空に焦がれて   作:トロつな

1 / 2
或る研究者の一生

わたしは、空に焦がれていた。

最初に空を目指した要因は、もうすでに覚えていない。

それでも、身一つで空を飛びたくて、わたしは研究者となった。

 

身体にタービンをくっつければいいのではないか。

タービンをベルトで体に固定した。

すぐに墜落した。揚力が足りない。痛かった。つかの間確かに飛んだ記憶は、鮮烈に残っている。

 

ジェットエンジンは使えないだろうか。

安全性が足りない。鉄の塊を飛ばすに足る馬力は、矮小な人間には過ぎたものだ。

 

反重力エンジンを実用化できないだろうか。

実用化できた。しかしそれは、大きすぎて個人で運用することは難しかった。物流面が発達したので、出前のラーメンは伸びなくなった。

 

ある時、戦争が始まった。

わたしは兵器の開発を命令された。逆らえば死ぬと悟ったわたしは、夢のために航空兵器を作り上げた。

多くの人が、私の発明で死んだ。

 

戦争が終わった後、わたしは現実で飛ぶことをあきらめた。

現実で飛ぶのは、良くないことだと思った。

それでも、わたしは研究者を続けることにした。蒼穹に、わたしは魅了されていたから。

 

拡張現実技術を使った。

視覚は騙せても、風を切る感覚が、無重力の感覚が足りない。

かつてつかの間飛んだ記憶と設置型の反重力空間を浮いた感覚を、わたしは知っていたから。

知らなければ満足できただろうか?いや、きっとそんなことはないだろう。

 

ならばその感覚を再現すれば?仮想現実(フルダイブ)技術を生み出した。

仮想の世界で、魔法を、幻想を再現できる技術だった。

遊戯として発展したそれの中で、空を飛ぶことができた。

しかし、何故か満足できなかった。空に焦がれた魂が、まがい物の大空では満足できなかったのかもしれない。

 

多くの発明をした。人類の文明をずっと先へと進めた功労者として、私は表彰された。

わたしは考えた。自分で無理なら、他人が創るのを待てばいい。

己の才に見切りをつけたのだ。諦めだった。愚かな考えだった。

 

取材を受けた。研究をまとめた。大学を建てた。後続のためにありとあらゆることをした。

いつか、大空へはばたく翼を、誰かが作り出すと信じて。

 

長い、時が経った。最初の夢を忘れるほどの、長い永い時。

翼は完成した。

そのことを知った時、わたしはもうすでに動ける身体ではなかった。

空へ羽ばたく翼は、老骨には扱えるものではなかった。

 

わたしは己に失望した。夢は他人に託すものではない。

自分の手で、叶えるべきものだ。

 

何も手に付かなくなった。あらゆることに興味を持てなくなった。

友人、後輩、家族すべてが、わたしのことを老け込んだと呼んだ。

事実だった。身体を動かす熱を、私は喪った。

 

そして、私は死んだ。

病でもなく、事故でもなく、老衰で死んだ。

孫に囲まれ、娘の前で死んだ。

死後、私は教科書に載るのだろうか。忘れられるのだろうか。

どうでもよかった。広い空を飛べなかったことだけが、私の心残りだった。

 

「嗚呼、神様。次の命では、どうか。あの広い大空を。」

化月 ソナタ。人類の文明レベルを三段飛ばしで引き上げた、大量消費文明の偉人。

夢をかなえられなかった、哀れな研究者だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。