ラスボス戦、今回で終了となります。
ワームは咆哮を上げる。
酷く気持ちの悪い、粘着質な音。
されど、向けられる憎悪は鋭い刃物のように鋭利だ。
時間を稼ぐ為に、再び徹達はワームに向かって突っ込む。
全滅を避ける為に、固まらずにバラバラで突撃。
「当然、狙いはこっちだよな!」
生やした、二本の枯れ枝の様な腕が伸びる。
以前に戦った無慈悲なレッドノートに比べれば、一回りも二回りも小さい。しかし、徹にとっては巨人サイズであるという事には変わりがない。
捕まってしまえば、その時点でゲームオーバー。
恐怖で足が竦みそうになる。
必死に自分自身を叱咤して、恐怖を抑え込む。
「知ってるんだぜ! お前、その両腕をちゃんと扱えていない、ってなぁ!」
直進から一転。
フェイントをかけて、回避を行う。
徹の仕掛けにまんまと騙され、何もない場所に掌を叩きつける。
予想通り。
奴は黒いインクを体内に取り込んだ事によって、新たな力を手に入れる事が出来た。ソレは脅威だ。
下手をすれば、余裕で死んでしまう程の脅威。
しかし、以前に出会った時の奴に比べれば、その脅威は遥かに劣る。
当然だ。今の今まで、奴には腕と呼ばれるパーツは存在していなかった。ソレを今、振るっている。
十分に扱える筈がない。
例えるなら、無垢な子供に拳銃を渡すものだ。
破壊力はある。しかし、何も分からないのだから、闇雲に撃つしかない。或いは、使い方を誤ってしまい、自分自身をも傷つけるかもしれない。
今の奴は、正しくそういう状態だ。
単純な攻撃は可能。
だが、細かな動きをしようとした瞬間、不具合が生じてしまう。
ましてや片腕のみではなく、両腕。
負担も2倍。
寧ろ、徹に必死に食らいついている現状は奇跡に近い。
(だとしても、俺が危機的状況な事には変わりが無いんだよな! 畜生! 無駄にヘイトを買い過ぎたか!?)
回避する事は出来ている。
それでも優勢とは言い難い。
圧倒的な破壊力を有する叩きつけ。対象を仕留める事は出来ずとも、フィールドそのものを破壊する事は可能だ。
地面が爆ぜ、土塊が無作為にばら撒かれ。
徹に直撃。
「ぐぼぉっ、がぁっ!?」
単調な攻撃を避ける事は出来ても、攻撃を仕掛けた当人でさえも予測不可能な副産物を完全に回避することは出来ない。
運悪く、握りこぶし大程の土塊が横っ腹にぶち当たる。
倒れ込む徹。
理性が叫ぶ。倒れている暇はない! と。
徹の顔を覆う影。
真っ黒な手。
ワームの手だ。
「クソっ、がぁっ!」
死ぬわけにはいかない。その一心で、力を振り絞って転がる。
避ける事は出来た。
が、次は無理だ。
「悪いけど、こっちも忘れないでよ、ね!」
果たして本当にメイドが本職だったのだろうか? と思わず疑問に思ってしまう程、流麗な動作で戦斧を振り下ろすサード。
緑色の髪が舞う。
その横顔は、幼き戦乙女。
振り下ろされた戦斧は、ワームの胴体を切り裂く。
浅い。
だが、ダメージを与える事は出来た。
反射的に攻撃の対象を変更するワーム。
枯れ枝の両腕を振るい、サードを薙ぎ払おうとする。
戦斧を振り下ろした直後のサード。
間に合わない。
鞭のように振るわれた腕が届く方が早い。
「サード!」
思わず徹は叫ぶ。
しかし、当の本人は笑っていた。
全てを諦めてしまった諦観の笑みではない。
余裕そうな笑みだ。
「助けて! お姉ちゃん!」
「うん。分かった。私はお姉ちゃんだから」
サードと枯れ枝の腕。
2人の間に割って入るのは、メイドルだった。
表情は無表情。
水晶を彷彿とさせる澄んだ瞳は、迫りくる腕を正確に捉えている。
「余裕で対処する事が出来る」
握られた槍を2回振るう。
襲い掛かった二本の腕が切断される。
リーチが短くなった結果、2人が攻撃を食らう事はない。
「流石はお姉ちゃん! 頼りになる!」
「うん。私はお姉ちゃんだから、寧ろ当然」
サードがメイドルに抱き着き、メイドルは誇らしげに胸を張る。
「……マジで凄いな。あの2人」
しかも、次女であるシスも凄い。
あのメイド達、本当になんなんだろう? と思ってしまう。
攻撃が失敗した。
それどころか、たった3人の羽虫たちにいいように扱われている。
捕食者である奴にとって、それは到底我慢する事の出来ない屈辱だったのだろう。だからこそ、咆哮を上げる。
今までとは違う。鬼気迫る様子。
お前達を絶対に殺してやるという、純粋な殺意と憎悪。
だが、威圧するだけが奴の目的ではない。
咆哮を上げると同時に、ばら撒かれる黒色のインク。ソレは瞬く間に黒い魔物へと変わっていく。
ワームは高く跳躍。
地面を食い荒らし、地中へと潜り込む。
イーナを仕留めた凶悪な技を、再び誰かへと見舞うつもりなのだろう。
「だけど、テメェの手口はもう分かってるんだよ! だったら、対抗策を思いつかない訳がないだろうが! 行けッ、走る! 鉄の処女!」
呼び出されたソレは、拷問器具として有名な鉄の処女。
ずんぐりむっくりとした胴体は扉となっており、その隙間からは今まで食らって来た魔物達の血が染み出ている。
それでも尚、彼女が満足する事はない。
外付けのタイヤをギュルギュルとさせながら、黒い魔物達の背後に忍び寄る。
たった、一撃。
取ってつけた二本の腕で扉を開き、自身の体内へと迎え入れる。
断末魔の叫びは響かない。
悲鳴の代わりに、扉の隙間から黒い液体が流れ出す。
あっという間に黒い魔物達は消える。
奴が頼りにしている目印は存在しない。
「腕もそうだったけど、その目も同じだ。もしかして、今まで見る事が出来なかった景色が見えるようになって、お前、テンションが上がってたんじゃ無いのか?」
目印の存在しなくなった地面を、徹は走る。
当然ながら、振動は地中に伝わる。
黒い魔物という名の目を失ってしまった今、頼る事が出来るのは振動のみ。
「でもさ、新しい物に目移りしてしまうと、今まで自分が大切にしていた物が途端に価値のない物に見えてしまう、って事があるんだよな。……まあ、つまり、何だ? いっけんすると強くなったかもしれないけど、その実お前は弱くなってたんだよ」
振動を捉え、地面から顔を出すワーム。
しかし、徹を食い殺す事は叶わない。
タイミングを読み、放たれた巨大な水球。
水球は直撃。ワームは勢いよく吹き飛ばされる。
「危なかったですね! ご主人様! これ、私が助けて無かったらどうしてたんですか!」
「それは当然、食い殺されてたに決まってるだろ? でも、心配はしてなかったよ。だって、お前は間に合ってくれたんだから」
「間に合いはしましたが、とても大変だったんですからね! まさか、お風呂のお湯を全部水の珠で回収して欲しいなんて!」
徹は疑問に思っていた。
イーナを助けた際、どうしてワームは襲い掛かって来なかったのか?
徹の手には、消費期限切れのポーションが握られていた。
奴は今、全身に黒いインクを纏っている状態だ。
だからこう推理した。
液体が掛かることによって、黒インクが落ちてしまう事を嫌ったのではないか? と。
千載一遇の機会であるにも関わらず、様子を見るだけに留めた。100mlにも満たない液体を、自身の体に浴びせられる事を嫌った。
つまり、濡れてしまう事に対して本能的なまでの忌避感を抱いていた、という事に他ならない。
黒インクが落ちれば、どうなるのか?
弱体化する。
眼球を失い、腕を失い、手数を失い、黒い魔物という手駒さえも失ってしまう。
所詮は、プラスがゼロに変わる程度。
「脅威」という二文字が無くなる事はない。
それでも、徹達からすれば唯一の勝機。
だからこそ、魔力を通す事によって水を操る事が出来る魔道具「水の珠」の使い手であるシスにお願いをした。
無論、銭湯の湯船の量は膨大。
彼女1人の魔力で賄う事は出来ない。
ソレを補助する為のアイテムも与えていた。ちゃんと使えるかどうかは賭けな部分が多かったが、説明文を見る限り使うことは出来るという予感はあった。
「これ、とっても凄いですよ。私の魔力量だと、これほどの量を操るなんて事はまず不可能でしたから」
シスの片手には、水の珠が。
そして、もう片方の手には賢者の石が握られている。
不老不死を得る事が出来る、という方面で有名なアイテムだが、説明欄の記述には膨大なエネルギーを内包しているとあった。
如何にもファンタジー寄りのアイテム。
であれば、足りない魔力を補うことも可能だろう。
「最後、お願いしても良いか?」
放たれた水球によって、ワームの全身に纏っていた黒いインクの一部が落ちる。肉体的なダメージはほぼ皆無。
しかし、アレに頼り切っている奴にとっては、自分の体を切り刻まれる行為にも等しいのだろう。
殺虫剤を浴びせられた虫のように、悶絶している。
「はい。お任せ下さい」
水の珠と、賢者の石。
両方を強く握り、シスは目を閉じる。
彼女の背後に現れるのは、先程放たれた水球とは比較にならない程、膨大な量の水を内包している水球。
それがワームの頭上で弾ける。
滝のように流れ出る水は、ワームの全身に纏わりつく黒インクを落としていく。
そして、黒いインクは奇麗さっぱり消えてしまった。
黒いインクは全て落ちたが、ワームは生きている。
シスの役割は、黒いインクを全て洗い落とす事。
ワーム本体を仕留める事ではない。
大量の水を浴びせられた事によって、気絶しているワーム。
時折、痙攣しているがまだ息はある。
「正直、お前が第二形態になった時はどうすれば良いんだよ! って頭を抱えたくなったが、俺が考えた作戦は無駄にはならなかったようだな」
純粋な攻撃力ではどうにもならないからこそ、見出した切り札。
徹はワームの口に、とあるアイテムを放り込む。
それは「増殖するこけし」。
振動を与える事によって増殖することが出来るという、ただそれだけのアイテム。しかし、このアイテムには1つ面白い特性があった。
こけしは振動を与えることによって増える。
与えた振動の数が多いと、こけしは貯める。振動によって、増えた数を。
そして、振動を止めた瞬間に、一気に放出するのだ。
徹はこけしを何度も降り続けた。
シス達も協力してくれて、疲れたら交代して、何度も何度も何度も。降り続けた時間は覚えていない。
回数さえも分からない。
膨大な数のこけしが噴き出す事だけは確かだ。
ワームの口に投げ入れたこけしは、瞬く間に増える。
口の中を埋め尽くし、腹の中を埋め尽くし、体の中を埋め尽くす。
これこそが、徹の思い描いていた決着。
窒息死。
呼吸する事も出来ず、ワームは死ぬ。
「……でも多めに振りすぎてしまいましたね」
「全然こけしの増殖が止まらない……!? あれ? というか、だんだんワームの体が膨らんで……る?」
「ちょっ、ご主人様!? これ、絶対にヤバイ奴だよ! 爆発するって! 全然想像はつかないけど、不味い事になるって!」
「全員避難だ! 遠くに逃げろ!」
「このこけし、1つ貰っちゃだめ?」
「姉さん! そんな事を言ってる場合じゃないから! 早く、逃げるの!」
徹達が十分に距離を取った後、膨らみ続けたワームの骸は爆発。
辺り一面に、こけしをぶちまけるのだった。
爆発オチなんてサイテー!