わたしは、空に焦がれていた。
最初に空を目指した要因は、もうすでに覚えていない。
それでも、身一つで空を飛びたくて、わたしは研究者となった。
身体にタービンをくっつければいいのではないか。
タービンをベルトで体に固定した。
すぐに墜落した。揚力が足りない。痛かった。つかの間確かに飛んだ記憶は、鮮烈に残っている。
ジェットエンジンは使えないだろうか。
安全性が足りない。鉄の塊を飛ばすに足る馬力は、矮小な人間には過ぎたものだ。
反重力エンジンを実用化できないだろうか。
実用化できた。しかしそれは、大きすぎて個人で運用することは難しかった。物流面が発達したので、出前のラーメンは伸びなくなった。
ある時、戦争が始まった。
わたしは兵器の開発を命令された。逆らえば死ぬと悟ったわたしは、夢のために航空兵器を作り上げた。
多くの人が、私の発明で死んだ。
戦争が終わった後、わたしは現実で飛ぶことをあきらめた。
現実で飛ぶのは、良くないことだと思った。
それでも、わたしは研究者を続けることにした。蒼穹に、わたしは魅了されていたから。
拡張現実技術を使った。
視覚は騙せても、風を切る感覚が、無重力の感覚が足りない。
かつてつかの間飛んだ記憶と設置型の反重力空間を浮いた感覚を、わたしは知っていたから。
知らなければ満足できただろうか?いや、きっとそんなことはないだろう。
ならばその感覚を再現すれば?
仮想の世界で、魔法を、幻想を再現できる技術だった。
遊戯として発展したそれの中で、空を飛ぶことができた。
しかし、何故か満足できなかった。空に焦がれた魂が、まがい物の大空では満足できなかったのかもしれない。
多くの発明をした。人類の文明をずっと先へと進めた功労者として、私は表彰された。
わたしは考えた。自分で無理なら、他人が創るのを待てばいい。
己の才に見切りをつけたのだ。諦めだった。愚かな考えだった。
取材を受けた。研究をまとめた。大学を建てた。後続のためにありとあらゆることをした。
いつか、大空へはばたく翼を、誰かが作り出すと信じて。
長い、時が経った。最初の夢を忘れるほどの、長い永い時。
翼は完成した。
そのことを知った時、わたしはもうすでに動ける身体ではなかった。
空へ羽ばたく翼は、老骨には扱えるものではなかった。
わたしは己に失望した。夢は他人に託すものではない。
自分の手で、叶えるべきものだ。
何も手に付かなくなった。あらゆることに興味を持てなくなった。
友人、後輩、家族すべてが、わたしのことを老け込んだと呼んだ。
事実だった。身体を動かす熱を、私は喪った。
そして、私は死んだ。
病でもなく、事故でもなく、老衰で死んだ。
孫に囲まれ、娘の前で死んだ。
死後、私は教科書に載るのだろうか。忘れられるのだろうか。
どうでもよかった。広い空を飛べなかったことだけが、私の心残りだった。
「嗚呼、神様。次の命では、どうか。あの広い大空を。」
化月 ソナタ。人類の文明レベルを三段飛ばしで引き上げた、大量消費文明の偉人。
夢をかなえられなかった、哀れな研究者だった。