ウマ娘×鋼の錬金術師   作:パラケル

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第四話

祭りの喧噪が幻であったかのように、深紅の絨毯に覆われた生徒会室は静謐そのものだった。

 

壁一面に並ぶ黄金や銀のトロフィー、輝かしい盾や記録証。

それらは栄光の証であるはずなのに、この部屋の主を前にすればただの装飾に過ぎない。

 

シンボリルドルフ。

その名を聞けば、学園に身を置く者なら誰もが背筋を正す。

深紅のマントを纏い、椅子に腰掛けるだけで空気の流れを変える威圧と威厳。

“皇帝”の異名は虚飾ではなく、存在そのものが秩序であり規範だった。

 

扉の外に控えるウマ娘たちの囁きがわずかに聞こえてくる。

 

「ルドルフが直々に裁定するなんて……」

 

「へぇ、“皇帝サマ”の判断か」

 

その声には畏怖と同時に安堵が混じっていた。

 

エドワードとアルフォンスは獅子のごとく鋭いルドルフの視線を浴び、瞬時に悟った。

――ここでは彼女こそが絶対の秩序なのだ、と。

 

「……名を名乗れ」

 

凛とした声が、刃のように空気を切り裂いた。

 

「エドワード・エルリック。国家錬金術師だ」

 

赤いコートを翻し、エドは一歩前へ。挑むような金色の瞳は怯まず燃えている。

 

「弟のアルフォンス・エルリックです」

 

鎧の中から響く穏やかな声に、エアグルーヴの眉がわずかに動いた。冷徹な分析者の眼差しが二人を測る。

 

壁際にはナリタブライアン。

沈黙のまま腕を組み、鷹のような眼光を注ぐ。その覇気だけで皮膚が粟立つが、兄弟は退かない。

 

「話すのは構わねぇ。だが――こっちにも条件がある。等価交換だ」

 

エドの声に空気が張り詰める。エアグルーヴが目を細め、ブライアンは低く鼻を鳴らした。

 

「俺たちのことを話す代わりに……この世界について教えてもらう」

 

一瞬の沈黙。やがてルドルフの口角がわずかに上がった。

 

「一応の筋は通っている。良いだろう」

 

許しの言葉に場がわずかに緩む。

 

エドワードは懐から銀時計を取り出す。

 

「アメストリスという国から来た。俺は軍の“国家錬金術師”として活動している」

 

「アメストリス……?」

 

エアグルーヴが眉をひそめる。

 

「すまないが、その名は聞いたことがない」

 

「……はぁ? 冗談だろ。錬金術発祥の地だぞ!」

 

声を荒げるエドワードに、ルドルフが静かに言葉を継いだ。

 

「錬金術……卑金属を貴金属に変え、不老不死を追い求めた――今では伝説扱いの技術だ」

 

「伝説……だと?」

 

エドワードの瞳が大きく見開かれる。

 

エアグルーヴは冷ややかに告げた。

 

「今に残るのは化学理論の一端だけ。実践できる者などいない、少なくともこちらの知る限りでは」

 

「馬鹿な……錬金術は科学だ! 現実に存在して、応用され、使われてる!」

 

焦燥を滲ませるエドワードに、アルフォンスが鎧の奥から静かに言った。

 

「兄さん……もしかして、本当に“違う世界”なんじゃないかな」

 

その言葉に生徒会室の空気が震えた。ルドルフの瞳がさらに鋭さを増す。

 

「……つまり、君達はここではない場所から来た異邦の者――そういうことだな?」

 

「あぁ、そういうこった」

 

深く息を吐くエドワード。

 

「ならば――次はこちらが話す番だね」

 

ここはトレセン学園。ウマ娘と呼ばれる存在が集う場所だ」

 

「私達は別世界の輝かしい魂と名を継いで“走る”ために生まれ、走ることに魂を懸ける」

 

その言葉に、エドワードとアルフォンスは思わず目を見開いた。

“走るために生まれた”――その在り方は、彼らの知るどんな人間の営みとも異質だった。

 

「走ることに……魂を懸ける?」

 

アルフォンスが思わず呟く。

 

「理解は容易ではあるまい」

 

ブライアンが冷静に言葉を添える。

 

「だが私達にとっては走ることこそ存在理由。勝利のために鍛錬し、己の限界を超える――それがウマ娘だ」

 

彼女達の言葉は重く、しかし確かな説得力を持って二人の胸を打つ。

 

「なるほどな。その耳と尻尾は――そういうことか」

 

エドワードは腕を組み、ふっと笑う。

 

「理解が早いな」

 

ルドルフが僅かに目を細める。

 

「先ほどの現象、あれは何だ?」

 

ブライアンが鋭く切り込む。

 

「錬金術だ」

 

エドワードは即答する。

 

「……どういう理屈だ?」

 

エアグルーヴの声は低く冷徹で、観察者のそれだった。

ただの興味ではない。

学園の副生徒会長として、異質な力の本質を見極めようとしている。

 

「理屈もなにも、錬金術は“科学”だ」

 

エドワードは口角をわずかに吊り上げる。

 

「物質の“構造”を理解して分解し、再構築する」

 

「等価交換が原則だから、無から有は生み出すことはできないんだ」

 

エドワードの説明に相槌を打つルドルフ。

 

「本当なら錬成陣を描く必要があるんですが……兄さんは“特別”なんで」

 

アルフォンスが補足する。

ルドルフ達はしばし沈黙し、二人を見る。

その視線はもはや警戒ではなく、純然たる好奇心に変わっていた。

 

一方その頃、生徒会室の外。

 

「凄い話してるね!」

 

テイオーが耳をぴんと立てる。

 

「へぇー、錬金術かぁ。この前の化学のテスト、危うく赤点ギリギリだったから聞いときゃよかったぜ」

 

ゴルシは頭をがしがし掻く。

 

「シーッ! ゴルシさん、静かに!」

 

マックイーンが慌てて押さえるが、ゴルシは全く気にしていない。

 

「なぁマックちゃん、もし“お菓子を分解して超巨大ケーキに再構築!”とかできるなら、最高じゃね?」

 

「……そんな用途に使わせられるわけがありません!」

 

わいわいと盛り上がる三人。

その真横で、シュヴァルグランは無言でドアの前に立ち、耳をそばだてていた。

 

「……超巨大肉まんにできるかな」

 

「シュヴァルさんまで何を……!」

 

マックイーンは頭を抱えた。

 

そんな中扉が勢いよく開き、キングヘイローが駆け込んできた。

 

「大変ですっ! カワカミさんが――!」

 

同じ頃、カワカミプリンセスは小走りで廊下を進んでいた。

 

その足がふいに止まる。

 

銀糸のような長髪。黒と赤のゴスロリドレス。

見慣れぬ少女が廊下に立って何かをしていた。

 

(……!)

 

カワカミの直感が警鐘を鳴らす。

 

「そこのあなた、学園の人じゃありませんねっ!」

 

カワカミは拳を構え、牽制の突きを繰り出す。

 

――ひらり。

 

風に揺れるように身体を逸らし、少女は笑った。

 

「……ふふ」

 

紅い瞳が面白そうに細まる。

次の瞬間、拳は壁に直撃した。

 

ガガガァンッ! 

 

コンクリートが悲鳴を上げ、鉄筋が露わになり壁の一部が崩れる。

 

少女の姿は、もうどこにもなかった。

 

「……じゃあね、お姉さん」

 

無邪気で冷たい声が、カワカミの奥で広がっていく。

 

(な、何なの……あの子!?)

 

カワカミは得体の知れない恐怖と混乱でその場に蹲る。

 

ルドルフ達が駆け付けた頃には、崩れた壁の前で小鹿のように震えるカワカミの姿があった。

 

「ご、ごめんなさいぃ……っ!」

 

周囲のウマ娘達は言葉を失う。

 

「業者を呼ぶしかないだろう」

 

ブライアンの低い声。

 

「待て」

 

ルドルフの紫の瞳が、鋭く二人を射抜いた。

 

「――君達の力。ここで改めて示してもらおう」

 

エドワードは一瞬目を細め、崩れた壁へ視線を向けた。

 

「……なるほどな。修繕ってわけか」

 

「可能なのか?」

 

エアグルーヴの声は冷徹だが、その奥には期待が滲んでいた。

 

「材料さえ揃ってりゃ、壁くらいどうってことねぇ」

 

「アル、散らばった破片を全部ここに集めろ」

 

「分かった」

 

アルフォンスは鎧の腕を動かして崩れ落ちた破片をひとつひとつ拾い集めた。

鎧の指先から破片が落ちる音が、静かな廊下にカランと響く。

周囲を囲むウマ娘達は、固唾を飲んでその光景を見守っていた。

 

「よし……揃ったな」

 

エドワードは壁際に積まれた破片を確認し、深く息を吸い込む。

 

「じゃあ、見せてやるよ。

 

パチン。

 

両手を打ち合わせた瞬間、眩い青白い光が走る。

やがて光が収まったとき――そこには、崩壊前と寸分違わぬ壁があった。

 

「っ……!」

 

マックイーンが小さく息を呑む。

エアグルーヴは唇を引き結んだまま、壁を指先で叩いた。

硬質な音が返り、眉がわずかに動く。

 

「確かに……元通りだ」

 

「兄さん、上手くいったね」

 

アルフォンスが嬉しそうに声を掛ける。

 

「当たり前だ。修繕くらい、錬金術じゃ初歩も初歩だぜ」

 

エドワードは誇らしげに鼻を鳴らす。

 

「あれは原子レベルでの操作? ぜひとも話してみたいねぇ‥‥‥‥」

 

その様子を見ていたアグネスタキオンの瞳には深い興味と探求の色が宿っていた。

 

「一つ良いかい?君達の世界に存在する錬金術は、“人を生き返らせること”は可能か?」

 

ルドルフの言葉にその場が凍り付く。

聞いていたスペシャルウィークやアドマイヤベガが思わず息を呑んだ。

 

「……!」

 

エドワードの肩が微かに震える。

アルフォンスも言葉を失い、ただ兄を見上げた。

 

「――無理だ」

 

沈黙ののち、エドは吐き捨てるように答えた。

 

「命を弄べば、重い代償を払うことになる」

 

エドワードの声が震える。

アルフォンスが静かに言葉を継ぐ。

 

「僕達は亡くなった母さんを取り戻そうとした」

 

「その代償として兄さんは片腕と片足を。僕は……身体全部を失いました」

 

鎧の胸に手を置く。甲冑の冷たい音が静寂に響く。

 

エアグルーヴの瞳が揺らぎ、ブライアンは険しい顔を伏せる。

ルドルフの視線は鋭いままだったが、その奥底に哀惜の色が滲んだ。

 

「……未熟で、傲慢だった。けど、その代償を背負って生きてる」

 

エドワードは拳を震わせながら、吐き出すように呟いた。

 

静寂。

その言葉は、誰もが否応なく受け止めざるを得ないほどの重さを持っていた。

 

「錬金術は、万能の力なんかじゃありません」

 

「命を弄んだら取り返しのつかないことになる……僕達は、それを身をもって知っています」

 

アルフォンスが静かに告げる。

ルドルフは二人を見据えたまま、深く重々しく息を吐いた。

 

「……なるほど。君達の語る“等価交換”とはまさしく、“命そのもの”を測る天秤でもあるのだな」

 

その声には苛烈さと同時に、敬意すら宿っていた。

 

「命を懸けてなお立つ……それが、君達の覚悟か」

 

ルドルフの眼差しがわずかに柔らぎ、深紅のマントが静かに揺れる。

 

「君達がこの学園に脅威を持ち込む者ではないと分かった。だが――」

 

「……っ!」

 

エドワードの心臓が跳ねる。

 

「君達の存在と力は、もはや軽視できない。理事長へは私から報告しよう」

 

ブライアンが無言で頷き、エアグルーヴも同意を示す。

その決定に、誰一人として異を唱える者はいなかった。

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