ウマ娘×鋼の錬金術師   作:パラケル

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第七話

学園・生徒会室。

エアグルーヴが書類を置き、ルドルフへ報告する。

 

「“虹色の欠片”なる噂、そして“真の三女神”を信奉する団体が勧誘活動をしているとの情報が」

 

「……学園の生徒が巻き込まれてはいないのだな?」

 

「今のところは。しかし火種になる可能性はあります」

 

ルドルフは静かに頷き、低く告げる。

 

「惑わす不穏を、見過ごすわけにはいかない。だが――不用意に騒ぎを大きくするな」

 

「承知しました」

 

月光が窓を照らす中、ルドルフの瞳は研ぎ澄まされていた。

 

翌日の昼休み。

食堂の賑わいの中、テイオーが机に身を乗り出し目を輝かせる。

 

「ねぇねぇ! “虹色の欠片”の噂、知ってる?」

 

「またそういうの拾ってきて……」

 

ナイスネイチャが苦笑する。

 

「でもさ、本当にあるんだよ! 寮の近くで見たって!」

 

「ふーん」

 

ネイチャは興味なさそうに見せながらも、耳は会話を逃さなかった。

 

少し離れた席で聞いていたエドとアルは、顔を見合わせる。

 

「兄さん……」

 

「ああ。まるで、あの時の……」

 

エドの脳裏に、リオールで出会った“偽りの神父”コーネロの影がよぎった。

人々の信仰を利用し、奇跡を装った男――。

 

「……また同じ匂いがする」

 

「走りたい気持ちを利用して……」

 

二人の表情は、緊張に曇っていた。

 

その放課後、旧理科準備室。

ランプの灯りの下でカフェが小説を膝に開いていた。

 

「……“お友達”。今日も来てくれたのですね」

 

囁くような声に、空気がふっと重くなる。

耳の奥に、言葉とも音ともつかぬものが忍び込んできた。

 

『……虹色ノ欠片……魂ヲ喰ラウ……』

 

ページが勝手にめくれ、影が壁に踊る。

 

「魂が……食べられる……?」

 

やがて「お友達」の声は消え、部屋に残ったのは彼女の荒い呼吸だけだった――。

 

トレセン学園の夜は、昼間の眩しさとはまるで別世界だった。

練習場を吹き抜ける風は柔らかく、虫の声が小さな合唱を奏でている。

昼間は蹄音と笑い声であふれる校舎も、いまは静かに眠っていた。

 

「ターボ、ダッシュッ!」

 

その静寂を破るのは、元気な声。

ツインターボが夜の校庭を駆け抜け、後ろからネイチャが慌てて追いかけていた。

 

「ちょっとターボ! なんで走ってんの!?」

 

「だってー! 教室に宿題と筆箱を忘れちゃったから取りに行く!」

 

「取りに行くのはわかるけど、なんで全力疾走!?」

 

「ターボ、走るの大好きだから!」

 

ネイチャは大きくため息をつく。

 

(お願いだから、風紀委員や副生徒会長に見つかりませんように……!)

 

二人は校舎に入り、教室でプリントと筆箱を取り戻した。

 

「宿題あったー!」

 

「じゃ、さっさと戻るよ」

 

ところが、階段を降りエントランスホールに出た瞬間――空気が、変わった。

 

月明かりの差し込む玄関に、一人の少女が立っていた。

長い銀髪が淡く光を返し、赤い瞳は闇に浮かぶ焔のよう。

白磁めいた肌は現実感を欠いている。

 

「……な、何あれ……」

 

ネイチャは思わず足を止めた。

その瞬間、背筋に冷たい針が刺さったような感覚が走る。

心臓がぎゅっと掴まれ、血の気が引く。

 

(体が……勝手に拒絶してる……!?)

 

理由はわからない。だが“本能”が告げていた。

近づいてはいけない。

あれは、私達“ウマ娘”と相容れない何かだ――と。

 

「……お姉さん、迷子?」

 

そんな緊張をよそに、ターボは無邪気に声をかける。

 

二コラは、にっこりと笑った。

そして掌を開き、虹色に輝く小さな欠片を見せる。

 

「これ……ほしいでしょ? 夢がかなうお守りだよ」

 

「ほんと!? ターボ、夢いっぱいあるよ! 速くなりたいし、勝ちたいし!」

 

「ちょ、ちょっとターボ! そんな怪しいのに触らないで!」

 

ネイチャは慌ててターボの腕を引くが二コラは首を傾げながら囁く。

 

「触ってみる? ちょっとだけ。夢を貸してくれたら……きっと速くなれる」

 

欠片からは冷たい瘴気が漂っていた。

 見るだけで胃の底が冷え、喉がきゅっと締まるような感覚。

 

(……やっぱりダメ! これは触れちゃいけない!)

 

ネイチャが叫ぼうとした、その時。

 

「……それに触れてはいけません」

 

静かな声が夜を裂いた。

月光の中に立つのは、長い黒髪を揺らしたカフェだった。

その影は淡く、まるで闇そのものが人の形をとったかのよう。

 

「それに触れれば、ウマ娘の奥底にある“魂”ごと削られ喰われてしまいます」

 

「魂……?」

 

ネイチャが震える声を漏らす。

 

カフェは二人を庇うように立ち、二コラの紅い瞳を射抜く。

 

(っ!?今、ほんの一瞬だけ何かが……)

 

カフェは二コラに冷たいものを覚えた。

 

「じゃあ……かくれんぼ、しよっか」

 

ニコラはにこにこと笑いながら両手を軽く叩くと、近くの壁に触れた。

 

その瞬間、低く鈍い音が校舎全体に響く。

床下の水道管からごうっと噴き上がる水が、エントランスホールを囲う。

あっという間に水は凍結、月明かりの下に“氷の牢獄”が完成した。

 

「なっ……!」

 

ネイチャは息を呑む。

ターボは目を輝かせて「すごーい!」と手を叩く。

 

「ね? 楽しそうでしょ!」

 

無邪気な笑みとともに、ニコラは手を振る。

氷壁からソフトクリームの氷槍が次々と突き出し、三人へと迫った。

 

「ひゃあっ!」

 

「ターボ、こっち!」

 

氷柱が矢のように突き刺さり、床を砕く。

ターボは悲鳴を上げ、ネイチャは必死に庇う。

 

さらに二コラは購買のウォーターサーバーの水を使って氷の小鳥を錬成する。

 

「きれー! ほら、つかまえてごらん!」

 

兎の氷像も生まれ、ぴょんぴょんと跳ねて床を砕いた。

 

「うさちゃん、いけー!」

 

――その瞬間。

 

鋭い破砕音とともに鉄杭が床からせり上がり、氷を弾き飛ばした。

氷兎が散り、氷片が宙を舞う。

 

「下がってろ! ここからは俺たちがやる!」

 

ホールに飛び込んできたのは、エドワードとアルフォンス。

冷気に白い息を吐きながら、二人はニコラを睨みつけた。

 

ニコラはぱちぱちと拍手をして、子供のように目を輝かせる。

 

「やったぁ! 遊び相手が増えたぁ!」

 

指を鳴らすと同時に床下の水道管からさらに水があふれ出し、次々と氷の獣たちが形を成していく。

兎、鳥、そしてソフトクリームの槍まで――。

 

「さぁ! もっと楽しくしよ!」

 

氷獣の群れが、雄叫びをあげるかのように飛びかかってきた。

氷兎、宙を舞う氷鳥、そして天井から突き出す氷槍。

エントランスホールは一瞬にして戦場へと変貌する。

 

「来るぞ、アル!」

 

「うん!」

 

エドワードは床に両手を叩きつけ、石畳を鋼の杭へと変える。

突進してきた氷兎を串刺しにし、砕け散る氷片が飛び散った。

 

「ひゃあっ!」

 

ターボが悲鳴を上げ、ネイチャが必死に抱き寄せる。

その背後に迫る氷鳥を、アルフォンスが錬成した鉄壁が防いだ。

 

「下がって! ここは危険だ!」

 

「う、うん……!」

 

ニコラは手を叩き、楽しげに跳ねる。

 

「もっと出してあげるね!」

 

氷の鳥が何十羽も羽ばたき、光を反射して天井を覆う。

同時に、地を這うように小さな氷兎が無数に跳ね回った。

 

「兄さん、後ろ!」

 

アルフォンスが叫ぶ。

氷鳥が一斉に襲いかかる。

エドワードは即座に床を変形させ、鉄柱を乱立させて撃ち落とす。

 

だが氷は次々と増え、止むことを知らない。

 

「……っらぁ!」

 

鋼と氷が激突し、火花と氷片が散る。

アルフォンスも両腕を広げ、巨大な盾を錬成してネイチャたちを庇った。

 

「兄さん、数が減らない!」

 

「分かってる! どんだけ量産すんだ、このガキ……!」

 

氷兎を粉砕するたび、二コラの掌にある虹色の欠片が淡く脈動する。

次の瞬間、砕け散った氷が勝手に組み上がり、また兎の姿に戻っていた。

 

「綺麗だね! 記憶で見た通り!」

 

二コラは楽しげに叫んだ。

 

「記憶……?」

 

エドワードの眉が跳ね上がる。

 

「そう! 金髪のお兄ちゃんの記憶から! 街を氷で覆った人、かっこよかったなぁ!」

 

エドワードの背筋に冷たい汗が伝う。

 

(マクドゥーガルの錬金術を……俺の記憶から盗んだってのか!?)

 

その間も氷兎は群れを成し、氷鳥が舞い、氷柱が雨のように降り注いだ。

 

「っく……!」

 

エドワードは必死に鉄槍を突き立てながらも、どこかで理屈の破綻に苛立っていた。

 

「ターボ、宿題取りに来ただけなのに……!」

 

「宿題って今関係ないでしょ!」

 

「……シュクダイ?」

 

二コラは一瞬だけ虚ろな表情を見せ、首を傾げた。

一瞬だけ氷の動物達の動きが止まる。

 

 「今、アイツ……」

 

エドワードは一瞬、眉を顰める。

 

「フーン……よくわかんないけど、つまんなーい!」

 

ニコラは手を叩き、楽しげに跳ねる。

 

「もっと! もっと出してあげる!」

 

床下から噴き上がる水が瞬時に凍り、巨大な氷の狼が形を成した。

牙をむき出しに、兄弟へと飛びかかる。

 

「くそっ、でけぇな!」

 

エドワードは鋼の槍を錬成し、氷狼の顎を受け止める。

火花と氷片が散り、凍てつく息が顔をかすめた。

 

「くそっ、攻撃が読めねぇ!」

 

エドワードは歯噛みし、鉄槍を錬成して応戦する。

 

「兄さん、まずい!」

 

アルフォンスの錬成した盾に罅が入り、ネイチャとターボが悲鳴をあげる。

 

「分かってる……けど、どう止めりゃいい!」

 

その刹那――。

 

カツン……カツン……。

規則正しい靴音が、冷たい氷の床を響かせた。

エドワードとアルフォンスも思わず動きを止める。

 

「――そこまでだ、獣」

 

低く、冷徹な声とともに現れたのは、ヘルメスだった。

 

「ヘルメス!」

 

二コラが頬を膨らませる。

 

「せっかく遊んでたのに! 止めないでよ!」

 

「無駄な遊戯は“損失”だ」

 

ヘルメスが氷獣達に触れた瞬間、内側から破裂するように崩れ落ちた。

 

エドワードは目を見開く。

 

「今のは、傷の男と同じ……!?」

 

アルフォンスが震える声で囁いた。

 

「兄さん……あの人……!」

 

二コラは唇を尖らせて足を踏み鳴らした。

 

「つまんないの! もっと遊びたかったのに!」

 

「帰るぞ」

 

ヘルメスの一言に、彼女は舌を突き出し、名残惜しそうに闇へと退いた。

 

「じゃあね、豆粒錬金術師!」

 

氷の残骸がぱらぱらと崩れ落ち、エントランスホールの空気はようやく解き放たれた。

吐く息が白い。

張りつめていた静寂に、誰もがしばし言葉を失った。

 

「……っはぁ……はぁ……助かった……」

 

ネイチャが膝に手をつき、震える声を漏らす。

 

アルフォンスが錬成した盾を解き、重い音を立てて床に落とした。

 

「兄さん、無事……?」

 

「ああ……なんとか、な」

 

額の汗をぬぐいながらも、エドワードの目はまだ鋭いままだ。

 

「だが……あれは一体なんなんだ……。欠片ひとつで、あそこまで……」

 

静けさが戻ったはずなのに、カフェ達の胸の鼓動だけはまだ乱れている。

死地を抜けた安堵と、得体の知れない恐怖。

だがそんな空気を、エドワードの声が破った。

 

「……ちょっと待て」

 

エドワードがピクリと耳を動かす。

 

「あのガキ……俺のこと“豆粒”って言わなかったか!?」

 

エントランスホールの冷え切った空気が、唐突にゆるむ。

ネイチャは呆れ顔で肩をすくめた。

 

「いや、そこ!? 命の危機よりプライドのほうが先ってどうなの!?」

 

「そりゃそうだろ!豆粒呼ばわりだぞ!?」

 

エドワードは、床をドンと踏み鳴らす。

 

「兄さん、落ち着いて……」

 

アルフォンスが慌てて両手を広げるが、その鎧の肩はカタカタと震えていた。

 

「クク……ぷっ」

 

ネイチャから、こらえきれない笑い声が漏れ出す。

ターボとカフェもつられて吹き出した。

 

戦闘の緊張は、笑いに溶けていった。

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