『さあさあ、始まったぜ先頭争い! 飛び出したのはメジロパーマー! だがしかーし! お隣にはマルゼンスキー! さらに後ろからカツラギエース! おいおいおい、開幕早々三つ巴かよ! いいねぇ、ゴルシちゃんこういうの大好き! もっと派手にやっちまえーっ!』
『パーマー、大丈夫かしら。無理をしていなければいいのですけれど……』
『……マックちゃん、親戚のおばちゃんみてーになってんぞ?』
そんな実況が響く中、四番手を走るヤエノムテキは、前を行く三人の動きを注意深く見据えていた。
先頭を走るメジロパーマー。
そのすぐ隣にはマルゼンスキー。そして、二人の後ろにカツラギエースが続いている。
中でも目を引くのは、やはりマルゼンスキーだ。
パーマーが懸命に芝を蹴っているのに対し、その走りにはまだ余裕が感じられる。
伸びやかなストライドを刻みながら、まるで相手の出方を確かめているかのようだ。
その時、マルゼンスキーの足取りが変わる。
それまでパーマーに合わせるように刻んでいたストライドが、僅かに大きくなり──少し先へ。
それだけで、二人の間に差が生まれた。
「っ……!?」
パーマーも負けじと踏み込む。
しかし、マルゼンスキーは何事もなかったかのように滑らかに加速し、あっという間に先頭へと躍り出た。
『おおっと、マルゼンスキーが動いたァ! パーマーをかわして先頭へ! さすがはスーパーカー! おーい、誰かあの暴走車両を止めろーっ!』
『……見事ですわね。あれだけ滑らかに加速しながら、まだ余裕すら感じられます。さすがはマルゼンスキーさん、といったところでしょうか』
パーマーは、なおも懸命に脚を伸ばす。
しかし、一度開いた差は容易には縮まらない。
さらに、その後ろからカツラギエースが迫ってきた。
マルゼンスキーの加速を見逃さず、力強く地面を蹴る。
「えっ、ちょっ……!?」
パーマーが反応する間もなく、その横を駆け抜けていった。
必死に食らいつこうとするパーマーだったが、前を行く二人との差は開いていくばかりだ。
それどころか、序盤から飛ばしてきた影響か、徐々に脚にも余裕がなくなり始めている。
やがて、その背後から新たな足音が近づいて。
「……っ!?」
振り返る間もなく、ヤエノムテキが横へと並びかけて、その後ろにはスーパークリークの姿もある。
先ほどまで先頭を争っていたはずが、いつの間にか二人との差を詰められていた。
パーマーは歯を食いしばり、どうにかその位置を保とうとする。
だが、前方ではマルゼンスキーとカツラギエースが、なおも激しい先頭争いを繰り広げていた。
そして、そのさらに後方。
六番手にはシリウスシンボリ。
その後ろをタマモクロスが追い、最後方にはミスターシービーが続いている。
もっとも、タマモクロスの意識は、すでに目の前の一人へと向けられていた。
「(なんや、思うたより大人しい走りやな)」
その視線の先にいるのは、シリウスシンボリ。
凱旋門賞を勝ち、キングジョージまで制したウマ娘だ。
どれほど凄まじい走りを見せてくれるのかと期待していたが、実際には思いのほか堅実な走りをしていた。
無闇に前へ出ようともせず、周囲の動きにも惑わされない。
だが、一つだけ気になることがあった。
「(……にしても、なんでこんな後ろにおるんや?)」
タマモクロスの知る限り、シリウスは先行策を好むウマ娘だったはずだ。
それが今は、先頭から離れた六番手。
模擬レースだからこそ、何か試しているのかもしれない。
だが、それならば何を考えているのか。
「(……ちょいと確かめてみるか)」
タマモクロスは僅かに姿勢を低くすると、それまで一定に保っていた歩調を少しずつ速め、前を行くシリウスとの距離を詰めていく。
一歩、また一歩。
その背中が、徐々に大きくなっていった。
タマモクロスはシリウスのすぐ後ろまで迫ると、その脚運びを注意深く見据えながら、速度を合わせていく。
だが、そこで妙なことに気づいた。
それまで一定の間隔を保っていたシリウスの背中が、不意に遠ざかる。
かと思えば、次の瞬間には勢いが緩み、再び距離が縮まった。
しかも、それが一度や二度ではない。
「(なんや、ウチをおちょくっとんのか?)」
タマモクロスは眉をひそめた。
相手は世界を獲ったウマ娘だ。こんな不安定な走りをするとは思えない。
ならば、わざと速度を変えて挑発しているのか。
「(……ええ度胸やないか)」
タマモクロスは、ぐっと姿勢を低くする。
だが、そんな彼女の思惑など、前を走るシリウスは知る由もなかった。
「……チッ」
思わず舌打ちが漏れる。
先ほどから、どうにも走りが噛み合わない。
脚の動きに問題はない。
身体が重いわけでも、速度が出ないわけでもない。
むしろ、その逆。
ほんの少し踏み込みを強めただけで、身体が思っていた以上に前へと押し出される。
ならばと力を緩めれば、今度は物足りない。
ストライドを縮め、踏み込む強さを変え、何度も感覚を確かめてみる。
だが、どうにも思い描いた走りにならなかった。
「(……ハッ。
ここ数日の調整では、ここまでの違和感はなかった。
もちろん、多少のずれは感じてはいた。
だが、走ること自体に支障はなく、意識すれば十分に修正できる程度のもの。
しかし、今は違う。
前を行くウマ娘たちの速度に合わせ、位置取りを考え、そのうえで自分の走りを組み立てなければならない。
しかも、相手は揃いも揃って一筋縄ではいかない連中ばかり。
たった数日ではあるが、その時の調整なら気にならなかった僅かなずれが、こうして競い合う中では、思いのほか大きく響いてくる。
欧州の重い芝に合わせて磨き上げてきた踏み込みも、日本の芝では勝手が違う。
力を込めれば、想定以上に加速する。
抑えれば、今度は思ったほど前へ進まない。
速さが失われたわけではない。
ただ、その速さを思い通りに引き出せない。
それが想像以上に。
「(──厄介だな)」
シリウスは小さく眉をひそめるが、同時に、口元には微かに笑みが浮かんでいた。
「(アイツの方がよく分かってたってわけか……)」
思えば、あのトレーナーは自分が欧州にいる間も、ずっと日本でウマ娘たちの走りを見てきたのだ。
メジロパーマーの指導を通じて、欧州の芝に慣れきった今の自分が、日本の芝でどう走るべきか。その問題に、いち早く気づいていたのかもしれない。
そう考えると、帰国してからの慎重な態度にも納得がいく。
もっとも、その理由が分かったところで、今すぐどうにかなるものでもない。
シリウスはひとまず考えを切り上げ、前方へと意識を戻した。
その間にも、レースは着実に進んでいた。
先頭では、マルゼンスキーとカツラギエースが激しい競り合いを続けている。
その後ろ、ヤエノムテキとスーパークリークが機を窺い、メジロパーマーは先頭の二人の速度についていけず、徐々に順位を落とし始めていた。
そして、ウマ娘たちはいよいよ最終コーナーへと差しかかろうとしていた。
『さあさあ、いよいよ勝負どころだァ! 先頭はマルゼンスキー! カツラギエースもぴったり食らいついている! さあ、ここから誰が飛び出す!?』
「(……そろそろか)」
いつまでも自分の走りを確かめている場合ではない。
シリウスは前方との距離を測りながら、僅かに姿勢を低くした。
その時。
「──なんや、まだ遊んどるつもりかいな!」
タマモクロスだ。
いつの間にか距離を詰め、シリウスと肩を並べている。
その目には、先ほどまでの苛立ちに代わって、鋭い闘志が宿っていた。
「せっかく胸借りに来たんや。もうちょい本気出してもらわな困るで!」
「……ハッ。言ってくれるじゃねぇか」
タマモクロスの言い分はもっともだ。模擬とはいえレースはレース。ちゃんと準備をしてこなかったこちらが悪い。
それに──真正面から勝負を挑まれて、黙って引き下がる性分でもない。
「だったら、見せてやるよッ……!」
それを聞いたタマモクロスも、不敵な笑みを返す。
互いに視線を前へ戻した。
最終コーナーの出口が近づいている。
先頭との差は、まだ十分に詰められる。
だが、仕掛けるならば、そろそろ動かなければならない。
シリウスは僅かにストライドを伸ばし、コーナーの出口へ向けて徐々に速度を引き上げた。
だが、タマモクロスも遅れない。
シリウスの動きに合わせてピッチを上げ、ぴたりと横へ並び続ける。
シリウスが半歩前へ出れば、タマモクロスもすぐさま追いつく。
逆にタマモクロスが先へ出ようとすれば、シリウスは踏み込みを強め、その動きを許さない。
互いに相手の脚運びを窺いながら、少しずつ速度を引き上げていく。
だが、ここで無理に加速すれば、コーナーの出口で膨らみかねない。
シリウスは踏み込みを抑え、直線へ向けて重心を整えた。
タマモクロスもそれを見逃さず、僅かに姿勢を低くする。
どちらも、相手に先を譲るつもりはない。
そして、最終コーナーを抜けようとした、その瞬間。
「──あれ、二人とも。まだ行かないの?」
すぐ後ろから、楽しげな声が聞こえた。
振り返る間もなく、一つの影が二人の間を駆け抜けていく。
「なっ……!?」
「テメッ……!」
慌てて注意を向ける。
だが、すでに遅かった。
シービーは最終コーナーを抜けると同時に、ぐん、と速度を上げる。
『うおおっ!? シービーが来たァ! おいおい、ちょっと待て! どっから湧いて出たんだオマエ!? しかも速ぇ!? やっぱスゲェな、ミスターシービー!』
シービーの勢いは止まらない。
前を走るスーパークリークに迫り、その横を抜ける。
さらにヤエノムテキにも並びかけると、あっという間に前へと出た。
「なっ……!?」
ヤエノムテキが思わず目を見開く。
つい先ほどまで最後方にいたはずのシービーが、瞬く間に自分たちを追い抜いていったのだ。
「(なんという末脚……! これが、シービーさんの走り……!)」
驚きとともに、胸の奥が熱くなる。
だが、感嘆している場合ではない。
すでに最終コーナーを抜け、目の前には最後の直線が広がっている。
「(ならば、私も……!)」
ヤエノムテキはすぐさま前方へ視線を戻し、力強く地面を蹴った。
ここまで温存してきた脚を使い、一気に速度を引き上げていく。
そのすぐ後ろでは、スーパークリークも動いていた。
シービーの進出を見逃さず、僅かに姿勢を低くすると、滑らかに加速を始める。
二人とも、ここが勝負どころだと判断したのだ。
前方は、マルゼンスキーとカツラギエースが激しく競り合い、その二人を追いかけるように、シービーがぐんぐん距離を詰めている。
そして、ヤエノムテキとスーパークリークもまた、最後の勝負に出ていた。
誰もが残された力を振り絞り、ゴールを目指して駆けていく。
──フゥ……。
ふと、誰かが静かに息を吐く音が聞こえたような気がした。
「……っ?」
ヤエノムテキの背筋に、ぞくりと悪寒が走る。
すぐ隣を走るスーパークリークも、何かを感じ取ったのか、僅かに表情を引き締めている。
何かが、おかしい。
そう思った瞬間、ヤエノムテキは反射的に視線を動かし──。
──ふっと、周囲の音が遠のいた。
観客の歓声も、実況の声も。
すぐ隣を走るスーパークリークの足音さえ、どこか遠くに感じられる。
そして、視界の端に、一つの影が映った。
それは、ほんの一瞬のことだった。
「──っ!?」
次の瞬間、その影がヤエノムテキの横を駆け抜ける。
思わず顔を向けるが、すでに影は通り過ぎていた。
つい先ほどまで後方にいたはずの彼女──シリウスが、今や自分たちの前へと躍り出ていたのだ。
「なっ……!?」
ヤエノムテキが息を呑む。
隣のスーパークリークも、思わず目を見開いていた。
速い。
あまりにも、ただ、速い。
その加速は、先ほどのシービーとも、前を行くマルゼンスキーたちとも違う。
一歩ごとに地面を強く蹴り、凄まじい勢いで前へと突き進んでいく。
まるで、周囲の景色だけが取り残されていくかのようだった。
「(これが……世界を制した走り……!)」
ヤエノムテキは、遠ざかっていく背中を見据えた。
圧倒的な速さを前に、思わず息を呑む。
だが、その胸に湧き上がってきたのは、恐れだけではなかった。
「(……なんと、素晴らしい!)」
全身の血が滾る。
あれほどの強者と、今まさに同じコースを走っている。
それだけで、胸の奥から熱いものが込み上げてくるようだった。
「(まだまだ……私も、負けてはいられません!)」
ヤエノムテキは歯を食いしばり、さらに強く地面を蹴る。
その隣では、スーパークリークもまた、遠ざかるシリウスの背中を見据えていた。
「……すごいですねぇ」
思わず零れた声は、いつものように穏やかではあるが、その眼差しには、鋭さが宿っている。
スーパークリークもまた、何かを掴もうと……自分が変わるきっかけを得ようと藻掻いた。
『おおおおっ!? 今度はシリウスだァ! なんだなんだ、急にスイッチ入ったぞ!? おいおいおい、速ぇって! 世界帰りは加減ってモンを知らねーのかよォ!』
実況の声が響き渡る中、シリウスは凄まじい勢いで前方との差を詰めていた。
一歩、また一歩。
そのたびに、前を行くウマ娘たちの背中が大きくなっていく。
だが、その後方。
シリウスを追いかけるもう一人のウマ娘がいた。
「……っ、ははっ!!」
先ほどまでの苛立ちは、すっかり消え失せている。
代わりに浮かんでいたのは、抑えきれない興奮。
目の前を駆けるシリウスの背中を見据えながら、タマモクロスはにっと口角を吊り上げた。
「──上等や! そうこなくっちゃおもろないわッ!!」
その瞬間、タマモクロスの周囲で、バチッ、と青白い火花が弾ける。
強く踏み込む度にバチバチッ、と稲妻のような光が足元を走り、小柄な白い身体が一段と加速した。
シリウスが開いた距離を、猛然と追いかけていく。
『おおっと、白い稲妻も黙っちゃいねぇ! シリウスを追って猛ダッシュ! いいぞタマ! そのまま世界のケツに噛みついてやれーっ!』
シリウスの凄まじい加速に、タマモクロスも食らいついた。
その前方では、マルゼンスキーとカツラギエースが激しい競り合いを続けていた。
だが、そこへ大外からシービーが迫る。
最後方から一気に追い上げてきたその勢いは、なおも衰える気配がない。
──残り200m。
先頭を争う二人の横へ、シービーが並びかけた。
カツラギエースも負けじと踏み込むが、シービーはその勢いのまま前へ出る。
マルゼンスキーもすかさず反応した。
ストライドを伸ばし、先頭を譲るまいと加速する。
だが、シービーは止まらない。
僅かに前へ出たその背中を、マルゼンスキーが懸命に追いかける。
そして、さらに後方からはシリウスが猛然と迫っていた。
──残り100m。
シービーが先頭を駆ける。
そのすぐ後ろにはマルゼンスキー。
だが、さらに外から迫るシリウスの勢いは、なおも増していた。
カツラギエースを抜き去り、マルゼンスキーとの差を一気に詰めていく。
あと少し。
もう一歩。
ついに、その肩へと並びかける。
しかし、マルゼンスキーも譲らない。
最後の力を振り絞り、シリウスの猛追に食らいつく。
その前方では、シービーがゴールへと飛び込もうとしていた。
そして──。
『ゴォォォォールッ!! 勝ったのはミスターシービー! 最後方から全部まとめて持っていきやがったァ! おいおい、ゴルシちゃんの見せ場まで持ってくんじゃねーよ!』
その瞬間、観客席から割れんばかりの歓声が沸き起こった。
最後方からの鮮やかな追い込み。
誰もが息を呑んだその結末に、会場は興奮の渦に包まれていた。
そんな歓声を背に、シービーは気持ちよさそうに両腕を広げた。
「あはっ! 気持ちよかったぁ!」
頬を撫でる風を楽しむように目を細め、その口元には満足げな笑みが浮かんでいた。
『さあ、2着はマルゼンスキー! 3着にはシリウスシンボリ! いやぁ、最後まで何が起こるかわかんねーな! ゴルシちゃん大満足!』
その後ろでは、タマモクロスが4着でゴールを駆け抜ける。
さらにカツラギエースが5着、ヤエノムテキが6着、スーパークリークが7着と続く。
「ふふっ、でも最後はちょっと危なかったね。もう少しで追いつかれるところだったよ」
シービーが振り返ると、そこにはマルゼンスキーとシリウス、エースの三人の姿があった。
「あははっ! それはこっちの台詞よ、シービーちゃん♪ まさかあんなところから飛んでくるなんて!」
「……チッ」
マルゼンスキーが楽しげに笑う一方で、シリウスは不機嫌そうに舌打ちした。
「でも、やっぱり一緒に走ると楽しいわね。次はそう簡単に抜かせてあげないんだから♪」
「いやぁ、参った参った! 最後はすっかり持ってかれちまったな!」
そう言いながらも、エースのその顔には悔しさより楽しさが滲んでいる。
「ったく、シービー! あんなところから一気に来るなんて、相変わらず無茶苦茶な走りしやがって!」
「あはは、エースも楽しそうだったね」
「おう! そりゃ楽しかったさ! ……ま、負けたのは悔しいけどな!」
エースはそう言って、からりと笑った。
「そういえばさ、シリウス。途中、どうしたの?」
ふと思い出したように、シービーが首を傾げた。
「……あ?」
「なんだか、いつものシリウスらしくなかったから。何か気になることでもあった?」
その問いに、シリウスの眉が僅かに動いた。
すると、答えるよりも先に、横から威勢のいい声が飛んでくる。
「せや! ウチもそれ聞きたかってん!」
そう言いながら、タマモクロスがシリウスの隣へとやってきた。
「アンタ、途中で妙に速なったり遅なったりしとったやろ? 最初はウチをおちょくっとんのか思うたで」
その口調には多少の不満が滲んでいたものの、責め立てるほどの険しさはない。
その言葉に、マルゼンスキーたちもシリウスへと目を向けた。
「そういえば、いつもより随分と後ろにいたわね。何か試してたのかしら?」
「……まあ、そんなところだ」
そう言って、シリウスは小さく肩をすくめる。
「思ってたより、勝手が違ってな」
それだけ言うと、視線を足元へ落とす。
芝を軽く踏みしめる。
一度、二度……踏み込んだ足裏から伝わる感触を、改めて確かめるように。
先ほどのレースでも、速度そのものが出なかったわけではない。
むしろ、最後の直線では十分な手応えがあった。
だが、そこへ至るまでが問題だった。
加速しようとすれば、思った以上に前へ出る。
抑えようとすれば、今度は感覚が噛み合わない。
欧州で磨き上げた走りを、今度は日本の芝に合わせて昇華させる必要がある。
どうやら、まだまだ改良の余地がありそうだ。
「…………」
シリウスはもう一度、足元の芝を踏みしめる。
そして、ふっと口元を吊り上げた。
「……なるほどな」
小さく呟くと、顔を上げる。
「おい、オマエら」
その口元には、先ほどまでとは違う、不敵な笑みが浮かんでいた。
「まだ走れるか?」
「おっ、なんだ? もう一勝負する気か?」
カツラギエースが、面白そうに眉を上げる。
「ハッ。まさか、もう満足したなんて言わねぇよな?」
シリウスが挑発するように笑うと、カツラギエースも負けじと口角を上げた。
「へへっ、いいぜ! あたしもちょうど、このままじゃ終われねえと思ってたところだ!」
「あら、いいわね♪ お姉さんも、もうひとっ走りしちゃおうかしら」
「ふふっ、いいね。次はどんな感じになるんだろ」
シービーも楽しげに笑う。
「おいおい、ウチを忘れてもろたら困るで!」
タマモクロスも負けじと声を上げた。
「へへっ……さっきのまま終われるかいな。次こそ、まとめてぶち抜いたるわ!」
そう言って、獲物を前にした獣のように、にっと歯を見せて笑う。
その瞳には、先ほどのレースで燃え上がった闘志が、未だ消えることなく宿っていた。
こうして、一同は再び勝負の話で盛り上がり始める──が、少し離れたところで。
「──パーマーさん、大丈夫ですか!?」
「あらあら……すっかり伸びちゃいましたねぇ」
ゴール板を過ぎた先で、メジロパーマーが大の字になって倒れていた。
「はぁ……はぁ……む、無理……もう限界ぃ……!」
ヤエノムテキが傍らにしゃがみ込み、スーパークリークはその様子を穏やかに眺めている。
「お怪我はありませんか?」
「う、うん……大丈夫。ちょーっと、飛ばしすぎちゃっただけだから……あはは……」
「そうでしたか。それならば何よりです!」
ヤエノムテキは安心したように頷いた。
「ふふっ。パーマーさん、最初から頑張りすぎちゃいましたね~」
「うぅ……いやぁ、ホントその通りで……返す言葉もないよぉ……」
そんなパーマーの耳に、今の彼女にとっては何よりも聞きたくない、絶望的な言葉が届く。
「よーし! それじゃあ、もう一本行くか!」
「……は?」
パーマーの耳がぴくりと跳ねた。
聞き間違いであってほしい。そんな願いも虚しく、周囲からは次の勝負を楽しみにする声が聞こえてくる。
「むっ、もう一勝負ですか! それはぜひとも参加せねば!」
そんな人物がここにも、もう一人。
ヤエノムテキは勢いよく立ち上がると、早速皆のもとへ駆け寄ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って!?」
「あらあら。ふふっ、皆さん元気ですねぇ」
クリークまで楽しそうに笑っている。
パーマーはしばらく二人を見つめていたが、やがて諦めたように再び芝の上へ倒れ込んだ。
「……うそでしょ。みんな元気すぎない……? 私だけ、もう走れないんですけどぉ……」
そんなパーマーの嘆きも、次の勝負に胸を躍らせるウマ娘たちには届かない。
結局、青空を見上げながら、こんな無茶苦茶な模擬レースに参加させたトレーナーを恨むのだった。
感想及び評価、ありがとうございます。また、誤字脱字報告、大変助かっております。