お待たせしました58話です。
残暑も過ぎて夏の暑さが過去のものになりつつある長月の中頃、隻眼の木遁使いうちはオビトはまあ、いつも通りというべきか。
三週間の護衛任務から帰ってきた翌日、思い人でもある幼馴染みのはらリンの勤める木ノ葉病院へと足を運んでいた。
「リン……!」
そういって片手を振りながら、満面の笑顔で寄ってくる様は第三者から見ても、まるで大好きな主人に会えて嬉しい大型犬のようだ。
人によっては、ブンブンとご機嫌にふられる巨大な尻尾を幻視するだろう。
眼球の入っていない左目と左の顔半分は、額宛の布を大きく眼帯のようにとった布で覆われているし、右の顔面には無数の渦のような皺のような傷跡が残っているオビトであるが、そのカラッと明るい表情は、傷跡の第一印象から受ける陰惨さと真逆の屈託のないものだ。
そもそもうちはオビトにとって、顔面の傷も失った左目も、彼にとっては仲間を守れた象徴であり、誇りであるのだから、自分の傷跡に忌避感など無くて当然ではあるのだが。
そんな風に自分の感情に素直な幼馴染みに対し、見ているだけで元気を貰えるなァと微笑ましく思いながら、クスリと笑い、茶髪茶目に頬に紫のペイントをした女性……のはらリンは、落ち着いた声で言葉をかける。
「おはよう、オビト。今日も元気だね。怪我もしてなさそうで良かったよ」
「お、オウ。リンも元気そうだな」
そういって耳を赤くしながら、黒髪隻眼の青年は照れくさそうに後頭部をかく。
……本当のことを言えば、リンとこうしてずっと話していたい気持ちはある。
だが、リンは病院に勤務している身だ。
いくら彼女の休憩時間を狙って来ているとはいえ、あまり長々と留まるのも彼女の迷惑になるだろう。
そう思うからこそ、少しだけ名残惜しさに目を細めながら、次に左手に持っていた花を三輪、思い人たる彼女に差しだして、「ん」と照れくさそうにオビトは鼻頭を赤く染めた。
「わぁ、竜胆? 小さくて可愛いね」
因みに竜胆の花の根は、食欲不振の改善や沈熱・鎮静作用のある生薬の原料だ。
だからこそ医療忍者であるリンであれば、根も有効活用すると思ってのことか、今日彼が持ってきた花は根付きのもののようである。
根付きの花は入院患者への見舞いの品だったならば、縁起が悪いとされているのだが……まあリンへのプレゼントではあっても、見舞いの品でもなんでもないので、オビト的にはセーフなのだろう。
どちらにせよ、花に罪はないが。
蒼く、小さく、可憐な花である。
それを受け取り、リンが「いつもありがとう、オビト」そうお礼の言葉を言うと、黒髪隻眼の青年は「じゃ、今日はそれ持ってきただけだから! またなリン」と彼女の邪魔にならないようにだろう、時々名残惜しそうにリンのほうを振り返りつつも、そそくさと病院の敷地から出ていった。
(せわしないなァ)
苦笑しながらそんな幼馴染みの青年をリンは見送る。
オビトはこうして度々季節の花を持ってくるが、受け取るリンの負担にならないようにだろう。
大体持ってくるのは二輪か三輪ほどで、頻度は多くても週に一度くらいのものだ。
花束にするほどの量を贈られるのはそれこそ誕生日くらいのもので、普段はそこまで大量に渡されることもない。小さな花瓶に収まるくらいの量である。
そして、これまでリンはオビトから色んな花を贈られてきたが、薔薇や赤いチューリップなどの、愛の告白に使われるような花は避けてチョイスされている。
多分そこまで含めてのオビトの気遣いだ。
オビトの気持ちはリン自身察してはいるのだが……それでも、リンを困らせたくないと、そんな心遣いが根底にある。
そうやってオビトから受け取った花を、リンは病院内にある自分のデスクの花瓶に飾ることにしている。
色々な季節の花々は可憐で良い匂いがして、見た目と香り両方でリンを楽しませてくれる。
綺麗な花の応援もあれば、書類仕事も捗るというものだ。
そうやってデスクに飾る花を早速入れ替えているリンを見て、茶髪をツインテールに纏めた三歳年下の後輩くノ一が、どこかからかうような声で言う。
「お、リン先輩。その花、またオビトさんからですか?」
「うん、可愛いよね」
そう、竜胆を眺めながら言うリンに対し、つい三ヶ月ほど前から病院での勤務をはじめた後輩たるくノ一の少女が言う。
「はぁ~……リン先輩良いなあ、あんな優しい彼氏がいて」
そして会話に加わるように、茶髪ツインテールのくノ一と同期で、彼女より一年早く病院で勤務をはじめた、黒髪をお団子に纏めた医療忍者であるリンの隣席の少女も、続けて言う。
「先輩、愛されてますよね。先月は向日葵で、その前は朝顔。その前はラベンダーで、更に前は山百合。天下の隻眼の木遁使い様が甲斐甲斐しいっていうか、マメっていうか……」
「いいなー! わたしもそんな風に愛されたーい!」
その後輩二人の言葉に、リンは困ったように首を傾げながら、彼女達からみたら問題発言とも言える言葉を落とした。
「私とオビト、付き合ってないよ……?」
「え!?」
「嘘ッ!?」
そういって茶髪をツインテールにした後輩と黒髪をお団子に纏めた後輩は、同時にピッタリ驚きの声を上げる。
特に、ツインテールの可愛らしい印象が強い後輩のほうは「なんで!? どうして!? 勿体ない!」とより信じられないと言わんばかりの声でズズイと近寄ってくるもので、リンは益々困ったように苦笑するしかなかった。
「なんでって……私、オビトに好きとか付き合ってとか言われた事無いし……私も言ったことないから?」
そう回答すると、茶髪をツインテールにした少女は可愛い顔を、「ああ、もう!」とクシャクシャに歪めて、「まさかあのリン先輩が、そんなアカデミー生みたいな事言うと思わなかった!」と叫んだ。
どうやら彼女はリンとオビトは恋人同士であるとずっと思い込んでいたらしい。
だが、そんな事を言われてもリンとしても困るのだ。
なにせ彼女は振られたとはいえ、恋愛対象として、好きな人はずっとカカシであった。オビトではないのだ。
フラれたから諦める踏ん切りはついたけど、それでもカカシが好きだった気持ちまで消えたわけではない。
それに、オビトの自分に対する想いは察してはいるのも確かだが、何かを言われたわけでもないのもまた事実なのである。そうである以上、勝手にオビトの気持ちを先読みして返答するのもそれはそれでおかしな話だ。
ならば、リンがオビトに返せるのはこれまで通り、幼馴染みの友人に対しての態度となる。
だから花を受け取っているのも、あくまでも友人として……そのつもりでリンはいた。
きっとオビトもそのつもりだから、愛の告白を連想させる花は贈ってきていないのだろう。
だけどそんなリンを、呆れたような目で黒髪お団子頭の後輩は見ながらに言う。
「先輩がどう思っているかは知りませんけど、でもどうみてもオビトさんって先輩の事好きですよね……? そういう意味で。分かっててソレとか、リン先輩って……実は割と悪女?」
中々に辛辣な意見である。
続いて、憤慨するような声で、茶髪をツインテールに纏めた、可愛らしい後輩の少女が叫ぶ。
「そもそもリン先輩はオビトさんのどこに不満があるんですかー!? 今うちらの世代のくノ一の中じゃ、シスイくんと並んで彼氏にしたいイイ男ランキング上位常連ですよ、オビトさん!」
「……え?」
リンの初めて知る情報だった。
そもそもリンと同年代のくノ一達によるオビトへの評価は、そこまで芳しいわけではない。
リン達の同年代で一番モテる男を上げよと言われたら、大抵の女子があげるのははたけカカシの名であり、同年代のくノ一達のオビトへの評価は「オビト? ないわー」であった。
それはオビトの泣き虫ドベ時代を知っているからの評価でもあるし、オビトのリン以外の女子に対するアウトオブ眼中っぷりを知っているからこその評価でもある。
背がすらりと伸び、外見も子供らしい丸みがとれて精悍さが加わり、隻眼の木遁使いという二つ名と共に実力も伸び、頭角を現して、次期火影候補の一人だと囁かれている今も、それは変わっていない評価だ。
リン達の世代において、イイ男……モテる男といえば、はたけカカシの代名詞なのである。
……が、リンより三歳年下の彼女達の世代の評価は、どうやら違うようだ。
「だよね……!」
戸惑っているリンとは対照的に、黒髪をお団子に纏めた切れ長の大人びたくノ一の少女は、ツインテールの少女の言葉にわかるわかる、とうんうん肯定する。
「名門うちは一族なのに屈託なくて、話しやすいしー。顔の傷跡凄いけど、よく見たら目鼻立ち自体は整ってるし、背も高いし、格好いいよね」
「傷のせいで一見厳ついけど、笑った顔は結構可愛いし、良いよねー」
「あの歳で二つ名持ちだし、将来有望な上に、しかも人も良いの……! うちさ、この前ばあちゃんが階段から落ちそうになった時に助けて貰ったんだけど、お礼すら受け取らずに去って行くんだよ? 格好良くない? ヤバくない?」
「うそ。アンタんちも? うちもこの前じいさまがぎっくり腰で歩けなくなったみたいでさ、嫌な顔ひとつせずにうちまでおぶってくれたんだよ。優しいよねェ」
「ねー」
と、同い年の女子二人は、オビトの話題でそんな風に盛り上がり始めた。
キャアキャアと騒ぐ彼女達は、まるで推しのアイドルトークをしているかのようである。
それからチラリ、黒髪お団子頭の後輩はフッとリンを見ながら、どことなく哀れむようにも見える視線と口調でこう告げた。
「リン先輩の世代は知りませんけど、うちらの代だと今かなり人気ですよ、うちはオビトサン」
そんな黒髪お団子頭の少女の言葉に乗っかるように、茶髪をツインテールに纏めた可愛らしい後輩もノリノリでこんな事を言う。
「先輩の彼氏だと思ってたから遠慮してましたけどォ、リン先輩と付き合ってるってわけじゃないなら、わたし狙っちゃおうかな~?」
そんな風に話している時だった。
「コラッ!! アンタ達いつまでくっちゃべってるつもり!?」
仁王立ちで佇むシズネが現れたのは。
木ノ葉医院院長である綱手の一番弟子にして、義姪でもある彼女の登場に、後輩である15歳の少女達は、「はいいー! ごめんなさーい!」「すみません……!」などとぴゃっと互いに抱き付き合いながら謝り倒す。
「ほら、休憩時間は終わり! キリキリ働く!!」
そうシズネがビッと指さしながら告げれば、後輩二人は逃げるように去って行った。
「……シズネ、ありがとう」
助かったと、そう微笑みに乗せてリンが言うと、シズネははぁー……とため息を一つこぼして、「リン、アンタもたまにはビシッと言ってあげなさいよ。でないとあの子達調子に乗るわよ」そうぼやくような声で告げる。
元々リンは、この時間はここで書類仕事の予定だった。
だから、それを邪魔するのも本意ではないという事なのだろう。
シズネは告げるだけ告げるとそのまま去って行く。
それをひらひらと手を振り、見送る。
静かになった室内で、暫しリンがカリカリとペンを動かす音が響く。
それからなんでもないように、普段使いしている秋桜の押し花で作った栞を取り出して、必要なページに挟み暫しの休憩と共に、ふと目の前で揺れる竜胆の花と、それを持ってきた青年の笑顔が脳裏をよぎり、思う。
(そっか……オビトってモテるんだ……)
* * *
「四代目様、うちはオビト中忍ただいま参上しました!」
リンに竜胆の花を渡したその翌日、オビトは火影塔からの呼び出しに従い、火影の執務室へと足を運んでいた。
戦時中と違い、今の時代はそこそこ人手には余裕があるため、休む間もなく、任務に次ぐ任務……というのは一部の暗部くらいのもので、表の忍びでそういうことは滅多にない。
故に、今日も呼び出されはしたが、別に次の任務を与えられるためではないらしい、というのはオビトも聞いていた。
だからこそ、何故呼ばれたのかわからず、いつも通りの態度や顔を取りながらも、探るように元担当上忍師でもあった四代目火影……波風ミナトの顔を眺める。
しかしまあ、ある意味わかっていた事でもあるのだが、そんなオビトの視線などそよ風かのように、変わらずニコニコと、金髪碧眼の美丈夫たる当代火影は感情を読ませない笑顔で笑いながら言う。
「ん……よく来たね。オビト。今日は遅刻してないようでなによりだよ」
「いやァ……ハハ」
その師の言葉に、思わずオビトは気まずそうにボリボリと頭の後ろを掻く。
オビトは遅刻の常習犯である。
別に寝坊しているわけでもないし、わざとというわけでもないのだが。
大体急いでいる時に限って、オビトは困った老人に出くわすわけで、そして困った老人を助けるのがうちはオビトのモットーである以上、捨て置く事は出来ないわけで、結果としてそれで毎回遅刻してしまう……というルーチンが出来上がっている。
とはいえ、時空間忍術である飛雷神の術を覚えて以来、老人への手助けの結果の遅刻は随分と減ったし、遅刻時間も短くはなったが『今日は』と言われたように、完全無遅刻を維持することは今だオビトには遠い夢のようである。
ただ、オビトも良い年齢だ。
昔のように、遅刻を人助けしてたから仕方ないと開き直ることも出来ず、申し訳なさそうにしているあたりが、まあ彼の成長の証と言えるだろう。
たとえ理由があろうと、他人に迷惑をかけたなら謝る。
人として大切な事である。
「それで、その四代目……本日の要件は?」
そうオビトが訊ねると、にこり。
金髪碧眼の師は先ほどまでの感情を読ませない種類の笑顔から、慈父のような微笑みに切り替えて、それから、威厳のある顔と声音でオビトにこう告げた。
「うちはオビト中忍。火影の名の下、本日をもって君を上忍へと任命する」
「……え」
一瞬、何を言われたのかわからないかのように、マヌケ面を晒す元弟子に、苦笑しつつも茶目っ気たっぷりにウィンクを飛ばしながらミナトはもう一度告げた。
「オビト、上忍への昇格、おめでとう」
あとから、言われた意味がジワジワと足先から浸透するようにオビトの中で広がる。
「あ、ありがとうございます……!!」
感極まるあまり、目尻から滴を零しながら、オビトは深く深く頭を下げ謝意を示した。
その日、うちはオビトは中忍から上忍へと昇格した。
木ノ葉隠れの里が出来て64年目の、9月18日の事であった。
続く