30日目。
今日で、異世界に来てから約一か月が経過した。
短いようでいて、随分と濃密な時間を過ごしてきた。
徹の脳裏に数々の思い出がよみがえる。
「……もしかして、これが走馬灯って奴か?」
徹達は絶賛、危機的状況の真っ最中だった。
静か平原には、基本的に危険度の低い魔物しか現れない。それは、周辺の森であっても変わらない。
にも関わらず、最近になって本来の生息場所ではないにも関わらず、凶悪な魔物である大カマキリ――名前をグリーンリーパーという――が大量発生していた。
一体だけでも歯が立たないというのに、徒党を組んで静か平原近くを徘徊している現状。
物騒以外の何者でもない。
運悪く遭遇してしまった徹とイーナの2人は、草むらに身を隠し、必死になって息を殺していた。
「良いか? イーナ。静かに。静かに、だ」
徹の囁き声に、イーナは激しく首を振る。
些細な物音を立てただけでもアウト。
物騒すぎるかくれんぼだ。
暫く時間が経過した後『梟』から連絡が届く。
『依頼主。周辺の魔物は去った。逃げるなら今だ』
「お前がいてくれて、本当に良かったよ。そっちは大丈夫なのか?」
『問題ない。仮に発見されたとしても、余裕で逃げられる』
「分かった。そっちも気を付けてくれよ」
グリーンリーパー達がいなくなったのを見計らい、徹達は何とか迷宮都市まで戻って来れた。今後は、外の依頼を受けるのは止めておいた方が良いかもしれない。
恒例のガチャタイム。
「俺は信じてるんだ。例え、単発だったとしても、良いのが出てくれるって!」
ガチャを引く。
出てきたアイテムは。
・天空の花園
天空に近い高度でなければ、咲かせる事は難しいと呼ばれる植物達が咲き誇る庭園。花々達の希少性や、美しさもさる事ながら、庭園そのものも高い芸術性を誇る。
さながら天国の再現、といっても過言ではない。
今までとは毛色が異なるものだった。
「多分、建物かなにか、って事なのか?」
それにしては、大きい為倉庫に収納しておきます、という通知は来ない。
だが、倉庫の中に入っている。
これは一体どういう事なのか?
首を傾げつつ、徹は天空の花園の項目をタッチしてみる。
その瞬間、目の前の景色が変わる。
「は?」
狭い安宿から、雲を見下ろす事が出来る程に高い場所へと。
そこは、正しく天空の花園。
見た事もなければ、聞いた事もない、草花が生えている。幻想的すぎる光景は、さながら天国と見間違えてしまう程だ。
「…………!」
背後に気配を感じ振り向く。
そこには、色彩鮮やかな花を見て、楽しそうにしているイーナの姿が。不意に風が吹き、真白よりも白い髪が揺れる。
幻想的な光景も相まって、イーナの存在は神秘めいている。
徹の姿を発見すると、駆け寄って来るイーナ。
「どうしてここに……って、俺が飛ばされた際に、お前も巻き込まれたのか。しかし、実際に出すんじゃなくて、こうして別の場所に飛ばされてしまうアイテムも存在するなんて。まだまだガチャに関しては、謎が多すぎるな」
花園で楽しそうにはしゃぐイーナを眺めつつ、徹は呟くのだった。
31日目。
朝、『梟』から連絡が来た。
『その……依頼主。とても、重要な話があるんだ。これから、私が指定する場所まで来てくれないだろうか?』
今日も依頼をこなすつもりだったが、優先順位としては『梟』の方が上だ。
流石に、徹と『梟』の2人が抜けてしまうにも関わらず、イーナに依頼を全てを押し付ける事は出来ない。
今日は、シス達にイーナを任せ、徹は『梟』が指定した場所まで向かう。
迷宮都市は人の出入りが多く、十分に栄えている。しかし、光があれば影が存在しているように、後ろ暗い者達の巣窟とも呼べる場所も存在している。
そんな物騒な場所に、徹はやって来ていた。
目的地に向かい始めて数分後。
柄の悪そうなチンピラ2人に絡まれてしまった。
「すみません! 本当に、すみません! 俺、何の持ち合わせも持ってないんすよ! 自分、悪に憧れて門を叩いた、只の一般人なんですよ! マジで、勘弁して下さい!」
「……凄いな。コイツ。俺達が脅す前に、土下座して命乞いまでしてくるなんて」
「一体、どれだけ俺達のような奴らから搾取されて来たんだ? 体に染みついてるってレベルじゃないだろ」
先手必勝。
土下座を決める事によって、チンピラ達は興が削がれてしまったらしい。
それでも見逃す気配がない辺り、奴らも生粋の悪なのだろう。
一瞬の隙をつき、スタンガン(違法改造)を使って無力化する。
「テメェ、この野郎がァ! 俺達を、騙しやがったな!」
「はっ! 俺を弱そうだからって、油断したな! バーカ! バーカ! 良い事を教えてやるぜ! どれだけ小さな虫でも、噛まれたら痛いんだぜ! それじゃあ、俺は行くぜ! あばよ!」
「クソが! 俺達が、テメェみたいなクソを見逃す訳がないだろうが! おい! 誰か、来てくれ! コイツを嬲り殺しにするぞ!」
「仲間呼ぶのは卑怯すぎるだろ……って、遠くから人だかりが! 悪党の癖に、仲間意識が強いって厄介すぎるだろ!」
捕まってしまえば袋叩きは免れない。
徹は急いで逃げる。
逃げて、逃げて、死に物狂いで逃げて。
何とか追跡を振り切ることが出来た。
「そっち、いたか?」
「いねぇ! 畜生、何処に消えやがった? さっきまではいたのに!」
「まだ、この近くに居る筈だ。絶対に、逃がすなよ。俺達をこけにした報いを絶対に受けさせろ!」
「「応!」」と叫んだ後、再びチンピラ達は何処かに消える。
気配が完全に無くなったのを確認した後、徹は息を吐く。
「助かったぁ。お前が来てくれなかったら袋叩きにあってた所だった。本当に、ありがとな。『梟』」
徹は身を隠していた。
が、物陰ではない。
やや大きめなコートの中だった。
「……あ、えっと……いや、その別に……はい。そんな、感謝されるような事……は。……その、私のコートの中って……」
「え? 良い匂いがしたけど」
「うぎぃっ!? い、良い匂……いぃ!?」
徹の目の前にいるのは、1人の少女。
伸びすぎな、ボサついた髪。前髪も異常に伸びており、目元は隠れてしまっているものの、髪の隙間からは髪色と同じ色をした瞳を覗かせる。
容姿はやや粗削りではあるものの、整っている。
幼さを残しており、尚且つ小柄。
恐らく年齢は15歳か16歳。
身に纏う衣服は、体全体をスッポリと覆い隠してしまうような黒色のコート。暗闇に紛れてしまいそうな程に濃い。
彼女こそが、暗殺者『梟』。
脳内で会話を行っていた時は普通に受け答え出来ていたが、今現在は言語機能がバグってしまっている。
女の子、というのも予想外だった。
「えっと大丈夫か? 取り敢えず、ここら辺はまだごろつき達が沢山いる。何処か、安全な場所に身を隠そう」
「あ……それ、だったら、私が普段から寝床につか……使ってる、場所があるので、そちらに……行き、ましょう」
どうやら『梟』はここら辺に拠点を持っているらしい。
彼女に案内して貰い、拠点まで向かう。
到着したのは、既に使われていない廃墟。一階はゴミが散乱しており使えないが、二階は一階と比べると比較的奇麗だ。
必要な物が揃っており、生活の跡も見られる。
ここが『梟』の寝床なのだろう。
「あ、えっと……汚い、場所ですけど……本当に汚い場所で、依頼主様は大変不愉快な思いをなさってるかもしれませんが。……どうぞ、ゆっくり、して下さい」
「うん。おじゃまします」
適当な場所に座る。
暫くの間、沈黙の時間が続く。
向かい合うように座っている『梟』は小刻みに振動を繰り返し、周囲に視線を彷徨わせている。
(あ、これ俺が話を切り出さないといけない感じか)
早速、徹は口を開く。
「それで、俺を呼び出した訳ってなんなんだ?」
「……あ……ひゃい……ひゃい!? ……その、依頼主は私がどういう武器を、扱っているのか……し、知って、ます……よね?」
知っている。
狙撃銃だ。
武器の中では、個人的に一番好きな武器だったりする。
だが、狙撃銃と『梟』が話を切り出さなければいけない重要な事に、一体どのような関連があるのだろうか?
「……えっと、その……ひ、非常に言いにくい、事、なんですけど。……で、でも、この業界では信用が第一というか……ましてや、依頼主に対して、ご、誤魔化すなんて事はもっての、他な訳でして」
「つまり、何か問題事が発生した、って事なのか?」
「あ……はい。依頼主の、おっしゃる通りです。……す、すみません。分かり辛くて。後、生きてて」
「いや、そこまで自分を卑下しなくて良いから」
問題とは、果たして何なのだろうか?
疑問に思っていたが『梟』の話す内容を聞き、納得がいった。
寧ろ、ここは異世界なのだから当然だろう、とさえ思った。
「わ、私が扱うのは狙撃銃なんですけど……た、弾切れを……は、はい。起こしてしまったん、です」