ウマ娘×鋼の錬金術師 作:パラケル
「……で? 呼び出しておいて黙りかよ、大佐」
金色の三つ編みを揺らし、赤いコートを羽織った小柄な少年――エドワード・エルリックは机越しに座る男を睨みつけた。
腕を組み、苛立ちを隠そうともしない。
「兄さん、落ち着いて……」
巨大な鎧の身体に魂を宿した弟、アルフォンス・エルリックが宥めるように声を掛ける。
だが、この部屋を覆う重苦しい空気を和らげるには足りなかった。
男――ロイ・マスタングは黙したまま、背後の壁に貼られた地図へ視線を向けていた。
窓から射し込む陽光がその顔を半ば影に沈めている。
「黙ってりゃ済む話じゃねぇだろ」
エドワードの声が響く。
張り詰めた沈黙の中、時計の針だけが規則正しい音を刻んでいた。
ようやくマスタングが口を開いた。
「頼みがある、鋼の」
「……頼みねぇ」
エドワードは眉を跳ね上げる。
「大佐が殊勝なこと言うなんて、どうせ碌でもねぇ話だろ」
皮肉を飛ばすエドを無視し、マスタングは低い声で続けた。
「“ケーオス・ハーヴェル”――元国家錬金術師だ」
机上に置かれた一枚の登録証。
写真に映るのは切れ長の瞳、冷たい笑みを浮かべる青年。
だがその眼差しの奥には狂気の色が潜んでいた。
「二つ名は“混沌の錬金術師”。魂の錬成に執着し、軍部が禁忌としていた研究に踏み込んだ」
マスタングの声には、珍しく重みがあった。
「奴は資格剥奪が決まる前に研究資料を持ち出し、姿を消した。噂では……賢者の石にすら手を伸ばしていたらしい」
「…賢者の石だと?」
エドワードとアルフォンスの瞳が揺れる。
彼らは賢者の石に関する研究書を解読し、その真実と代償を知っている。
だからこそ、その名が持つ危うさを理解していた。
「奴の隠れ家が廃村にある。調査してこい」
「結局、厄介ごとは俺達の仕事ってわけかよ」
エドワードが吐き捨てると、マスタングは静かに言った。
「これは命令じゃない。頼みだ」
エドワードは一瞬、言葉を失った。
マスタングが「頼む」と口にするときは、背後に何らかの深刻な危機がある証拠だった。
「分かったよ。どうせ放っといてもロクなことにならねえだろ」
こうして二人は、ケーオスの研究所とされる施設へ向かうことになった。
夜明け前の荒野を軍用車が走る。
赤黒い空を背景に、うっすらと朝の光が差し始めていた。
「ちくしょう……せっかくリゼンブールに帰ろうと思ってたのにな」
エドワードが窓の外を睨みながらぼやく。
「最終列車、乗り損ねちゃったね」
アルフォンスが静かに返した。
車はやがて停車し、運転手に軽く礼をして二人は降り立つ。
そこに広がるのは荒廃した村。
崩れた屋根、折れた柱、雑草に覆われた石畳。
風が通るたびに乾いた葉が舞い上がる。
「こんな山奥に隠れてやがったのか。怪しすぎんだろ」
「油断しないで兄さん。大佐の言い方、ただ事じゃなかったよ」
「わかってるよ。あの野郎の“警告”は、だいたいろくでもねぇことの前触れだ」
村の奥には、ひときわ目立つ朽ちた屋敷があった。
壁の漆喰は剥がれ落ち、屋根は崩れ、扉は錆びついている。
エドワードは深く息を吐き、扉を押し開けた。
内部は外観以上に不気味だった。
蜘蛛の巣が垂れ下がり、壁には赤茶けた染み。
机や床に散乱する紙束、埃をかぶった錬金術の器具。
まるで住人が突然姿を消したかのようだ。
「やっぱ、ろくでもねぇ研究に手を出してやがったな」
エドワードは散乱した書類をめくる。
賢者の石に関する断片的な研究、奇怪な錬成陣の図。
そこに書かれた奇妙な走り書きに目を留めた。
『夢は魂を縛る器、蹄音は神々の鼓動なり』
『蹄鉄は夢を媒介する鍵、錬成陣に嵌めよ』
『賢者の石とは魂の結晶』
『夢そのものが代価となる、等価交換は不要』
「……ッ、ありえねぇ。禁忌どころの話じゃねぇぞ!」
エドワードの声が鋭く響く。
アルフォンスも横から覗き込み、息を呑んだ。
「それに等価交換はいらない……? 錬金術をなめてんのか!」
さらに視線を走らせたエドワードの目に、奇妙な言葉が映る。
『“彼女達”こそが理想の素材――蹄音の巫女』
「誰だ、それ……」
その瞬間、足元の床板が淡く光り始めた。
歪んだ蹄鉄のような錬成陣が浮かび上がり、白光を放つ。
空気が震え、耳鳴りが世界を切り裂いた。
「兄さんっ! 罠だ!!」
アルフォンスの叫びも虚しく、光と音が反転し、景色が裏返った。
轟音とともに世界は白に呑み込まれる。
光が収まったとき、二人は冷たい舗装の上に立っていた。
見上げれば鋼とガラスの塔が林立し、巨大なスクリーンが街を染めている。
人々の服装も、装飾も、すべてが見慣れない。
「兄さん……ここ、アメストリスじゃないよね」
「どう見てもそうだろ……」
その時――。
「すみませーん!」
人混みをかき分け、駆け抜ける一人の少女。
腰から伸びる尻尾、頭に揺れる馬の耳。
石畳に蹄跡を残し、まるで馬そのものが駆け抜けたかのようだった。
エドワードは息を呑む。
「……馬の耳と、尻尾?」
少女は群衆の中に消え、蹄音だけが残響のように響いた。
アルフォンスが思わず呟く。
「兄さん……今の、キメラ……?」
「いや……あんなの見たことねぇ」
エドワードは目を細めた。
一方その頃――。
「早くおいでよ、マックイーン!」
茶髪のポニーテールの少女、トウカイテイオーが弾む声を上げる。
腰の尻尾が楽しげに揺れていた。
「テイオーさん、落ち着いてください。感謝祭は逃げませんわ」
気品漂う少女、メジロマックイーンが呆れたように返す。
「でもさ! 屋台はすぐ売り切れるんだよ!」
「やっぱ最初はスイーツかな? あ、いやカイチョーの模擬レース!?」
「もう……テイオーさんったら」
弾む声と笑い声が街に響く。
その背後で、一瞬だけ淡い光が揺らめいた。