隻眼の木遁使い   作:EKAWARI

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ばんははろEKAWARIです。
今回の話は隻眼の木遁使いって話の構想出来た直後くらいからずっと書きたかったシーンの一つだったり。ばあちゃんの台詞を書きながらうっかり涙ぐんじゃったのはここだけの話だぞ。


07.神様

 

 

「オビトちゃんは夏の武練祭で、最初の火影様の代に剣舞神楽を踊っていたのは誰なのか知っているかしら……?」

 懐かそうに目を細めながら、祖母はオビトに言う。

 思い出すのは6歳だか7歳の時に祖母に手を引かれて祭りに行ったときの記憶だ。

 黒と白の装束をきた揃いの隈取りや飾りをつけた男女が、優美に舞台で踊る姿。

 その日に祖母が言った。

『オビトちゃん、お祖母ちゃんね……昔武練祭の舞姫だったのよ』

 そう、楽しそうに密やかに。

「木ノ葉隠れの里が出来てからずっと続けられていた武練祭の剣舞神楽、それを最初に踊ったのは後に二代目火影を襲名した叔父様……うちはイズナと千手の巫女姫だった」

 それはオビトがはじめて聞く話だった。

 二代目火影うちはイズナ。通称、真眼のイズナ。

 真眼のイズナのその目はこの世のどんな悪も真実も見通せたとされており、火影を引退後に兄マダラと共に行った火の国行脚の旅は『マダラとイズナ』、『真眼のイズナ』、『うちは兄弟世直し旅』など絵本や読み物として脚色され、未だに高い人気を誇っている。とくに幼い子供や男の子に人気の前者二つにおいては、かなりヒロイックな姿に描かれているのが特徴だ。

 だから世間一般に広まっているうちはイズナ像と、幻想的で(おごそ)かな剣舞神楽の舞手としての姿は重ならない……。

 だが……。

『オビト君、君は火影になりたいと聞いた。何故なりたい?』

 そう柔らかく微笑んで、幼い自分に聞いてきた老爺を知っている。

 本物のうちはイズナは、絵本の中に書かれた勇敢な若武者のような人ではなく、有りの儘に全てを包み込む、まるで夜空に浮かんだ満月のような人だった。

「初代様の時代の頃は、火影様による武練の奉納の相手はもっぱらお父さん……オビトちゃんの曾お祖父ちゃんが務めていたわ。だから元々は、お父さんの応援の為に私は祭りに連れて行かれたわけなんだけど……おばあちゃんには火影様と曾お祖父ちゃんの戦いよりも、ずっとずっと……叔父様達の剣舞神楽の方が綺麗で格好良くて素晴らしいものに見えたのよ……」

 シャンシャンと鈴の音を鳴らしながら、飾剣を片手に幻想的に踊る一対の男女。二人で一つの生き物のように、円を描くように、軽やかな蝶のようにくるりくるりとまわり回る。

 それはまるで夢のような一時(ひととき)だった。

「舞台の上で舞うあの人はまるで、神様のようだったわ」

 あれはきっと、神卸の儀式だった。

 そう確信に満ちた声で、神聖への敬意と畏れを顕わに祖母は言う。

 隣に確かにいるのに薄くなった気配、遠くを見る眼差し。

 オビトが握っている枯れ枝のような右手は嫌にヒヤリとしていた。

 ……先ほどより、冷たい。

 オビトの血の気が引いた。

 医者に何も言われてなくてもわかっている、祖母はもう……。

 

「オビトちゃんにだけおばあちゃんのとっておきの秘密を教えてあげる」

 フフっと、まるで夢見る少女のような微笑みを浮かべて祖母が言う。

「おばあちゃんね、二代目様のお弟子様だったのよ?」

 これは内緒よ? と柔らかく、肉のこそげた頬に笑みを浮かべて。

「すげえや! ばあちゃん……!!」

 オビトはわざと子供っぽくはしゃいだ声を上げた。

 それが、ただの強がりに過ぎないことは互いにわかっていた筈だ。

 うちはオビトはずっと泣き虫忍者と呼ばれてきた。でも今は泣きたくなかった。ただの虚勢だったけど、もう余命少ない祖母に心配をかけたくなかった、安心させたかった。だから、殊更に明るい声を上げて、にじみ出そうな涙を必死に押し殺した。

「おばあちゃんはね、叔父様が巫女姫様と舞い踊るのを見て、本当の本当に感動して……舞踏の弟子にしてもらったの。いつかあんな風に踊りたいと夢見て……忍びなんて嫌、私は舞姫になるの、って……」

 オビトにとって祖母は生まれた時には祖母という生き物だった。

 若い頃の姿なんて知らない。ばあちゃんにも若い頃があったなんて、思えば当たり前だけど考えた事も無かった。

 でも、きっと若い頃のばあちゃんは可愛い子だったのだろう、きっと。

「私……おばあちゃんは、うちはの生きる伝説と言われたお父さん……うちはマダラの娘だったから、色々言われたんだけどね、全部そんなの知らないって、私がなりたいのは忍びじゃない、私は舞姫になるんだからって蹴っちゃったのよね。……オビトちゃんの、これと決めたら一直線なとこはきっとおばあちゃんに似たんだわ」

 フフ、似たもの同士ね、と祖母が笑う。

 儚くて、力の入っていない笑顔だった。

「まあ、でも……おばあちゃんはテコでも意見を曲げなかったし、お父さんや叔父様は……私を擁護してくれたしで、そのうち長老衆も私に思い直させるの諦めちゃって……それで、それでね……叔父様が二代目を就任した年にとうとう武練祭の舞姫の地位を勝ち取ったの……」

 語りながら、段々と祖母の声が弱っていく。

 脈もどんどん遅く弱くなっていることにオビトは気付いていた。

 それでも、その手を握りながら祖母の話に相槌を打つくらいしか、オビトには出来ることはなかった。 

「……私が初めて舞台に上がったのは、今のオビトちゃんくらいの歳だった」

 落ち窪んだ目で、それでも懐かしそうに目を細めて老女は微笑む。

「忍びの信仰対象なんて六道仙人様くらいで……その存在を信じている人はあまりいないけれど、おばあちゃんはいつも舞台で踊るとき、神様を感じていたわ……」

「神様なんて本当にいるの……?」

 神様なんてオビトはあまり信じたことはない。

 迷信の類いとしてぼんやりとイメージがあるだけだ。

「いるわ……いるのよ、みんなの心の中に……いつだって見守ってくれているわ……」

 祖母は祈るように囁き、それから繋いだ孫の左手をそっと自分からも握り返して、それからきっと再会してからずっと訊ねたかったのであろう事を聞いた。

「ねぇ……オビトちゃんその左目、どうしたの……?」

「う……カカシの奴に、その、上忍祝いで……やっちゃった」

「カカシくんに上げちゃったの……?」

 あらあら困った子ねぇ……と言わんばかりに祖母の口元に苦笑が浮かび、「……写輪眼は左右揃って本来の力を発揮するのよ……?」とオビトの知らない知識を口にした。

「……なら、いいだろ。それならオレとカカシが揃えばより強くなれるってことなんだからさ。オレとカカシが組めば敵無しだ。オレは火影になる男なんだからな」

「……そうね、オビトちゃんは火影になる……のだものね」

「ああ、なるよ、絶対なる……左目なんてなくたって、だから……ッ」

 見守っていて欲しいとは言えなかった。

 その願いは絶対に叶わないことがわかっていたからだ。

 トクントクンと煩いくらいに嫌な心音がなっている、翻って祖母の手から伝わる音は……今にも消えそうなくらいに弱い。この鼓動を分けてあげることが出来たらいいのに。

「……オビト」

 祖母が呼ぶ、オビトの名を。

「……オビトちゃん」

 名残惜しむように、噛みしめるように。

「……オビトちゃんは叔父様みたいにならなくていいの……オビトちゃんはオビトちゃんらしく、オビトちゃんの思う火影様になってね……」

 ずっと見守っているわ、と掠れた吐息のような声でオビトの欲しかった言葉を、祖母が呟く。

 息が細い。

 肌が蝋のように白くて、手が冷たい。

「オビトちゃん……おばあちゃん、少しだけ、疲れちゃった……」

 嗚呼、もう駄目なんだと、嫌でも理解した。

 

「……オビトちゃん、帰ってきてくれて……ありがとう、ありがとうねぇ……」

 ボロボロと老婆が涙をこぼす。

 きっとオビトの泣き虫なところは、この祖母から受け継いだのだ。

「……世界で一番好きよ、大好き、愛しているわ……オビトちゃんは……おばあちゃんの、宝物だから……」

 まるで譫言のように、夢うつつに祖母が言う。

 瞳は濁っていて、もう目の焦点すら合っていない。

「ごめんね……いっぱい、御馳走用意しなきゃ……オビトちゃ、んの……大好きな御馳走…………」

 御馳走なんていいよ、と言えるなら言ってしまいたかった。

 オビトには食べ物の好き嫌いはない。

 ばあちゃんが作ってくれた料理ならなんだって大好きだし、なんだっていい。

 ばあちゃんがいてくれるならそれでいいんだ。

 でも言えない。

 言わない。

 オビトは漏れそうな嗚咽を、唇を噛みしめて必死に耐える。

 だって、脈が、もう……。

「…………ばあちゃん……?」

「…………」

 ドンドンと祖母の手が氷のように冷たくなっていく。

 オビトの左手ではもう暖められない。

 力も温度も無くなった、骨と皮だけついた鶏ガラのような手だ。

 脈はもうない。

 祖母は、もう生きていない。

 あの家に帰っても、もうオビトに「おかえり」と言ってくれる人も、抱きしめてくれる人もいなくなった。

 祖母は死んだのだ。あの日常はもう帰ってこない。

 いつもの騒がしさが嘘のように、隻眼の少年はつぅーと静かに涙を流す。

 祖母の事が好きだった。

 神様。

 そんなのは信じていたわけではないけれど、嗚呼でもどうか、祖母の魂が安らかに眠ればいいと、大切な人たちに浄土で再会出来ればいいと……そうであればいいなとそう、いるかいないかもわからない神様に祈った。

 そしてそのまま眠りもせず、オビトは朝になり看護師が部屋に入ってくるまで、祖母の右手を握りしめていた。

 ……ずっとずっと。

 

 * * *

 

 翌々日、祖母の葬儀が行われた。

 オビトは絶対安静で病室から出られない身だったから、葬儀には出られなかった。

 喪主を務めたのはうちは一族族長のうちはフガクだ。

 祖母自身は忍びではないとはいえ、彼女はうちはマダラ……先々代うちは一族族長の娘である。わざわざ多忙な中、現うちは一族族長様が喪主を務めたのはそのためだ。

 元々忍びではない祖母は、舞踏や華道に詩などを教えることで生計を立てていた。そのため弟子や交友関係は広く、中には火の国で知らぬ者はないと二十年ほど前に一世を風靡した舞姫なども葬儀への参列を希望したのだが、生憎戦時中の時勢故に断っておいたと、オビトは当代族長たる男に淡々と報告された。

 ただ、葬儀には出られないが、たった一人の家族と別れもせずに荼毘に付すのも……というのもあって、祖母の棺は焼く前に一度オビトの病室にいれられ、彼は看護師より一輪の花を渡されそれを献花した。

 その死に際は……落ち窪んだ頬に、朽ちた老木のように痩せ衰え、髪も抜けていた祖母であったが、死に化粧を施され、整えられたからだろうか、存外穏やかな綺麗な顔で、こうして見るときっと祖母は若い頃は美人で有名だったんだろうなと、そんなどうでも良いことをオビトは思った。

「オビト……ッ」

 長くて綺麗な赤い髪をした喪服の女性が、献花するオビトの隣に寄り添うように立ち、祖母の棺が部屋から出て行ったあと、ぎゅっと無言でオビトの動けない頭を優しく抱く。

「クシナ……」

 祖母を亡くしたオビト自身よりもずっとずっと辛そうな顔をして。

「……クシナさん、良いんだ」

「良くない。良くないってばね……」

 そう言って我が事のように嘆く、感受性豊かな女性……名はうずまきクシナ。オビトの上忍師である波風ミナトの恋人であり許嫁の女性だ。

 ミナト先生はいない。

 まだ先日受けた中期任務に出たまま、里に帰ってきていないからだ。だから、オビトの師であったミナトの代理として彼女はここにきた。彼女自身はオビトに色々と言いたいことがあったみたいなのだが、それもオビトがこんな状態で、しかも唯一の身内も亡くして、もう何も言えなくなった。

 彼女自身は恋人の教え子であるオビトを気に入っていた。手間のかかる弟のような子供みたいな……そんな存在に感じていた。だからこそ、憤り、悲しむ。なんでこの子ばかりこんな目に。と。

 それが伝わるからこそ、良いんだとオビトは言う。

 わかっている、親しくしているといっても二人の関係はミナトありきのものだ。

 だから、それ以上はクシナの立場では踏み込めない。

「……オビト、また来るから。何かあれば頼りなさいよ……私も、ミナトも、いくらでも力になるから」

 そんな言葉を残して赤髪の女性はオビトの病室を後にした。 

「…………」

 

 夕方には無事納骨が終わったとうちはフガクの使いから連絡があった。

 それで終わりだ。人の人生の終わりはこんなにも呆気ない。

「オビト、大丈夫……?」

 夕方の病院で、オビトの代わりにと、墓への納骨を見届けてから彼の病室にやってきたのはらリンが、心配そうな顔をしてオビトの隣の椅子に座る。

「そういえば聞いたぜ? 家で倒れているばあちゃんを見つけて病院に知らせてくれたのはリンだって。おかげでばあちゃんの死に目に会うことが出来た……! ありがとうな」

 ニコニコと笑いながら、オビトは言う。

 それはいつも通りのうちはオビトの笑顔の筈だった。

「……オビト」

「ほんと、リンにはいつも助けられてばっかりだ、退院出来たら何かお返ししねェと……」

「オビト……!」

 そしてリンは、じっと寝台の上から動けない黒髪の少年の瞳を見つめて、告げた。

「言ったでしょ、オビト。強がって傷を隠してもダメだって……ちゃんと見てんだから」

「……」

 虚勢が剥がれ落ちる。

 オビトなりの精一杯の強がりが少女のたった一言を前に、呆気なく融解する。

「ふ……く、う、う……うぁああーぁ」

 ボロボロと涙が、小さな子供みたいに次々に流れ落ちる。

 ボタボタと大粒の涙を流して嗚咽する。

 ばあちゃんが、好きだった。

 だけど、もう会えない。

 そのことが痛くて痛くてたまらなかった。

「良いんだよ、オビト。ちゃんとおばあちゃんを悼んであげよう。今日ぐらい泣いても、ね?」

 そういってリンが甘やかすから、ぐちゃぐちゃに涙が流れて仕方なかった。

(嗚呼、かっこ悪い。かっこ悪ィなオレ)

 バカみたいに声を上げて、鼻を啜って、気持ちを吐き出すみたいに泣いて、泣いて。

 それを許すみたいに、リンはただ何も言わず側にいた。オビトの悲しみに寄り添った。

 しんどくて、苦しくて、同時に目の前の少女が愛しくて愛しくて仕方なかった。

 

(リンは、カカシが好きだって、わかってるんだよ……! リンにとってオレはそういう対象じゃないってオレだってずっとリンを見てきたんだから……でも、嗚呼くそ)

 

 それでも、リンが好きだ。

 

 続く

 

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