星の夜が紡ぐ歌は   作:もりいぬ

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この度遅ればせながら、UAが3万を突破いたしました。読者の皆様には、この場を借りてお礼させていただきます。

今回はちょっとした記念回として、夏夜の中学生時代に起きた物語となります。
具体的には以前公開した「星乃夏夜への100の質問」の中にある「女装コンテストを出禁にされた」についての話です。例の如く小話なので、難しく考えずご覧ください。



小話・とある中学の女装事変①

【とある中学校】

 

 中学生になって最初に迎えた10月のある日のこと。中学に上がってから初めての文化祭を前に、学校全体が浮足立っているのを肌で感じていた。

 いつもなら静かな廊下も、ここ数日はやけに騒がしい。教室の後ろでは模造紙が広げられ、今も工作班がせかせかと急がしなく手を動かしている。普段なら授業中に夢の世界に旅立っている生徒も、どこを見ているのか分かったもんじゃないクラスメイトも、果てには普段は黙々と勉強をしているような奴まで、皆等しく無駄に目が輝いている。

 

 ……どうやら、文化祭というのは人が普段より少しだけバカになる行事らしい。

 

 だが俺はと言えば、その熱量を一歩引いたところから眺めていた。

 ──別に、祭りが嫌いだとかそういうことではない。単に騒ぐ理由がないだけだ。うちのクラスの出し物の準備は半分ほどが終わっており、クラスメイトは各々があれやこれやと準備を進めている。しかしながら、俺は戦力外通告が出されている。

 

 勘違いしないでほしいのは、仲間外れということではないということ。この学校には「文化祭で出し物をする生徒はそちらを優先すべし」という珍妙な伝統があるらしく、俺はその文化祭で“有志のバンド”として演奏をすることになっている。

 ゆえに、その伝統に則ることになったというわけだ。俺としても文句はない。演奏をするっていうのに、クラスの出し物を優先して演奏を疎かにしたくはないしな。

 

 そういうことなので、俺は今こうして暇を持て余している。たぶん、文化祭当日まではずっと暇だろう。

 少なくともこの時の俺は、そう思っていた。

 

 その平穏が、十数分後に消し飛ばされることになるとも知らずに……。

 

 

【1年3組 教室】

 

 ──文化祭前の恒例となったロングホームルームの時間が始まって少し。その事件は、担任の持ち出したあるイベントの話から始まった。

 

「よーし、今日は前夜祭のイベントの出場者を決める」

 

 その発言に、クラス内がにわかに沸き立つのが分かった。

 

「せんせー。その『前夜祭のイベント』ってなんなんです?」

「お、よく聞いたな須永。あぁ、このイベントは女子には関係ないから聞き流していいぞー」

 

 女子には関係ない、という担任の一言に、女子たちのざわめきが加速する。「どういうこと?」やら「何やらされるんだろうねー」という声が、教室のあちこちから聞こえてくる。しかし程なくして、担任が黒板に書いた文字列によって教室内に悲鳴が轟くこととなった。

 

 女装コンテスト

 

 黒板に書かれたその七文字を見た瞬間、教室の空気が一拍遅れて爆発した。

 

「はぁぁ!?」

「マジかよ!」

「ヤバ!! 絶対面白そうなんだけど!!」

 

 悲鳴と歓声と笑い声がごちゃ混ぜになって教室中を飛び回る。女子の半分は完全に観客モードに入り、残り半分は男子の顔を見て腹を抱えている。男子の方はというと、笑っている奴と顔を引きつらせている奴が綺麗に二分された。

 俺はと言えば、その騒ぎを席から眺めながら小さく息を吐いた。

 

(なるほど。女子には関係ないと言った理由はこれか)

 

 確かに関係はないだろう。……少なくとも、出場する側には絶対にならないからな。

 

「え、これクラスから1人出るとかそういうやつですか!?」

「そうだぞ」

 

 男子の誰かが問いかける。それに対し、担任はあっさり頷いた。

 

「うちの中学校は前夜祭になると毎年違うイベントをするんだがな。去年の女装コンテストが人気過ぎたんで、第2回を開催することになった。ちなみに全クラス強制出場だからなー」

『えーっ!?』

 

 男子たちの間に流れる空気が、一瞬にして地獄絵図となった。

 そりゃそうだろう。中学生になってから最初の文化祭でいきなり尊厳破壊の危機に陥っているのだ。女子にとってはただの面白いイベントだが、参加させられる男子からしてみればたまったものではない。下手すると心に一生消えない傷が残るだろう。

 

「全クラスって言ったが、全員ってわけじゃない。各クラスの男子から1人、代表者が出場することになる。優勝者には豪華景品があるぞー」

「じゃあその豪華景品って何か教えてくださいよ!」

()()()()()()()()()()()()()()券がもらえる」

 

 その瞬間、数名の男子が真剣な顔になった。その変わり身の速度には、現金な奴らだと思わずにはいられない。

 もっともそのために自分から立候補するほどの勇者が現れるかと言えば、それとこれとは話が違うようだ。教室の中をぐるりと見回しても、手を挙げる気配は一向にない。どうやらこのクラスの男子たちは皆食い気よりも尊厳のようだ。

 一方女子たちはというと、特典そっちのけで盛り上がっている。

 

「冨田とか似合いそうじゃん!」

「いやいや佐伯でしょ絶対」

「むしろ先生やればいいのにー」

 

 安全圏にいることが確定した女子たちは完全に面白がっており、好き勝手言いたい放題だ。

 ……冨田でも佐伯でも好きにすればいいと思うが、先生だけはやめた方がいいと思う。うちの担任は筋骨隆々、しかも日焼けまでしっかりしている体育会系のおっさんだ。そんなのに女装なんてさせた日にはどうなるか考えたくもない。

 一方参加させられる側である男子たちはと言えば、完全に阿鼻叫喚だった。

 

「絶対やらねぇ……!」

「無理無理無理」

「こんなん公開処刑じゃねぇかーッ!」

 

 見事なくらい拒否の大合唱だった。俺は拒否こそしないが、出たいとは思わない。残念ながら、皆の目の前で堂々と「じゃあ俺女装します」と宣言する気にはなれない。

 いつしか楽しむ女子と嫌がる男子で、クラスの空気は完全に二分されていた。担任はその様子をしばらく眺めていたが、やがて肩をすくめた。

 

「よし、じゃあ予定通りだな。希望者いないから、くじ引きで決めるぞ」

『えーっ!?』

 

 ……結局誰も立候補しないので、出場者はくじ引きで決定されることになった。誰も出ようとしないのだからまあ当然と言えば当然の話だ。

 それに予定通り、ということは去年もこんな調子だったに違いない。自分から女装したいですなんて宣言する物好きな輩は(少なくともこのクラスには)誰もいないだろうからな。

 

「待ってください先生!」

「はい、却下」

「まだ何も言ってませんよ!?」

「どうせ『やりたくない』だろ。くじ引きなんだから、当たった奴は運が悪かったってことで諦めてくれ」

 

 担任は慣れた調子で言い放つと、机の上に小さな箱を置いた。どうやら本当に、種も仕掛けもない普通のくじらしい。

 

「当たりは1枚だけだからな。これから男子全員で引いてもらうぞ」

 

 教室の空気が一気に冷えた。さっきまで笑っていた連中まで、急に静まりかえる。聞こえてくるのは、女子たちの話声だけだ。人間というのは不思議なもので、自分が巻き込まれる可能性が出た瞬間に笑えなくなるらしい。

 

 ……もっとも、俺としては別にどちらでもよかった。こうなってしまった以上、運を天に任せるほかない。もちろん当たらないに越したことはないが、当たったら当たったで仕方がない。それだけの話だ。

 

「よし、男子は前に来い。で、引いたら席に戻れ。で、合図で一斉に開けろ」

 

 担任が手招きしたのを合図に、渋々といった様子で男子が教卓の前に集まっていく。俺もその流れに従って立ち上がった。

 

 ──箱の中から1枚、くじ紙を引く。やることはそれだけ。ただそれだけなのに、男子たちはまるで今から死刑になる人間を決めるかのような顔持ちをしながらくじを引いていった。俺もまたくじを引き、席に戻る。

 男子全員が紙を手にしたのを確認すると、担任は満足そうに頷いた。どこかビクビクしているような男子たちをよそに、女子たちは完全に見世物を見る顔だ。

 

(……本当に楽しそうだな)

「よーし、全員くじを開け」

 

 まもなく、男子たちが紙をめくる音が聞こえてくる。

 そして──。

 

「開いたな? じゃあ、〇が書かれたくじを引いた奴は挙手」

(おいおい……)

 

 ──俺の手にしたくじには、堂々と〇が書かれている。これ以上ない当たりの証明だ。

 つまり、俺が女装コンテスト出場者ということで確定してしまったのだ。

 

「……はい」

 

 少しの沈黙を破るかのように、俺は手を挙げる。

 その刹那、教室の空気が一瞬だけ凍りついた。そして、1秒もしないうちに。

 

「ええええええええ!?」

 

 大声になって、爆発した。

 

「星乃かよぉ!?」

「マジで引いたのか、お前!?」

 

 自らが安全になったことを確信したらしい男子が一斉に騒ぎ出す。さっきまで自分が当たらないことを祈っていた連中が、今度は俺を中心にして盛り上がり始めた。しかし、一方の女子たちはと言えば。

 

「え、星乃くん?」

「ちょっと待って、見たいんだけど」

「わたし、絶対似合うと思うんだよねぇ……」

(……おい、最後の奴。どういう意味だ)

 

 男子とは真逆に、真面目に俺の女装について話し始めていた。

 ……俺はまだどういうテーマで女装するかを決めてすらいないというのに、妙に納得した声が飛び交っている。幾つか聞き捨てならない発言も飛び出した気がするが、それについてはまあ目を瞑るとしよう。

 

「はい、静かにしろー」

 

 担任が軽く手を叩くが、教室のざわめきはなかなか収まらない。

 

「……まあいい、というわけで。このクラスの代表は星乃に決定」

 

 とうとう担任も諦めたのか、その流れのままあっさりと宣言された。担任の宣言を聞いたクラスメイトの間から、拍手が起きている。

 ……主に女子からのものだが。男子からは揶揄いのような目線が向けられている。一部、憐れみも刺さってくるが。

 

「頑張れー!」

「優勝目指そ!」

 

 女子たちは完全に他人事のように俺に声を掛けてくる。まあ、実際他人事なのだが。俺は手元のくじをもう一度見た。

 ……見間違いなんて淡い期待は、するだけ無駄というものだろう。何度見ても、当たりは当たりだ。小さめのため息を吐いて、顔を上げる。

 

「先生」

「なんだ?」

「そのコンテスト、どういうルールなんです?」

 

 教室が、また少し静かになる。担任はどこか意外そうな顔をすると、淡々とした様子で答えた。

 

「ああ、ルールな。去年と同じだ。各クラスの代表者が、女装してステージに立つ。それだけだ」

「審査基準はなんです?」

「先生方が審査委員をやる。あと、生徒たちの投票もあるぞ。先生方の評価と生徒たちの投票を点数にして、総合点が一番高かった生徒が優勝だ」

「なるほど……」

 

 そこまで聞いて、俺は小さく頷いた。

 なるほど、つまり──どうやるかは全部自由ということか。

 

「分かりました」

 

 俺は静かにそう返す。多分この時の俺は、妙にやる気を感じさせる表情を浮かべていたに違いない。現にクラスの何人かが顔を見合わせ、何かを話す声が聞こえてきた。

 

「……おい。なんか星乃、やる気出してね?」

「まあ、あいつやる時はやるからなぁ……」

 

 ひそひそ声が聞こえる。俺はその声を聞き流しながら椅子にもたれた。

 

(当たったなら、やることは1つだろ。どうせやらなきゃならないのなら──徹底的にやるまでだ)

 

 この時の俺の頭の中は、ただその1つだけを考え続けていた。

 

 

【星乃家・リビング】

 

(……とはいったものの。どうすればいいのかさっぱりなんだよな)

 

 その日の夕方。いつも通り家に帰り、これまたいつも通りリビングのソファに腰を下ろしていた。テレビはついていたが、内容はほとんど頭に入っていない。画面の中でバラエティ番組の芸人が大げさに騒いでいるが、俺の意識はまるで別のところにあった。

 

(……女装、か)

 

 昼間の出来事が、まだ頭の中に残っている。

 くじ引きで当たった以上、出場は確定だ。辞退するという選択肢は最初から考えていない。引き受けた以上、やること自体に文句はない。

 

 問題は、その中身をどうするかだ。女装と一口に言っても、ただ女子の制服を着ればいいという話ではないだろう。髪型や仕草、声……そういうものも含めて、それらしく見せなければ意味がない気がする。

 しかし俺には、その手の知識がまるでない。当然だろう。女装なんてやったためしがないのだから。友人に女装が得意な奴などいるはずもないので、具体的にどういう装いをすればいいのか考えつくはずもなかった。ソファの背もたれに体を預けながら、小さく息を吐く。

 

(……まあ、急ぐ必要はないか)

 

 前夜祭当日まではまだ日がある。今すぐ結論を出す必要はないだろう。

 そんなことを思ったときだった。

 

「ただいまー。あ、お兄ちゃん。もう帰ってたんだ」

「ああ、少し前にな」

 

 玄関の方から聞き慣れた声が聞こえてくる。ほどなくしてリビングの扉が開き、いつも通りの私服姿の一歌が顔を出した。どうやら見た感じ、今日も幼馴染の3人と元気よく遊びに行っていたらしい。

 

「それで? 咲希たちと遊びに行ってたのか?」

「うん。今日は、咲希がね──」

 

 いつものように、他愛のない話が始まる。咲希が何をしたとか、志歩がどう言ったとか、穂波があわあわしていたとか、そんな日常のひとかけら。

 俺はそれを適当に相槌を打ちながら聞き流していた。

 

 ……そんなときだった。ふと、一歌が髪に手をやるのを見た。鏡も見ずに慣れた手つきで後ろの髪をまとめる。その仕草はあまりにも自然で、何度も見てきた動きだった。

 ──そこで、俺の思考が止まった。

 

(……待てよ?)

 

 女装コンテスト。

 ──担任から言われた条件は1つ。「女に見えればいい」。であればそのためには、仕草や声もそれらしくする必要があるだろう。

 そして今俺の目の前には、毎日見慣れている“参考資料”がいる。しかも、俺たち兄妹の顔立ちはよく似ているという。現に、「似ている」と言われたことは一度や二度じゃない。

 

(なら、やるべきことは案外単純なんじゃないか?)

「どうしたの?」

 

 俺の視線に気づいたからか、一歌が不思議そうにこちらを見てくる。俺は少しの間だけ一歌の顔をじっと見た後、ぽつりと呟く。

 

「いや……。なんでもない」

「……?」

 

 ゆっくりと背もたれから体を起こす。

 さっきまで同じ思考が堂々巡りしていたはずの頭の中が、急にすっきりしていくのがハッキリわかった。

 

 女装コンテスト。女の装いをするコンテスト。

 ならば一番身近にいる異性の──()()()()()()()()()()。幸い俺には、真似をできるだけの能力や顔立ちは備わっている。

 

(なんだ。分かっちまえば簡単な話じゃないか)

 

 一歌は何が何だか分からない、といった顔でジュースを飲んでいる。

 ……まあ、当たり前だ。まさか実の兄が文化祭で自分の真似をするとかいうトチ狂った計画を立てているなんて、夢にも思っていないだろうしな。

 それに考えてみれば、父さんと出かける予定が重なっている一歌は俺の文化祭を見に来られない。それなら余計に好都合というものだろう。

 

 というわけで、俺の女装コンテストの題材は「妹」に決まった。

 

 

 





※この時期の咲希はまだ入院していないという体で話が進んでいます。

前回のパラレルストーリーについてアンケートを取った結果、アイドル世界線とバンド世界線の得票数がほぼ五分だったため今のところはこの2つに絞ります。
それに伴い、新たなアンケートを作りました。あくまで私が考えている内容だけなので、何か面白い案がございましたらリクエストも随時受け付けております。

それではよろしくお願いします。

パラレルの次案を選ぶとしたら、どれにします?

  • 約束された気絶のみのり(みのり)
  • 夏夜と愛莉、ドラマへの挑戦(愛莉)
  • 桐谷夏夜、伝説の兄妹オンステージ(遥)
  • 星灯らぬ夜、眠りを知らず(完全新規)
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