星の夜が紡ぐ歌は   作:もりいぬ

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プロローグの後編となります。
先に前話「夜空の原点」を読了してからご覧ください。

何かしらの形で反響があれば、続編を順次投下します。




顕現した「想い」

【星乃家】

 

「一歌」

「ん、どうしたの?」

 

 朝食の最中、俺は一歌に声を掛ける。一歌から俺に話しかけることはあるが、俺の方から話しかけることはあまりない。だが、そんな俺が相手でも理解を示してくれる。やっぱり自慢の妹だ。

 しかしながら一歌は、最近幼馴染とうまくいっていないらしい。もっとも咲希との関係性は相変わらず良好で、上手くいっていないのは穂波と志歩のようだ。とはいえ……個人の問題に入って仲を取り持てるほど、俺はできた人間ではない。出来るのはせいぜい、個人間で話すくらいだ。こういうとき、俺は自分自身が情けなくなる。

 話を戻し、本題に入る。

 

「ひとつ聞きたいんだが、咲希のお見舞いにはいつ行くんだ?」

「えっと、今日行くつもりだよ」

「今日? なら、俺も行く」

「お兄ちゃんも?」

「ああ」

「ありがとう。咲希も喜ぶよ」

「そうだったらいいな」

 

 話はトントン拍子で進み、その日の昼のうちには一歌と二人、電車に乗って揺られながら咲希の入院する病院へ。所要時間は約2時間。俺は時々しか行っていないが、一歌は月に2~3回は行っている。

 

 ……昔から一歌は行動力の塊みたいなところがあったからな。今じゃ多少鳴りを潜めてるけど、昔は本当に凄かった。なんでそうなったのか理由も聞かないまま喧嘩の渦中へと突撃して、余計に収拾をつけられなくすることもあったしな。暴走機関車、あるいは制御不能の猪の如く猛進する一歌を諫めるのは、兄ながら大変だった。

 

 電車の中で一歌に最近気に入っている曲をそれとなく聞いてみる。すると、俺が少し前に作った曲を挙げた。なんでも、「今の自分にぴったりだと思ったから」らしい。事実、それは正しい。俺がこの間アップした曲のイメージにはかつての一歌たち4人、そして今の一歌へのメッセージが込めてある。

 ……メッセージが伝わったかはともかく、気に入ってくれてよかった。

 

「……どうしたの? お兄ちゃん」

「いや、なんでもない。……一歌」

「なに?」

「志歩や穂波が心配なら、諦めるな。もう一度やり直そうと思えば、きっとすべてを取り戻せる。……大事なのは、そのチャンスを逃さないことだ」

「……うん!」

 

 自分の作った曲の歌詞をちょっと捻り、一歌にメッセージを伝える。伝わりにくかったかもしれないが、一歌にはしっかり伝わったようだ。

 

(なんだかんだ、俺は妹には甘いんだな)

 

 

【病院】

 

「いっちゃん! それになつやさんも!」

「咲希、久しぶり」

「ああ。久しぶりだが元気そうだな」

「うん! アタシは元気いっぱい!」

 

 久しぶりに面会した咲希は、前見た時と比べて調子がよさそうだった。隣にいる一歌が、安堵の息を吐く。花瓶にはまだ真新しい花が添えられていた。恐らく、俺たちより先に咲希の両親か司あたりがお見舞いに来たのだろう。

 なお、咲希は幼馴染をあだ名で呼ぶ。その余波で一時期俺は「なつくん」とあだ名で呼ばれていたのだが、なんだかんだあって結局「なつやさん」に戻った経緯がある。

 

「それでね、咲希……」

 

 一歌が咲希と話をしているのをよそに、俺はジュースを買いに行く。ちなみに一度たまたま「ある話」をしているところに俺が戻ってきてしまい、赤面した一歌に追い出されたことがあるのは秘密だ。何の話をしていたかは察してほしい。

 話がひと段落したタイミングを見計らい、病室に戻る。一歌と咲希に買ってきたジュースを渡し、俺は近くの席に座った。

 

 そういえば、咲希は「三日月夜」のことを知っているんだろうか?

 

「なぁ、咲希」

「なーに?」

「『三日月夜』って知ってるか?」

「うん! いつも、いっちゃんが話してるよ。『私の大好きなボカロPなんだ!』って!」

「ちょっと咲希……!」

「そうか。咲希も一度聞いてみるといい。俺も聞いてみたが、いい曲がそろっている。ちなみに一歌が一番好きな曲も、三日月夜の曲だそうだ」

「もう、お兄ちゃんまで……!」

 

 ……自画自賛である。こういうのは司の専売特許だと思っていたんだが。

 なんなら今ここで聞いてみようか? 俺がそう聞くと、咲希は首を縦に振った。続けて一歌も頷く。そして俺は持ってきていたイヤホンを2人に貸すと、一歌が一番好きだと言っていた曲を流した。

 

「なんか……凄いね……」

「うん。聞いてると楽しくなってくるよ」

(そう言ってくれて嬉しいぞ)

 

 一歌たちは曲に聞き入っている。しかし、「聞いていて楽しくなる」か。もしこれを一歌たちが歌ったら、どんな感じになるんだろうな。そう考えているうちに曲はあっという間にクライマックスになっており、最後の歌詞が流れる。全体的にハイテンポかつ明るい曲調のこの曲は、正直作るのもあっという間だった。何せ、作っていて自分でも楽しくなったのだ。一歌に届いてほしいというのもあるが、曲作りを自分が楽しんでいたのも確かだ。

 

 ちなみにこの曲のイラストはすべて静止画だが、これは俺が書いたものだ。何というか、曲を作るとその曲のイメージが「絵」となって出てくることがある。今回は、それを思うがままに絵に起こした。とはいえ、画家みたいに超クオリティの絵は描けないのだが。

 

 ……穂波に嫉妬されそうだな。穂波は昔から画力壊滅的だし。具体的には司を戦慄させ、雫が苦笑いし、美術の先生も「どうしようもない」と匙を投げたほどだ。そも、なぜ犬を描いたら臓物が出来上がるのか、これが分からない。 

 今でこそさほど時間がかからず納得のいくMVを作れるようになったが、初めてMV付きの曲に挑戦した時は、慣れていない作業ゆえに完成にほぼ丸々3か月の時間を要した。いつも協力してくれる人たちには頭が上がらないな。

 とはいえなんだかんだ楽しかったので、またMVを作るのも悪くないかもしれない。

 

「咲希……」

「うん。……アタシはここにいるよ、いっちゃん」

「何というか、随分気に入ったんだな」

 

 気付けば、一歌と咲希は互いに寄り添い合っていた。その様子が微笑ましくて、不思議と俺の表情も綻ぶ。いつか、咲希にかかった病が魔法のように消えるまで、一歌には咲希の手を繋いでいてほしい。そう思った。願わくば、この歌詞のようにすべてを取り戻せるように。

 この曲を作った時も思ったことを、改めて心に刻んだ。

 

「それじゃ、今日のところは帰るか」

「そっか……。またね。いっちゃん、なつやさん」

「うん。またね、咲希」

 

 病室の扉を閉め、立ち去る。しかし、俺の用事は終わっていない。いや、「新たにできた」というべきか。

 

(──さて、咲希と一度話をつけておかなくちゃな)

 

 あの時、俺たちが「またね」と別れのあいさつを交わした時。咲希の目が、ほんの一瞬だけ苦しそうな目に変わっていた。咲希との付き合いが特に長い一歌でも、今の変化には気付いていなかっただろう。一歌の目は誤魔化せても、俺の目は絶対に誤魔化せない。

 

「あ、やべ」

「お兄ちゃん?」

「忘れ物しちまった。悪いけど、先行っててくれ。追いつくからさ」

「うーん……そっか。じゃあ、先行ってるね」

「悪いな」

 

 一歌を先に行かせる。一歌は俺の目的に気付いたかもしれないが、今から話すことを聞かれたくはない。

 なにせ、今の一歌はこういうのを抱え込む質だからな。兄としてもそれは避けたいし、咲希も望んではいないだろう。そして一歌を見送った俺は咲希の病室に戻り、ドアを開ける。咲希は分かりやすく驚いていた。突然部屋に入った時の反応が兄妹揃ってそっくりだな、と思ったのは内緒だ。

 

「えっ、なつやさん!? なんで!?」

「さて咲希。悩み事、聞かせてくれよ」

「あはは……。そっか、やっぱ分かっちゃうんだね」

「俺に隠し事はできないぞ。昔からそうだったろ」

 

 咲希はやや苦しそうな笑みを漏らすと、ぽつぽつと話し始めた。

 

「……いっちゃんがね、ほなちゃんとかしほちゃんのことを話す時苦しそうなの。なんて言ったらいいかわかんないけど、まるで昔ケンカしちゃった後みたいに……」

「……ふむ」

「それに、いっちゃんたちは青春を楽しんでるのに……アタシだけずっと病院で。いっちゃんは来てくれるけど、ほなちゃんもしほちゃんも、来てくれなくなって、寂しくて……」

 

 咲希の声が震え、大粒の涙が溢れだす。

 

「学校に、戻っても、また4人で一緒に、いられるかなって。アタシだけ、おいていかれてるんじゃ、ないかって……!」

「……そうだよな。誰だって、こんなに長い時間離れていたら不安になるよな。ましてや、顔も見られないなんて、そんなの、辛すぎるよな……」

 

 咲希が嗚咽とともに吐き出したのは、「1人の寂しさ」という悲痛で哀しい想いだった。

 ……もしこの世に神様って奴がいるのなら、そいつはあまりにも残酷だ。咲希は何もしていないのに、ここまで悲痛な現実を嫌でも叩き付けてくる。そして更に残酷なことに、時の流れは4人の絆をも引き裂いてしまった。

 

 ここだけの話、志歩が一歌たちから離れた理由は本人から聞いたことがある。ただ、「一歌たちには絶対に言わないでください」とものすっっっごくきつく言われたので話していない。しかし、穂波の方は完全に謎だ。事情を何も知らない咲希に聞いても無駄なのは火を見るよりも明らかとしても、一歌に聞いても理由が全く分からないし、志歩はそもそも穂波の話をしたがらない。穂波本人に聞いても、結局やんわりと対話拒否されるのが目に見えている。正に俺には打つ手なし、というわけだ。

 この状況を打破するとすれば、それは咲希の存在だろう。だからこそ、かける言葉は決まっている。

 

「でもな、一番前を見なきゃいけないのは咲希……他でもないお前なんだよ」

「……アタシ、が?」

「ああ。考えてみろ。一歌の名字には『星』。穂波の名字は『月』。そして志歩には『日』の文字が入ってるだろ?」

「そう、だね……?」

「そして、咲希の名前は『天馬咲希』。『天』……つまり空だ。星も月も太陽も、空がなくちゃ輝けない。咲希は、あいつらにとって絶対必要なんだよ。あいつらを繋げられるのは、俺じゃない。()()()()()()()()()()()()

「うん……」

 

 これは、少し前からずっと俺が思っていたことだ。「星」乃一歌、「天」馬咲希、望「月」穂波、そして「日」野森志歩。一歌たち幼馴染4人組には、必ず天体に関係する文字が入っている。だからなのかもしれない。

 

 ──この4人に、運命的なつながりのようなものを感じるのは。

 

「だから、顔を上げろ。早く元気になって、帰って来い。俺も一歌も司も、咲希を待ってる」

「うん……! アタシ、頑張る! 早く元気になって、また一緒に青春して、いっちゃんたちとバンドしたいもん!」

「その意気だ。その様子ならもう、大丈夫だな」

「うん。ありがとう、なつやさん!」

「ああ、頑張れよ。じゃあな」

 

 今度こそ俺は咲希の病室から立ち去る。時計を見ると、20分は経っている。

 ……電車の時間的に、今から一歌に追いつくのは無理そうだ。幸いにも電車は残っていたので、それで帰ることができた。先に帰っていた一歌には「忘れ物がなかなか見つからなかった」と誤魔化したが、正直なところあまりにも苦しい言い訳だろう。

 だが、それ以上の収穫はあった。咲希はもう大丈夫だろう。あとは何とか快方に向かってくれるよう祈るだけだ。

 

 

 

【神山高校】

 

 そして季節は巡り、来たる春。俺はついに高校生になった。真新しい神山高校の制服に身を包み、意気揚々と登校する。しかし、平穏は長くは続かない。

 こんなところにも歩く大音量スピーカーが1人、TPOをガン無視した堂々とした立ち振る舞いでやってくるのだった。

 

「おはよう夏夜! 今日もいい天気だな!」

「司……。朝からテンション高いな」

「当然だ! 俺はスターになる男なのだからな! 常に輝いていなくてはならん!」

「スターになる前に、もう少し公共のマナーを身に着けるべきだと思うぞ。少なくとも俺は公共の施設でバカみたいな大声出すスターなんて聞いたことないからな」

「ぐっ……それを言われると、反論できんな……」

 

 朝から100デシベル超(推定)の大声を出す司を正論で諫め、教室の扉を開く。

 偶然か否か、俺と司は同じクラスで、席も隣同士だった。「た」行と「は」行は連続しているし、違和感はないな。

 

「どうやら、隣同士みたいだな」

「ああ! 1年間よろしく頼むぞ!」

 

 司と久方ぶりの握手を交わす。なお、その後の自己紹介で司が張り切り過ぎた結果超大音量で自己紹介をしてしまい、クラスメイト達に「コイツやべーやつだ」と思われたのは想像に難くないだろう。ちなみに俺は無難な自己紹介で済ませた。正直なところ、司みたいに悪目立ちするのはゴメンだ。

 そうして昼休み。俺と司は教室で昼食を食べていた。話題は、咲希のことだ。

 

「そういや、咲希の体調が快方に向かってるって本当か?」

「ああ! もう少しすれば退院できそうだと、咲希が喜んでいたぞ!」

「そりゃよかった……」

「ところで、穂波と志歩のことなんだが……」

「穂波と志歩?」

 

 その2人の話題を出した瞬間、司の声のトーンがだいぶ低くなった。珍しいこともあるもんだと思いつつ、司の話に耳を傾ける。

 

「ああ。しばらく咲希の見舞いに来ていないらしい。一歌が来てくれていることは知っているのだが、あの2人が咲希のことを忘れていないか不安でな……」

「さすがにそれはない。穂波は分かんないけど、志歩に関しては単純に行くタイミングが見つからないだけらしいからな。本人から聞いたんだ、断言できる」

「そうなのか? それならいいんだが……」

 

 実際、志歩とは顔を合わせる機会がそれなりにある。というのも、俺が懇意にしているライブハウスのオーナーと、志歩のバイトしているライブハウスが同じなのだ。もっともそのバイトは俺が紹介したので、当然といえば当然なのだが。

 

 喧嘩別れみたいな形になってしまったために一歌や咲希との関係は気まずいようだが、俺との関係が別に悪化したわけではないためお互いに今までと変わらず接することができている。が、穂波とはもう何ヶ月も顔を合わせていない。最後に話したのは、確か年明け前にいつものパン屋の前で会った時か。

 しかし、咲希がもう少しで退院できそうというのは本当の朗報だろう。

 

「だが、オレとしては夏夜のことも心配だぞ」

「俺が?」

「ああ。最近の夏夜は、少し疲れているように見えるからな。ちゃんと寝ているのか?」

「……どうだろうな。けどまぁ言われてみれば、確かにあんま寝ていないかもしれない」

「やはりな。今日は家に帰ったらよく休め。一歌も心配するぞ」

「お前、俺が一歌の名前出されちゃ断れないって知ってるな……? はいはい、分かったよ」

 

 ……こういうところはまともなんだよな、司。というか、声が大きいって一点を除けばほぼ欠点がなくなる。一度、声がデカいのは自分を完璧人間に見せないための演技なんじゃないかと思ったことがある。結局すぐに考え直したが。

 だって司、虫嫌いだし。基本的に夏は虫よけスプレー必須だし、昆虫採集なんてもってのほかだ。というか、小さい頃は目の前を横切るトンボ1匹にもビビり散らかしていた。なんなら今もなおセミの鳴き声が聞こえてきただけで身構えるくらいには耐性がない。

 間違いなく司は田舎では生きられないだろう。米粒程度しかない大きさの蜘蛛が木から降りてきただけでこの世の終わりのような声を出すのだから、台所の黒いアイツなんて目視した日にはもう絶叫を通り超えて即卒倒するんじゃないだろうか。

 そんな話をしているうちに、昼休み終了のチャイムが鳴る。俺たちは次の授業に備え、教科書を準備して教師を待つのだった。

 

 

 

【深夜・星乃家】

 

 その日の深夜。俺はいつも通り、新しいボカロ楽曲の制作に邁進していた。

 今作っている楽曲はシリーズ物の予定だ。既に3作先の楽曲の構想を練っており、後はイラストを作るだけ。今回はMVも作っているので、そこそこ時間がかかっている。でもこのスピードで行けばあと1週間くらい後には完成、投稿できるだろう。

 

 ふと自分のチャンネルの情報に目を通すと、既に登録者数は70万人を超えていた。……正直、ここまでになるとは思っていなかった。中学生時代に出会った1枚のイラストをきっかけに始めた曲作りが、動画サイトを超えて大バズりし、今では「今最も勢いのあるボカロP」とまで言われてしまっている。

 それでも、俺の根幹は揺らいでいない。揺らいではいけない。誰に何と言われようと、俺は俺のやりたいように曲を作るだけだ。

 

(明日も学校だしな……。残りの作業を完結させて、さっさと寝よう)

 

 しかし、俺がそう思った次の瞬間だった。

 

(……っ!?)

 

 突然、パソコンの画面が白く輝く。その眩さに、目を瞑らずにはいられない。

 そして次に目を開けると、パソコンには見慣れない音楽ファイルが入っていた。

 

「うん……? 『Untitled(アンタイトル)』? 名無し? こんな楽曲入れた覚えないぞ……? ファイル保存のエラーか……?」

 

 ともあれ、さっさと消そう。そう思い、俺はその「Untitled」にカーソルを合わせる。しかし次の瞬間、触っていないはずの「Untitled」が勝手に再生され始めた。

 

「はぁ……? どういう──!?」

 

 その先の言葉を言うより早く、視界が真っ白に染まる。次に目を見開くと、俺は満天の星空が広がる場所にやってきていた。

 

 

 

【???】

 

 ようやく開けた俺の視界に映っていたのは、俺の部屋ではなかった。

 そこは、一面の平原だった。空気が澄んでいて、立っているだけで気持ちが落ち着くのが感じられる。遠くには山があり、耳をすませば川のせせらぎが聞こえる。空を見上げれば満天の星空が広がっており、四季折々の星座が見えた。星の1つ1つの瞬きが、この平原を照らしている。今の日本中どこを探しても、こんな美しい星空が見られる場所はないだろう。

 だが、今の俺にその雄大な景色を楽しむ余裕はなかった。というか、そういう問題ではなかった。

 

「……ここはどこだ!?」

「いらっしゃい。やっと会えたね」

 

 動揺の中急に声を掛けられ、俺は後ろを振り向く。

 そこには、青い髪のツインテールの少女が立っていた。よく皆が見る姿とは少し違い、ツインテールはおさげをまとめた髪型になっている。だが、間違いない。

 

「初音、ミク……?」

「うん、君の言うとおり、私は初音ミク。初めまして、夏夜君」

「一体なんだって、ミクが……? それに、なんで俺の名前を……?」

 

 それは、初音ミクだった。

 しかも、間違いなくそこに存在している。ホログラムとか3D映像とかそんなちゃちなものじゃない。正真正銘、実体を持った電子の歌姫がそこに立っていた。

 

(ああもう、何がどうなってるんだ?)

 

 何の前触れもなく突如パソコンの中に現れた名無しの音楽ファイル、目の前に実体を持って現れたミク、一面に広がる見たことのない光景……謎は深まるばかりだ。だが、こういう時には慌てるのが一番良くない。一つ、二つ、深呼吸。

 ……よし、落ち着いた。俺は改めてミクと向き合う。

 

「落ち着いたかな?」

「……ああ。それで、ここはどこだ?」

「うん。ここはね、『セカイ』。皆の想いから生まれる場所

「『セカイ』……?」

「そう。このセカイは、()()()()()()()()()()()()()()()なんだよ」

 

 想い。

 そのままの意味とすれば、「感情」とか「願い」とかが真っ先に想像できるだろう。それを踏まえると、ある仮説が立てられる。

 

「ということは……。ここは俺の心の中だってことか?」

「うーん、そうとも言えるし、違うともいえるね。心と想いは、似てるようで違うから」

「はあ……」

 

 違うと言われたが、もう開き直ってこの場所はそういうものだと受け入れることにした。というわけで、改めて話を整理しよう。

 ……ミクの話を鵜呑みにするとすれば、どうやら俺の想いとやらは「どこまでも広がる星空と平原」として表れたようだ。改めて空を見上げると、空を覆う星の瞬きに、目を奪われそうになる。その美しさは果てしなく、雄大で、引き込まれそうな魅力を放っていた。これだけ綺麗な星空なんだ、穂波が見たら飛んで喜びそうだな。咲希はテンションマックスで星座を探しそうだ。

 

「……ここがどういう場所なのか、何となく理解はできた。だが、『想い』ってなんだ?」

「ふふっ。夏夜君はもう、本当の『想い』を見つけているよ」

「想い……か」

 

 それとなく頭の中を整理してみる。やがて俺の口から、不思議と答えらしき言葉が飛び出した。

 

『歌いたい、作りたい、そして届けたい』……?」

「そうだね。それが、君の想い。君の音楽にかける強い想いが、1つのセカイを創ったんだよ」

「つまりここは……俺のセカイってわけだ。言うなら……そうだな、『星空のセカイ』ってところか」

「星空のセカイ、か……。いい名前だね」

 

 このセカイ──これからは「星空のセカイ」と呼ぼう──という場所は、とても静かだ。

 僅かに風が吹いているらしく、さわさわと葉っぱの擦れる音、そして川の流れる音が聞こえるくらいだ。地面に寝ころび、満天の星空を眺める。……ここまで美しい星空は、かつて皆で見たあの星空以来だ。

 その時、一筋の流れ星が流れる。……懐かしいな。昔は一歌と2人、流れ星をどっちが多く見つけられるかの競争をしたっけか。

 

 ふと視線を感じたので横を見ると、ミクが温かい笑みを浮かべながらこちらを見ていた。その様子に俺はどこかむず痒いものを覚えて、上半身を起こす。

 

「……感傷に浸りすぎたかもな」

「ふふっ。いいんだよ。ここは君のセカイだから、いつ来てもいいからね」

「そうか。そういや、ここにはミク以外誰もいないのか?」

 

 それは、このセカイとやらに来た時から持っていた疑問だった。

 ここは、本当に静かだ。草が揺れる音と、近くを流れる川のせせらぎしか聞こえない。だからこそ、気になる。ここには、俺とミク以外いない。しかしミクは微笑みを崩さずに、ハッキリと答えてくれた。

 

「ううん。ここは特別な場所だから、()()()集まってるよ。今は、まだ来てないだけだね」

「特別……? みんな……?」

「まぁ、それはおいおい説明させてね」

「……ここ、俺のセカイなんだろ?」

「そうだよ。でも、今説明されても頭が混乱しちゃうと思うんだ」

 

 正論だ。そもそもこんな場所に突然連れてこられて、実体を持ったミクと対面している時点で常人の理解をはるかに超えている。どうやら最小限の説明は、ミクの気遣いだったらしい。

 それはそれとして……さらなる疑問が浮かぶ。

 

「……どうやって帰ればいいんだ?」

「『Untitled』を止めれば、元居た場所に戻れるよ」

「なるほど。なら、一旦戻るか」

 

 ……だが、いくら探してもその「Untitled」が見つからない。

 その代わり、スマホの音楽フォルダに見慣れない楽曲が1曲追加されていた。

 

「……『Connecting the World』? 入れた覚えがないのがもう1曲……。今度は何だ?」

「あ、そうだった。夏夜君はもう本当の想いを見つけてるから、『Untitled』がもうセカイの曲になってるんだった。その『Connecting the World』がそうなんだね」

「やれやれ……。そういうのは先に言ってくれ」

「ごめん。私も見落としてた」

「まぁいいや。また来る。気が向けばな」

「うん。待ってるよ」

 

 再び視界が白く染まる。数秒もかからず、俺は元居た自分の部屋に戻っていた。

 

「夢……ではなさそうだな」

 

 スマホの音楽ファイルを見ると、そこには確かに楽曲ファイルに「Connecting the World」という曲が存在していた。つまり、さっきまでの出来事はすべて現実だったということだ。しかし、不思議と悪い気はしない。あの場所は、居心地がよかったのだ。

 

(この曲とあの体験は、心のうちに仕舞っておいた方がよさそうだ)

 

 この曲を聴けば「セカイ」に行ける──ということは、この曲を聴いた人は問答無用であのセカイに送られるということなのかもしれない。それに、いくらミクに会ったんだという実体験を話しても、誰も信じやしないだろう。それこそ、極端なミクファンである一歌ですら信じるかどうか怪しい。さしもの一歌とはいえ、現実と虚構の区別くらいはっきりしているだろうし。

 大きなあくびを1つする。見ると、今の時刻は既に午前2時を回っている。それに、この1日だけで大きな出来事があったためか俺の身体は想定以上に疲れていたようだ。

 

「……寝るか」

 

 なんだか今日1日だけで、3日分の精神的疲労を獲得してしまった気がする。

 ベッドに横たわり、微睡に身を任せる。数秒も経たずして、俺の意識は深い闇の中へと沈んでいった。

 

 

 ──────

 

「しし座流星群?」

「うん。咲希たちと一緒に見ようって約束したんだ」

 

 それは、夏夜が小学校中学年頃の記憶。

 秋色深まる11月のある日、一歌が「しし座流星群を見にいく」とどこか興奮した様子で夏夜に言ってきたのだ。夏夜はそんな妹の様子を見る。ややそっけなく返事をする。

 

「そっか。気を付けてな」

「え、お兄ちゃんも一緒に行こう?」

「……それは、俺も行っていいのか?」

 

 一歌からすればむしろ兄には来て欲しかったのだが、夏夜がそれを知ることはなかった。夏夜の疑念をよそに、一歌はどうにか兄を同行させようと言の葉を紡ぐ。

 

「うん。咲希もお兄ちゃん連れてくるって言ってたから」

「司来るんだ……。じゃあ、俺も行く」

「やった。じゃ、待ってるね」

 

 兄の動向の許可を得た幼い一歌は、駆け足で外へと出ていく。そんな一歌に対し、幼き日の夏夜は母親に「行ってくる」とだけ言い、一歌の後を追いかける。夏夜が一歌の後を追いかけて公園に到着した時、既に星乃兄妹以外は皆公園に集まっていた。

 

「もう、遅いよいっちゃん!」

「あはは……。ごめんね、咲希」

「おお、夏夜も来たんだな!」

「司。一歌に一緒に行こうって言われてさ」

「これでみんな揃ったね」

「みんなー、そろそろだよ!」

 

 穂波のその声を機に、皆は公園で一番高いジャングルジムにのぼっていく。一歌と咲希が頂上を。その近くに穂波と志歩。そして少し低い位置に司と夏夜がのぼった。そして間もなく、しし座流星群が本格的に始まる。

 

「わぁ~!」

「きれい……」

「……見に来てよかった」

「ああ。俺も、そう思う」

 

 初めて見るしし座流星群に、皆が目を奪われる。その情景は、幼かった6人の心に深く刻まれた。

 やがて流星群が見えなくなったころ、6人はジャングルジムから降りる。その興奮が収まらない咲希が、真っ先に声を上げた。

 

「ねえねえ! またみんなで、流星群を見ようよ!」

「いいね。穂波と志歩も、それでいい?」

「うん! 私もまた見たいなぁ」

「私も。……綺麗だった」

「オレは今日という日を、決して忘れないぞ!」

「見に来てよかった。いい思い出になった」

 

 流星群の感想を語らいあう6人。しかし、時間は有限。流星群も、やがて終わりが訪れる。

 夜の帳もだいぶ降りてきた頃、6人はそれぞれ家路につく。2人きりの夜道を歩く一歌と夏夜は、帰り道にこんな話をしていた。

 

「ねえ、お兄ちゃん」

「どうした? 一歌」

「流星群、また見れるよね?」

「……一歌がそうしたいなら、何度でも見れると思う」

「また、みんなで流星群見たいな……」

「見れるさ。きっと」

「うん」

 

 ……しかし、まもなく咲希の体調は悪化してしまい。この6人が揃って再びしし座流星群を見る機会は失われてしまったのだった。

 

 

 ──────

 

「んぅ……」

 

 また、懐かしい夢を見た。かつて一歌たちと一緒に見た、しし座流星群の夢だ。

 多分、昨日セカイで見た流れ星がその記憶を呼び起こしたんだろう。

 

「……でも、今はもう見れないんだよな」

 

 朝の日差しを浴びながら独りごちる。1年後のしし座流星群の日、咲希は体調を崩してしまい流星群を見ることができなかった。

 あの日の約束は果たされぬまま、俺たちは中学生となり、一歌が、咲希が、穂波が、志歩が、司が、皆が離れ離れになった。そしてそのまま高校生になり、一歌たちも高校に進学しようとしているのだ。

 

(またみんなで、か……)

 

 この約束を覚えているのが、いまや何人いるだろうか。一歌、咲希、穂波、志歩、そして司。このみんなが忘れてしまっていても、せめて俺だけは覚えておこう。そう思い、俺は今日も新しい朝を迎える。

 

 

 

(Side:一歌)

 

 私には、1歳上の兄がいる。

 名前は、星乃夏夜。夏の夜に産まれたからそういう名前になった……とお母さんから聞いた。ちょっと冷たい一面もあるけど、話せばちゃんと聞いてくれるし、用事があると言えば付き合ってくれる優しいお兄ちゃんだ。

 それに、お兄ちゃんは昔から音楽がすごい得意だった。私が咲希たちを誘って「バンドがしたい!」なんて言い出したのも、お兄ちゃんの影響だったりする。小さかったころにお兄ちゃんが私の誕生日に弾いてくれた曲は、今でもずっと心に残っている。小さい頃は、ギターを2人で弾き語りしたこともあったっけ。お兄ちゃんとの思い出は、今でも色褪せずに光り輝いている。

 

 ……でも、今の私には何も残ってない。咲希は入院し、いつからか穂波と志歩との関係もすれ違うようになってしまった。今の私たちは、お兄ちゃんという存在でかろうじてお互いを認識できているに過ぎない。私は、何を間違えたんだろうか。いつもいつも、その考えが頭の中をぐるぐる回っている。こういう時、思ったことを率直に口に出せるお兄ちゃんが羨ましくなる。

 

 そんな時、私はある1人のボカロPと出会った。それが、「三日月夜」さんだ。ミクやルカ、GUMIといったバーチャルシンガーの特徴を最大限に引き出した調教で、瞬く間にボカロブームの火付け役となった凄い人。私は彼(彼女かな?)の楽曲を聞いた時、一瞬で引き込まれた。割とゆったりとしたリズムの曲を作るかと思えば、カッコよさを突き詰めた曲も作れるし、聞いているだけで楽しくなるような楽曲まで作れてしまう。

 

 その中でも、この間投稿されていた曲は特に私の心に残った。曲を構成するあらゆる要素が、私の心に刺さった。まずイラストの星空のようなキラキラ感が好きだし、投稿者コメントの欄にあった「誰かに捧げる、不屈の歌」という一言もそうだけど、何より歌詞が大好きなんだ。……何というか、歌詞が私の背中を押してくれてるような気がして。聞いてると楽しくなる。でもそれだけじゃなくて、「今なら何でもできる」って気分になるんだ。

 お兄ちゃんもこの曲を聴いていたみたいで、ある日咲希の見舞いに行く電車の中でこう言われたことがあった。

 

『穂波と志歩が心配なら、諦めるな。もう一度やり直そうと思えば、きっとすべてを取り戻せる。……大事なのは、そのチャンスを逃さないことだ』

 

 私にはそれが、まるであの曲を作った人からのメッセージだと思った。あの曲は、私のような人のために作られた曲なんだと思った。だから病室で咲希と一緒にその曲を聞いた時、私は無意識に咲希と身を寄り添い合わせていたんだと思う。……そういえば、あの時お兄ちゃんが浮かべていた優しい微笑みは何だったんだろう?

 今の私は、三日月夜さんの曲を聴くことが生きがいだ。いつか、なくしてしまったものを取り戻せるように。もう一度、穂波や志歩と手を繋ぐために。

 

 ──絶対あきらめない。その意志を胸に、今日も私は生きていく。

 

 





(プロローグ終了時点で会ったことがあるキャラ一覧)
星乃一歌、天馬咲希、望月穂波、日野森志歩、日野森雫、白石杏、天馬司、暁山瑞希

Leo/needの面々および雫、司、瑞希はこれからの物語のキーとなるキャラです。
瑞希は特に。
というか瑞希がいないとニーゴの面々と繋がりが持てない。

パラレルの次案を選ぶとしたら、どれにします?

  • 約束された気絶のみのり(みのり)
  • 夏夜と愛莉、ドラマへの挑戦(愛莉)
  • 桐谷夏夜、伝説の兄妹オンステージ(遥)
  • 星灯らぬ夜、眠りを知らず(完全新規)
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