ウマ娘×鋼の錬金術師   作:パラケル

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第十一話

「違う、この理論じゃ説明できない……」

 

夜。

寮の一室でタブレットPCと睨み合うアルケミアは耳を力なく垂らしていた。

画面に映し出されているのは、自ら書き連ねた数式と遺伝子配列。

何十回も組み直した仮説は、どれも最後に破綻する。

 

「なぜ……“走ること”が魂を形作る? ウマ娘をウマ娘たらしめる“衝動”は、どこから来る……?」

 

疲れた声が闇に溶ける。

タブレットの光に照らされたその瞳は、空腹も眠気も忘れた獣のようにぎらついていた。

ふと、彼女の脳裏に幼い日の記憶が蘇る。

 

 

家は辺境の小さな研究所兼住居。

 

父は、古い書物を読み漁りながら実験を繰り返す学者。

母は、母はかつて現役で走っていた競争ウマ娘。

しかし母はアルケミアが幼い頃に病で亡くなり、彼女の記憶の中には優しい笑顔しか残っていない。

 

「お父さん、本読んで!!」

 

幼き日のアルケミアは、父が温かい暖炉の前で朗読してくれる本が大好きだった。

 

「お父さんの家は昔、“錬金術師”と呼ばれた人の末裔さ」

 

「……錬金術師?」

 

アルケミアは首を傾げた。

父が語る話は難しくてあまり理解できなかったけれど、その声音に込められた熱だけは確かに届いた。

 

「アルケミア、錬金術というのはね……世界を理解するための“意味”を問いかけた学問なんだ」

 

父は、優しく微笑みながらそう教えてくれた。

 

世界と生命、魂の本質を理解するための探求。

それが錬金術に込められた本当の目的だと。

 

幼いアルケミアは、その言葉の響きに魅せられた。

 

「お前も大きくなったら答えよりも先に問いを大事にするんだぞ」

 

父の目は書物の文字よりも遠くを見ていた。

暖炉の火に照らされて、影が壁に大きく揺らめく。

 

「うん……」

 

小さな声で復唱したアルケミアの胸に、その言葉は深く刻まれた。

同時に母が走っていた頃の記憶が、ぼんやりと蘇る。

 

笑顔で風を切る姿。

息を弾ませながらも、どこか楽しげにゴールを駆け抜ける後ろ姿。

 

母は走ることをやめなかった。

病に伏せるその時まで、走る夢を語り続けていた。

 

――どうして人は夢を追うのか。

――どうしてウマ娘は“走りたい”と願うのか。

 

「お父さん、どうしてウマ娘は走るの?」

 

「それは昔からの謎だよ、科学ではまだ解き明かせない」

 

「じゃあ、私が解き明かしてお父さんと天国にいるお母さんビックリさせるね!」

 

あの日の宣言は、今もアルケミアの中で燃え続けている。

 

やがて父もこの世を去り――アルケミアは父の遺した研究ノートを読み漁り続けるに至った。

 

十二歳になる頃には、ウマ娘の遺伝子構造や夢の記憶メカニズムに関する独自論文を執筆。

 

「命を研究する以上、多少の犠牲は仕方ないわ。

 むしろ、犠牲なしで理を求められると思う方がおかしいのよ」

 

アルケミアは同世代の子供達から「変わり者」と呼ばれるようになり、離れられていく。

 

彼女からすれば、論文や研究ノートに書き連ねた内容や目的を理解しようとしない大人達がバカげて見えた。

 

ある日のこと。

アルケミアが研究に没頭していると視線を感じた。

 

「誰?」

 

顔を上げ、鋭い視線を返すと玄関に一人の青年がいた。

 

「君が、アルケミアか」

 

低く落ち着いた声が響く。

怪しい訪問者など珍しくない。

 

だがこの男には、言葉にできない威圧感があった。

 

「私は異世界から来た錬金術師。“ケーオス”と呼んでくれ」

 

――錬金術師。

 

その単語に、アルケミアの耳がピクリと動いた。

父の声が脳裏に蘇る。

 

「その言葉……父がよく話してた。“かつて世界の理を探求する者たちがいた”って」

 

「ほう」

 

ケーオスの目が細められる。

 

その瞳は深淵を覗くようで、アルケミアの背筋に冷たいものが走った。

 

「君の父は正しい。だが、彼は扉の手前で立ち止まった」

 

「いや……立ち止まらざるを得なかった。錬金術を追い求めるには、あまりにも弱すぎた」

 

「……お父さんを侮辱するの?」

 

アルケミアの耳がピンと立ち、睨みつける。

 

ケーオスは微笑んだ。

嘲るような、だが同時に誘うような笑み。

 

「侮辱ではない、事実だ」

 

「君の父は“問い”を愛したが、答えを得るには届かなかった。その血を継ぐ君ならば扉を開くことができる」

 

「扉……?」

 

「魂の本質に至る扉だよ」

 

ケーオスの声は静かに、しかし深く響いた。

 

「君一人では届かない。私の知識が合わされば、《ウマソウル》の正体も暴けるだろう」

 

アルケミアは息を呑んだ。

 

 父の言葉が甦る。

 ――錬金術は“意味”を問いかけた学問だ。答えよりも先に問いを大事にしなさい。

 

 母の姿も甦る。

 ――走りたい。ただ、それだけで。

 

「……もしそれが本当なら……」

 

アルケミアの声は震えていた。

 

「きっとお母さんの“衝動”を証明できる。どうして走ることが魂になるのか……」

 

ケーオスは満足げに頷いた。

 

「いい眼だ。やはり君には素質がある」

 

彼は黒い外套の内から、古びた革表紙の書物を取り出した。

見たこともない記号と円環が刻まれている。

 

「これは?」

 

「私が書いた錬金術書だ。君なら理解できる」

 

アルケミアは震える手で書を受け取る。

暖炉の光の下で、その頁に刻まれた奇怪な文字が――まるで彼女を迎えるように脈動していた。

 

アルケミアは革表紙の本を閉じ、机にドンと叩きつける。

 

「……ふざけないで。あなた、さっきから怪しすぎるわ。

 “異世界の錬金術師”? “扉”? そんなのただの与太話よ!」

 

彼女の耳はピンと立ち、警戒心を露わにしている。

研究に人生を賭けてきたからこそ、安易に他者の言葉を信じる気にはなれない。

 

「私は……父や母の残した問いを、私自身の力で解き明かすの。

 あなたの手は借りない!」

 

 カタン。

 

アルケミアの肘がノートを押し、フラスコが床へと落ちた。

 

 ガシャァン――!

 

鋭い音を立て、無残に割れ散るガラス。

青く濁った試薬が床を濡らし、独特の匂いが立ち込める。

 

「あっ……!」

 

大事な実験サンプルが台無しに――。

 

だがケーオスは静かに手を掲げ、掌を打ち合わせた。

 

 パンッ!

 

青白い閃光が走った後――何事もなかったかのように元通りのフラスコがあった。

 

「っ……!」

 

アルケミアの瞳が大きく見開かれる。

 

「再現……? 物質の復元……そんなの、分子レベルで解析しても不可能なはず……!」

 

ケーオスは口元にわずかな笑みを浮かべる。

 

「理解し、分解し、再構築する――これが錬金術だ」

 

アルケミアの喉がごくりと鳴る。

理論では破綻する。

だが、目の前の現象は紛れもなく現実。

 

「……嘘、じゃないの……?」

 

「信じるかどうかは自由だ。だが、私は君に“事実”を示した」

 

ケーオスの声は冷ややかで、それでいて甘く響く。

 

「選べアルケミア。孤独に立ち尽くすか――私と共に扉の先を覗くか」

 

アルケミアは震える手でフラスコを握りしめた。

その感触は確かに割れる前と同じ。

 

理性が「怪しい」と叫ぶ。

だが研究者としての血が、心が、違う声を上げていた。

 

「……教えて。《ウマソウル》の正体を……本当に、解き明かせるの?」

 

ケーオスの瞳が、淡く光を帯びた。

 

「当然だ」

 

「君の才能は、この世界では持て余されているだろう?」

 

「私の研究所に来るがいい。君の探究心を縛るものは、そこにはない」

 

「……何をしてもいいの?」

 

「君が知を求める限り何も制限はしない、ただ一つ。私の“計画”には口を挟まぬことだ」

 

アルケミアはほんの一瞬だけ黙した。

この男は危険だ、何をするかわからない。

だが、未知への探求心と好奇心が彼女を駆り立てる。

 

「……私の夢を、問いを追えるなら」

 

その日を境に、彼女は世界の裏側へ足を踏み入れる。

ケーオスの手引きによって、膨大な文献や最新の研究設備が揃った地下研究室が与えられた。

 

 

アルケミアはふと、タブレットPCのモニターに映る石を見つめた。

虹色の光が彼女の瞳を照らす。

 

「……もし父さんと母さんが生きてたら、私を止めてくれたかしら」

 

その呟きは誰にも届かない。

 

「父は問いを追い、母は夢を追った。 じゃあ私は――“答え”を追う」

 

心臓の鼓動よりも早く動く手の先で、新しい数式が組み上げられていった。

 

 

 

 

場面は変わり、旧理科準備室。

ノートパソコンのモニターに、論文ページが表示されている。

 

一緒に画面を覗き込むエドワードとアルフォンス。

タキオンはマウスでページをスクロールしていく。

 

ウマ娘の“走る”という衝動は、遺伝子の発現ではなく、魂に刻まれた特異情報体――“ウマソウル”によって決定される。

 

もし“ウマソウル”を人工的に抽出し、再構築できるならば――走る権能は血脈に縛られず、誰にでも宿すことができるのではないか。

 

それは物質の再構成ではなく、魂の再錬成。“扉”の理論と符合すると仮定。

 

 

「……兄さん、これに書いてある扉って」

 

「ああ……あの“扉”のことだ。でも‥‥‥‥」

 

エドワードは眉根を寄せて考え込む。

 

PCの画面には、タイトルと署名が残されていた。

 

 タイトル:第40稿 ウマ娘考察論文

 ―著者:Alchemia

 

 

タキオンの耳はピクリと動き、唇が笑みとも恐怖ともつかぬ形に歪む。

 

「これは……はは、やられたねぇ」

 

「まさか中等部でこんな論文を出していたなんて。嫉妬どころか背筋が凍るよ」

 

静寂の中で、世界がわずかに軋む音がした。

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