バカでかいワームが、視力を獲得した。
それだけでも厄介だというのに、黒い塊を吐き出すという遠距離攻撃まで仕掛けてきた。
(不味い! 不味い! 不味い! 普通、こんな所で敵が進化するなんて思わねえだろ!? 第二形態の解放は、魔王だけの特権ってのはファンタジー世界での常識だろうが!)
「ご主人様! これ、不味いです!」
遠距離攻撃が有効だという事に気付き、黒い塊を吐き出し続けるワーム。
狙いは杜撰。
精度はゴミ。
しかし、籠めた弾は巨大。
適当な方向に撃ち込んだとしても、運悪く命中してしまう可能性は十二分にあり得る。
「んなもん! 誰の目から見ても明らかだよ! 不味いよ! やばいよ! これ、どうするんだよ! 奴が視力を獲得した時点で、考えてた作戦の全てがパァ! パァだよ! クソがぁ! マジで笑えねぇ! 寧ろ滅茶苦茶泣きたい! 泣いても良い?」
「ご主人様、昨日自分が言った事もう忘れちゃったの!? 台無しじゃん! 昨日はご主人様の事、カッコイイって思ったのに!」
「今もカッコイイに決まって……って、あぶねぇ!」
弾数は無限大なのか!? と思ったが、ワームは苦しそうに呻くと撃ち方を止める。
「チャンスだ! 今の内に奴をタコ殴りにしろ!」
隙があるとすれば、今しか無い。
徹達は全速力で走る。
対するワームはそこら辺にいた黒い魔物に食らいつく。断末魔の悲鳴は上がらない。グチャリと粘着質な音と共に、黒い魔物は元のインクへと戻る。
ソレをワームは啜る。
所謂、燃料補給という奴だろう。
だが奴が燃料を完全に補給するよりも先に、徹達が到着する方が強い。
「これで遠距離を封じる事は出来た。が、次は第2ラウンド。近接バトル、って所か?」
距離を詰める事は出来たが、ワームから焦りは感じられない。
当然だ。
追い詰められていないのだから。
再び、黒いインクを吐き出す。
それは全身に纏わり付き、新たな部位を生成する。
枯れ枝のように細長く。しかし、禍々しいオーラを放つ、2本の腕へと。
両腕の掌を使い、ワームが跳ねる。
吐き出す黒いインク。
膨大な質量を内包した塊ではない。今度は、少量。
攻撃の為ではないのは明らか。
(だったら、何の為に……?)
答え合わせは直ぐにやって来る。
地面にへばりつく、黒いインクは、やがて生き物の形をとる。
魔物の姿へと。
「ッ、お前が吐き出したものも魔物になるのかよ!」
そして、地面に潜るワーム。
黒いインクに気を取られてしまい、失念していた。奴はワーム。本来は地面を掘り進め、地中から姿を現して獲物を仕留める。
(? だとしたら、どうして魔物を出した? 幾ら視覚を得たとしても、地中だと使い物にならない。振動を感知しなければ、居場所を割り出す事なんて出来ないのだから。寧ろ、魔物が存在している分、居場所の特定は……)
では、デメリットを承知で魔物を生み出した理由は?
「皆! 今すぐ、その魔物から離れろ! 恐らく、ソイツが目印だ!」
徹が叫ぶ。
同時に、地面が盛り上がった。
バゴォッ! とけたたましい音と共に、地面が割れる。砂埃が舞い、土塊が無作為にばら撒かれる。
気にする余裕はなかった。
何故なら、ワームの餌食になったのはイーナだったのだから。
「イーナ!」
衝撃によって、思い切り打ち上げられる。
白色の髪を靡かせながら、少女は空中を舞う。
着地点に存在するのは、大きな口を開けているワーム。
「テメェ、なにうちの仲間を食べようとしてるんだァ!」
倉庫からアイテムを呼び出す。
出すのは銭湯。
巨大な建築物が、ワームに向かって襲い掛かる。
まさか、自分の頭上に巨大な何かが降って来るなんて、想像もつかなかったのだろう。ワームは直撃を食らい、大きく怯む。
「メイドル! ウィンドワンドを使って、クッションの代わりに出来ないか!?」
「分かった」
魔力を限界ギリギリまで注ぎ込んだのか、ウィンドワンドが淡い光を帯びる。
「お願い」
激しい風が吹く。
イーナに直撃。
それによって、落下の勢いが多少なりとも削がれる。
徹は地面を蹴り、イーナを思い切り抱きしめた。
触れてみて、改めて理解する。
かなりの重傷だ。
当然といえば当然。ワームの攻撃が直撃したのだ。
幸いにも息はある。
「……悪いとは思ってるけど、死ぬよりはマシだ。だから、我慢してくれよ」
徹は消費期限切れのポーションを飲ませる。
きっと、効果はある筈だ。
「ご主人様! イーナちゃんは……」
「何とか無事だ。……だが、ジリ貧だな」
銭湯の直撃を食らい、怯んでいたワーム。
しかし、あの爆裂鉱石の直撃を食らっても尚、ピンピンしていた正真正銘の化け物。銭湯の直撃を食らった所で、目に見えたダメージを与える事は難しい。
(でも、どうしてだ? どうしてアイツは、俺達に対して攻撃を仕掛けて来なかった? 銭湯の一撃で怯みはした。だが、俺達に襲い掛かる事も出来た筈だ。なのに、何故?)
多少怯んだとしても、無理をして襲い掛かることは出来た。
寧ろ、徹達に襲い掛かる絶好の機会といってもいい。
にも関わらず、奴はその機会をみすみす逃した。
「……あ」
奴から与えられた情報は幾つかある。
1つ1つは些細な情報だ。
しかし、点と点で繋がる。
繋がったから、新たな情報が出て来る。
根拠はない。
机上の空論になるかもしれない。
だが、今この状況では万に一つだって勝ち目はない。だったら、使える物は例えなんであったとしても使うしかない。
皆で無事に、迷宮を脱出する為に。
「シス」
「はい。ご主人様」
彼女に耳打ちをする。
内容は簡潔に。
シスは僅かに眉を潜める。
「可能と言えば可能です。ですが、私の力量だと難しい……いいえ、はっきり言って不可能だと思います」
「だったら、コレを使えばなんとか出来るか?」
徹は倉庫の中から1つ、アイテムを取り出してシスに渡す。
渡されたソレを見て、僅かに目を見開くシス。
「はい。必ず」
研摩されたルビーのような瞳で、徹の目をはっきりと見ながら頷く。
「分かった。それじゃあ、さっき言った通りに頼む。皆! この状況を打開する為の方法を見つける事が出来た! だが、時間を稼がないと難しい! まだ、行けるか?」
徹の呼びかけに対して、サードは馬鹿にした様に笑う。
「ご主人様? 何言ってるわけ? この状況を何とかしてくれるなら、気が済むまで付き合ってるに決まってるじゃん!」
「私もサードと同じ。私は一番のお姉ちゃんだから、頑張る」
気を失っているイーナを倉庫に避難させる。
1人が脱落して、1人は戦線を離脱。
5人中、2人も居なくなってしまった。
敵は強大であるにも関わらず、大幅な戦力ダウン。
それでも敵に立ち向かうのだから、もしかすると徹達は救いようのない馬鹿なのかもしれない。けれど、馬鹿でも構わないと徹は思う。
「さあ。正念場だぜ。渡辺 徹。諦めたら、全て失うかもしれない。だから伸ばせよ。手を。きっと、欲しい未来に手が届く筈だから」
尚、イーナが辛うじて生きていたのはスキル「虚弱体質」のお陰です。虚弱な代わりに、即死攻撃を体力を1残して必ず耐える事が出来ます。