いよいよ1章も佳境です。
【神山高校】
「……で、何の用だ? 夏夜」
「分かってるんじゃないのか? 司」
放課後。今俺は、司と屋上で対峙している。
……どうしてこうなったのか?
それは、数時間前にさかのぼる。
(回想)
「ショーが失敗した?」
「ああ! せっかくの俺の初舞台だったというのに、全くけしからん!!」
(ふむ……)
朝から不機嫌な司。そんな司から聞いた話は、こうだ。
あれから司たちはフェニックスワンダーランドで「ワンダーランズ×ショウタイム」というユニットを結成し、ようやっと初公演までこぎつけた……まではよかったのだが、ショーの最中に演者の1人であるロボット(ロボット!?)が、動かなくなってしまったらしい。
当然演者がロボットということもあり代役を確保することもできず初公演は大失敗。終了後凄まじい口論になった結果、あっという間にユニットは解散になってしまったんだそうだ。
その時に類から言われた一言のせいで、司は完全に頭に来たらしい。
(『君はスターになんてなれない』か。……司にとっちゃ、最大級の侮辱だな)
ずっと「オレはスターになる!」と小学生の時から自信満々に言っていた男だ。だからこそというべきか……「挫折」というものを味わったことがないように見える。
……昔はそんな奴じゃなかった気がするのだが。確かに昔から超がつくほどポジティブではあったし、ショーバカ度合いは相変わらずだが、正直今のこいつは何か大切な事を忘れている気がしてならないのだ。それこそ、自分の原点ってやつを。
本来の司の性格を考えれば、他人を追い詰めてまで自分の成功や肩書きにこだわることなどなかったはずなのだ。
(そういや司は『スターになる』って言ってきかないが……。そもそも自分が
(回想終了)
「……で、何の用だ? 夏夜」
「分かってるんじゃないのか? 司」
……それで、今に至る。
ちょうどいい機会だ。少し前に考えていたことを、今ここで問いただしてみよう。
「なぁ、司」
「む、なんだ!」
「単刀直入に聞く。──お前、なんでスターになろうと思ったんだ?」
「俺がスターになろうと思った理由か? それはもちろん……。あ、あれ……? お、思い出せん……」
(こいつ……)
前言撤回。「忘れている気がする」じゃなくて
そりゃそうだ。目的と手段が逆転してるからな。
もともと司がスターを目指した理由は、「『ある人物』を笑顔にするためにスターになる」というものだったはずなのだ。幼き日の司から耳にタコができるほど聞かされたんで、よく覚えている。
だがその「笑顔にしたい人物」というのは、いつからか司の頭からは完璧に抜け落ちてしまったらしい。結果、「スターになる」という目的だけが中身のないまま一人歩きすることになったのだ。
……ここが屋上でよかった。このショーバカには、一度ガツンと言ってやらないといけないからな。
さあ、俺VS司の演技力勝負だ。未来のスターを俺の拙い演技でどこまで騙せるか……勝負と行こうじゃないか。
(よし……覚悟は決まった。やってやる)
「司!!」
「な、何だ急にっ!?」
「いいか! お前がスターを目指した理由はな……他でもない、
「っ!?」
「お前は身体が弱かった咲希のために……スターになるって決めたんじゃなかったのか!? 咲希に笑顔でいてほしかったんじゃないのか!?」
司が一番笑顔にしたかった人物。
それは他でもない、実の妹の咲希だ。幼き日の司は妹と見に行ったとあるショーで、ステージの上に立つスターに瞳を焼かれた。そして、妹の歓喜する姿を見た。
だからこそ、スターになりたいと強く願った。しかし、今の司にその記憶はないらしい。
──そろそろ、このアホの目を覚まさせてやろう。それが、幼馴染としてできるただ1つのことだから。
「それともなんだ……? 『咲希が退院したからもうそんなこと忘れた』ってか? ふざけるなよ……! いつからお前は、スターって肩書きに執着する人間になったんだ!?」
「──!! ならば言わせてもらうが……! オレは……あのショーを成功させるために必死に頑張ったんだぞ!? ショーは1度きりだ! 次なんてない! だからオレは、何としてでもあのショーを成功させたかった! いや、
(はぁ?)
やはり司のショーにかける想いは本物のようだ。だがそれ以上に今のこいつには、「成功すること」しか頭にないらしい。一連の発言から、それは容易く察せられた。
だが、そこに情熱があるかはまた別だ。今のこいつに、情熱はない。ただ成功という目的を果たすためだけに動く人形だ。ショーバカだショーバカだとずっと思ってきたが、ここまで来ると笑えない。さっきも言ったとおり、ショーにかける想いが誰よりも強いのは疑いようもないだろう。しかしだからと言って、いまのこいつは度が過ぎる。
もっとも、今の俺が言いたいことはただ一言だけだ。
──シンプルに、
「……お前はもう、自分のことしか見えてないんだな」
「なに?」
「もういい。今ここでハッキリ言ってやる。今のお前に、輝きなんてもんはない。類の言うことが100%正しいってことだよ」
怒りゆえか、妙に頭がクリアになっていくのを感じる。
「さっきから黙って聞いてりゃ、お前は
「夏夜……! いくらオレの友だとしても、言っていいことと悪いことがあるだろう!! スターになれない? ショーにかける情熱がない? ふざけるな!! お前は……お前まで、オレの今まで積み上げてきた努力を否定するつもりなのか!?」
司がスターになるべく努力を積み上げてきたことくらい、俺は誰よりもよく知っている。しかしその努力が間違った方向に向かっているのであれば、それに意味はない。
「ああそうだよ。俺はお前を否定する! 今のお前はスターになるどころか、ステージに上る資格すらないと思うぜ? お前が自分の間違いに気づかない限りはな!!」
「……勝手にしろ! だがお前がそう言うのなら、お前との関係もこれまでだ!」
「フン、そんなもんこっちからお断りだ! じゃあな!!」
俺は足早に屋上から立ち去る。どうやら司は、俺の演技を見抜けないくらいには荒れているようだ。仕方ないといえば仕方ない。俺自身途中から演技と怒りの境界があいまいになってたからな。とはいえ、反省も後悔もしないが。
そうして学校の玄関へ向かう道すがら、俺は廊下で灰色がかったグリーン色の髪が特徴的な少女とすれ違った。顔までは見えなかったが、妙にその姿が記憶に残った。
(……妙に印象に残ったが、誰だろうか。類の幼馴染が確かそんな髪の色みたいな話を聞いたことがある気がするが……)
そんな無駄な事を考えつつ、ふらふらと何気なしに立ち寄ったWEEKEND GARAGE。なんでここに来たのかと言われれば、「そういう気分だった」としか言いようがない。
だがそこで俺は、新たなる出会いをすることになる。
「こんにちは、謙さん。遅くにすいません」
「よう、夏夜か」
「……夏夜先輩?」
「冬弥か。久しぶりだな」
冬弥と久しぶりに再会した……が、やたら空気が重苦しい。これは、確実になにかよくないことがあったな。
杏もまた、冬弥の反応で俺の存在に気づいたらしい。
「あ、夏夜先輩。いらっしゃい」
「杏か。今日はイベントないんだな」
「うん。……今日は、それどころじゃないから」
事は思っていた以上に重大なのかもしれない。そう考えた矢先、謙さんが突如として口を開く。
「そうだ夏夜。一度、冬弥の話を聞いてやれ」
「え、ですが……」
それで謙さんの言いたいことをなんとなく察した俺は、冬弥に声を掛ける。
「安心しろ冬弥。言ってなかったが、俺はこれでもストリートで歌ったことあるからな。ストリートについてのことは、大体わかるつもりだ」
「え、夏夜先輩ストリートで歌ったことあるんですか!?」
「だから言ったろ?
目を見開き驚愕する杏。
まあ、単に店のコーヒー目当てでカフェにやってくるちょっと変わった先輩かと思ったら、実はストリート関係者でした、なんて突然カミングアウトされたらそりゃ驚く。俺だって驚く。
そこで俺は初めて、杏の隣にいるクリーム色の髪をした内気そうな少女に目が行った。
「……その女の子が、杏の相棒か?」
「そうだよ! こはね、この人がうちの常連の夏夜さん」
「あ……小豆沢こはねです。よろしく、お願いします」
「星乃夏夜だ。ここにはたまに来る」
「そ、そうなんですね……!」
一通りの自己紹介を終えた後、俺はコーヒーを注文し、冬弥の隣に座る。
ちょっと見ない間に何があったのかは知らないが……冬弥の目には、「諦め」の感情が浮かんでいるように見えた。
(……ん?)
よく見ると、冬弥の頬が赤く腫れている。
誰かにでも殴られたのか? ストリートのバトルで手を出すのはご法度のはずなんだが。手を出した瞬間、そいつはどんなに歌が上手かろうが人間として既に負けている。
「……誰にやられた?」
「え?」
「ここ。腫れてるぞ」
「……やはり、夏夜先輩に隠し事はできませんね」
「何があった?」
杏と……こはね、とやらには取りあえず店の脇にあるライブスペースに移動してもらい、話しやすい環境にして何があったかを聞き出した。
どうやら、相棒である彰人と喧嘩別れをしたらしい。頬が赤くなっていることに関しては、キレた彰人に一発殴られたんだそうだ。なんで喧嘩別れなんてと思ったが、どうやら冬弥は「何もかもが中途半端な自分と一緒では、彰人はずっとRAD WEEKENDを越えることができない」と思ったらしい。
(……はぁ。冬弥は昔からこういうところがあるからな)
言わずもがな、冬弥は内気なタイプだ。それでいて無口な上に表情筋が動かないんで、何を考えているのか分かりにくいと思う人が大多数を占めることだろう。まあクールで無口なのは事実だし、これに関しては今更修正しようと思っても無理だ。
だが問題は、
まあ冬弥が「クソガキ」とかみたいな剛速球レベルの暴言を吐くはずがないから、恐らく「彰人のやってることは子供のお遊びだ」的なことでも言ったんだろう。だとすれば、効果てきめんどころの問題じゃない。
俺も時間を見つけて見に行ったイベントで何回か「BAD DOGS」としての彰人と冬弥の歌を聴いたことがあるが、ステージに立つ彰人のそれは本気で音楽に打ち込む人間がする目だったからな。
前言撤回。そりゃ殴られても仕方ない。殴られた本人も覚悟はしていたのだろうが、これに関してはもう歌とかバトルとか関係なくブチ切れ案件だ。よりにもよって本気の人間を貶す真似をしたんだから、1発手痛いのを貰っても文句は言えない。
むしろ1発で済んでいるだけ有情というものだろう。1つの物事に全てを賭けている奴に「お遊び」などと吐き捨てようものなら、下手すりゃ物理的に再起不能にされる可能性すらあるのだから。俺だって、自分の作った曲を訳もなくボロクソに言われたら殴りたくなるしな。そう考えると、あれほどズタボロに言われてもなお手を出す気配すら見せなかった司の器はどれだけ大きいのだろうか。
しかしそれと同時に、俺は冬弥の目と表情の乖離に気が付いた。
(冬弥は顔では諦めようと語ってる……。だが目は、
今の冬弥の顔は、かつての志歩や穂波がしていたそれと同じだ。
一見何かを諦めたようだが、目というものはあまりにも正直だ。「目は口程に物を言う」ということわざがある通り、目はその人間の想いを強く映す。口ではやめるとは言っているが……実際には「未練しかない」と言ってもいいレベルでストリートに未練があるんだろう。
「なぁ、冬弥」
「なんですか?」
なら、もう一度道を示そう。あの時みたいに。
「成功するには、何が必要だと思う?」
「……え?」
あえて、正解のない質問を仕掛ける。
冬弥は昔から、こういった質問に弱い。やたら難しく考えすぎてしまうからだ。クラシック音楽家として成功した父親の影響もあるんだろうが、どうにも悪い傾向だと俺は思う。
そして冬弥の答えは、案の定といえるものだった。
「……分かりません」
「まあ、いきなり言われても分からないだろうな。いろいろ思いつくだろうし。でも俺はさ、成功に必要なのは『失敗』と『単純さ』だと思ってる」
「『失敗』と……『単純さ』ですか?」
「ああ。思い出してみろ、冬弥はなんでストリートで歌い始めたんだ?」
「俺は……。父さんの言いなりになりたくなくて、そんな時に司先輩と夏夜先輩に出会って、自分の思うがままに歌ってみたくなって、ストリートで歌い始めました。ですが……」
「そう。その単純な理由なんだよ。歌うことに、それ以外の理由はいらない」
「……!」
かつて、クラシックという鳥籠に囚われていた冬弥をピアノではない音楽の世界へと連れ込んだのは俺と司だ。昔ピアノ教室で出会った司が冬弥を連れ出し、そこでたまたま俺が歌を教えたという流れだ。歌うことの喜びを覚えた冬弥の目は、遊び道具を見つけた子供のように輝いていたことをよく覚えている。
そしてストリートの世界に来たということは、形はどうあれ歌うことを楽しんでいるということだ。ストリートで歌っている奴らがなぜ歌っているのかなど、突き詰めていけばその答えはシンプルだ。
──「歌うのが好きだから」。
ただ、それだけなのだ。
「『自分が歌いたいから歌う』。人が歌う理由なんて、突き詰めていけばそんなもんだ。そして『歌うこと』に全てを賭けられる奴なんて、そういない。俺から見た冬弥は……間違いなく
「でも俺には……! もう彰人と歌う資格がない!」
「そんなのは、彰人が決めることだろ。冬弥じゃない。お前がやるべきことは、彰人と話し合う前に自分が
「夏夜先輩……」
「今のお前に必要なのは、『シンプルに考えること』だ。『歌いたいから』。その理由さえあれば、未練があるかないかなんて一瞬で答えが出せるはずだぞ。けど、最後に答えを出すのはお前だからな。ストリートライブを続けるにしてもやめるにしても……後悔しないようにすることだ」
「後悔、しないように……」
冬弥は俺の一言一言を噛みしめるかのように復唱している。俺はコーヒーを飲み干すと、静かに席を立った。
「後は、自分の想いが決めること。……謙さん、コーヒーご馳走様でした」
「おう。助かったぞ」
「いえ。じゃ、また来ます」
注文したコーヒーを飲み終え、冬弥に一通り話したいことを話し終えた俺は店を後にする。
そうしてストリートを抜けた時、見覚えのあるオレンジ髪の青年がストリートの方へと走っていくのを見た。
後は、2人で話し合って決めることだ。
(遅くなっちまったな……)
時刻はすでに夜の7時半。早く帰らないと一歌にどやされそうだ。
……帰りが遅くなるたびに、一歌がどこか寂しそうな目で俺を見てくるのはまあまあ心に来るからな。
(そういや、最近楽曲投稿してないな)
最後に楽曲を投稿してから、もう1か月経とうとしている。そろそろ新曲投稿の時期かもしれない。
時が経つのは早いな、などと無駄な事を考えつつ、俺は家への帰り道を駆け抜けていくのだった。
薄々気づいているかもしれませんが、本作の一歌は割とブラコン気味です。
表に出さないだけで。
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