この章は1章に相当しますが、1章はあと4話くらいです。
つまり今話がちょうど前編後編の境目です。
【WEEKEND GARAGE】
ある日の夕暮れ時。
ふと謙さんの淹れたコーヒーが飲みたくなった俺は、久しぶりにビビッドストリートへと赴き、その一角にあるカフェ──「WEEKEND GARAGE」を訪れた。
「こんちはー」
「おう、夏夜か。よく来たな」
「コーヒー、1つお願いします」
「はいよ。ちょっと待ってな」
今の店内は珍しく、それほどごった返してはいない。近くのテーブル席に2~3人、大人が座っているくらいだ。
店内をぐるりと見渡したが、杏は何かのイベントに行っているのか不在のようだ。そんなどうでもいいことを考えているうちに、注文したコーヒーが俺の前に置かれる。
「待たせたな。ほら、コーヒーだ」
「いつもありがとうございます。──ふぅ、やっぱ美味い」
「そうか。ゆっくりしてってくれ」
しばらく無言の時間が続く。だがそれは、沈黙を意味しない。言ってしまえば、気まずくない静寂というやつだ。用があればどちらからともなく口を開く。今日は俺の方だった。
「そういえば、謙さん」
「なんだ?」
「杏は『相棒』、見つけたとか聞いてません?」
「相棒? ああ、そういや……。最近ここに来たお嬢ちゃんと『一緒に歌いたーい!』って、はしゃいでたぞ」
「ふーん……」
1人でもすでに一線級の歌唱力を持っている杏だが、彼女が自分と一緒に歌ってくれる「相棒」とやらを探していることは、結構前から聞いていた。
ちなみに俺はその候補に入っていない。なにせ杏は俺がかつてストリートで歌っていたことを知らないからな。杏から見た俺は、せいぜい「物好きな常連客」といったところだろう。
しかしとうとう、杏は共に歌う「相棒」とやらを見つけたらしい。感心感心。
「その子の名前とか、聞きましたか?」
「確か……『
「『小豆沢』……ですか。なるほど」
あまり聞かない名字だ。神高にそんな名字の1年はいなかった記憶がある。さっき謙さんは「お嬢ちゃん」と言っていたし、女の子か。ひょっとしたら一歌と同じ宮益坂かもしれない。後で一歌に聞いてみるのもいいだろう。
宮益坂といえば……最近また一歌たちのクラスに転校生(扱いの生徒)が来たらしい。確か「
すると、聴き慣れたドアベルの音が鳴る。見ると、特徴的な髪色の2人組が入ってきた。オレンジ髪の1人はよく知らないが、青と水色の髪をしたもう1人は……。
「こんにちはー、謙さん」
「おう。お前らか」
「……冬弥? 冬弥だよな?」
「夏夜先輩?」
ということは、隣のオレンジ髪の男と組んでるのだろうか?
「お前ら……知り合いか?」
「ああ。星乃夏夜先輩。俺の大事な先輩だ」
「へぇ……。先輩なんですね。あ、オレは
「冬弥も言っていたが、星乃夏夜だ。お前らも神高生だろうから……先輩だな」
「同じ学校ですか。だったら、今後も会うことがあるかもしれませんね」
「そうだな。よろしく頼む」
……何だ、この感じは。このオレンジ髪の好青年――東雲彰人は、何か違う。いや、何が違うかはよく分からないのだが、とにかく何かが違う。そんな気がしてならない。
だがまあ、俺的には冬弥が楽しそうにやってるならそれでいい。冬弥は本物の才能を持ってる。そして在りし日の冬弥に「やりたいことをやれ」と諭したのは、俺と司だ。だからなのかもしれないが、冬弥は俺と司に強い敬意を払っているように見える。
コーヒーを飲み終え、俺は席を立つ。
「もう行くんですか?」
「……ここにはたまに来る。ひょっとしたら、また会えるかもな」
「そうなんですね」
「じゃあな2人とも。あ、ごちそうさまでした」
「おう。また来いよ」
謙さんの声を背に、WEEKEND GARAGEを後にする。
……一度はやめたけど、今度またストリートで思い切り歌ってみるのも悪くない気がするな。
【星乃家】
その日の夜。俺は、新たなインスピレーションを得るべく動画投稿サイトにある音楽を漁っていた。べつだん作曲が行き詰っているわけではない。だが、気分転換がてら新曲の発想をするにはちょうどいいのだ。
今更だが、俺の曲作りは発想をメモ帳に詞としてまとめ、そこから文を足したり削ったりして曲としての体裁を整えたら、後はそこにリズムや音を入れていく……というやり方だ。イラストやMVは最後に作る。イラストを中心に作った楽曲は、未だボカロPとしてデビューすることとなったあの1曲だけだ。
そんな中、俺はある楽曲投稿サークルの作った楽曲に目が止まる。
「『25時、ナイトコードで。』……通称ニーゴか」
――「25時、ナイトコードで。」
それは最近話題になっている、新進気鋭の音楽サークルだ。ネットの情報によれば、“誰かを救えるような楽曲を作るため”に集まったサークルとのこと。
少し気になってプレイリストを辿っていくと、元々は作曲担当の「K」と作詞担当の「雪」の2人だけで作っていたようだ。だがある時を境にイラスト担当である「えななん」とMV担当こと「Amia」が加わって4人になってからというもの、再生数が爆発的に伸びていた。
しかし分かっていることはそれだけで、「K」・「雪」・「えななん」・「Amia」と名乗る4人組で活動していること以外何も分からない正体不明のサークル。それが「25時、ナイトコードで。」という音楽サークルらしい。実際に曲を聞いてみると、その話題性の理由が分かった。
(なるほどどうして……。これは確かに、心の奥深くに刺さるような曲だな)
何というか、心の奥底に語り掛けてくるような曲調だ。
コメント欄を見ても、「救われる」とか「心を抉られるような感じがする」といった意見が多い。だが個人的には、楽曲のイラストが気になった。誰が書いたかは概要欄にないが、俺はこの絵のタッチに見覚えがある。
「確か……あった、『えななん』。この人が書いたイラストに似てるんだ」
――「えななん」。俺が作曲を始めるきっかけになった人物だ。この人の存在がなければ、俺は楽曲投稿者の道を進むことはなかっただろう。絵のタッチとか色使いからみるに、同一人物の可能性があるな。名義も同じだし。
ちなみにSNS上で絵を投稿している「えななん」さんのイラストから曲作りの着想を得ることは少なくないのだが、大体途中で「これダメな奴だ」となってしまう。というのも、えななんさんのイラストから着想を得た曲はほとんどの確率でダーティーかつ陰鬱な雰囲気の曲になってしまうのだ。しかしニーゴの楽曲を聞く限り、その傾向も悪くない気がしてきた。
(……インスピレーションが湧いてきた)
久々に凄まじい創作意欲が沸き上がってきたのを沸々と感じつつ、俺はパソコンに向き合う。
この勢いで行けば、今日中にMVを完成させて投稿、その勢いでもう1曲、歌詞まで作れるかもしれない。そんな淡い期待を胸に抱きつつ、俺は今までにない速度でMVを制作していくのだった。
(Side:???)
「あ、三日月夜さんの新曲が投稿されてる。聴いてみようかな」
ヘッドホンを耳に当て、楽曲を再生する。最近話題の楽曲投稿者、「三日月夜」さんの新曲だ。これまでに投稿した楽曲の作詞作曲はもちろん、イラストにMV制作……全部を1人で行っているすごい人。しかも、それでいて投稿周期は2~3か月前後という結構な速さで曲を生み出す人だ。わたしもこの人の曲から曲作りのイメージをもらうことも多い。
最近では珍しいリン×GUMIの組み合わせで進行するその楽曲は、強烈なギターとドラムを中心にコード進行していく。割と昔からこの人の楽曲を聴いてるけど、いつもこの人は本当に凄い曲を作ると思う。この曲の数週間前に投稿されてた曲は、もうすでに150万再生を突破しているし。「今最も勢いのある楽曲投稿者」という二つ名も、過言じゃないと思う。
流れてくる曲に耳を傾けながら、わたしはあることを考えていた。
(……なんだろう。わたしたちとは違う方向性で、この人の曲はいろんな人を救ってる気がする)
ただ曲を聴いてるだけなのに、曲自体が1つの物語として成立している。それに、曲全体の雰囲気がこの人の別の楽曲と似てる気がする。でも、何の曲だったっけ。
それはそうと、この楽曲は激しいアップテンポが特徴的な楽曲だ。……でも、その中に不思議と悲壮感を感じさせる。強烈なハイテンポから繰り出されるのは、どこか悲壮感を漂わせる歌詞。ひょっとしたらこの人も、救いたい人がいるのかもしれない。そんなことを思ってしまう。気付いたころにはすでに曲が終わっていて、わたしは曲の余韻に浸っていた。
わたしが現実に戻ってきたのは、それから数分後のことだった。
「あ……。こんなことしてる場合じゃない。わたしは、作り続けなきゃいけないんだ」
……ついつい夢中になってしまった。
わたしは、
わたしは、
(Side:夏夜)
朝の陽ざしで目を覚ます。いつも通り、起きたのは6時半。結局雫と出会って家に帰った後、スイッチが入った俺は完全にやる気になってしまい、寝たのは午前3時半すぎだった。
つまり睡眠時間は3時間もない。今日平日なのに。学校あるのに。
「ふぁ~ぁ……」
……正直、すごい眠いが自業自得だろう。
半ば寝惚けながらリビングに向かう。いつも通り、母さんは先に朝食を準備して待っていた。
「おはよう、母さん」
「あら夏夜。……また寝てないの?」
「……やっぱバレるか。ちょっと、集中しすぎちゃって」
「大丈夫? 夏夜のことはすぐわかるんだからね?」
「かなわないな……。ま、俺は大丈夫だから。顔洗ってくる」
鏡を見てみると、目の下に特大の隈ができていた。そりゃバレるわと思いながら、なんとか目を覚ますべく顔に冷水をぶつける。
そうして顔を洗って戻ってくると、やや髪のハネた一歌がテーブルに座っていた。どうやら向こうも寝起きらしい。
「あ……。おはよう、お兄ちゃん」
「おはよう、一歌」
会話もそこそこに、朝ごはんを食べ進める。すると話は、三日月夜の話に移った。
「ねえ、お兄ちゃんは三日月夜さんの新曲聴いた?」
「新曲? 確か3週間くらい前にアップされたばっかりなのに、またアップされたのか?」
「うん。すごいカッコいいから、聴いてみてほしいな」
「一歌がそこまで言うなら、聴いてみる価値はありそうだな」
なるほど、
当然といえば当然なのだが、一歌は俺が「三日月夜」であることを知らない。だが知らないからこそ……遠慮のない意見を述べてくれる。それが俺にとっては嬉しいのだ。
実際、一歌の意見を参考に楽曲を作ることはある。今回投稿した曲には一定のストーリー性を持たせつつ、コメント欄の意見やそれとなく聞いた一歌の意見を参考に作ってみたのだ。一応、続編って立ち位置にしてるしな。
そうしてインスピレーションが超加速した結果、楽曲投稿周期がとんでもなく速いことになった。おかげで寝不足、授業中に寝ないと睡眠時間が足りない。
……自業自得だろとか言わないでほしい。そんなことは俺が一番よくわかってるから。
「……お兄ちゃん? どうしたの?」
「え? ああいや、随分熱心に聴いてるんだなと思ってな」
「そうだね。昔から三日月夜さんの曲は大好きだし。多分、これからもずっと聴き続けると思う」
「……そうか」
心の中の感情を必死にとどめる。
……一歌から面と向かって大好きと言われたのは、実はこれが初めてなのだ。まさか実の兄がその「三日月夜」だとは夢にも思うまい。どっかのタイミングでバラそうか。まだだいぶ先の話になりそうではあるが。
それはともかく、まずは一歌たちの関係修復が先決だ。
「一歌はどうだ? 咲希たちとはうまくやってるか?」
「咲希と一緒にいるのは楽しいよ。でも……私は……」
「
「……!」
(図星。ったく、志歩といい一歌といい……)
思わず頭を抱えそうになる。
この幼馴染どもはどれだけ不器用なんだと、そう思わずにはいられない。志歩は志歩で自分から譲歩しようとしないし、一歌は一歌で踏み出せないし。
……何というか、志歩の言った通り一歌は変わっちまったな。昔の一歌だったら、そんなしがらみ気にせずにぐいぐい突っ込んだだろうに。
(でも……俺は信じてるからな。お前の根っ子の部分は、一切変わってないって)
既に志歩とは話をつけたんだ。
後はどうするか……それは、一歌と咲希の行動次第だろう。だが、一歌と咲希なら必ずやってくれる。少なくとも俺には、そんな気がしている。
1話および2話と比べると文章量がかなり少ないのが分かると思いますが、これは本来1話分だったこの話と前の話を無理やり2つの話に分けたからです。
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