星の夜が紡ぐ歌は   作:もりいぬ

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お久しぶりです。

大変難産となりましたが、無事に公開まで漕ぎ着けることができました。
皆さんの思っていたものとは少々違うかもしれませんが、そこはパラレルということで難しく考えずご覧ください。

また、著しいキャラ崩壊にもご注意ください。



桐谷遥、暴走甘えたモード

 

【住宅街】

 

 ──北海道は札幌から始まった全国ツアーは、そのまま日本列島を縦断する形で仙台、横浜、名古屋、大阪、福岡といった大都市を巡り、ツアーの始まりから実に半年後に開催された東京でのライブで幕を下ろした。

 こうして都会の朝の空気を肌で感じるのも、実に数カ月ぶりのことだ。

 

(なんだか、やたらと懐かしく感じるな)

 

 そう思うのも仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。

 この半年の間は全国を飛び回っていたということもあり、我が家に帰れたのは横浜でのライブの前の休息期間、ひいては僅か5日の自由時間だけだった。俺としては遥が寂しがっていないかと心配だったが、運の悪いことに俺が横浜にいた間、遥は「ASRUN」の合宿でまるまる2週間ほど不在だったらしい。そんなこんなでこの半年、俺たち兄妹が顔を合わせることはなかったのだ。

 

 マネージャー曰く、今アイドル業界は蜂の巣をつついたような大騒ぎだという。

 何故かと尋ねてみたところ、「未成年、それもソロ活動をしているアイドルが全国ツアーを完遂しただけでも偉業なのに、この半年のツアーで、日本のアイドル史に名を刻むほどの動員数があったから」だと聞かされた。

 その動員数は……驚天動地の延べ57万人。当然、そんな規模のツアーをたった1人で成し遂げた例などこれまでに存在し得ない。小耳に挟んだ話によれば、どのライブも当然の如く満員御礼。チケットの当選倍率は平均で50~60倍を数え、最終公演に関しては実に120倍という到底想像もつかない倍率に達していたという。中学生にやらせることではないだろと最初の頃こそ思いはしたが、いざツアーが始まってみれば楽しかったのもまた事実。ファンの皆も楽しんでくれたのが幸いだ。

 しかも俺は今回のツアーでついに5大ドーム最後の舞台である福岡ドームのステージに立ったことで、札幌、大阪、名古屋、大阪、そして東京にある5大ドームすべてを制覇したことになった。そういうわけで文字通りアイドル界の歴史、いや伝説に残るツアーになっただろう……と、マネージャーが珍しく上機嫌で俺に報告してきたことをよく覚えている。

 事実、「桐谷夏夜、史上最年少で5大ドームを完全制覇!!」というネットニュースも目を通した。

 

 ……しかしまあ、それはそれ。これはこれだ。ステージから降りた俺は「アイドルの桐谷夏夜」ではない。「ただの桐谷夏夜」だ。今は普通の中学生として、懐かしの我が家の空気を噛みしめるとしよう。

 

 

【桐谷家】

 

「ただいまー」

 

 玄関のドアを閉めると、外の喧騒がすっと遠ざかった。代わりに、家の静けさがゆっくり耳に広がる。その静けさを全身で感じつつ、肩からバッグを下ろす。

 つい一昨日まで眩い照明の光と歓声、一面を覆い尽くす瑠璃色の海の中にいたはずなのに、家の中に入った瞬間、それが遠い過去のことに感じられる。家の中は、妙に静かだった。見慣れた光景なのに、ほぼ半年も家にいないと妙に新鮮に感じる。

 

 ふと足元に目をやると、靴が一足だけ置かれていた。誰のものかは考えるまでもない、遥のものだ。両親の靴は見当たらない。

 まあ今日は平日だし、両親は共働きだ。当然といえば当然だろう。

 

(そういや、今日は帰りが遅くなるって言ってたっけか)

 

 家に帰る少し前に、メールで両親から「今日は帰りが遅くなっちゃうから、遥の面倒見てあげてね」と連絡が来ていた。

 つまり今家の中にいるのは、遥だけのはずだ。

 

「遥? いるかー?」

 

 そう声をかけてみるが、返事はない。親がいないときの遥は、いつも俺が帰ってくるや否や猛ダッシュでこちらに飛び込んでくるものだが。

 

(音楽でも聴いてるのか?)

 

 イヤホンか何かで音楽を聴いていれば、何も不思議なことではないだろう。そう思いながら廊下を進む。

 ……ツアー中は四六時中人の気配に囲まれていたせいか、この静けさが少し不思議に感じる。リビングに足を踏み入れたが、遥はいない。だがテーブルの上にはコップが1つ置かれており、中には飲み干された後らしき水が底に少しだけ残っていた。

 

(部屋にいるのか?)

 

 ならばと廊下を進んでいき、遥の部屋の前で足を止める。一応ノックをしてみたものの、中から音は聞こえない。声はおろか物音もしなかった。

 ならばと試しにドアを開けてみるが、中には人っ子1人いない。動物園、あるいは小さな南極とでも言わんばかりに増えまくっているペンギングッズの山が陳列されているくらいだ。どうやら、遥は自分の部屋にはいないらしい。

 

(ここじゃないということは……)

 

 残された可能性は、1つ。

 久しぶりに帰ってきた、自分の部屋のドアを開けてみる。

 

「……ここにいたか」

 

 読みは見事的中。妹は、俺のベッドの上にちょこんと座っていた。

 しかし、どうにも様子がおかしい。膝を揃えて、背筋を伸ばして。まるで誰かをずっと待ち続けていたかのような姿勢で、じっとどこか一点を見ている。

 

「遥、ただいま」

 

 そう声をかけてすぐ。遥はこちらをしっかと見たかと思うと、勢いよく両手をこちらへ向けて前に差し出してきた。

 

「ん」

(……え?)

 

 そうして放たれたのは、その一言だけ。当然俺からしてみれば、困惑するほかない。遥的には何かを訴えているんだろうが、こっちからしてみれば「ん」の一言で要求を理解しろと言われても、という話だ。

 

「……どうした?」

「ん!」

「いや、『ん』じゃなくて……」

「ん!!」

 

 ……どうやら俺の妹は、いつのまにやら言語能力をどこかに置いてきてしまったらしい。その後も何度か問答を試みたが、返ってくるのは決まって「ん」の一文字だけだった。しかも、だんだん返事の圧が強くなってきている。それでも両手は依然として、まっすぐ俺の方へ広げられたまま。

 まるで、「何をしてほしいのか察してほしい」と言わんばかりだ。

 

(さて……どうしたものか)

 

 どうにか頭の中で状況を整理しようとするが、情報が少なすぎてうまくいかない。

 別に遥がこうなるのは珍しくはない……というかもう見慣れたものだが、今日は明らかにいつもと様子が違う。両親がいないうえに家の中で2人きり、ということでいつものように「甘えたモード」に入っていることまでは理解できたのだが、今日のそれは様子が違う。普段の遥であれば、甘えたモードに入っていたとしてもせいぜい「距離感が近い」程度だ。ちゃんと意思疎通はできるし、何をしてほしいのかをハッキリ喋ってくれる。

 

 だが、今回に関してはその意志疎通すら困難になってしまっている。いくら俺が遥のことをよく理解しているとはいっても、返す言葉が全部「ん」の一文字だけでは何をしてほしいのかがまるで分からない。まるで言葉という意志疎通の手段を丸ごと手放してしまったかのようだ。この半年間一度も顔を合わせていないせいで寂しさが暴発したのか分からないが、今日の遥はなんというか……駄々をこねる子供としか思えない。

 しかし、今の俺にはどうにか遥の要求を当てるしか道がないのもまた事実。俺は10秒ほど沈黙した後、どうにかそれらしい答えを導いた。

 

「……抱きしめろ、ってことか?」

「……」

 

 遥は俺の出した答えに対し何も言うことはなかったが、少しだけ頷くと同時に手をいっそう前に出すという行動で示してきた。どうやら正解だったらしい。「なら最初からそう言えばいいのに」などと無駄なことを思いながらベッドに腰を下ろそうとした──次の瞬間だった。

 

「うわっ!?」

 

 近づいてきたのを察知したからなのか分からないが、俺が遥の隣に座ろうとしたその時にはすでに、とてつもないパワーで引っ張られていた。本当に突然の出来事だったために踏ん張ることもできず、俺はそのままベッドへと倒れ込むことになった。辛うじて遥の上に乗っかるのは回避できたが、距離が詰まった上に掴まれてしまった以上、必然的に俺は遥に抱き着かれることになる。所謂バックハグというやつだ。忘れかけていた遥の体温が、背中越しにじかに伝わってくる。

 が、問題はそこではない。

 

「ちょ、ちょっと待て遥、痛い、痛いから……!」

「……」

(離れ、って、離せない!?)

 

 そう。遥の抱擁してくる力が、あまりにも強すぎるのだ。このまま背骨をへし折ろうとしているのか、と思うレベルで。

 確かに日頃のレッスンやら走り込みやらトレーニングやらで鍛えているのは知っているが、それにしたって強すぎる。これでも俺だってアイドル、さらにいえば「あの」桐谷遥の兄なのだ、人並み以上に鍛えている自信はある。それなのに、遥を引き剥がせない。両手でがっちりと俺をホールドしており、何をしたって離してくれそうにない。しかも今の俺は遥に背中から抱きつかれている状態なので、遥の様子を窺い知ることができない。

 こうなってしまえば、俺が取れる選択肢は1つしかなかった。

 

「あー、その……遥。向きだけ変えさせてくれないか? このままだと、お前の顔が見えない」

「……ん」

 

 相変わらず返答はそれだけだったが、どうやら了承してくれたようだ。その証拠に俺を拘束する手が弱まり、身体の向きだけは変えられるようになる。どうにか身体の向きを変えたことで、ようやく互いの顔が見える状態になった。

 

 ……と言いたいところだが、遥は俺が向きを変えた瞬間に俺の胸に顔をうずめてしまったので、すぐに顔が見えなくなってしまった。見えるのは、さらりと流れる美しい青色の髪だけだ。

 どうやら状況が良くなったかというと、そういうわけでもないらしい。遥は俺の胸元に顔を埋めたまま、依然として離れる気配がない。それどころかさっきより両腕の力が強まっている気がする。こうなった以上、もう絶対に逃がしてはくれないだろう。

 

 とはいえ、無理に引き剥がすのも違う気がした。俺がツアーで全国を飛び回っている間、遥がどんな気持ちで過ごしていたのかを考えれば──無粋なことは言う気になれなかった。とすれば、もう潔く諦めるしか選択肢はない。

 

「……仕方ないな」

 

 遥の背中にそっと腕を回し、互いに抱きしめ合う状態になる。多分、最初から遥はこうしてほしかったのだろう。遥のまとっていた雰囲気が、少しだけ和らいだのが感じられた。

 ──こうして触れていると、遥の体温が今まで以上に直に伝わってくる。それと同時に、自分が思っているよりも妹が成長していることを実感する。俺の記憶の中の桐谷遥という少女は、もっと小さい女の子だった気がしたのだが。

 そのまましばらく、どちらも何も言わないまま時間が流れた。聞こえてくるのは、胸の中にいる遥から発せられているかすかな呼吸音だけだ。遥の体温をじかに感じながら、俺はあることを考えていた。

 

(静かだな……この半年間、こんなに静かだった日は無かった気がする)

 

 思えば、ツアー中は常にどこかで音がしていた。移動していれば、車や飛行機のエンジン音が。現場では、スタッフの声や機材の音が。ライブ中ならファンの歓声や、自分の歌声が。ホテルの部屋に泊まる時には静かではあったが、公共施設だけあってどうにも気を張ってしまうことが度々あった。

 なんにせよこの半年間は喧騒と激動に包まれており、平穏というものとはあまりにもかけ離れた日々だった。だからなのか、今こうして遥の呼吸音だけが聞こえるこの静けさが、妙に落ち着く。

 すると、胸の中にいる遥が僅かに身じろぎした。

 

「──て」

「うん?」

「……なでて」

「……はいはい」

 

 要求通り、遥の頭を優しく撫でる。よく手入れされたサラサラの髪は、撫でているだけでこちらまでなんとなく心地よくなる。

 ──しかし、俺が帰ってきてから最初に聞いたまともな言葉が「撫でて」とは。ようやく口を開いたかと思ったら、捨てられた子犬のような雰囲気を出しながらおねだりときた。これを受けたのが遥のファンならまず耐え切れなくなって昇天していることだろう。かくいう俺も、ここまで子供っぽくなった遥は見たことがない。

 

「~♪」

(やれやれ……)

 

 遥は完全に身も心も蕩けているようで、目に見えてご機嫌だった。

 ……恐らく、この半年で溜まりに溜まった「甘えたい」という欲が大爆発しているのだろう。俺と2人きりになるといつものストイックさがどこに行ったのかと思うくらいにデロデロに甘えてくる遥だが、今の遥の状態はいつものそれとはまったく違う。一種の暴走状態とでもいうべきなのかもしれない。

 まさか実の妹にこんな側面があったとは、長らく兄妹をやっている俺ですら知らなかった。

 

「もっと」

「え?」

「なでて。ぎゅってして」

「……いや。今もやってると思うんだが──」

「ん!!」

 

 また言語能力が喪失した。

 いいからやれ、と言わんばかりに遥が俺の胸板へと頭突きをかましてくる。至近距離なので勢いはないし遥ももちろん加減しているのだろうが、微妙に痛い。この調子で行けば、多分今日1日は暴走した遥の我儘に付き合うことになるのだろう……と、俺はひそかに天を仰ぐ。

 

(でもまあ、今日くらいは許してやるか……)

 

 そんなことを思いながら、遥を抱き寄せる。

 

 ……結局親が帰ってくるまでの約半日の間、遥は次々に俺にスキンシップを迫り、それを断れない俺には一切の自由が許されなかった。というか親が帰ってきても見た目上離れただけで、寝る時には平気で俺の部屋のベッドでぐっすり寝ていた。もちろん、最後まで俺を抱き枕代わりにしたままだった。

 ようやく俺が本当の意味で自由の身になったのは、久々の俺とのふれあいを心ゆくまで堪能し、誰の目から見ても絶好調かつ超ご機嫌になった遥がランニングへと駆け出していった翌日の早朝5時半の事である。

 

 

 





時系列的には「希望を歌う偶像」からさらに2年ほど遡る感じになります。

読者の皆様にお願いがあります。
現在実施中のアンケートとは別に、パラレルシリーズについてのリクエスト等を募集しております。作者の凝り固まった頭で考えつくアイデアには限界があったためです。
メッセージボックスに遠慮なく一報ください。



【桐谷夏夜】
妹の暴走に巻き込まれた兄。
日本史上最大級のツアーライブを成し遂げたことで「天下無敵のアイドル」の異名を確固たるものにした彼も、甘えたい欲が暴走して無敵モードになった妹の前にはまるで勝ち目がなかった。
事あるごとに遥の言語能力が幼児になってしまうので要求を理解するだけで四苦八苦する羽目に。夜になって親が帰ってきたことでようやっと甘えたモードから解放された……かと思いきや、寝る際には遥にベッドを占拠されたのみならず、すでにぐっすり寝ていたはずの遥にベッドに引き摺り込まれて朝まで抱き枕にされている。
途中からもう仕方がないと割り切って基本的に遥の要求は全面的に受け入れていたものの、当たり前のようにトイレにまでついてこようとした際にはさすがに全力で拒否した。

【桐谷遥】
キャラ崩壊なんてレベルではないくらいにキャラ崩壊を引き起こしている。
2ヶ月くらいまではまだ耐えられたのだが、よりにもよってASRUNの合宿中に兄が一時的に帰ってきていたことを知ってしまい禁断症状を発症。以降は自分の部屋ではなく夏夜の部屋に居座るようになっていた。それでもテレビ出演や練習の際のパフォーマンスにほぼ影響はなかったあたり、さすがのプロ根性である。
帰ってきた兄の姿を見た瞬間何を考えていたか分からなくなってしまい、そのまま暴走甘えたモードに突入。夏夜が近づいてきた瞬間本能のままに捕まえてベッドへと引き倒した。寝ている際にも本能で兄の存在を感知し、油断している兄をベッドへと引き摺りこんで抱き枕にするという離れ業を披露している。
当然その記憶が遥にはないため、翌日に目を覚ました時には「なんでお兄ちゃんを抱きしめてるんだろう」と思ったが、すぐに「まあいっか」と思い直した。


パラレルの次案を選ぶとしたら、どれにします?

  • 約束された気絶のみのり(みのり)
  • 夏夜と愛莉、ドラマへの挑戦(愛莉)
  • 桐谷夏夜、伝説の兄妹オンステージ(遥)
  • 星灯らぬ夜、眠りを知らず(完全新規)
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