パーマーの心境など知る由もなく、辺りの騒ぎは収まるどころか、ますます大きくなっていく。
これから走るウマ娘たちが最後の準備を進め、見物に集まった生徒たちの声があちこちから飛び交う。
聞き覚えのある名前が上がるたび、次々と新たな歓声が湧き上がっていた。
そんな喧騒の最中にありながら、そこだけは周囲から切り離されたように、妙に静かな空気が流れていた。
ジャージ姿のシリウスシンボリ。
そして、その正面に立つ二人──シンボリルドルフとメジロラモーヌ。
もっとも、ルドルフもラモーヌも制服姿のまま。
どう見ても、これからコースへ立つ格好ではない。
シリウスはそんな二人を交互に眺めると、露骨に眉を顰めた。
「……で?」
低い声が落ちる。
「なんでアンタらがここにいる」
「随分な言い草だな。私たちがいては不都合でも?」
「別に。ただ、物好きだと思っただけだ」
吐き捨てるように答えながら、シリウスの視線がルドルフからラモーヌへと移る。
「わざわざ見物か?」
「ええ」
ラモーヌは静かに微笑んだ。
「貴方が走るのでしょう?」
「それだけかよ」
「あら。不足かしら」
「……相変わらずだな、ラモーヌ」
さらりと返され、シリウスが小さく鼻を鳴らす。
ラモーヌも、それ以上は何も言わない。
わざわざ口にする必要などないとでもいうように、ただ穏やかな眼差しをシリウスへ向けている。
そんな彼女から目を離し、シリウスはルドルフを見た。
「で、生徒会長様は? こんなところで油売ってていいのかよ」
「問題ない。今日はエアグルーヴたちに任せてきた」
「へぇ? ようやく人に任せることを覚えたか」
その言い草に、ルドルフは小さく苦笑した。
「ふふっ、まさか君からそんなことを言われるとはね」
「ハッ! 違いねぇ」
シリウスの口元が僅かに歪む。
ルドルフもまた、小さく笑っただけだった。言葉の棘を拾うこともない。
今さら、その程度で腹を立てるような間柄でもなかった。
「それに──」
そう続けながら、ルドルフが周囲へ視線を巡らせた。
コースを取り囲む大勢の生徒。
いつの間にやら用意されていた実況席。
その周辺では今もなお人が行き交い、模擬レースとは思えないほどの騒ぎになっている。
ほんの少し前まで、ここまで大きな催しになる予定などなかったはずだ。
それが蓋を開けてみれば、この有様。
誰かが声を上げるたびに人が増え。
人が増えれば、また別の誰かが興味を持つ。
もはや、ちょっとした模擬レースなどという言葉では片づけられそうになかった。
「ここまで大事になってしまってはね。立場上、知らぬ顔をしているわけにもいかない」
「ご苦労なこった。相変わらず面倒な椅子に座ってやがる」
「それも含めて、私が選んだことだよ」
「知ってるよ」
あまりにもあっさりとした返答に、ルドルフは僅かに目を見開いた。
てっきり、また何か皮肉の一つでも飛んでくるものと思っていた。
かつての彼女なら、自らを狭い場所に縛りつけて何が楽しいのかと、鼻で笑っていたかもしれない。
けれど、今のシリウスにそんな素振りはない。
もちろん、考えを改めたわけではないだろう。
互いの選んだ道が交わらないことなど、とうの昔に分かっている。
それでも、以前なら決して聞けなかったであろう一言だった。
ルドルフが何かを言いかけたところで、シリウスはさっさと話を切り上げる。
「見たいってんなら、好きなだけ見てろ」
「あ、ああ……そのつもりだ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
シリウスは肩を竦める。
「……ったく、物好きな連中だ」
それだけ言い残し、二人に背を向ける。
遠ざかっていくその背中を、ルドルフはしばらく黙って見送っていた。
以前と変わらない、不遜な足取り。
誰かに道を譲るでもなく、かといって周囲を威圧するでもない。
ただ当然のように、自らが進むべき場所へ向かっていく。
「……変わったな」
ぽつりと零れた言葉に、隣のラモーヌが視線だけを向ける。
「あら。そう見えて?」
「いや」
ルドルフは小さく笑った。
「そう見えるようになった、と言うべきかな」
ラモーヌは何も言わない。
急かすでもなく、続きを促すでもなく。
ただルドルフが何を見て、何を口にするのかを待っている。
「以前の彼女なら……」
そこまで言って、ルドルフは一度言葉を切った。
「以前の彼女なら、ああして背を向ける時でさえ、もっと多くを語っていた気がするよ」
「牙を見せなければ、己を示せないとでも言うように?」
さらりと差し込まれた言葉に、ルドルフが苦笑する。
「そこまでは言っていないさ」
「ふふ。そういうことにしておきましょう」
ラモーヌもまた、遠ざかるシリウスの姿を追う。
「けれど……綺麗になったわ」
「綺麗?」
「ええ」
ラモーヌは微笑んだ。
その瞳が追っているのは、シリウスの背中なのか。
それとも、その先にあるターフなのか。
「余計なものが、随分と削ぎ落とされたもの」
その言葉に、ルドルフは何も返さなかった。
ただ、もう一度シリウスを見る。
世界を見て。
世界と競って。
幾度も己を試し──そして、世界を獲った。
それでもなお、彼女の足は止まっていない。
昔から変わらないその在り方が、今は以前よりもずっと鮮明に見える。
「……なるほど」
「あら」
ラモーヌが僅かに目を細める。
「どうかして?」
「いいや。君の言う通りだと思ってね」
「そうではなくてよ」
即座に返された言葉に、今度はルドルフがラモーヌを見る。
彼女はそんなルドルフを、どこか愉しげに眺めていた。
「今の貴方、とても愉しそう」
「……そう見えるかい?」
「ええ」
迷いのない返答だった。
ルドルフは思わず、先ほどまでシリウスがいた場所へ目を向ける。
代わりに見えるのは、青々と広がるターフ。
そして、これからそこへ立つ者たち。
気づけば、その光景を追う瞳には、自分でも覚えのある熱が宿っていた。
「ずっと、走りたそうな貌をしているわ」
一瞬、ルドルフが目を丸くする。
堪らず、否定の言葉は言おうとしたが……肝心の言葉が出てこなかった。
まあ、もっとも誤魔化したところで、彼女には通じないだろう。
何より──自分自身を否定することが出来なかった。
「……参ったな」
小さく息を吐く。
それから、改めて隣に立つラモーヌへ向き直った。
「ラモーヌ」
「何かしら」
ほんの少しだけ間を置いて。
「また、付き合ってもらえるかな」
それだけで、ラモーヌには伝わったらしい。
「併走?」
「ああ」
「この前もしたでしょう?」
「そうだったね」
「あれでは足りなかった?」
ルドルフは答えなかった。
代わりに、再びターフへと目を向ける。
その横顔を見つめていたラモーヌが、ふっと笑った。
「……仕方のない人ね」
「断るかい?」
「まさか」
ラモーヌもまた、その先へと目を向ける。
「そんな貌を見せられて、焦がれずにいられるほど、私は聞き分けがよくなくてよ」
「……ふふ。それは何よりだ」
「ええ。けれど──」
ラモーヌの瞳が、シリウスの去っていった先へと流れる。
「貴方が本当に欲しいものまで、私に求めないでくださる?」
ルドルフは、しばし答えなかった。
けれど、その意味を問い返すこともない。
「……もちろんだよ」
やがて返ってきた声は、いつもと変わらず穏やかだった。
──そして、程なくして。
『さあさあさあ! 準備はいいか、野郎ども! いよいよ始まるぜ、本日のメインイベントォ!』
拡声器越しの声が、トレーニングコースいっぱいに響き渡る。
『距離は2000m! 泣く子も黙る豪華絢爛! 選りすぐりの猛者が8人! ……あ? まだ駆け出しがいる? 細けえこたぁいいんだよ! 一度きりのスペシャル模擬レースだァ!』
その声に呼応するように、コースを囲む生徒たちから一斉に歓声が上がる。
先ほどまで思い思いに過ごしていたウマ娘たちの姿は、既にスタート地点へと集まっている。
メジロパーマー。
マルゼンスキー。
カツラギエース。
ヤエノムテキ。
スーパークリーク。
タマモクロス。
ミスターシービー。
そして──シリウスシンボリ。
8人。
ほんの数日前には影も形もなかったはずの模擬レース。
それが今や、これだけの顔ぶれを揃えて始まろうとしていた。
『いやぁ~、しかし改めて見るとスッゲー面子だなオイ! これホントに模擬レースか!? 下手なレースよりよっぽど豪華じゃねーか!』
『……まったく。貴女が率先して騒いでどうしますの』
『おいおい、マックちゃん。こんだけ役者が揃ってんだぜ? 盛り上げねーでどうすんだよ! なあ、オマエらもそう思うだろ!?』
実況席から投げかけられた声に応えるように、再び大きな歓声が湧き上がる。
『うっひょー! いいねいいねぇ! こいつぁゴルシちゃんも腕が鳴るぜ!』
『実況に腕も何もありませんでしょう』
『つーわけで! 本日の実況は、このゴールドシップ様! そして解説にツッコミ、その他雑用全般を担当するのは──』
『ちょっと!? そのような役目まで引き受けた覚えはありませんわよ!?』
『──メジロマックイーンでお送りしまーす!』
『人の話を聞きなさい!』
そんなやり取りに、観客席から笑い声まで上がった。
一方、スタート地点では8人がそれぞれに最後の準備を進めていた。
「クリークちゃん、ヤエノちゃん! 今日はよろしくね♪」
マルゼンスキーが明るく声をかけると、二人も揃って振り返った。
「マルゼンさん。こちらこそ、よろしくお願いしますね~」
「押忍っ! マルゼンさんと同じコースを走れるとは、願ってもない好機! 胸をお借りするつもりで、全力で挑ませていただきます!」
勢いよく頭を下げるヤエノムテキに、マルゼンスキーは楽しげに笑った。
「ふふっ、頼もしいわね♪ でも、あたしだって簡単には負けてあげないわよ?」
「無論です!」
「あらあら。ふふっ、私も負けないように頑張らなくちゃですね~」
穏やかに微笑むスーパークリークの隣で、ヤエノムテキは一層気合いを入れるように拳を握り締めた。
一方、その少し向こうでは、カツラギエースが大きく腕を回したり、脚を伸ばしたりと、入念に身体をほぐしていた。
ふと隣を見れば、パーマーがどこか落ち着かない様子で立っている。
周りの顔ぶれが顔ぶれだけに、どうにも緊張が抜けきらないらしい。
「よっ、パーマー!」
「ひゃっ!?」
突然、背中をぱんっと叩かれ、パーマーの肩が跳ねた。
「おいおい、どうした? 随分と緊張してんなぁ」
「い、いやぁ……だって、周りを見てくださいよ。あの顔ぶれですよ? あはは……さすがに緊張しちゃいますって!」
パーマーが困ったように笑う。
その視線の先には、先ほどから楽しげに言葉を交わしている面々。
「ははっ! まあ、そりゃそうだよな!」
エースは豪快に笑うと、もう一度パーマーの背中を軽く叩いた。
「けどよ、パーマー。せっかく一緒に走れるんだぜ? 楽しまなきゃ損だろ!」
「あ、はいっ! そうですよね……!」
「おう! それに、あたしもお前と走るの楽しみにしてたんだ。頼むぜ?」
「……えっ? 私と、ですか?」
「へへっ、なんだよその顔! 同じ部屋にいるからって、一緒に走れる機会はそうそうねえだろ?」
そう言って、エースはにっと笑った。
「今日はお互い、思いっきり走ろうぜ!」
「は、はいっ! 私も、エースさんと走れるの楽しみです! ……あはは、ちょっと緊張してますけど!」
そう返すものの、パーマーの笑顔はまだ少しぎこちない。
エースはそんな彼女を見て、ふっと笑った。
「ま、気負いすぎんなよ。いつも通りのお前でいいんだからさ!」
その言葉に、パーマーもようやく小さく笑みを返した。
「──ねえ、シリウス。久しぶりに一緒に走れるね」
「……それがどうした?」
「ふふっ、楽しみだなって思ってさ。向こうで走ってた時のキミ、アタシは見てるだけだったから」
シリウスは呆れたように小さく息を吐いた。
相変わらず、何を考えているのか分からない。
こちらがどう返そうとお構いなしに、シービーは楽しげに笑っている。
もっとも、そんな調子にも今さら慣れたものだった。
「……なあ、ちょっとええか?」
不意に、横から声がした。
振り向けば、そこには小柄なウマ娘が一人。
シリウスと目が合うと、彼女は軽く片手を上げた。
「そういや、こうしてちゃんと話すんは初めてやったな」
「……ああ、オマエか」
シリウスは改めて、目の前の小柄なウマ娘を見た。
その名は、もちろん知っている。
春の天皇賞に宝塚記念──ここ最近の国内で、破竹の勢いで勝ち星を重ねているウマ娘だ。
「ま、名前くらいは知っとるやろうけど。ウチはタマモクロスや。よろしゅうな」
タマモクロスは軽く笑って、片手を上げた。
「知ってるさ。
白い稲妻──タマモクロス。
瞬く間に日本の頂点へと駆け上がったその異名が決して大袈裟なものではないことは、その鋭い眼光が物語っている。
もっとも、実際に同じコースを走るのは、これが初めてではある。
「へへっ。そら光栄やな」
照れくさそうに笑いながら、タマモクロスはシリウスへ目を向ける。
「向こうでの走りは見せてもろたで。いやぁ、あれは大したもんやったな」
「……へぇ?」
「世界獲ったウマ娘と、こうして一緒に走れるんや。ウチもちょっと楽しみにしとってな」
言葉に飾り気はなく、口調もあくまで気さくだ。
けれど、タマモクロスはただ憧れの先輩に挨拶しに来たわけではないらしい。
シリウスが何気なく視線を返すと、彼女は待っていたかのように口元を緩めた。
「……ま、今日は胸を借りるつもりでいかせてもらうわ。
最後の一言だけが、妙に耳に残った。
シリウスはすぐには答えず、目の前のタマモクロスを眺める。
小柄な身体に、人懐っこい笑み。
言葉だけを聞けば、先輩を立てる殊勝な後輩といったところだろう。
だが、その態度に遠慮はない。
こちらが世界を獲ったウマ娘だろうと、臆した様子は微塵も見せず、むしろ何かを期待するように返事を待っている。
なるほど。どうやら、ただの挨拶では終わらせるつもりがないらしい。
「胸を借りる、ねぇ……」
シリウスの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「随分と殊勝なことを言うじゃねぇか。その目でな」
タマモクロスもまた、にやりと笑う。
「へへっ。バレてもうたか」
「ククッ……いいぜ」
シリウスは小さく鼻を鳴らした。
「遠慮なんざいらねぇ──勝つつもりで来いよ」
挑発とも激励とも取れる、軽い一言。
けれど、タマモクロスにはそれで十分だったらしい。
「……言われんでも、そのつもりや」
その返事に、シリウスは満足げに笑った。
ほんの一瞬、二人の間に静かな間が生まれる。
周囲では相変わらず、他のウマ娘たちが準備を進めている。
遠くからは観客たちの声も聞こえてくる。
そんな賑わいの中で、二人だけが何かを確かめ合ったようだった。
「ふふっ。いいね、ますます楽しみになってきた」
そこへ、シービーの弾んだ声が割って入る。
まるで最初からそのやり取りを楽しんでいたかのように、彼女は二人を交互に見て笑っていた。
『──さてさて! 準備はいいか!』
実況席から、一際大きな声が響き渡った。
その声に応じるように、8人がそれぞれのゲートへと向かう。
先ほどまで交わされていた軽口も自然と途切れ、一人、また一人とゲートの中へ収まっていった。
やがて、全員の準備が整う。
それまで賑やかだった周囲も、次第に静まり返っていった。
観客たちの視線がスタート地点へと集まり、誰もがその瞬間を待っている。
ほんの一瞬、辺りを静寂が包んだ。
そして──。
『──スタートッ!!』
その声と同時に、ゲートが一斉に開いた。
勢いよく芝を蹴り、飛び出していくウマ娘たち。
誰が先頭に立つのか。
マルゼンスキーか、カツラギエースか。
そう思われた、その矢先。
『おおっと!? 先頭に飛び出したのは──メジロパーマーだァッ!!』
誰よりも早く前へ出たのは、意外にもメジロパーマーだった。
他の7人を置き去りにするかのように、迷いなく先頭へ躍り出る。
その思い切りのよさに、周囲から驚きの声が上がった。
『おいおい、いきなり飛ばすじゃねーか! いいぜいいぜぇ! そうこなくっちゃ面白くねえ! メジロパーマー、先頭をかっさらっていったァ!!』
実況に、観客たちが一斉に沸き立つ。
またしても大逃げ。
最近ではすっかりお馴染みになりつつあるその走りに、あちこちから歓声が上がる。
やっぱり今回も行ったか。
そんな声が飛び交う中、しかし、見物に訪れていたトレーナーたちの一部は、目の前の光景に言葉を失っていた。
「……え、ちょっと待って」
「今の見たか? なんだ、あの飛び出しは……」
驚くべきは、大逃げを仕掛けたことではない。
そのスタートダッシュだ。
ゲートが開いた瞬間、ほとんど間を置かずに加速し、並み居る強豪を相手に真っ先に先頭を奪ってみせた。
しかも、相手はマルゼンスキーにカツラギエース。
どちらも前を走らせれば、そのまま押し切ってしまいかねないウマ娘たちだ。
そんな二人を差し置いて、まだデビューして間もないメジロパーマーが、誰よりも早く飛び出したのである。
「……嘘でしょ。あのメンバー相手に?」
「あのマルゼンスキーより先に出たのか?」
「いや、それだけじゃない。見ろ、あの加速の鋭さを……!」
トレーナーたちの間に、驚きと困惑が広がっていく。
単に思い切りがいいだけでは片づけられない。
少なくとも、あの顔ぶれの中で先頭を奪えるほどの初速を、彼女が持っていることは確かだった。
そして、驚いたのは観客だけではなかった。
「──おいおい、マジかよ!」
カツラギエースが、思わず声を上げた。
先ほどまで緊張で固まっていた後輩が、今は自分たちの前を走っている。
しかも、その背中は見る間に遠ざかろうとしていた。
その事実に、マルゼンスキーも目を丸くして驚く。
「あら……!」
ほんの一瞬の驚き。
けれど、それはすぐに楽しげな笑みに変わる。
「ふふっ! そうこなくっちゃね、パーマーちゃん!」
マルゼンスキーが、ぐっと踏み込みを強めた。
そこからの加速は、実に滑らかだった。
一歩、また一歩とストライドを伸ばし、徐々に速度を上げていき、先頭を走るパーマーとの差が、みるみる縮まっていく。
「えっ……?」
背後から迫る足音に、パーマーが思わず視線を横へ走らせる。
その視線の先で、マルゼンスキーが軽やかに駆けていた。
しかも、まだ余裕すら感じさせる笑みを浮かべている。
「ふふっ、追いついちゃった♪」
「えええっ!?」
あっという間に肩を並べられ、パーマーの目が大きく見開かれた。
あれだけ思い切って飛び出したはずなのに。
こうもあっさり追いつかれるとは思っていなかった。
だが、驚きはそれだけでは終わらない。
「ははっ! やるじゃねえか、パーマー!」
今度は、すぐ後ろから聞き慣れた声が飛んできた。
「えっ!? エースさんまで!?」
カツラギエースだった。
マルゼンスキーの加速に呼応するように前へ進出し、二人のすぐ後ろにつけている。
その表情は、どこまでも楽しげだった。
「へへっ! やっぱ実際に一緒に走ると違うな! お前、こんなに飛ばしてたのかよ!」
「なんでもう追いついてるんですかッ!?」
「はははっ! そりゃ、こっちだって負けてらんねえからな!」
「う、嘘でしょぉ……!?」
パーマーの悲鳴じみた声が、風に流れていく。
先頭を奪ったはずが、気づけば横と背後に強豪たちの気配。
しかも、当の二人はまるで楽しそうに笑っているのだから、たまったものではなかった。
そうして、レース序盤の隊列が形作られていく。
先頭は依然としてメジロパーマー。
そのすぐ横にマルゼンスキーが並び、カツラギエースが二人を追うように三番手につけていた。
少し間を置いた四番手には、ヤエノムテキ。
前を行く三人の動きを見据えながら、落ち着いた足取りで位置を保っている。
その後ろにはスーパークリークが続いていた。
先頭争いに惑わされることなく、穏やかな表情で自分のペースを刻んでいる。
更に後方では、シリウスシンボリが六番手を進んでいた。
前方の先頭争いには目もくれず、一定のリズムで脚を運んでいる。
そして、その背中を追うように、タマモクロスが七番手に。
先ほどまでの気さくな笑みは鳴りを潜め、今は前を行くシリウスの背中へと視線を向けている。
無理に追い抜こうとはせず、その走りを確かめるように、一定の距離を保っていた。
そして最後方には、ミスターシービー。
前を行く面々を眺めながら、どこか楽しげに走っている。
こうして、8人のウマ娘たちは、それぞれの位置取りを定め始めていた。
感想及び評価、ありがとうございます。また、誤字脱字報告、大変助かっております。