知らない人いるかもしれないので、一応解説しますが、神楽とは「神様を招き、神に奉納する為に奏される歌舞」の事です。神事の一種ですね。
それではどうぞ。
……
自分は今夢を見ていると、そう自覚のある夢の事を明晰夢とそういう。
ならばきっとこれがそうなんだろうと、うちはオビトは自覚する。
19歳の自分の目の前では、今は懐かしい祖母が、太鼓や笛の音が鳴り響く中、幼い頃の
『オビトちゃん、オビトちゃん、お祖母ちゃんね……昔武練祭の舞姫だったのよ』
その言葉に目をキラキラとさせながら、幼いオビトは『ばあちゃんスゲー!』とはしゃいでいる。
嗚呼、これは、実際にあった過去の思い出だ。
6歳だか7歳だかの頃の、記憶。
武練祭の剣舞神楽を見ていた時の風景。
美しく荘厳な揃いの舞い装束の男と女、そして子供達が、シャンシャンと鈴がなる中で神楽を舞っている。
そして場面は移り変わり、今はもう無いオビトが13歳まで育ったあの家の庭で、夜、月光の元で、優雅に着物の袖を靡かせながら祖母が舞う。
『白と黒、男と女、千手とうちは、右と左、上と下。太極から生じるは両義であり、陰の中の陰、陰の中の陽、陽の中の陰、陽の中の陽、これら併せて四象と為し、四象は八卦を生じさせる。之、宇宙也』
朗々と謳うように祖母はそう語った。
確かにそれはあった出来事だ。
だがオビトが知る祖母は50を過ぎた白髪の老婆であった。
なのに、舞いながらに、いつしか祖母は……写真でしか知らない、若かりし頃の姿に変わっていた。
長い黒髪を高らかに結い上げて、顔に赤の隈取りをした黒き巫女装束の祖母が、飾り剣を片手に美しく舞う。
いつしか、祖母は言っていた。
陰と陽はどちらが優れているというわけではなく、大事なのは
人は太陽の暖かさがなければ生きていけないけど、夜の静けさがなくても安らかな眠りを得られない。
どちらに傾いても駄目で、陰も陽も同じくらい、大事なのだと。
その調和でこの世界は出来ているのだから。
シャン、シャンと鈴が鳴る。
くるりくるりと、繊細に柔らかく、時には大胆に力強く巴を描くように女が舞う。
タン、タン、タン。
足拍子に会わせるように、太鼓の音が、ドンドンドンと加わり、笛の音が高らかに響く。
白くしなやかな女の指が手招きするように誘い、その先を示す。
そこに彼は立っていた。
年は15,6であろうか。
今年訪れた歴史資料館で見た、若かりし頃の姿をした二代目火影……うちはイズナが。
オビトが知っているうちはイズナは、齢60を超えた白髪の老爺であった。
まるで夜空の満月のような空気を持つ、仙人か徳の高い高僧を思わせる澄んだ気配のじいさま。
火影室に飾られている写真の中の二代目様は、三十歳半ばくらいの時期に撮られたものだから、こんな少年と言っていい年齢のうちはイズナをオビトは知らない。
資料館に飾られた写真で見た若かりし頃の二代目様が、武練祭の剣舞神楽の絵画衣装そのままに、シャンシャンと飾りを揺らしながらに天を仰いでいる。
透き通った冬空を照らす、満天の月。
舞い散る桜の花弁。
漂う
まるで幽玄の世界に迷い込んでしまったかのようだ。
長い黒髪を結い上げた、目鼻立ちのくっきりとした美しい顔立ちの少年が、ヒラヒラと赤い花弁が舞う中で月に献げるように神楽を舞っている。
神よおいでませと、そう誘うように……。
(……嗚呼)
それを見てオビトは唐突に、数ヶ月前に抱いた違和感の答えを……神に捧げるあの剣舞神楽に、欠けていたものが何であるかを理解した。
答えははじめから、過去に、祖母の言葉にあった。
(……足りてないわけだ)
陰陽は調和が大事だと、祖母は言った。
陰と陽……男と女、右と左、千手とうちは。昼と夜。太陽と月。相反する存在どちらもがあって、世界は出来ているのだと。
今現在、献げられている神楽は……あまりに陽気に偏っている。
だから……あの舞いは儀式術式として未完成であったのだ。
* * *
「……ハッ」
明晰夢から覚め、ガバリと寝所から勢いよくオビトは体を起こす。
時計の針が示す時間は夜の12時と5分を過ぎた頃。
12月の25日になったばかりだ。まだ。
夜明けはまだまだ遠く、窓から見える空には星と月が輝いている。
冬の寒気は身心に染みこむ筈なのに、しかしべったりとオビトの体には無視しようがない汗が、しとどのようにその身を濡らしている。
心臓が妙にバクバクと力強くビートを打っていて、煩い。
(夢……だよな? だけど……)
夢というのは大抵、目が覚めれば忘れるものだ。
だが、どうしてか先の夢はハッキリと覚えている。
ともすれば、無い筈のその匂いや音も幻視するほどに。
かつて祖母は言った。
自分の師は叔父であった二代目火影だと。
そして最初の武練祭で神楽を舞っていたのも、うちはイズナだったのだと。
『舞台の上で舞うあの人はまるで、神様のようだったわ』
その実際の姿を、オビトは知らない筈なのに、先ほど夢で見た光景が脳裏を離れない。
そろりとベットから抜け出し、オビトはフローリングに脚をつけると、寝間着代わりに着用している紺色の着流し姿のまま、先ほど夢で見た神楽をなぞらう。
今なら出来ると、何故か妙な確信があった。
タンタンタン。
今は深夜だ。
隣近所への迷惑にならないように、最小限に音を絞った足踏みで
祖母の舞いを眺めていた、幼い頃のオビトには理解出来なかったその動作の意味も、そこに込められた比喩も、何を表現していたのかも、その先にあるであろうものも……どうしてか今のオビトには寧ろ何故今まで
これは神卸の義。
陰陽二つの力の調和でもって、悪神を祓い善神を呼ぶその為の……封印式にして結界式。
ふいに、ピタリとオビトはその手と足を止めた。
「まだ……その時じゃない」
こぼれた言葉は意識してのものではなかった。
ただオビトの中の、本能に等しい直感が言わせた言葉だった。
* * *
年は開けて、一月。
寒々とした冬の空を望月が照らす頃。
木ノ葉警務部隊に所属する、犬塚家の先代当主の年の離れた弟改め、先々代当主の年の離れた弟たる男は、「はぁ……」と落ち込んだ様子でショボショボとしながら、いつもパートナーを組んでいたうちは一族の男とは違う、日向分家の警務部隊所属の男と組まされて、里の見回り任務についていた。
いつも組んでいるうちはの男は、なんでも今日は一族総出の新年の宴があるとかで、休みを取っているからだ。
そこで犬塚の男と同じく、相方であるうちはの男が休みを取った日向分家の男と組まされて、見回り業務を課せられたわけだが、犬塚の男の顔は先ほどからずっとどんよりと浮かないものだ。
「おい、お前やけに今日は暗いな? どうしたんだよ」
正直、日向の男とて犬塚の男と仲良しというわけではないし、相手は日向の男より一回り年上で接点もあまりないのだが、それでも同じ警務部隊所属の身だ。
たまに見かける姿は大体明るく楽天的で、ちゃらんぽらんでいい加減そうかつ気の良いオッちゃんって感じで、職務中だというのに、こんなに暗く沈んだ姿はあまり見たことがない。
一体何があったのか、親でも死んだのか?
そう思っての心配混じりの問いに、犬塚の男は「いや、そのな……オレの
犬塚一族は忍犬使いで有名な一族だ。
彼らは幼少期から子犬を相棒として与えられ、兄弟や親友のように共に育ち、共に戦う。
とはいえ、犬の寿命は人間より短い事は元よりわかっていたことだ。
現に、今犬塚の男が相棒としている忍犬も、彼が幼少期に与えられた忍犬ではない。
彼が今相棒としている忍犬は、前にパートナーだった忍犬が生んだ子犬の一匹だ。
先代の相棒だったその雌犬は四匹の子犬を産み、そして産後の肥立ちを悪くしてそのまま亡くなった。
生まれた子犬たちは四匹中三匹は他の親戚に引き取られ、残った一匹を自分の相棒として大事に育ててきた。
だが、その相棒も、もう18になる。
忍犬は普通の犬よりはチャクラがある分長生きとはいえ、犬の平均寿命が15そこいらの中、18歳は立派な老犬だ。
いつ、お迎えがきておかしくはない。
人間も、犬たちも、死を見送るのはこれがはじめてではないが……それでも落ち込むものは落ち込むのだ。
「家に帰ったとき、あいつの体が冷たくなってるンじゃねェかと思うとな……どうしても家で寝てるアイツの事が気になっちまって、職務中に引きずって悪ィな」
「あー……まあ、お前にとっては家族なんだろ? ならまあ仕方ないんじゃないか?」
そういって日向分家の男は苦笑した。
「これだけ平和になったんなら、気も緩んで……」
ふと、日向の男はそこまで呟いて、ピタリと言葉を止めた。
シャン、シャンと清らかな鈴の音が通りの向こうから響く。
それほど大きな音ではないはずなのに、それがやけに人の喧騒より余程耳についた。
今は夜の18時半を過ぎた所だ。
日が短い故に、辺りはすっかり真っ暗になって街灯が頼りなく里内を照らすのみであるが、まだまだ眠るには早すぎるし、一般人や子供こそあまり出歩く時間でもないが、まだまだ宵のうち。
それなりに道には人が行き交っている時間帯であり、この時間に人が歩いていることなど、特に忍び里である木ノ葉では珍しくもなんともないが……通りの向こうから段々こちらに近づいてくる鈴の音がやけに耳につく。
その理由はわからないが、同じ感覚を共有しているらしい警務部隊所属の男二人は顔を見合わせて、灯りを掲げながら、何故か緊張に体をかたくしつつ、暫し静止した。
忍びらしく、というべきか、足音はなかった。
やがて、通りの向こうから現れたのは長身黒髪の男だ。
夜闇故に正確な色はわからないが、暗色の装束に、布眼帯に、飾り紐をつけて悠々と歩いている。
その飾り紐につけられた鈴と、眼帯の後頭部に取り付けられているのだろう、ヒラヒラとした二つの長布の先に銀細工の飾りが揺れて、それがシャンシャンと音を鳴らしていた。
眼帯につけられた飾り紐こそ華やかだが、それを除けば、それほど派手な格好をしているわけではないのに、やけに目につく。
どこかこの世のものではないような、異質な雰囲気に神々しさすら感じて、警務部隊の男二人は一歩、後ろに脚を引く。
そんな自分を見ている警務部隊所属の男達の反応など気にかけることもなく、シャンシャンと魔を払うような清らかな音を変わらず立てながら、振り返ることもせずに布眼帯を左目に巻いた男は歩き、去って行った。
思わずその存在に圧倒されて見送ってから、犬塚の男は、先ほどすれ違った鈴の音を慣らし歩いていた青年が、自分がよく知っている存在であることに、一拍遅れて気付き、彼の名を呟いた。
「…………アイツ、オビト……?」
* * *
年が明けて、最初の満月の日に新年の宴を行う。
それは、木ノ葉隠れの里が出来て以来の、うちはの風習であった。
正月三が日は何かと忙しいし、正規の忍びであれば特に正月に休みは取りにくいからと、新年の宴は三が日とは違う日に行う事を提案したのは、当時まだ火影になっていなかった族長の弟うちはイズナであったという。
元々陰遁に優れるうちは一族は、古来より月に親しむ習性があるし、ならば満月の日に、と争うこともなくすんなりとそう決まった。
集まる場所は南賀ノ神社……うちはの神が祀られている場所だ。
月に一度の会合はここの本堂の奥に隠されている地下室で行われるものだが、新年の宴はまだ忍びになっていないものや、忍び以外の職業についた一族のものも参加出来ることもあり、集まるのは本堂で、一族の女達が用意した御馳走を食べながら、思い思いに一族の者達と親交を深める、そういう行事だ。
「今年はオビトちゃんもきてくれるのよね、楽しみよねえ」
とニコニコと長老会所属の老婆が笑う。
それにカラカラと隣家に住む家の男が、「確かこれまでの詫びに芸を披露するって話だろ? 何を見せてくれるのか楽しみだぜ」と笑い、それにあまりオビトの事を良く思っていなさそうな二十代後半くらいの男が「どうせオビトのことだ。くだらないものだろう」と期待する価値もないとばかんに吐き捨てる。
そんな思い思いに人々が騒ぐ中、一族族長にして警務部隊署長でもある男……うちはフガクは、相変わらずいつも通り口をぎゅっと引き結び、変わらぬ所作でどっしりと構えていた。
新年の宴の開始時刻は戌の刻と決まっているが、大抵の宴参加者はそれより判刻は早く集まる。
今宵の参加者でまだ来ていないのはオビトのみだ。
それを「オビトちゃんらしい」と見る者もいれば、「あいつ10分前行動という言葉も知らんのか」と憤る者もいる。
同じ一族といえど、人の想いは様々だ。
だが……。
ガラリと扉を開け、時間ピッタリに現れたその姿を見た者は、皆呆気にとられた。
華やかな飾り紐をつけた藤納戸色の布眼帯で左の顔面半分を覆い、右の顔面には無数の渦のような皺のような傷が浮かんでいる若い青年。
ピンピンとした短い黒髪に、細身の者が多いうちは一族にしては、ガッシリ目の体格をした長身を包んでいるのは、竜胆色のやや古風な型をしたうちは装束に、黒いズボンと白い脚絆。
その特徴は間違いなく、隻眼の木遁使いの名でなにかと話題のうちはオビトで間違いない筈だった。
だが……纏っている空気が、眼差しが違う。
ザワザワと、動揺が一族に広がる。
戸惑っている一族の男が「オビト……? おい」と呼ぶが、それに黙して、オビトはすっと黒い手袋に包まれた人差し指を一つ、口の前ですっと立てて、それからついてこいというように本堂内に集った一族の者らに視線を送ってしゃくった。
シャン、と飾り紐につけられた鈴が鳴る。
ここは南賀ノ神社、神の御許。
冬の空は澄み渡り、丸い月が煌々と周囲を照らしている。
一体、何が行われるのか。
呆然としながらも、境内の真ん中に進み出るオビトを、皆して遠巻きに見送る。
そんな中、オビトは月を掴むように右手をぐっと大きく天へ伸ばして、片手印を結び、木遁で一つの錫杖を作り出した。
みるみるうちに、オビトの手から生まれた木の棒は形を変えていき、やがて片方の先端に太陽を、もう片方の先端に月を模した形にそれは納まった。
月と太陽……陰と陽の杖。
それをこれから行うことを、アナタ様に捧げますとそう宣言するかのように、恭しく洗練された動きでオビトは片膝をつき、太陽と月の錫杖を天高く、掲げ、クルリと投げた。
ダン。
足を打ち鳴らし、飾り紐をシャラリと鳴らしながら、バシリと後ろ手に、今空高く投げた錫杖を地面に落ちる前に掴み、クルリと回す。
そしてその錫杖を剣に見立て、武練祭で見慣れた神楽のはじめの型を取る。
ここ至って、オビトが何を為そうとしているのか、分からぬ者はここにはいなかった。
今宵は満月。
月は月読。
夜を統べる神。
ここは神域、南賀ノ神社。
―――月神の眼前にて、神楽が始まる。
続く
因みに、神楽って女性名で使われがちなので演者も女性のイメージある方いる気がしますが、EKAさんがリアルで見たことある神楽は、石見神楽の須佐之男命による八岐大蛇退治の演目だったので、演者は殆ど男でした。
オビト「あの神楽の意味がわかったぜ!」
イズナ「何それ知らんコワ」
次回「赤髪の眠り姫は目覚めた」