ウマ娘×鋼の錬金術師 作:パラケル
門を一歩踏み越えた瞬間、世界が変わった。
目に飛び込んできたのは、見渡す限りの緑。
青々とした芝生に、色とりどりの布で彩られたテントが整然と並び、陽光を反射してきらめく。
赤、黄、青――光そのものが祝祭の色に染まっていた。
風が運んでくるのは太鼓の音や子供の弾む笑い声。
五感すべてを包み込むようだった。
「わぁ……すごいお祭りだね!」
アルフォンスの声が、抑えきれない驚きと喜びを乗せて弾む。
「……人の数が尋常じゃねえな」
エドワードは眉をひそめつつも、胸の奥で感嘆を隠せなかった。
行き交う人々の中には、耳と尻尾を持つ少女達――ウマ娘が自然に混ざっている。
尻尾で買い物袋を器用に抱える主婦、耳をぴょこぴょこ動かしながらかき氷を頬張る子供。
誰もそれを不思議がらず、当たり前の日常として受け入れていた。
(……これが、この世界の“普通”か)
エドワードは隣の弟を見やる。
「アル……なんか、リゼンブールの羊祭りを思い出さねぇか?」
「うん。母さんと三人で回ったときの……あの匂い、音……」
アルフォンスの声は遠い日の記憶を呼び寄せる。
母の笑顔、羊毛の匂い、優しい陽射し。
懐かしさと同時に胸を刺す痛みが走り、エドワードは無言で祭りの喧騒に視線を逸らした。
「たこ焼きどうやー!」
「焼きそばもあんぞー!!」
呼び込みの声が思考を断ち切る。
人混みを抜け、二人は中央広場へ辿り着く。
巨大なステージがそびえ立ち、数千人の観客の視線が一身に注がれていた。
照明の輝きは太陽すら霞ませ、歓声は大地を震わせる。
スポットライトに浮かび上がるのは、スペシャルウィークとサイレンススズカ。
スペシャルウィークは笑顔で観客へ両手を振る。
サイレンススズカは静かな湖面のような微笑みで、人々を見渡していた。
「すごい……」
アルフォンスが息を呑む。
エドワードも思わず立ち止まり、煌めく舞台から目を離せなかった。
「……皆、本当に楽しそうだな」
自分の声が意外なほど素直に響き、エドワードは少しだけ驚いた。
――ガタンッ!
金属の軋む音が響くとともにステージ横の巨大ゲートが傾き、吊るされた照明器具が落ちかける。
観客の悲鳴が広場を切り裂く。
「危ねぇ!!」
素早く両手を叩き合わせ、地面に手を着ける。
青白い光が走り石畳が瞬く間に隆起、轟音と共に巨大な“石の手”が姿を現す。
その手はステージへ落ちる鉄柱を受け止めた。
「良かった……!」
アルフォンスが安堵し、エドワードは小さく笑った。
「……間に合ったな」
観客の悲鳴は歓声へと変わり、拍手が広場を包み込む。
子供達は「すげー!」と叫び、大人達がスマホを構える。
「おおっ、やるじゃねぇかチビ助!」
「誰が豆粒ドチビだぁぁぁ!!」
エドワードがゴルシのからかいに食ってかかり、笑いが広がる。
「今の何!?」
「魔法みたい!」
「違ぇよ」
金色の瞳が光を宿す。
掌に残る痺れを握りしめ、エドワードは短く言い放った。
「これは錬金術。科学の力だ」
――その光景を、学園の屋上から二つの影が見下ろしていた。
一人は銀髪に黒衣の青年。
表情は柔らかく微笑んでいるのに、その瞳の奥には冷たい刃のような光が潜む。
「……夢を抱いた魂。どれほど煌めこうと、結局は未練と挫折の器に過ぎない」
皮肉めいた声が風に溶け、広場へと落ちた。
その隣で、赤い瞳の銀髪の少女が足をぶらぶら揺らしていた。
虹色にきらめく欠片を無邪気に指先で弄びながら、綿飴を頬張る。
「でもさ、壊れたときの音はもっと面白いよ? きっと宝石が割れるみたいに――きらきらって!」
天真爛漫な笑顔が浮かぶが、その言葉には悪意もためらいもなかった。
「……獣。お前の遊びは混乱しか生まない」
青年が冷たく言い放つ。
「陰湿な顔~。もっと遊べばいいのに」
少女は舌を出して笑い、風とともに霧のように掻き消えた。
青年はしばらく沈黙し、冷ややかに視線をステージへ戻す。
「器が満ちるのも時間の問題か……」
その声は観客の歓声には届かず、空へと散っていった。
――カツン。
ヒールの音が広場に響く。
群衆が自然と道を開け、空気が重く張り詰めていく。
「ルドルフさん……!」
「皇帝だ……!」
深紅のマントを翻し、紫の瞳を持つシンボリルドルフが現れる。
背後にはエアグルーヴとナリタブライアン。
三人が放つ気配は、軍の高官すら霞ませる覇気だった。
エドワードの背筋が粟立つ。
(……なんだ、この存在感……!)
だが観客の表情は恐怖ではなく、憧れに満ちていた。
「皇帝と一緒に走れるなら」
周囲にいるウマ娘達のそんな声が小さく漏れる。
彼女は威圧ではなく、理想としてそこに立っていた。
「騒がしいと思ったら……面白い客人が来ているようだね」
ルドルフの澄んだ声が広場を支配する。
「君達、少し話を聞かせてもらおうか」
その瞬間、祭りは再び静寂に包まれた。