おまたせしました57話です。
ある意味振り返り回。
「ねえ、オビト。聞いて良いかな。君が目指しているものは……なんだい? 君は何を望んでいる?」
長門は静かな声でそう問うた。
面立ちも物腰も声音も、変わらず優しげで、手練れには見えない細身の体つきをしている兄弟子は、しかしその瞳からは燃えるような熱を感じる。
言葉よりも雄弁に、嘘や誤魔化しは受け付ける気が無いと、ストレートの赤髪の下から覗く目がそう語っていた。
オビトはパチリと、たき火に木の枝を追加で放り込み、目の前で燃える暖かい炎を見ながらポツリポツリと言葉を落とす。
「オレの夢は、子供の頃からずっと火影になることだった。いや、今もそうだ。オレは火影になる、それがオレの夢だ」
思い出すのは自分の記憶に焼き付いた、うちはオビトの原風景だ。
あの、夜空の満月のような、老爺との記憶。
……思えば、何度も同じ事を問われていた気がする。
「オレは、木ノ葉が好きだから。みんなが好きだから、守りたくて、みんなを守るのが火影だから、だから火影になりたいんだって思ってた。でも……」
何故火影になりたいのか?
何を目指しているのか?
望む未来は一体なんなのか。
オビトに興味本位ではなく、真剣に問うてきたのは、長門で三人目だ。
「多分、火影も一人じゃ駄目なんだ」
思い出すのは、白髪赤眼の……老人に見えない容姿をした老人の姿。
オビトの人生二人目の師、千手扉間の言葉。
「オレさ、師匠が三人いるんだ。それで、そのうちの一人が言ってたんだ。初代様がなんで木ノ葉隠れの里を作ったのか。その理念を」
あの日、白髪赤眼の師は、火影になりたいと語る半死半生のオビトに、曾祖父であるマダラよりも二代目様のほうがお前は似ていると、そう微笑み、木ノ葉創設期の事について語った。
「子供を……仲間を、守れる居場所が欲しくて、木ノ葉隠れの里を創ったんだってさ。子供が殺し合わなくて済む集落がほしくて、みんな自分の一族のことしか考えてなかった中で、本当の同盟、協定は出来ないかと考えた……そうして生まれたのが木ノ葉隠れの里だったんだって」
その言葉に少しだけ、長門は驚いたように目を見開く。
「実際歴史の教科書を見ても、木ノ葉隠れの里が出来て、他の国も、里っていう共同体が出来ていく中で、血を血で洗う戦国時代が終わりをむかえたのは、紛れもない事実だ。無用な血を流さないように、人々がいつかわかり合えるようにって願いを込めて、そうやって生まれたのが忍びの隠れ里なんだ。それってさ……」
そこで言葉を一旦切り、はっきりと長門に視線を合わせながら、オビトは言う。
「さっき長門が語っていた暁の理念と同じなんじゃないか?」
兄弟子の瞳の奥に宿る熱に負けないくらいに、太い芯を覗かせた黒い眼をしっかりと合わせながら隻眼の木遁使いと呼ばれている青年は語る。
「平和への願い。いつか人々がわかり合える日が来るって、初代様のその想いから生まれたのが木ノ葉隠れの里で、それを引き継いだのが歴代の火影達だ。オレもその願いを背負いたいし、受け継ぎたいって思ってる。火影が夢ってのはそういうことだ」
「……でも大国の争いが、オレ達のような小国を巻き込むんだ。二代目火影だったうちはイズナには多少は感謝している。彼の支援があったから、幼い頃の弥彦や小南も、混乱する戦後の雨の国でオレに出会うまで生き延びる事が出来た、それも事実だ。だが、大国が争わなければ、
オビトの言葉に反発するように、赤髪の青年は苦々しい声でそう呟いた。
……それも多分、長門の本音なのだろう。
今まで穏やかに接してくれていたのは、彼の本来の性分もあるのだろうが、兄弟弟子だからというのもあるだろうけど、同じ木ノ葉の……自来也やイズナに世話になってきた自覚があったから、木ノ葉への敵意や不満点も胸の中にしまい込んでいたのだろう。
それが漏れ出したのは、多分きっと恩を差し引いても、『火影』という存在に対して、あまり良い感情を持っていなかったからなのだろう。
「……そうだな」
オビトはふっと空を見上げる。
水無月の空は雨天であることも多いけれど、今日はよく晴れていて、星が沢山見える。
あの星、一つ一つが亡くなった人達の魂の灯火だったならば、きっと数え切れない屍の上に自分たちはここにいる。
「多分、オレが今まで殺してきた人達にも、大切なものや人が沢山いたんだ」
その言葉に、長門はハッとしたように少しばつの悪そうな顔をした。
長門もまた忍びだ。
殺し殺されはこの業界では当然のこととされている。
暁は対話による世界平和を掲げている組織ではあるけれど、それでもその手が綺麗だなんてそんなことはない。
賊の討伐も、無辜の民を守る為と言えば聞こえが良いけれど、その賊にも人生があり、そうなった理由もあるのかもしれない。それでも排除した。多くの人の安全の為だ。
その賊も元は被害者であったのかもしれない。そこから目を瞑る、そんな矛盾。
忍びである以上、手を汚さず生きていくほうが土台無理なのだ。
でも、忍びとはそういうものだ。
己の見つめる先の理想、それに手が届く日まで耐え忍び続け、進み続ける者……それが忍者なのだから。
「……悪かった」
お前の大切なものを貶すようなことを言って。
そうポツリと罰が悪そうに、兄弟子たる青年は呟く。
それにオビトは苦笑しながら「いいって」と掌をヒラヒラさせながら返す。
「暁ってのは、対話による歩み寄りを謳う組織なんだろ? でもさ、時には肉体言語による語り合いも間違っちゃいねえと思う」
そう語る黒髪隻眼の青年に、赤髪の優男はどういうことだ、といわんばかりにキュッと眉間に皺を寄せる。
「人は皆違うからさ。中にはいけすかねえヤツもいるし、何考えてるのかわかんねえヤツもいる。でもそこでわからないからって諦めちゃ駄目なんだ。ぶつかって、罵り合って、ときには反発してさ……そういうのもきっと大事なんだ」
「……妙に実感が籠もってるね」
「まァな」
そこで照れくさそうにオビトは耳と目尻を赤く染めた。
「水と油で絶対仲良くなれねえって思った相手とも、
「……それが白雷のカカシかい?」
「……ん、まあ」
そういって、ボリボリとオビトは後頭部をかく。
そんな年下の青年を見て、兄弟子にあたる青年はクスリと笑った。
「……なんで、笑うんだよ」
「いや、微笑ましいなって思って」
そういってにこりと笑う顔は、元上忍師で現四代目火影の黄色い閃光にもどこか似ていた。
「要するに理解することを諦めるなってことだよね、オビトが言いたいのは」
「……まあ」
それから、少しだけ陰りのある表情を乗せてオビトは言う。
「中にはさ、きっと絶対わかりあえない相手もいると思う。でもそれでも、ぶつかれば、わかり合えないってことはわかるだろ?」
「……うん、そうだね」
そういって同意しながら、そっと目を瞑る長門にもきっとそういう相手がいたのだろう。
「オレにはさ、出来ないことが沢山ある。カカシみたいな頭の回転の速さはオレにはないし、医療忍者みたいに人を癒やしたり治したりとかも出来ない。新術の開発とかもさっぱりだし、三代目みたいに一族の秘術以外の里内の忍術全てを覚える……みたいなのも無理だ。でも、多分、それでいいんだ」
そういってオビトはぐっと右手を……黒い手袋で隠した作り物の自分の手を見つめる。
「みんな、出来ること、出来ないことが違うから、だから力を合わせ合うんだ。守りたい者があるから、人は強くなれるんだ。みんながいるから、オレも、強くなれたんだ。オレはそう思う」
それは長門にも覚えのある感覚だった。
彼にも大切なものがある。
兄弟同然の幼馴染みで、最初の仲間である弥彦に小南。それから暁の理念に賛同し加わった仲間達。他里の人間なのに、親身に二年間育ててくれた、ある意味第二の親のような師、自来也。
彼らを守りたい、その一心で長門もまた強くなったのだ。
独りじゃないから、みんながいるから……強くなれた。
「そうだな。オレも、そう思うよ……」
その長門の万感の想いが籠もった言葉に、オビトはつい照れて、赤らむ顔を誤魔化すようにそっぽ向きながら言う。
「あ、それとな、火影になりたい以外にもう一つ、オレには目標があってェ……いや、ま、一つ目の目指している所とそんな変わんねェんだけどさ……」
「……なんだい?」
それに弟を見守る兄のような眼差しで、長門が静かな声で言葉の先を促す。
それを受けて、オビトは真っ黒だった右目を写輪眼の赤に変えながら、その自分の目を指さし、語る。
「……この眼、写輪眼について、前に言われたんだよ。うちはの人間が大きな愛の喪失や失意にもがき苦しむ時に脳内に特殊なチャクラが吹き出して、視神経に反応して眼に変化が現れる。それが“心を写す瞳”……写輪眼なんだってさ」
「それは……興味深いな」
クルクルと巴模様が三つ、オビトの赤い瞳の中で泳いでいる。
うちはの血継限界である写輪眼には、『洞察眼』『催眠眼』『複写眼』という強力な力が三つ備わっているが、そのうちの一つである催眠眼の効果で、瞳を合わせるだけで写輪眼持ちのうちは一族は、対象者に強力な幻術を行使することが可能であるという。
故に、戦場でうちはの忍びにあったら目を合わせるな……というのはある種、忍界の常識だ。
長門自身も身近で実際に見るのは初めてだが……こうして見れば、写輪眼というのは中々に綺麗なものだなと思う。だからこそ、余計に目を合わせてしまうのかも知れない。
兄弟子がそんなことを考えているともつゆ知らず、ただ自分の言いたい事の説明のためだけに写輪眼を発動したのであろう青年は、何事も気付かなかったように言葉を続ける。
「写輪眼は憎しみとか、そういう心の力に同調して、個人を急速に強くさせるから、強い情に目覚めたうちはは闇にとらわれやすいんだって、そう言われたんだ」
「それは……」
長門は思わず言葉につまった。
生憎、長門は血継限界の専門家とかではないので、オビトの語るその言葉がうちはに対する偏見なのか、それとも事実写輪眼とはそういうものなのかはわからないが、それでもそれは当事者であるうちは……オビトに面と向かって言う事ではないだろうとそう思う。
だって、それは……強くなるのなら、お前は将来闇に堕ちるだろう、と言うも同然の言葉だ。
こうして会話をしてみればわかるが、オビトは良い奴だ。
前向きで屈託なく、それでいて真摯に命と向き合っている。
仲間の大切さをよく知っている奴だ。
面と向かってそんなことを言われるべき人間ではない。
「でもさ、オレはそれを聞いて思ったよ」
そんな風に少し胸を痛める長門に対し、オビトはあっけらかんとした明るい声で言う。
「この眼が本当に心を写す瞳で、オレの心に同調して強くなるっていうんなら、別に憎しみとか、恨みとかそんなイヤーな方に考えなくていいんじゃないかって。誰かを守りたいとか、死なせないとかそういう気持ちでも強くなるんじゃ無いかって」
そうカラッと、太陽のように明るい
「だから、この眼は誰かを守る為にも強くなれるんだって、そう証明したいんだ」
そうやって笑う顔と言葉に含まれる芯は、見た目は全然似ていないけれど、長門にとって誰より大切なオレンジ髪の幼馴染みの青年によく似ていた。
「そう……良い夢だね」
その兄弟子の言葉に四つほど年下の弟弟子たる青年は、照れくさそうに笑った。
「さて、オレはそろそろ寝るよ。明日もよろしく頼むよ、オビト」
「おう、オレ達がバッチリ守ってやるから、任せとけ……!」
「……フフ、おやすみ、オビト」
* * *
結局その晩は何事もなく一夜が明けた。
いや、何事もなくといえば語弊がある。
昨晩の野営地の周辺に人払いの結界と共に仕掛けておいた罠の方に、引っかかっている忍びはいたからだ。
とはいえ、そんなものは誤差のうちである。
オビトはヤマトに見張りを変わって貰った三時間はしっかり睡眠を取り、ヤマトのほうも合計五時間半は眠りにつくことが出来たからか、チャクラもバッチリ回復、朝飯もとり、野営明けとは思えぬほどの万全な状態で出発した。
故にか、火の国の首都へと到着するまでの間に追加で二度更に襲撃があったが、どちらも問題なく余裕で撃退した。
そうして雨の国の使者である長門と、大名様との謁見の時間が近づいてきたが……生憎、いくら長門の護衛として雇われている身とはいえ、流石に大名様との会談の場にまでオビトやヤマトがついていく事は出来ない。
国内での大名様の護衛には、守護忍十二士という大名直轄の忍組織が警護についているから尚更だ。
もしも、長門が暁という
お上のいうことなのでどうなることかはわからないが、話し合いが上手くいくことを祈るばかりである。
「お待たせ」
そんな風に待つこと半刻ほどしてから、朗らかに笑う赤髪の青年がオビト達の元へと悠々と戻ってきた。
「どうやら上手くいったみたいだな」
そう長門の顔と雰囲気を見ながらオビトがいうと、「バッチリ」そういって長門は茶目っ気たっぷりに片目を瞑って笑った。
「じゃ、帰ろうか。帰りもよろしく頼むよ、オビト、ヤマト」
「オウ」
「頑張ります」
遠足は帰るまでが遠足なのと同じで、大名様との謁見を終えた長門を無事雨の国に送り届けるまでが任務のうちだ。
まあ、実のところ、オビトの飛雷神の術で飛べば、然程時間をかけず雨の国まで行くことは可能なのだが、流石に他国の人間である長門にそこまで見せるのはちょっと……なので、行きと同様、帰りも自分たちの足である。
とはいえ、昨日の長門の予測通り、数々の襲撃は長門と大名様との謁見の妨害が目当てだったということだろう。帰りは特に襲撃も何も無く、その日のうちに無事夕刻には雨の国との国境に辿り着いた。
「それじゃあ、お世話になりました」
そう、サラサラと任務の達成受領証に屋根の下でサインを書きながら、朗らかに長門が言う。
「フフッ、君は先生が言うとおりの人だったよ」
「……自来也師匠、オレのことなんて言ってたんだ?」
そう恐る恐るオビトが問うと、長門はクスクスと笑いながら「さあ、何て言ってたんだろうね」と返すものだから、オビトはゲンナリとした。
それから、ひとしきり笑った後に、赤髪の兄弟子はオビトにすっと右腕を差し出しながらに言う。
「オビト、君に会えて良かったよ」
「……そうだな、オレも、会えて良かったよ」
そう返し、オビトもしっかりとその手を握りしめた。
「次は、弥彦や小南にも会って欲しいな」
そういって長門は、彼を迎えに来た暁メンバーと共に去って行った。
それを見送る。
雨の国は今日も雨で、鬱陶しい雨が顔にかかるけど、たまにはこういうのも悪くないだろう。
「じゃあ、オレ達も帰るか」
「はい、先輩」
因みに帰りは飛雷神を使って、里に帰るまで五分しかかからなかったのはここだけの話である。
続く