更新が遅くなったことをどうかお許しください。
今回のストーリーはあと1~2話となりそうです。
【星乃家】
MORE MORE JUMP!の初配信が終了してから1週間後の土曜日。モモジャンの第2回配信が行われることになった。どうやら今回は、基本の練習風景を中心に配信しつつ、ところどころでトークを挟む方針らしい。
今回、俺は完全に視聴者側に回っている。「協力する」とは言っても、毎回配信を手伝うわけではない。初配信終了後の愛莉との話し合いで、モモジャン側から「手伝ってほしい」と頼まれた時だけ手伝う、ということが暫定的に決定された。遥や愛莉側も配信に関してはまだ手探りだし、全部を全部俺に頼りすぎるのもよくないだろう──という考えがあるらしい。
実際、その判断は正しいと言える。俺自身、毎回毎回配信を手伝えるわけではない。俺が「行けません」となった時、「じゃあ誰もノウハウが分からないから配信できません」では済まされないからな。何より、俺には大事なもう1つの顔がある。モモジャンの配信に集中してそっちを疎かにすることはできない。
「そろそろ始まるか」
配信開始5分前、すでに配信待機者は100人を超えている。結成発表から1週間前後しか経っていない超駆け出しのアイドルグループとしては、上々だろう。もっとも「駆け出し」といってもアイドル未経験はみのり1人だけで、実際にはアイドル素人に元人気アイドル3人が集っているという一見さんからすれば訳の分からない構成だ。
(いとも簡単に100人規模の人間を集められるあたり、やはり桐谷遥、桃井愛莉、日野森雫のネームバリューは本物らしい)
彼女たちは、公式のSNSアカウントをいまだ有していない。まあ仕方がないと言えば仕方がない。SNSどころかスマホすらまともに使えないポンコツ美女がメンバーに1人紛れ込んでいるわけだからな。もはやスマホを触らせるだけで何かを起こす可能性がある。
例えば何かの拍子にうっかりアカウントを消してしまうとか、明らかにプライベートの写真をSNSに投下するとか。他にもいろいろ思いつくが、その思いつく限りのトラブルを全部やらかす可能性を考慮しなければならない。それが俺の幼馴染であり、日野森雫という少女だ。
(……てか、雫が配信に出て大丈夫なんだろうか)
これは割と俺が懸念している要素の1つだ。というのも、
しかし、それは外付けの装甲に過ぎない。
というか、むしろ欠陥だらけ。妹を見つけた瞬間に超が付くほどのシスコンぶりを発揮し、街を歩けばすぐ道に迷い、アイドルだというのにオーラを隠そうともしないからすぐに目立ち、電子機器の操作なんてもってのほかで、ハッキリ言って頭もそんなにいい方ではない。
俺や志歩はこれまでの雫の実績のせいでそのポンコツぶりをいやというほど理解しているのだが、ファンがそれを理解しているかは別問題だ。というか、理解しているファンなどいないだろう。事務所からもファンからも「完璧」を求められた雫は、ただ言われるがままに「完璧」を演じ続け、その重圧で一度芸能界引退寸前まで追い込まれたわけだしな。
だからこそ、恐ろしい。
もはや信者レベルで雫を「完璧なアイドル」として信じてやまないファンたちが、あまりにも欠陥だらけな本当の日野森雫を見たら……どうなってしまうか。
(いや、やめよう。怖いことは考えるな)
頭を振り、その思考を忘却の彼方へと追いやる。
そのまま脳を切り替え、俺はこれから始まるモモジャンの配信に思考を向けたのだった。
『こんにちは。今日も見に来てくれてありがとう』
『今日はみんなに、わたし達の日常をちょっとだけお届けしようと思うわ!』
『というわけで、今日はダンスの練習風景を配信するよ。いつも私達がどんな風に練習しているのか、見てもらいたいな』
配信の最初は、遥と愛莉のトークから始まる。さすがはメディア露出経験豊富な2人、話を切りだすのにこれ以上の適任はいないだろう。一瞬で視聴者の興味を掴んだ。
コメントの反応も悪くない。「ダンス練習!? 見たい見たい!」とか、「がんばって!!」とか、好意的なコメントが多数を占めている。……みのりに関してはやはり「えーと、誰?」とか「雫ちゃん! 雫ちゃん!」とかで完全に見向きもされていないようだったが。
しかし俺の目線は、画面の端にいるロングヘアーの少女に向かっていた。
(あの表情……。雫、一体何を……?)
多分、雫の微妙な表情の変化に気づけた人間は俺以外いなかっただろう。長年雫を見ている俺ですら気付くのに少し時間を要したほどだ。だが雫の浮かべた表情が何を意味するのか、今の俺には分からなかった。
心の中にそんなしこりを残したまま、モモジャンのダンス練習風景配信が始まる。ちょうどいい機会だと思い、俺は皆のダンスを見極めてみることにした。頭の中の思考をダンスへと切り替え、4人の一挙手一投足に目を配る。
(遥は元国民的アイドルだけあって、さすがの実力だな。ダンスの精密さもさることながら──何より、体幹にブレがない。『魅せる』パフォーマンスが何たるかを誰よりも心得ている。元『ASRUN』のファン人気1位は伊達じゃないってわけだ。愛莉は見た目通りのパワフルなダンスが持ち味。どっちかって言うと、誰よりもステージを楽しむことを大事にするタイプ。けど、遥の言う通り少しだけテンポがずれるパートがある。実際のライブなら気にしない人も多いんだろうが、そこはアイドルとしてのストイックさが許してくれないんだろう)
そのまま俺は、後方で踊っているみのりと雫に目を移す。配信画面を見ると、ちょうど雫がセンターに移動して華麗なターンを決めるところだった。
(うん。稽古の成果が出ている。アイドル始めた当初の雫は、ターンするだけでも足がもつれかけてたからな。でも、今の雫はきちんとこなせてる。息も切れてないし、身体の軸も安定している。成長を感じるな。みのりは──まあ分かってはいたが、まだまだ未熟すぎる。体力も技術も発展途上で、他3人の動きについていくのがやっとって感じの動きだ。ド素人よりはマシだが、どう頑張っても『素人より少し上』ってところか。けど、不思議と見ていると惹きつけられるものがある……)
やがて、ダンス練習が一段落する。
動画内の愛莉もふれていたが、やはり今日の雫のパフォーマンスはいつになく調子がいいように見える。視聴者の意見も同じようなものが多く、「雫ちゃん輝いてたよー!」とか、「さすが雫様」といったコメントが相次いでいる。
しかし、なぜか俺の心の中には奇妙な感覚が生じていた。本来なら素直に称賛すべきなのだろうが、どうにも今の俺は雫を手放しに称賛する気にはなれなかった。妬みとかそんな負の感情ではない。もっと別の、見落としがあるような妙な感覚ゆえにだ。
それこそ、この後何か重大なことが起こりそうな。
──そして練習の休憩中。俺の予感は的中してしまうことになる。
発端は、みのりがペットボトルの水を全部ぶちまけるドジをかましたところからだった。幸い誰にもかからなかったので被害自体はなかったが、ペットボトルがすっからかんだ。
本来なら、「みのりはドジっ子」という一幕で片付けられたことだろう。実際、視聴者の間でも「あれ、もしかしてこの子ドジっ子?」とか「今の面白いww」という好意的な意見が散見された。
ここで遥が水でも渡せば、綺麗にまとまったのだろう。だが、よりにもよって雫が助け舟を出したのがまずかった。
『じゃあ、私のでよければ飲まない?』
そう言って雫がみのりに水筒を差し出した瞬間、俺は非常に嫌な予感がした。
一応言っておくと、間接キスとかそういう類の問題ではない。もっと別の問題だ。雫は練習の時、いつも水の入ったペットボトルともう1つ、あるものを入れた水筒を持ってきていることを俺は知っている。そして今みのりに渡したのは、水筒の方だ。
(ちょっと待て。あの水筒の中身って、もしかしなくても……)
もしこの時俺が配信場所に居たら、雫に向かって全力で☓を出していたことだろう。だが、現実はそうはならなかった。
俺の懸念は、見事に的中してしまうことになる。
『って、これってお味噌汁!?』
(やっちまった……!!)
……みのりの驚きの声により、雫のポンコツ性の1つが呆気なくバレることになった。
そうなのだ。雫が冬場に水筒を持ちこんでくる場合、その水筒には
確かに身体は温まるが……明らかに練習の後に飲む飲み物ではない。実際俺も雫に言われる形で試してみたことはある。あるが、味は濃いし喉は通りにくいしで……とてもじゃないがダンスの後にすぐ飲むような代物だとは言えなかった。現に画面の向こうの遥や愛莉も、かつての俺とほとんど同じツッコミをしている。
だがそんな些細なことはもう問題ではない。それよりはるかに重大な問題が起きている。
……雫の知られざる一面を見た視聴者たちが、弾け出したのだ。
「雫ちゃんってこんな感じだったっけ?」
「あり得ないでしょ。雫ちゃんが味噌汁って」
「イメージとなんか違う……」
「やー、これはこれでアリかも……?」
愛莉が慌ててフォローするが、こうなったコメント欄はもう止められない。一度火が付いた人間は、燃焼源が燃えカスになるまで尽きない。
「そういうの雫ちゃんに求めてないんだが?」
「もっとしっかりしてるイメージあったのに……」
「味噌汁wwおもしろすぎるwww」
「お前らコメント欄で喧嘩すんな」
コメントはなおも燃え続け、モモジャンの4人ですら収拾がつけられない状態になっている。
そしてついに、一線を超える者が現れてしまった。
「
「雫様ってこんな人だったの? なんかがっかり」
それを見た俺は、すぐさま愛莉の携帯に電話を飛ばした。
着信音が聞こえたらしい愛莉は一応視聴者に断りを入れ、画面外へと出ていった。その数秒後、電話が繋がる。配信中であるにもかかわらず電話を掛けたのは申し訳ないが、事情が事情だ。流石に看過できるものではない。
「もしもし、愛莉か?」
『夏夜さん? ……もしかして、配信見てるの?』
「ああ。それより──今すぐ配信を止めた方がいい。これ以上は雫がもたなくなる」
『ええ。みんなには申し訳ないけど、そのつもりでいるわ……』
こうしてこの日の配信は、雫だけでなくモモジャンのメンバー全員に多大なダメージを残したまま終了となってしまった。
【宮益坂】
──今日の配信では、日野森雫の最大の問題点が浮き彫りになった形となった。
……日野森雫というアイドルの最大の問題点。
それは、「
雫は元々人気アイドルグループである「Cheerful*Days」のセンターを張っていただけあって、そのパフォーマンスの高さは疑う余地もない。だがそれは、事務所やプロデューサーの意向によって無理やり作られた「外付けの顔」なのだ。
実際、チアデのセンター時代の雫のキャッチコピーは「クールでミステリアスな完璧アイドル」だったからな。もっとも、いつも通りの雫を知る俺は理解が追い付かなくて頭の中に宇宙ができていたが。
だが結果としてその外付けの顔は雫に張り付くようにして離れなくなり、日野森雫ファンからの雫のイメージは「クールでミステリアスな完璧アイドル」で凝り固まっている。それはもう、何をどうしようと他者の力では覆せないほどに。
──実は脱退騒動の後、俺は志歩の手も借りて雫が出た番組を片っ端からチェックしてみた。すると、雫はアイドルグループのセンターであるにもかかわらず、基本的に一言も発していないことが分かったのだ。ただそこに佇んで、静かに微笑んでいるだけだった。恐らく、それが前に雫から聞きだした「事務所の方針」の一環なのだろう。
……金を稼ぐことしか考えていない会社特有のふざけた、強引な手法。確かにファンは付くだろう。会社も儲けられるだろう。だが、それだけだ。明らかに、雫本人や周りの人間の心情を無視している。「チアデ不仲説」なんてことも囁かれた(というか事実だった)が、これではグループメンバーからの反感を買うのも無理はない。傍から見れば自分が汗水垂らして努力している一方で、雫は笑みを浮かべているだけでその神秘的な雰囲気に魅せられたファンが勝手に増えているようにしか見えないのだから。
だがその裏には、雫の超弩級の天然さに手を焼いた事務所側の涙ぐましい努力があったのだろう。とは言ったものの、事務所側が選んだやり方なのだから同情などしない。むしろそれだけの努力を尽くして結果的に雫に逃げられてるんだから俺は軽蔑する。
だが、ファンからしてみればそんな事情はどこ吹く風だ。
アイドルはどこまでいってもアイドル、偶像でしかない。言い換えれば、皆の理想の体現者がアイドルだ。だからこそ、アイドルは「完璧」を求められる。そして雫には、運の悪いことに「完璧」を体現できるだけの美貌とオーラがあった。
……人が見るのは結局、どこまでも外の面だけだ。見られている側の相手が何を思っているのか、実際はどうしたいのかなど気にも留めず、自らのイメージを一方的に押し付ける。そうして押し付けられ続けた結果がこれだ。「日野森雫は味噌汁なんて飲まない」、「日野森雫はミスなんてしない」。
そんなバカげた偏見が、世間一般から見た日野森雫を形作っている。
(……ああ、心底腹が立つ)
俺からしてみれば──ふざけているとしか言いようがない。
雫のファンは勝手に「雫様」とかいって崇めているらしいが、俺からしてみればそれはファンではない。ファンでもなく、オタクでもなく、その枠組みを超えた存在──言うなれば、
そして信者共は勝手なイメージで勝手に雫を祀り上げて、思い描いたイメージと少しでも違えばよってたかって偶像を叩き、思い描いたあるべき偶像の姿へ戻そうとする。そんな連中の作った勝手な幻想が、他の誰でもない雫を追い詰めていることなど知らないで。
押し付けられる側の感情を一切考えず、自分の信じたイメージを一方的に押し付け、イメージと違えばすぐに集中砲火する。これを信者と呼ばずして、どう表現すればいいというのか。
(雫……どこにいる?)
今俺は、雫のスマホに入れておいた位置情報サービスを頼りに雫を追いかけている。というのも数か月前、雫迷子対策として雫および日野森家の両親同意のもと雫のスマホの位置情報を見られるようにしておいたのだ。というか志歩に「頼むから入れておいて」と懇願されていた。まあ、雫の迷子ぶりを知っていればそんな反応にもなるだろう。で、妹大好き人間の雫はその妹の頼みを二つ返事で受けたというわけだ。
だが、先ほどから雫のスマホの位置情報の動き方がおかしい。
変な方向へ行ったと思ったら、また急に方向転換して変な方向へ向かいだす。急に変な方向へ向かいだすのは今に始まったことではないのだが、それを抜きにしたって変だ。まるでさっきから、人目になるべくつかないような場所を目指してるような挙動を見せている。
(これは……いよいよまずいかもしれないな)
まもなく雫のスマホの位置情報が、神山通りのある一角で止まった。今自分のいる位置的にも、走ればすぐに追いつけるだろう。俺はスマホの位置情報を頼りに、雫がいる場所へと駆け出していく。
程なくして俺の目が、道の真ん中で立ち尽くす雫の背中を捉えた。
「雫!」
しかし、次の瞬間。
雫は俺を見て驚いた表情をしたかと思うと──光に包まれてその姿を消した。
(……!?)
その光を、俺は何度も見たことがある。セカイだ。セカイに入る時に必ず見ることになる、あの光。きっと雫も、誰かにセカイに入る瞬間を見られるとは思っていなかったのだろう。ひどく驚いていたし、スマホを手から落としかけていた。
だが、セカイにいるということは──。
(こっちから、セカイに乗り込むことだってできる)
……この際だ。雫と一度、面と向き合って話を付けなくてはならない。雫の今のためにも、未来のためにも。
俺は星空のセカイへ向かうべくスマホの音楽ファイルを起動する。
目指すは、あの光あふれる「ステージのセカイ」だ。
夏夜が作中で雫のファンに対してあれやこれやと言っていますが、これはファンの一方的な発言が夏夜の琴線に触れてしまい、性格が変わってしまったことが原因です。
1章でもありましたが、文字が赤い場面は相当激情に駆られています。
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