ウマ娘×鋼の錬金術師 作:パラケル
廃教会。
割れたステンドグラスの隙間から、月光が流れ込む。
砕けた硝子の欠片が床に散り、そこに刻まれた蹄鉄の紋様が血のような光を返していた。
その中心に二つの影が立っていた。
「退屈。ねぇ、暇つぶしに誰か壊していい?」
ニコラが虹色の欠片を指先で弄んでいた虹色の欠片を指先で弾く。
宙を舞った欠片は淡い光を放ちながら地に落ち、音もなく溶ける。
「獣。その欠片は“鍵”だ、乱雑に扱うな」
ヘルメスが無機質な瞳で彼女を見据えながら言う。
「だったらもっと撒いたほうがいいじゃん。世界中に!」
「……まったく。お前は“混沌”そのものだな」
皮肉めいた吐息。
ヘルメスの視線の先――影がひとつ、いや、数十。
並べられていたのは、ウマ娘の形を模した人形達。
のっぺりとした顔に、蹄鉄の仮面が嵌められている。
「お人形さん、動かないのに何で作るの?」
「動くように“なる”。今から、な」
ヘルメスが虹色の欠片を一体に埋め込む。
その瞬間、人形が痙攣し仮面の奥で虹色の光が灯る。
「わぁ……動いた!」
ニコラが屈み込み、にっこりと笑った。
「こんにちは! お名前は?」
「……ワ、タシ………………」
声が掠れ、途切れた。
次の瞬間、光が弾け――人形は崩れ落ちる。
「壊れちゃった」
ニコラは笑った。
楽しげに、まるで遊びの終わりのように。
「ねぇヘルメス、これってさ――生まれて壊れるまでが一瞬。まるで星みたい」
「……星の胎動、か。お前にしては詩的だな」
光がふっと消える。
暗闇の奥から、靴音がゆっくりと近づいてくる。
闇を裂いて現れたのは、ケーオス。
モノクルの奥で、瞳が虹色に輝いた。
「――ケーオス様」
ヘルメスが膝をつく。
ニコラは嬉しそうに駆け寄り、袖を引いた。
「見て! お人形さん動いたの! でもすぐ壊れた!」
「構わん。壊れるのは、完成の前兆だ」
ケーオスは静かに微笑み、天井を見上げた。
月光が割れたステンドグラスを抜け、蹄鉄の紋に虹を落とす。
「次の段階に移る」
「スペシャルウィーク、トウカイテイオー、キタサンブラック、ナリタトップロード、ジャングルポケット、オグリキャップ」
彼が名を告げるたび、教会の灯が脈動する。
「この六人を回収しろ」
「了解しました」
「はぁい!」
ヘルメスとニコラの声が重なった。
「必要なら、“欠片”をばら撒け」
ケーオスの視線が、背後に控える黒衣の教団員達へと向かう。
その瞳の奥には――狂気と神性が、確かに同居していた。
「――この世界の“扉”を、私の手で開く」
翌日。
トレセン学園は、いつもと変わらぬ穏やかさに包まれていた。
芝生を駆け抜ける蹄音。鳴り響くホイッスル。
トレーナーやウマ娘達の笑い声が混じり合う。
その中で、ちょっとした噂が駆け巡っていた。
――化学の外部講師が来るらしい、と。
「聞いた? 今日から外部講師が来るんだって!」
テイオーが廊下を駆け抜けながら、弾む声で叫ぶ。
「ですが、まさか外部講師を招くなんて……理事長さん、また思い切ったことをなさいましたね」
マックイーンは落ち着いた声で応じるが、眉間にはわずかに皺が寄っていた。
「外部講師ってそんなに珍しいのか?」
エドワードが首を傾げる。
「ええ。基本的に学園の授業は内部で完結していますから」
「外から呼ぶ場合は――よほどの理由があるはずですわ」
マックイーンの視線には、探るような光が宿っていた。
その日の午後。
教室に、一人の男が現れた。
「初めまして。今日から君たちに化学を教えることになった――セルス・パラディウスだ」
「セルスと呼んでくれたまえ」
穏やかで低い声。
白衣の胸元には、微かに虹を反射するネクタイピンが光っていた。
「パラディウス先生って……なんかカッコいい名前!」
「ちょっと怖そうだけど……」
生徒達の囁きに、男は微笑みを浮かべる。
チョークが黒板に走った。
「化学という学問は、物質を理解することから始まる」
「だが私はそれをさらに一歩進め、『構造』と『本質』を見抜く術を教えよう」
彼の声には奇妙な引力があった。
誰もが、無意識に息を呑み、前のめりになる。
「たとえば――人間やウマ娘を構成するものは何か。誰か答えられるかな?」
教室が静まり返る。
誰もが答えに窮したそのとき、彼は淡々と続けた。
「水三十五リットル、炭素二十キログラム、アンモニア四リットル、石灰一・五キログラム、リン八百グラム、塩分二百五十グラム――」
流れるように並ぶ数値。
その正確さに、生徒たちは息を呑む。
だが廊下の外で聞いていたエドワードの眉が、ぴくりと動いた。
「兄さん……」
「ああ、聞いたことあるな。いや――嫌でも思い出す」
二人の脳裏をよぎるのは、かつて禁忌に触れた“あの日”の記憶。
教室の中では、無邪気な感嘆が上がる。
「すごい! そんなに細かく決まってるんだ!」
「つまり人体を分解しても、同じ成分量で再構築できるってことかい?」
タキオンの問いにパラディウスは穏やかに笑った。
「理論上は、ね。だが――足りないものがひとつある。それは『魂』だ」
その瞬間、エドワードとアルフォンスの背筋を、冷たいものが走り抜けた。
「……ほう。これは面白い授業になりそうだ」
タキオンが満足げに腕を組む。
「なぁ! 爆発実験とかやらねーのかよ先生!」
ゴルシが茶々を入れる。
「安心したまえ。爆発は講義室の外でやる主義だ」
冗談めかした返答に、教室が笑いに包まれる。
授業後。
生徒達は明るい声で廊下を歩いていた。
「面白かった!」
「次も早く聞きたい!」
タキオンとエアシャカールはすでにノートを突き合わせ、仮説の討論を始めていた。
――その熱気の中でただ一人、エドワードだけが冷たい汗を流していた。
「兄さん……あの人」
「ああ。普通の講師じゃねぇ。下手すりゃ――」
拳を握りしめ、エドワードは吐き捨てた。
「“禁忌”を知ってる奴だ」
理事長室。
夕暮れの光が差し込み、長い影が床に伸びていた。
「疑問ッ! たづな、これを見てくれ!」
やよいの拳が机を叩く。
その上には一通の封書――“外部講師推薦状”。
「はい、何ですか理事長」
たづなが書面を受け取り、丁寧に目を通す。
署名欄には確かに学園顧問教授の名。
だが――印章が妙に古い。
「……印章の形が微妙に違いますね。正式な学園印ではなく、旧式のものです」
「そうッ! しかも推薦者として署名している理化学顧問――彼は昨年度で退任している!推薦などできるはずがない!」
やよいの声が室内に響き渡る。
「紙質も妙です……まるで、“作られた”ような――」
「誰かが偽装したということか!」
やよいの瞳には、理事長としての警戒の炎。
「ですが、パラディウス氏は、すでに理事会を正式通過しています」
「うむ。だからこそ厄介なのだ。書類上は完璧、経歴にも不審はない。――むしろ“完璧すぎる”」
たづなが息を呑む。
夕陽が沈みかけ、窓の外が赤く染まる。
静寂の中、やよいはぽつりと呟いた。
「セルス・パラディウス。彼は一体、どこから来たのだ……?」
――虚夢の幕は、静かに上がった。