新学期の朝、目が覚めてスマホを手に取る。
時間を確認すると、スマホの画面には07時20分と表示されており、それを見た俺は青ざめて飛び起きた。
「やべぇ!もう集合時間ギリギリじゃん!」
急いで新品の制服に腕を通す。
カバンの中を念入りにチェックする暇もなく、部屋を出た。
一応昨日のうちに準備したし、問題は無いはずだ。
「おはよう明、今日は入学式だっけ?」
廊下に出ると母さんに出会った。
「そうだよ、んで来週の月曜日は始業式兼対面式」
「対面式?」
「そう、1年と在校生のね」
「そんなのがあるのね」
「とりあえずもう行かないと、アイツらに置いてかれる」
「真央君達なら置いていかないと思うけど……朝食は?」
「いらない、そんな時間ないし」
空腹を感じながら急いで家を出た。
幼馴染達との集合場所は、俺の部屋の真上に住んでいる十塚真央の部屋だ。
なんで下じゃなくて上の階かって?
それは十塚真央が俺達幼馴染十字会のリーダーだからさ。
リーダーとは言ったけど俺達でそう決めた訳じゃなく、俺が勝手にそう思ってるだけ。
実際、十塚真央をリーダーだと思っているのは俺だけじゃない。
少なくとも、真央の左右に住んでいる右川兄妹と左榎さんはそう思っていると当人達に聞いた。
階段を駆け上がると、既に真央の家の前に何人か集まっていた。
「おはようさん、幼馴染十字会の諸君」
「おはよう、あっきー」
「「おーっす、明」」
「明先輩おはようございます」
「下月先輩、お、おはようございます」
真央の真上に住んでいる陽歌さんと朝からハモる悟と真央、丁寧な挨拶をしてくれる悟の妹の瞳ちゃん。
そして、こちらをまっすぐ見つめる真央の妹、詩央ちゃん。
陽歌さんは美人だし、瞳ちゃん幼さが残っていて可愛らしいが、詩央ちゃんは段違いで可愛い。
黒髪の左サイドテールで、華奢な体つきだが兄達の面倒を見ているしっかり者。
口には出さないが、毎朝詩央ちゃんと一緒に登校できるのは、心臓が飛び出るほど嬉しい。
だけど、俺は詩央ちゃんの顔がまともに見れないほど特別な感情を抱いている。
まぁ告白する気もないんだけど。
詩央ちゃんなら引く手数多だろうし、俺なんかじゃ彼女の隣に立てるほどの魅力はない。
普段はゲームの話しかしていないが、もし恋愛相談なんてされた日には、涙を堪えて全力でアドバイスするつもりだ。
それから、まだ来ていない真央の兄の直央さんと左榎さんを待つことになり、陽歌さんが直央さんを起こしに家に入っていった。
左榎さんはと言うと、いつの間にか出てきていて、姿勢を低くしてゆっくりゆっくり真央に近づいて行く。
俺の横を通り過ぎる時に目は合ってないが、左榎さんは人差し指を口に近付けて”静かに”と合図してきた。
背後に立った左榎さんは身体を起こし、真央の耳元に顔を近付けて何か言ったようだ。
急な出来事に真央は耳を手で抑えながらびっくりしていた。
もし詩央ちゃんに同じ事されたら、失神する自信がある。
そうこうしてるうちに、家から直央さんと陽歌さんが出てきた。
「おう、おめーら待たせたな」
「ようやく起きたか兄貴」
「直央にい、おはよ」
「おはようございます、直央先輩」
「直央さん、おはようございます」
「直央兄さんおはようございます」
「…………」
悟は相変わらず直央さんに敵意を向けているようだ。
「直央にいは朝が弱いんじゃなくて、遅くまでゲームやってて起きないだけだから」
いつの間にか、話が盛り上がっていた。
「そうさ、昨日の夜俺と直央さんは夜遅くまで一緒にゲームをしていたのだ!」
俺は眼鏡を人差し指でクイッと上げて、ドヤ顔で威張る。
「兄貴は寝過ごしそうだったのに、明はよく起きられたな」
真央が俺を褒めた事が嬉しくて腰に手を当ると、同時にタイミング悪くお腹が鳴った。
「……明、朝ごはんは?」
「俺が起きたのは10分前だ!」
恥ずかしかったが、体勢を変えずに返した。
すると突然、詩央ちゃんが俺にホットドックを差し出してくれた。
「あ、あの下月先輩。良かったらこれ食べてください。行儀悪いかもしれませんが」
俺は詩央ちゃんの手作りにテンションが上がったが、感情を抑えて受け取る。
受け取ったホットドックはまだ、ほんのりと温かかった。
「ほう、これは美味しそうだ」
テンションと緊張のあまり、少し偉そうな口調になったが照れ隠しついでに一口食べる。
「この焼き加減、味付け……詩央ちゃんが焼いてくれたのやつか」
「おぉ、よくわかるな」
そんな物は見ればわかる。
「もちろんわかるぞ、真央はいつもソーセージにマスタードかけるし、なんなら少し焦がすからな。だが、詩央ちゃんのは焦げはなく味付けは塩コショウ、シャキシャキの一枚葉のキャベツに包まれている。見た目だけで既に詩央ちゃんの手作りだとわかるさ……うむ、ごちそうさま」
「お、お粗末さまです」
好きな人からもらった手作りってこんなに美味しくて嬉しいものなんだな。
それから幼馴染達と一緒に学校に向かったが、俺だけ途中から1人になるから、解散場所で一番最初に別れた。
学校は専用のバス停から乗って数十分のところにある。
数年前に出来たばかりの新しい高校で真央達には話していないが、実はEスポーツに力を入れている学校で、ゲーマーの俺としては持ってこいの学校だ。
学校に着いてからは、クラス割り振り、校舎案内、先生紹介、個人のゲーミングPCのセッティングなどを行い、10時半には解散となっていた。
「10時半だと、今頃詩央ちゃん達は校長先生の話を聞かされてる頃か」
俺はスマホを取り出し、個人チャットを開く。
チャットの宛先は詩央ちゃん。
『始業式終わったら連絡くれ、こっちはもう終わって帰るだけだから』
打ち込んで、送信。
多分、瞳ちゃんもついてくるだろうけど、詩央ちゃんと二人きりは緊張するので丁度いい。
カバンを背負い、帰ろうとした瞬間。
同じクラスの男子に呼び止められた。
「そこのツーブロック眼鏡」
「は? 俺の事か?」
「そうだ、お前だ」
「……はぁ、初対面にその態度はないんじゃないかな?」
「いや、だって俺はお前のこと知らないし」
「だからこそだろ……」
「まぁいい、ちょっと聞きたい事があったから呼び止めたんだ」
「……何?」
「お前さ、GameTubeで実況動画上げてたりしないか?」
ゲーム実況動画が当たり前になった現在、ゲーム配信や実況動画のみを取り扱っているのが”GameTube”だ。
「……なんで?」
「なんていうか、お前の声聞いたことあるし、この”パズルゲーマーアッキー”ってチャンネルもアッキーってお前のことだろと思ってな。下の名前も明だし」
「……そうだとしたら?」
「お?認めるんだな」
「……なんか否定するのアホらしくて」
「そうか、でも今日のところはいいや、とりあえず確認したかっただけだし」
「…………」
「そう、睨むなって……また来週詳しい話するわ。じゃあな下月」
「あ、あぁ」
「言い忘れてた、俺の名前は重道。”鷹橋 重道”だ」
そう言い残し、彼は教室から出ていった。
「やべ、時間!」
スマホを確認し、学校前のバス停に急いだ。
「くそ、先に待ってる予定だったのに」
バス停で再びスマホを確認すると、既に詩央ちゃんから返信が来ていた。
『十字路で瞳と待ってますね』
俺はソッコーで『今からバスに乗る』と返す。
バスを降りた後、急いで十字路に向かう。
「待たせたな、シスターズ」
「「お疲れ様です」」
「あぁ、お疲れ様。今年もシスターズは同じクラスだったか?」
「は、はい! 8年間同じクラスです!」
「はは、そうか。君たちはホントにいつも一緒だな」
「そ、そうですね」
たじたじの詩央ちゃんが可愛くて、つい瞳ちゃんに話を振ってしまった。
瞳ちゃんとアニメの話をしていると、突然グループチャット”幼馴染十字会”に直央さんから連絡が入る。
「直央さんからゲーム大会の連絡か、詩央ちゃんも瞳ちゃんももちろん参加するよな?」
「「もちろんです」」
「じゃあそろそろ帰ろうか」
「「はい!」」
俺は、瞳ちゃんと詩央ちゃんに挟まれてマンションへと向かっていった。
今日のろじ裏
この俺、十塚直央には特技がある。
それは……あ、ゲームじゃないぞ?
たしかにゲームは上手いが、それは幼馴染十字会の中でもってだけで、腕だけなら明の方が上だ。
すまん、話が逸れた。
俺の特技は人間観察だ。
俺は幼馴染や兄妹の恋愛事情を全て把握している。
例えば、俺の弟の真央は隣に住んでる優花ちゃんのことが好きだし、優花ちゃんも真央のことが好きだ。
そして妹の詩央も、真下の階に住んでる明の事が好きだが、明は気付いてるかは分からないが、遠慮してるように見える。
こんな具合にな。
だが、かく言う俺は高校三年生になっても恋愛感情というものが分からない。
中学、高校と何人か付き合った事はあるが、誰1人好きだと思った事はなく、いつも向こうから告白されて、向こうから別れを告げられる。
これの繰り返しだ。
今も高校で、3人から好意を向けられている事に気付いている。
だが、俺はその3人の気持ちにも応えられないと思う。
だから、変に期待させるぐらいなら、いっそ嫌われるようにしようと思って高二の春ぐらいから真面目さを捨てた。
だが、幼馴染十字会の陽歌、優花ちゃん、瞳ちゃんは変わらず接してくれる。
陽歌は毎朝起こしに来てくれるし、優花ちゃんは俺をお兄ちゃんのように慕ってくれている。
瞳ちゃんは俺と対等に接してくれるせいか、詩央の同級生だと思わせてくれない。
俺はそんな彼女らを、本当の妹のように思っている。
だから恋の応援もしたいんだが、まぁ中々恋愛相談なんて来ないのが現状。
そこで、俺がゲーム大会やお泊まり会を開催する事で、間接的に皆の恋路を応援するという高度なテクニックを使っている。
俺にとって幼馴染十字会の皆が、楽しく過ごせればそれでいい。
この先、困難にブチ当たろうとも俺はお前達を守っていくとそう決めている。