ウマ娘×鋼の錬金術師 作:パラケル
トレセン学園の最上階、理事長室。
エドワードとアルフォンスを伴ってルドルフが扉を叩いた。
「理事長、失礼します」
重厚な扉が開かれる。
エドワードとアルフォンスは緊張の面持ちでその後に続いた。
中は広く荘厳でありながら、どこか温かな雰囲気を漂わせる部屋だった。
大きな窓から差し込む光が床を照らし、壁には過去の栄光を刻んだトロフィーや、色とりどりの旗が並んでいる。
その中央に二人の女性がいた。
「――おおっ! 君達が!」
快活な声が響く。
帽子の上にちょこんと猫を乗せた女性が立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
「私はこの学園で理事長をしている秋川やよいだ! よろしく頼むぞ!」
溢れるような勢いにエドワードは思わずのけぞったが、すぐに差し出された手を握り返した。
「……エドワード・エルリック。国家錬金術師だ」
「弟のアルフォンスです。えっと……こちらこそ、よろしくお願いします」
握手の瞬間、やよいの帽子の上で猫が「にゃあ」と鳴き、アルの鎧の兜を前足でちょいと叩いた。
「……っ! か、かわいい……!」
アルフォンスの声が震える。
やよいは満足げに笑った。
「はっはっは! 仲良くしてやってくれ!!」
猫が「にゃ」と短く鳴いた。
その隣に立つ女性が一歩進み出る。
緑のジャケットに身を包み、落ち着いた気配を纏っていた。
「理事長秘書を務めています、駿川たづなです。どうぞよろしくお願いします」
静かな声だが瞳は油断なく、エドワード達を細かく観察している。
「さて!」
やよいは腕を広げ、勢いよく声を張った。
「君達の事情はルドルフからも聞いている! 異世界から来た錬金術師兄弟……ふむ、興味深い!」
「まるでおとぎ話のようだが……この目で見せてもらった以上、信じぬわけにはいかん!」
力強い宣言に、エドワードは苦笑した。
「……随分と前向きなんだな」
「当然だ!!」
やよいは両手を腰に当て、にかっと笑った。
その言葉は、まるで嵐を吹き飛ばすかのように明るく響いた。
エドワードは一瞬言葉を失い、アルフォンスもまた沈黙する。
異世界に迷い込んだばかりの自分達を、ここまで真正面から受け入れる者がいるとは思っていなかった。
「提案ッ!!二人とも、学園の職員として協力してもらえんか!」
「理事長!?」
「君達のような者を放っておくなどとんでもない!」
「行動を制限しない代わりに学園に籍を置いてもらう形にしたい!どうだろうか」
“異世界で身分を保証される”……悪くはないが、別世界の人々と関わりすぎるのはどうなのだろうか?
問題はそれだけではない、この世界に逃げたであろうケーオスの追跡。
それに――
「住む場所とか、どうすりゃいいんだよ‥‥‥‥」
エドワードがぼそりと漏らしたその言葉に、やよいはまたしても勢いよく身を乗り出した。
「心配無用だ! 職員寮に空き部屋がある。そこを使ってくれたまえ!」
「……職員寮?」
エドワードが眉を上げる。
「うむ! 学園を支えるトレーナーや教員達が住む場所だ!」
「もちろん生活に必要な設備は整っているし、食堂も自由に利用できるぞ!」
アルフォンスが小さく手を上げた。
「……えっと、鎧姿の僕でも、迷惑にならないでしょうか?」
やよいは両手をぶんぶん振って笑った。
「問題なし!! 見た目など些末なことだ!!」
その言葉に、エドワードとアルフォンスは一瞬だけ目を合わせる。
やよいの声は冗談めいているのに、不思議と真っ直ぐ胸に届いた。
たづなが静かに口を開いた。
「……とはいえ、学園に籍を置く以上は表向きの肩書きが必要です」
「錬金術師というのは説明が難しいですので……外部講師という扱いにしましょう」
「……外部講師、ね」
エドワードは肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。
「まあ、適当な看板はあった方が動きやすいか」
「ありがとうございますって、そんな簡単に決めちゃっていいんですか……?」
アルフォンスが不安げに問いかけると、やよいは胸を叩き豪快に笑う。
「異世界からの来訪者を受け入れる!これ以上に学園の歴史を彩る出来事があるか!?」
「……強引すぎるだろ」
エドワードが呆れ気味に吐き捨てるが、その頬がほんのわずかに緩んでいるのをアルフォンスは見逃さなかった。
たづなが一歩前へ出て冷静な眼差しで兄弟を見据える。
「理事長は少々勢いで物をおっしゃいますが、決して無責任な提案ではありません」
「異世界から来た君達と、学園周辺で目撃情報が相次いでいる“不審者”とやらが無関係とは思えん」
やよいの声音は落ち着いていたが、その奥には確かな警戒が潜んでいた。
「学園の安全は、何よりも優先されます……協力していただけますね?」
たづなの問いかけに、エドワードはわずかに目を細めた。
「……こっちの目的と一致してるなら、反対する理由はねえよ」
アルフォンスも頷く。
「はい。僕たちも追っている相手がいます」
「その“不審者”が同じなら……放っておけません」
「よしッ!」
やよいが勢いよく片手を広げる。
「決定ッ!! 今日から君達は――トレセン学園の一員だ!」
その頃、校舎の屋上にて。
黒衣の青年が風に髪をなびかせ、眼下の光景を見下ろしていた。
漆黒の外套は風を孕み、羽ばたくように揺れる。
「……順調に根を張っているな」
低い声が、ひとりごとのように響く。
青年の瞳に宿る光はどこか狂気じみた悦びと、静かな観察者の冷徹さを兼ね備えていた。
校庭を駆けるウマ娘達。
笑顔で声を掛け合い、まっすぐに前を向いて走る姿。
「“夢”か……」
その口元が、ゆっくりと歪む。
「あの方曰く、『この世界の魂は、あまりにも眩しい。だからこそ……利用し甲斐がある』らしいが‥‥‥‥」
青年は袖口から手を伸ばす。
腕には蛇が輪を描き、自らの尾を喰らう紋章があった。
「あの方の言葉を借りるなら……夢は循環する。だが、周った果てに燃え尽きる」
紋章が淡く輝くと、空気が震え、黒い靄が屋上を満たしていく。
「燃え尽きる前に――回収してやろう。砕けた魂は、“神の器”へと再構築できる」
青年の唇が嗤いを刻む。
「夢を抱く者ほど、絶望に落とす価値があるからな」
青年の声は、風に掻き消されていった。
夕方の練習場。
誰もいないトラックを、一人のウマ娘が走っていた。
(……あたしはまだ、届いていない。あいつには……)
ウインバリアシオンはさらに速度を上げる。
だが、胸の奥には焦燥の影が渦巻いていた。
――そのとき。
「風を切るその姿……美しい」
不意に、耳を撫でるような声。
立ち止まり、息を荒げて振り向くと、黒衣の青年が立っていた。
「……誰っすか、あんた」
シオンの背筋に、説明できぬ寒気が走った。
夕暮れの赤が差し込むトラックで、黒衣の青年はただ微笑んでいる。
「君の脚――限界を恐れずに駆け続けるその姿……まるで炎だ」
「……気味が悪いっす」
吐き捨てるように言い放ちながらも、シオンの足は無意識に一歩後ずさっていた。
理性が警鐘を鳴らしている。
だが、同時に――身体の奥底に眠る闘志が、この得体の知れぬ相手を「敵」として捉えていた。
青年は肩を竦める。
「恐れることはない。私はただ、観察しているだけだ。君達“夢追い人”がどこまで駆けていけるのかを」
「夢追い人……?」
「そう。君達ウマ娘は走ることにすべてを捧げ、燃え尽きるまで夢を追い続ける……儚い者だ」
「そして夢は砕ける。君自身がよく知っているのではないか?」
胸の奥が、鋭く抉られる。
敗北の記憶。
追い続けても届かなかった背中――。
「……!」
シオンは歯を食いしばり、拳を固めた。
青年の目が細くなる。
「いい眼だ。その絶望と焦燥こそ……もっとも価値がある」
青年は穏やかに笑い、ゆったりとシオンへ歩み寄る。
その手には虹色に揺らめく欠片。
「君は才能に恵まれた。努力も惜しまない」
「けれど……どれほど走っても、彼女の影からは抜け出せない」
「っ……!」
「皆は君を“暴君の影”“王の背中を追う者”と呼んでいるだろうさ」
やめろ。
耳を塞ぎたいのに、言葉が胸の奥深くを抉っていく。
心臓が嫌な音を立て、足が震えそうになる。
青年は虹色の欠片を掲げた。
光が彼女の瞳を揺らす。
「だが……もしも、この欠片を手にしたなら」
吐息のように甘い声が、耳元を撫でる。
「君は――オルフェーヴルを超えられる」
シオンの呼吸が乱れ、心臓が早鐘を打つ。
――その瞬間。
「おい‥‥‥‥そこの下郎」
鋭い声がトラックを切り裂く。
夕日を浴びて立つ少女の金色の髪が炎のように揺れ、その眼光は覇気を帯びる。
オルフェーヴルは堂々とシオンの前に立ち、背後の怯えたウマ娘達を庇う。
「貴様、何者だ」
その声音には威圧と本能的な支配力が宿り、空気が震えた。
青年は微かに笑みを深める。
「フフ……やはり“ウマ娘”。ウマソウルが我らを見抜くか」
「理屈など知らぬ。だが余の魂が告げている――貴様は“忌むべき存在”だとな」
オルフェの覇気が場を満たす。
砂が爆ぜ、空気が震え、まるで大地そのものが彼女に従うかのようだった。
だが青年は一歩も退かず、ただ愉快そうに目を細めた。
「……なるほど。やはり“暴君”。魂が剥き出しで、眩しすぎる」
青年はひとつ笑い、踵を返す。
「今日は退こう。狩りは焦るものではない」
「また会おう。夢を追う儚い者達よ」
そして風が吹き荒れたかと思うと、その姿は掻き消えるように消え去った。
残されたのは、張り詰めた空気とシオンの荒い息だけだった。
「……大丈夫か」
オルフェーヴルは振り返り、肩に手を置いた。
「っ……放っといてください!」
シオンはその手を乱暴に振り払い、震える声で叫ぶ。
「余が助けねば、あの得体の知れないものに飲まれていたぞ」
「……分かってるっす。でも……!あたしは、あんたの背中を追うために走ってるんじゃない!」
悔しさが混じった涙が、シオンの瞳の奥で揺らめく。
「ならば次のレース、余との勝負だ。それまで楽しみに待つが良い」
そう言い残し、オルフェは踵を返すと颯爽と去って行った。
シオンはしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて力が抜けたようにその場に座り込む。
空を仰げば、夕闇に星が瞬き始める。
その輝きにさえ、今は心がざわつくばかりだった――。