今日、あれだけ苦労した意味はなんだったのか? という徒労と、ようやくお風呂に入る事が出来る、という嬉しさ。
この2つで頭が一杯になってしまっていた事は否めない。
銭湯を入手する事が出来たのはいいものの、余りにも大きい為、この場では出す事が出来ないというお知らせと共に倉庫にぶち込まれてしまった。
原理は不明だが、使わないアイテムやガラクタは倉庫と呼ばれる機能に収納する事が出来る。取り出したい時は、取り出したいアイテムをタップすればその場で呼び出す事が可能。逆に、アイテムを収納したい時もタップで済ませる事が可能。
これによって、洞穴内部がガラクタで一杯になってしまう、というのを防ぐ事が出来る。
銭湯も倉庫の中におさまっている。
試しにタップしてみると「呼び出しますか?」という問いかけと共に、YES、NOの2つの選択肢が画面に表示される。
「え? もしかして、呼び出す事が出来るのか?」
てっきり、十分な広さを確保する事が出来なければ、出す事は不可能だと思っていた。しかし、どうやら呼び出せるらしい。
「どうしたんですか? ご主人様。魔道具と見つめ合っているようですが?」
「いや、とうとう俺の悩みを解決してくれるアイテムを引き当てる事が出来たんだ」
「本当ですか? という事は、臭いを消してくれる何かや、汚れを落としてくれる何かを入手する事が出来たって、って事ですよね! おめでとうございます」
シスは純粋に祝福しているだけ。
しかし、遠回しに汚いや臭いと言われているような気がして、徹の心にグサグサと突き刺さってしまう。
教えて下さい。これは、俺の性根が捻じ曲がってしまっているからですか?
「……いや。違う。もしかすると、それよりももっと良い物かもしれない」
「それよりも?」
「取り敢えず、出してみるから少し離れてくれ」
シスと徹の話に興味を持ったのか、暇潰し用に貸していた人〇ゲームのパチモンで遊んでいたメイドルとサードの2人も此方に来る。
再度、銭湯をタップする。
召喚しますか? の問いかけに対して、YESを押す。
よくよく考えるべきだった。
十分な広さを確保していない、という事はそれだけ銭湯が大きい事に他ならない。
Q:四畳半程度の空間しか無い場所で、その倍程の広さをほこる建物を出したらどうなるのでしょうか?
A:大変な事になります。
実際にその通りだった。
大変な事になった。
銭湯が出現すると同時に、洞穴の大部分が消失する。
狭かった天井も、立ち塞がっていた岩の壁も。
銭湯が出現しやすいスペースを確保する為に、全てが消え去った。
「ご、ご主人様。これ、もしかしなくてもヤバいんじゃ……」
「ヤバイ! 滅茶苦茶ヤバイ! 全員、銭湯の中に入れ!」
空から降り注ぐのは、大小様々な岩。
落石だ。
徹の声に従うように、4人は大慌てで銭湯の中に駆け込む。
店内に避難した後も落石は止まない。
屋根越しに、ガッ! ゴッ! ドッ! と鈍い音が響くが、屋根をぶち破る事は無さそうだ。安全な場所に避難する事が出来た。
ホッ、と胸をなでおろす。
「ご主人様。確かに凄いと思いますが、今度からは場所をよく考えて下さい。じゃないと、私達何時死んでもおかしくないので」
「はい。本当にすみませんでした。もう、2度と致しません」
素が垣間見えるシスの注意に対して、徹は土下座せん勢いで謝罪するのだった。
8日目。
徹はゆっくりと目を覚ます。
背中に感じるのは、固い地面の感触では無い。柔らかいメイドの膝でも無い。
慣れ親しんだ、畳の感触だ。
「ヤバいな。異世界に来て、初めて熟睡出来たかもしれない」
ゆっくりと立ち上がり、徹は背伸びをする。
ハプニングに見舞われてしまったものの、その後徹達は銭湯を堪能する事が出来た。
全国にチェーン展開されている、という事もあって温泉の設備は充実している。しかも、男風呂は徹たった1人。
自分以外に誰もいない、という状況は中々にテンションが上がった。
テンションが上がり過ぎて、大声でアニソンを歌い、それを向こう側のシス達に聞かれてしまったのは途轍もなく恥ずかしい思いをしたが、それでも十二分に堪能する事が出来た。
おまけに、この温泉施設は風呂以外にも設備が充実している。
風呂上がりの牛乳やアイスが完備されているのは当然の事ながら、暇な時間に遊ぶ為のコインゲームやクレーンゲーム。
疲れた体を癒す為のマッサージチェアや、ネットカフェ顔負けの豊富な種類の漫画。
極めつけは、仮眠室。
畳に枕のみではあるが、室内は冷房や暖房をきかせることが出来る為、とても快適だ。
これら全てが無料。
食事を取る場所が無かったのは残念だが、シスの持つ『作成:カレーライス』を行使すれば、飲み物をカレーに変える事など造作でもない。
銭湯を手に入れた事によって、水と食料。
2つの問題を、いっきに解決する事が出来た。
昨日、頑張って水場まで向かった時間はなんだったのだろうか?
余談だが、メイドルが持つ『作成:オムライス』は鳥や卵などを素材にする事によって、オムライスを作る事が出来る。
サードが持つ『作成:ハンバーグ』は肉があれば――尚、ひき肉が好ましい――ハンバーグを作る事が出来た為、もしかすると昨日倒した魔物を使ってハンバーグを作る事が出来たかもしれない。
食べるつもりは全くないが。
意識が完全に覚醒したのを確認した後、徹は仮眠室のある二階から、一階へと降りる。
銭湯は二階構造となっており、一階に銭湯が用意されている。沢山の客が訪れる場所、という事もあってか全体的に開けており、ベンチや机や椅子などが用意されている。
折角銭湯に泊ってるのだから、もう一度風呂にでも入ろうか? と考えていたが、ベンチに座っているシスが目に入る。
「あ、ご主人様。おはようございます」
立ち上がり、頭を下げるシス。
夕日を彷彿とさせる橙色の髪は若干湿っており、彼女の体からは若干ではあるものの湯気が出ている。
身に纏う衣服はメイド服ではなく、銭湯が用意していた浴衣。
地味なデザインではあるが、美人が身に付けると何でも似合ってしまうのだから困ってしまう。徹も浴衣を身に着けている。
「おはよう。起きるのが早いな」
「私はご主人様に仕えるメイドですから。主人よりも起きるのが早い、というのは当然に決まってるじゃ無いですか!」
「……とは言ったものの、メイドルとサードの2人はいないな? もしかして、まだ仮眠室で眠っているのか」
「あははは。お恥ずかしい限りです。……すみません」
今日、初めての事などではなく、いつもの事なのだろう。
気まずそうに笑いながら謝罪する。
「話は変わるんだけど、もしかしてまたお風呂に入って来たのか?」
「はい! それは、もう! 私達の住んでいた場所では、お風呂なんて滅多に入る事が出来ない贅沢品でしたから! にも関わらず、この場所には沢山のお風呂があるんですよ!? 寧ろ、沢山入らないと損ですよ!」
お風呂が大好きなのか、目を輝かせて語ってくれるシス。
だからこそ、罪悪感を抱いてしまう。
「俺はこの迷宮を出たい」
憧れの異世界生活。
召喚されて、スキルも手に入って。序盤こそ地獄のような日々を送っていたが、今は美少女達とも仲良くなれて、異世界生活を満喫しているといって過言じゃない。
けれど、日本に戻りたい。
家に帰りたい。
異世界に召喚された。けれど、徹には戻るべき家があって、掛け替えのない家族がいる。捨てる事なんて出来ないし、忘れることなんて出来ない。
だからこそ、迷宮を抜け出さないといけない。
「…………」
何も言わないシス。
しかし、恭しく一礼する。
「かしこまりました。ご主人様」
「文句は、無いのか?」
「ある訳ないじゃないですか。それとも、ご主人様は何か文句の1つでも言って欲しかったんですか? あ、サードはもしかすると文句を言っちゃうかもしれません。もしもそうなったら申し訳ありません。姉として注意します」
これもスキル『ガチャ』の影響なのだろうか?
例えば、徹が呼び出したユニット達は、全員徹の命令に対して絶対服従。
もしもそうだったとしたら、嫌だ。
虫唾が走る。
「ご主人様。もしかして、私達が嫌々ながら従っているって、そう思っているんですか?」
気付けば、研摩されたルビーのような瞳が徹をジッと見つめていた。まるで、心の内まで見通されている気分だった。
「……まあ、一応。俺がガチャを引いて呼び出したし」
「あー、確かに。だとしたら、勘違いしても仕方がありませんね」
勘違い?
一体、どういう事なのだろうか?
「簡単にいうと、別にご主人様の発言に強制力はありません。早い話、ご主人様が私達に死ねと命じたとしても、私達は拒否する事が出来ます。逆に、ご主人様が余りにも酷い主だった場合は、私達の不満が溜まってうっかり殺してしまう、なんて可能性もゼロじゃありません」
「……つまり、俺のスキルは単に呼び出すだけのスキル、って事なのか」
ホッとする。
良かった。
「という訳なので、私達は只々命令に従う訳ではありません。貴方について行きたいと思ったからこそ、従うんです」
ニコリと、シスは笑う。
瞬間、徹の心の中を侵食していた不安が全て吹き飛んだ。
「そっか。……だったら、コレからも宜しく頼む。シス」
「はい! お任せ下さい!」
ここからだ。
ここから始まる。
徹達の、迷宮攻略は。