今回はオビトの両親回。ご両親の容姿以外は捏造設定モリモリでお送りします。
祖母はオビトの左隣に置かれた寝台に横たえられ、看護師達が病室を出て行くのと同じくしてリンもまた出て行った。オビトは祖母との二人っきりの家族だったから、多分、気遣ってくれたのだろう。
隣の寝台に手を伸ばし、オビトは祖母の枯れ枝のような右手をそっと取る。
肉が、ない。
ほんの2週間前まであったはずの肉が刮げ落ちたように消えていて、それがどうにもやるせなかった。
「フフ、オビトちゃんとこうして並んで眠るなんて……何年ぶりかしらね」
懐かしさと慈しみに満ちた声で祖母が言う。
オビトが祖母と同じ布団で寝ていたのは、まだアカデミーに入学する前の幼児であった頃だ。
入学してからはオビトには自室が与えられ、自分の部屋のベットで一人寝ていた。
それでも、雷が鳴った日などは「ばあちゃん、いっしょにねて」と祖母の布団に潜り込んだ。
優しい微笑みを向けられ、「おいで、オビト」といつもはちゃんづけなのにそういう時ばかり呼び捨てでオビトを呼んで、ポンポンと子守歌のようなリズムで背を叩いてくれた。そうすると安心して、幼いオビトはぐっすりと眠れたのだ。
オビトには母の記憶はない。父の記憶も無い。
両親はオビトが赤ん坊の頃に任務中に失踪したのだという。
失踪とはいうが、状況証拠からしてほぼ命がないと見られているから殉職扱いではある。何が起きたのか知っているものはいない。その任務に従事していた者は死体で見つかったか、或いはオビトの両親と同じく失踪したと判定を受けたからだ。
失踪とはいうが、ほぼ死んだのだろうとみられているため、行方不明者は抜け忍として扱われているわけでもない。そもそも抜け忍になる理由もない筈なのだ。
だって、両親がいなくなったのはオビトが生後半年くらいの頃だ。
早く任務を終えて帰る気だった、里に赤子を残していた夫婦が抜け忍になったとは考えづらく、また血痕が現場には残っていたことから恐らく何者かに殺されたのだろうとみられていた。失踪したと判定されたのはただ単に死体が出なかったからだ。
そんな両親のことをオビトは写真でしか知らない。
どんな声でどんな性格をしていたのかも、何も。
それでもオビトがあまり寂しくなかったのは祖母がいたからだ……嘘だ、本当は少し寂しかった。
困っているお年寄りを助けるはうちはオビトのモットーだったけれど、両親がいない寂しさを埋める代償行為の側面もある。
オビトは祖母が好きだ。だから、お年寄りを大事にしたいと思うのは自然な気持ちだ。困っている人を助けて、ありがとうと言われるのが好きだった、親のいない寂しさが埋まる気がした。
母親ってどんな存在なんだろう。
多分、きっと祖母がオビトに注いでくれている愛だ、それがきっと一番近い。いないから、想像するだけだけど。
父親ってどんな存在なんだろう。
こっちはもっと難しい。オビトには父代わりみたいな人はいないから。ああ、でももしかしたらミナト先生みたいな感じなんじゃないだろうか。
オビトはミナト先生が好きだ。その優しい声も、よくやったねと撫でる掌も。父親と呼ぶには年齢が近すぎるけど、でもオビトがミナト先生に向けている感情は、世間一般の子供が父親に向けている感情に近い……のかもしれない。わからない。結局父親がいないオビトにはそうやって想像することしか出来ない。
……父親や母親がいる子が羨ましかった。
でも祖母には言わなかったし、言えなかった。
だって、祖母に愛されていることを知っていたから。祖母がオビトの両親がいなくなったことに未だに心を痛めていることも知っていたから。祖母を困らせたくはなかった。悲しませたくはなかった。
だから両親なんていなくても、ばあちゃんがオレにはいるからへっちゃらさって顔をした。オビトなりの精一杯の強がりだった。
そして自分の感情を見ないフリをするために、必要以上に両親のことについて訊ねないようにしてきた。
でも、多分今を逃せばもう、オビトは両親について知ることが出来なくなる。
それは予感を越えて、確信だった。
……でも、なんて言ってなんて聞けばいいのだろう?
「なぁ……ばあちゃん、どうしてうちはうちは居住区と離れたところに家があるんだ?」
結局、どうしようか迷った末に口から出たのは、そんな風にオビトが二番目に自分の家に対して抱いていた疑問だった。
うちはや日向など、特殊な血や遺伝によって能力が発現する血継限界の一族は、里内でも大体固まって似たような場所に家を建てて生活するのが大半だ。うちはなんかは、うちはの神様を祀っているという南賀ノ神社の近くに居住区を構えているし、月に一度の会合の舞台も南賀ノ神社が指名されている……もっとも、オビトはあまりうちはの会合に参加したことはないのだが。
オビトの家はうちはの居住区からは離れており、高名な一族が住んでいるわけでもない一般的な住宅街に建っている。だから極一般的な忍びの家庭出身のリンとは幼馴染みだったし、子供の頃近所の公園でよく遊んでいたメンバーも、自分の他にうちはの子はいなかった。
自分がうちは一族出身なことは知っていたし、それを誇りにも思ってはいたけれど、よくよく考えてみれば同じうちはとの付き合いより、それ以外の人間との付き合いのほうがよっぽど多いのだ。
木ノ葉隠れに住むジジババならほぼみんな知り合いではあるし、それは同じうちは一族も例外ではないが、年寄りでもない、若くて似たような年齢のうちはとの関わりは……オビトにはほぼ無かった。
「そういえば……オビトちゃんに言ったことはなかったかしらね……」
ちょっと忘れ物をしたってニュアンスの軽い調子で祖母が呟く。
「オビトちゃんのお母さんはね、傍系の千手一族だったの」
初耳だった。
「千手一族とはいっても八代も前に本家と枝分かれしたような家の子でね、あまり血は濃くはなかったなかったようなのよ? ……確かうずまきの血も入ってるんだったかしら? でもまぁ……一族として本当に末端ね」
「それが……なんで父さんと?」
千手一族とうちは一族が昔は争っていたことはオビトだって歴史の授業で学んだ。今はあまり千手への敵視は聞かないけど、お年寄りと付き合いが多いオビトは、今も彼らがあんまり千手を好ましく思っていない事はなんとなく察している。
ということはうちはの……かつての族長の孫だった父と、傍系とはいえ千手の娘だった母の組み合わせはあまり歓迎されなかったんじゃないかと、オビトでも想像がついた。
「あの子……オビトちゃんのお母さんはオビトちゃんのお父さんより三つ年下の医療忍者で、たまたま同じ任務を受けたのが出会いだったそうよ。それから何度かチームを組むことがあってね……段々好きになったんだって。告白は息子のほうからだったらしいわ」
思えば両親のなれそめを聞くのもこれが初めてだった。
「……あの子は少し年上で、同じ千手一族の頭領姫だった綱手様に憧れていて……少しでも近づきたいと一生懸命だった。薄いとはいえ千手とうずまきの血統だったからチャクラ量も平均よりはあったし、医療忍者としての素質も高かったみたいね。そんな風にいつも一生懸命な彼女に惚れてしまったんだと、だから結婚を許して欲しいと息子……貴方のお父さんは私に頭を下げたわ」
そうして祖母は懐かしそうに目を細める。
きっとその老いた目には、在りし日のオビトの両親の姿が写っているのだろう。
「明るく朗らかな良い子でねぇ……『お義母さん、お義母さん』って慕ってくれるのが可愛くて、私もすぐに大好きになっちゃったわ。だから言ったのよ、『そんなの当然よ。誰に何を言われてもお母さんはあなたたちの味方よ』って」
言いながら、つぅーと静かに老女の目から涙が伝う。
「……なのに、どうして…………」
「…………」
暫くかみ殺すように鼻を啜る音が聞こえる。
……とてもいたたまれなかった。
なんとなくこうなる気はしていた。オビトにとって両親は写真で顔しかしらない存在だけれど、祖母にとっては違うのだ。息子夫婦を失ったことを、本当は全然受け止められていない。ずっとその傷を抱えて生きてきた。
なんて声をかければいいのかもわからない。
だからオビトは代わりにギュウと祖母の手を握った。
オレはここにいるよ、ばあちゃんは一人じゃないよと伝えるように。
「……やだわ、もう涙もろくて。オビトちゃん、ごめんなさいね……それで……うちは居住区に家を建てなかった理由だったかしら?」
震えているのに、なんでもないような声を作る。辛いのにわざと明るく振る舞う。そういう強がり方が祖母はオビトとそっくりだった。否、オビトが祖母に似たのだ。
「うちはと千手はね、長い長い間ずっと争ってきたの……どれくらい前から争っているのかわからないくらいに。だからね、今は同じ木ノ葉の民っていっても、流石にうちはの集落に千手の嫁を入れるというのは難色が出たのね……なら、うちは居住区から出て暮らそうかってなって、それで今の場所に家を建てたの」
オビトは産まれた時からこの里にいた。
戦乱の世も、うちはと千手の争いも、歴史書に記された文字でしか知らない。
だが、年寄りにとっては違うのだろう。
木ノ葉隠れの里が出来て戦乱の世が終結したのは、今から約60年近く前の出来事だ。オビトの両親が結婚した時期なら里が出来て45年前後……年寄りなら、千手と敵対していた当時のことを覚えていても不思議はない。
流石に当事者の多くが鬼籍に入った今ならそこまで反発は高くないだろうけど、当時は反対の声が多いのも宜なるかなという奴なのである。
「……私は最初はうちはの居住区に残ろうと思ってたんだけど、息子が結婚する前年に夫……あなたのおじいちゃんを亡くしていてね……お義母さん一人で残すのは心配だからと、一緒に暮らそうって言ってくれたの……本当に優しい子だった……」
オビトちゃんはきっとお母さんに似たのね、そんな風に力のない声で祖母は言った。
「……なぁ、ばあちゃん。あのさ……父さんはどんな人だったの……?」
「そうねぇ……引っ込み思案な子、かしら」
「ひ、引っ込み思案……?」
なんだか意外な言葉だった。
そりゃオビトは父親の事を写真でしか知らないけど、すっげー短髪でもみ上げを刈り上げにしてたってことくらいしか知らないけれど、細身でしゅっとした体型のものが多いうちは一族にしては体格良さそうな感じだったし、引っ込み思案とか実の母親に称されるタイプとは思わなかった。
「お父さんは……曾お祖父ちゃんが自ら扱いただけあって忍びとしては強い方だったんだけど……生憎あなたのお父さんは曾お祖父ちゃんが苦手でねぇ……お父さんの稽古を受けるの、イヤだったみたいなのにイヤって言えなかったみたいだわ……」
全く困った子よね、と言わんばかりの口調に「ならなんで稽古止めなかったの?」というオビトが疑問を浮かべると、そんな孫の心境がわかったのだろう、苦笑して祖母は語る。
「あの子が、忍びになることを選んだからよ」
そうして訥々とした口調で続けた。
「オビトちゃんの曾お祖父ちゃんは二代目様の兄として有名だけど、本当は五人兄弟だったんですって……。でもお父さんの兄弟はイズナの叔父様を除いて皆子供の頃に死んじゃったわ……それに私……おばあちゃんの弟も、仲間のくノ一の女の子を庇って死んじゃった……私は息子に、死んで欲しくなかった……」
祖母の呼吸が細くなる。息が短い。手が震えている。
そうしてオビトは思い出す。
そういえば、祖母は忍びではなかった。忍びの家族ではあったけれど、忍びの道を選ばなかった人だった、と。
「あなたの曾お祖父ちゃんはね、初代様と並んで戦国最強と呼ばれた一人で、鬼神と呼ばれるくらいに強かった。だからお父さんに鍛えてもらったら、任務に出ても死なないですむくらい強くなってくれるんじゃないかって……そう、思って…」
老婆の啜り泣く声が聞こえる。
家族を失ってばかりの人生だった祖母。
急にオビトは自分が恥ずかしくなった。
自分がいなくなったら祖母がどうなるかなんて、オビトはこれまで考えた事もなかった。自分が生きているとわかって、思ったのはこれでもっと仲間を守れる、とかもっと戦えるとか、そんな自分のことばかりで……待ってくれている人のことなんてちっとも考えていなかった。
カカシに泣きながら「おかえり」って言われて、こいつと本当に仲良くなれたんだって嬉しくて、リンと、みんなとこれからも一緒にいれることが嬉しくて、自分が死んだと聞かされていたのであろう祖母の気持ちを考えることなんてなかった。
退院することが出来たら、いつものように朗らかに祖母は笑って「オビトちゃんお帰りなさい」って迎えてくれるって馬鹿みたいに信じていた。
自分が死んだと聞かされて、祖母がショックでこうなるなんて考えてもみなかったのだ。
だけど、これからはもっと考えなきゃいけない。
残された人たちの気持ちを、彼らの願いを。
……それが火影を志すということだ。
初代火影千手柱間の弟である千手扉間はこう語った。
『兄者は、子供を、仲間を守れる居場所が欲しくて木ノ葉隠れの里を創った。子供が殺し合わなくて済む集落を』
と。
それが、それこそが里を作った理念。
根底にあるのは平和を願う心。
大切な人に傷ついて欲しくないという想い。
オビトはあの時カカシに自分の左目を贈り、自身は生き埋めになることを選んだ選択を後悔していない。
右半身の感覚もなく岩に潰された自分はもう駄目だと思ったからだ。カカシなら自分の目があればリンを守ってあの状況から切り抜けられると信じていたからだ。
きっと何度でも同じ状況になったら同じ選択を選ぶだろう。
だが、それで傷付けた人がここにいる。
「……ばあちゃん、ごめんな……」
手を握り、そうしんみりした口調でオビトが謝罪を告げる。
すると、祖母は「……いいのよ」そう何もかもわかっているというかのように万感の想いを込めて言葉を返す。
「なぁ……ばあちゃんはなんで忍びにならなかったんだ……?」
そんな孫の疑問に、祖母は語る。
木ノ葉黎明期の自身の物語を。
続く