思ってオビトはそれ以上気にすることはやめることにした。
小さく手を合わせる。
「……いただきます」
普段は味噌汁でも入れているのだろう、小さな腕だ。
重湯とは粥の上澄みのことであり、殆どは水分で、少しだけとろりとした米が浮いている。
それにそろりと匙を入れ、一口口に含んで、オビトは「あれ?」と驚きにパチクリと目を瞬かせた。
(……甘い。これは……米の甘み……なのか?)
ここ数年オビトの味覚は殆ど機能していなかった。
一応、料理というのはある程度慣れがものをいうし、甘い、しょっぱい、すっぱいなどの判別はついたので、誰かの料理を調理する分にはそこまで問題はなかったが、味見したところでそれが美味いのか不味いのかは自分ではよくわからず、どれが美味いもので、どれが不味いものなのかは食べた人間の反応で把握していただけで、自分でわかっていたわけではない。
だから、数年ぶりに味というものを舌が感じとった事に、オビトはとても吃驚した。
それは目の前でオビトを観察している女にも十分に伝わったようだ。
「リンの努力はどうやら、正しく実を結んだようだな……」
そういって慈母のように、初代火影千手柱間の孫娘たる女が微笑む。
「
続く
風邪で寝込んで食欲皆無の時に自作の手作りプリン食っても、味なんてろくすっぽわからなかったのに、食欲戻ってから食ったら、吃驚するくらい美味く感じたんすよねえ……。
食欲ありなしの味覚への影響ってかなりでかいでやんす。
次回「……格好良いな」!