今話が「Color of myself!」編のラストとなります。
時系列が原作と少し異なっていますが、大筋は変わりませんので気にしないでいただければと思います。
また、夏夜のプロフィールに多少の追記を加えました。宜しければご覧ください。
【宮益坂女子学園】
──俺の携帯に、愛莉からの連絡が来たのは数日後のことだった。
用件を聞くと、「今度の配信、来てくれる?」とのことだ。なんでもどこかのタイミングで雫と2人で話し合うことがあったらしく、その中で「今度の配信には夏夜くんにも来てほしい」と雫が言い出したらしい。
前回の配信のこともあってか愛莉に断る理由はなかったそうなので、呼び出しを受けた張本人である俺に連絡を繋いだということらしい。
(覚悟は決まったみたいだな、雫)
俺としても、雫のその覚悟を見届けたいと強く思っていた。だから、それを二つ返事で引き受けた。
そうして来る週末、土曜日の朝。予定されていた時間より十数分早く、俺は宮益坂女子学園を再び訪れていた。あの間延びした口調の事務員さんから入校証を受け取り、屋上への道をひた進む。屋上のドアを開けると、どういうわけか雫以外のメンバーが皆揃っていた。いち早く俺の来訪に気が付いた遥が、俺に声を掛けてくる。
「夏夜さん。おはようございます」
「おはよう。……ずいぶん、早いんだな?」
「はい。土日に配信する時は、出来る限り30分前には来るようにしてるので」
30分前行動とは、ずいぶん早いことだ。とはいえ雫以外全員揃っていることを考えると、みんなして同じ考えなのかもしれない。
「ところで、雫は? 夏夜さんは何か聞いてない?」
「いや。少なくとも俺は会ってないな。だが来ないってことはあり得ない。今は待っていよう」
「そうね。信じて待ちましょ」
撮影の準備や今日の企画の段取りを確認しているうちに、あっという間に時は過ぎ去っていく。雫がやってきたのは、集合時間の5分前になった時のことだった。
「遅れてごめんなさい!」
「雫ちゃん!」
「雫。大丈夫なの?」
「ええ。ちょっと、気持ちの整理に時間がかかっちゃったけど……。でも、もう大丈夫よ。私は、ありのままの私をみんなに見てもらうことに決めたわ」
その宣言に、みのりは目を輝かせ、遥はどこか心配そうな表情を浮かべ、愛莉は「よく言ったわ!」と言わんばかりの表情になる。俺もまた、その覚悟を受け取った。
「動画編集は……必要なさそうか?」
「ええ。でも、配信の一番最後に時間をもらえたら嬉しいわ。そこでファンのみんなに、私の気持ちを届けたいから」
「あいわかった。じゃあ、今日の配信についての最終確認を始めていくぞ」
今日の配信は、みのりが発案した「ありのままの雫ちゃんの良さをファンの皆にも知ってもらうアイデア」を全面的に採用している。
雫が理想を選ぶのか、はたまた現実を受け入れるか。そのどちらに転んでもいいように、みのりはだいぶ奮励したらしい。愛莉曰く、最終下校時間を過ぎてもなお教師に食い下がって時間を延ばしてもらい、考え続けていたそうだ。
(その熱意こそが、彼女の原動力なんだな)
それを、ひしひしと感じとった。そして雫も理解したはずだ。
「……お前は、1人じゃない。そうだろ?」
「そうね。……私には、みんながいるものね!」
「よく言ったわ、雫! あとは今日の配信で、最高の日野森雫を見せてちょうだい!」
まもなく、配信開始の時刻となる。俺は裏に回り、決してカメラに映らない位置へと移動する。同時に、4人が所定の立ち位置へ移動するのを見届けた。
「準備はできたな?」
「いつでもいいわ!」
「よし、なら行くぞ……。3、2、1……スタート!!」
録画ボタンを押す。
かくして、雫の未来を決める重要な配信が開始された。
「みんな、こんにちは! 『MORE MORE JUMP!』の桃井愛莉よ! 早速だけど、今日の企画を発表していくわ! ──3回目の配信は、ずばり! 『地獄のダンス特訓』よ!」
「前より難しいダンスにみんなで挑戦するよ。マスターするまで続けるからね」
コメント欄を見ると、意外なことに雫への意見は少ない。『今回は遥ちゃんも踊るの?』とか、『そんなに難しいんだ?』という質問が大多数を占めている。
「今回は私も踊るよ。振り付けは配信前に確認したんだけど、今回の曲は本当に難しいからね……」
「えっ、遥ちゃんでも!?」
「うん。相当練習しないと、マスターはできないかも」
「でも、やるって決めたからにはやるわよ! そうよね、雫!」
「ええ。頑張りましょう」
またコメントが流れる。だが、そのコメントの中には「雫ちゃんダンス上手いからね」とか、「雫様なら余裕です!」といった、「決めつけ」が多く見受けられた。
(……こいつら、何も学んじゃいないのか?)
前回の配信が途中終了になった理由は、今画面の向こうで素知らぬ顔をしながら、イメージを固定するようなコメントばかりしているこいつらだというのに。
その不満をグッと押さえつけて、成り行きを見守る。しかし俺のそんな黒い感情とは裏腹に、雫は穏やかな笑顔でファンからの期待を受けていた。もう、逃げない。そんな意志を、強く感じる瞳だった。
「ワン、ツー、ここでターン!」
練習は特に目立った問題も起こらず進行していった。
4人の中で最も振り付けを理解している遥に先導されるように、雫たちは一心不乱に手足を動かしている。俺から見ても、今回のダンスはなかなかにレベルが高い。手足だけでなく、全身を酷使するハードな振り付けが目立つ。だがその分、華がある。マスターすれば、ライブにおける見せ場として強力な手札になってくれること疑いなしだ。
だが、道はなかなか険しいものがある。
みのりはバランスを崩して転びまくり、雫は身体全体を駆使したターンで足がもつれることがあり、愛莉もいくらかリズムが遅れる箇所があるし、この中で最もスペックが高いはずの遥ですら、指先への意識が足りなくなる瞬間がある。
コメント欄からも、「これ超難しいでしょ」とか「10分も続かない自信がある」といった意見が飛び出している。事実、今回のダンスは相当高難易度だ。1発で完全習得はまず無理だし、数時間でマスターできれば相当実力があると言っていいレベルで。
「アイドルは根性! ここからはもっとキツくなるでしょうけど、絶対マスターするわよ!」
「は、はいっ! がんばります!」
休憩時間のコメント返し中に愛莉が語ったその言葉で、メンバーの士気が上がるのが感じ取れた。
だが直後、やる気が空回りしたと思わしき雫がポジション移動中に尻餅をついてしまう。すぐに駆け寄った愛莉の反応を見る限り、どうやら大事には至らなかったようで何よりだ。しかしそのミスのせいで雫にはもつれ癖がついてしまったようで、雫は何度やってもその動きを会得できず、足がもつれて躓いてしまう。
(移動前の振り付け、重心の動かし方に難があるな。足の動かし方自体は出来てるから、そこが何とかなれば縺れることもないんだろうが……)
部外者である以上、俺は口を挟めない。ただ、先の展開を見守るしかなかった。
再開から30分もすれば、まだ多少の余裕がある遥以外の3人はかなりバテ始めていた。だが遥の提案で2度目の休憩時間に入ろうとした矢先、雫が「自主練を続けたい」と言い出した。その言葉の通り練習を続ける雫に対しみのりは休むよう諭すも、雫は聞く耳を持たない。愛莉がみのりを諫めようとするが、引き下がりそうになかった。
しかしその流れを変えたのは、1つのコメントだった。
「雫ちゃんの自主練、見たいなぁ」
それに続くように、「私は見たい! カメラ映してー!」や、「雫ちゃん見せてよー!!」という肯定的なコメントが流れ始める。もちろん中には「コケてるの見たくないんだけど」やら「何かイメージと違うんだが?」みたいな先入観にとらわれ続けている愚か者共のコメントもあったが、それ以上に流れは、確実に雫に味方し始めていた。
俺はすぐさま、3人に見えるよう「どうする?」とだけ書かれたカンペを掲げる。それに反応を返したのは、みのりだった。
「見てもらおうよ!」
「うん。そっちの方がいいと思う」
「そうね。勝手に見せちゃうのは気が引けちゃうけど……きっと雫も許してくれるわ」
3人の意見がまとまったところで、カメラをこっそりと雫の方へと向ける。
雫はなおも、ただひたすらに練習を続けていた。その表情に余裕は一切感じられない。必死で、泥臭くて、全力の、俺が良く知る雫の顔だった。チャットに目をやると、面白がるコメント、意外だと語るコメント、感心するようなコメントなど多種多様だった。少なくとも、否定的な様子は見られない。その反応を見て、しばらく俺は雫を中心にカメラを回すことにする。同時に、3人に向かって身振り手振りで指示を送る。その意図を理解したのか、休憩中の3人は自然に画角の外へと退いた。
そんな休憩時間中、愛莉が小声で俺に話しかけてくる。
「あれが、本当の雫なのよね」
「そうだ。誰よりも美人なくせに、誰よりも必死で足掻いてる。雫の作り上げてきた完璧は、血反吐を吐くような努力の上にあるんだ」
「……雫、驚くかしら」
「いや。むしろ、これこそ雫が望んでたことだと思う。──日野森雫が再スタートするには、偽らない本当の自分を、目に見える形で皆に明かす以外ないからな」
「そっか……。そうよね」
いつの間にか、コメントが肯定的な意見であふれていることに気づく。
だがそこで、休憩の終わりを告げるタイマーが鳴ったことで再び練習続行となる。雫は自主練の成果が出たようで、最後をしっかり決め切った。これにて、ようやく一連のダンスを踊りきれたことになる。マスターとはいかずとも、最後まで踊りきれただけ及第点というものだ。
ほぼ全員、肩で息をしている状態だ。ただし、やはりというべきか遥だけは多少呼吸が乱れる程度で済んでいる。
「おめでとう、みんな。最後まで踊りきれたね」
「はひゅ~……。も、もうダメ~……」
「みのり!? 大丈夫……!?」
「ちょっと休ませてあげましょ。むしろ、いきなりこんなハードなダンスやらせてよくついてこれたと思うわ」
遥の宣言がなされた瞬間、みのりは崩れ落ちるように地面に倒れた。その倒れ方ときたら、「ばたんきゅ~」という可愛らしい擬音が目に見えるようだった。
まあ、頑張った方だろう。休憩込みとはいえ、ここまでハードなダンスは身体に堪える。ましてやアイドルとしての経験がある雫や愛莉ですら目に見えて疲労困憊状態なのだ、圧倒的に鍛錬不足のみのりは言うまでもない。……遥だけは割と余裕を残しているようだが。
そのまま動画は、今回の総括に移る。
「こんなに早く踊りきれるなんて、思ってなかったよ」
「ええ。みんなよくやったわ。でも、今回の配信のMVPは雫ね」
「えっ……?」
「そうだ。皆に言いたいこと、あるんじゃない?」
「あっ、そうね……!」
(おい……)
──これたぶんマジで忘れてたやつだ。声のトーンからしてそうだ。練習がハードだったから仕方ないといえば仕方ない。とはいえ今回は雫が俺を呼んだのだから、俺的には覚えていて欲しかった。
そのまま愛莉と遥が画角の外へと移動し、雫の発表が始まる。
「……あのね。みんな、聞いてほしいの」
コメントの困惑をよそに、雫がこれから自分はどうするのかを、皆に明かす。
「──『Cheerful*Days』にいた頃の私は、今よりずっと完璧で、素敵だったかもしれない。でもそれは、いろんな人の助けで作られた私で……。本当の私じゃないの」
「雫……」
心配そうに雫を見つめる愛莉の肩に手を置き、静かに首を振る。
俺が伝えたいことは、ただ1つ。
──「何も言うな」。
今割り込めば、それは雫の決意を、覚悟を否定することになってしまう。だからこそ、どんな展開になろうと割り込むことは許されない。
それは無言の会話ではあったが、愛莉は俺の伝えんとしていることを正しく理解してくれたようで、大きなリアクションを出すことなく首肯した。
「みんなは、前の私の方がいいって思ってるかもしれないし、前の私の方が、みんなも喜んでくれるかもしれないってことは、分かってるの。……でも、ごめんなさい。私はもう、昔の私には戻れないの。みんなが期待してる、完璧な日野森雫にはもうなれないわ。でも、それでも──」
雫はそこで胸に手を当てると、今の雫としての決意を新たに語った。
「──今の私で精一杯、みんなに希望を届けていきたいと思うの。だから、どうか……。こんな私でよければ、もう少し見ていてほしい」
「……っ」
隣で、愛莉が静かに息を呑む音が聞こえた。リスナーたちも黙って雫の言葉に耳を傾けていたようで、しばしチャットは停止する。
──雫の覚悟は、受け入れられるのか。拒絶されるのか。俺も、遥も、愛莉も、雫も。黙って、審判の時を見守っていた。
『私、どんな雫ちゃんも好きだよ』
「あ……!」
……かくして、審判は下された。
1人のリスナーのコメントを皮切りに、チャットが雫の想いを受け入れるコメントで埋め尽くされていく。「話してくれてありがとう!」、「決めた。絶対推すわ」、「応援したくなった」。あの日とはまるで違う、人を害する冷たい炎ではなく、1人のアイドルの覚悟と誓いを受け入れる温かい炎が、静かに燃えていた。
「みんな……。ありがとう。──これから私たちは『MORE MORE JUMP!』として、新しい一面をみんなに見せることになるわ。それとね、みんな。私、新しい目標ができたの」
その言葉に、リスナーは再び聞く姿勢を見せる。
心無い罵倒を浴びせる者は、もう存在しなかった。
「私はもう、完璧な日野森雫にはなれない。だけど、きっと──『
コメントはなおも、温かい言葉で満ちていく。
かくして雫の未来を決める重要な配信は、前回の配信の通夜のような雰囲気とは程遠い、温かいムードで幕を下ろすこととなった。
最後の締めの挨拶を終えた後。雫はようやく緊張の糸が切れたようで、大きな息を吐いた。
「はぁ。よかった……」
「雫! お疲れ様!!」
「愛莉ちゃん……。みんな……。ありがとう」
雫が静かに皆に頭を下げる。
雫は今新たなるスタートを切ったばかりであり、これは再出発に過ぎない。だが、同時に1つのゴールであることもまた間違いない。少なくとも、雫が早々に折れるようなことはもうないことは確かだった。すると、雫が俺の方を真っすぐな目で見つめてくる。
「夏夜くん」
「どうした?」
「改めて、ありがとう。それと……これからも、よろしくね」
「……ああ。応援してる。
「……! ええ!」
俺は日野森雫の師匠であり、同時に最初のファンでもある。
だからこそ、これからも雫の力になろう。この場で俺は、そう誓った。
「そうと決まれば、一緒に配信を見直しましょ! 嬉しいコメントが、たーっくさんついてるわよ!」
「うん!」
こうして雫の天然から始まった騒動は、雫が新たな覚悟を見せ、新たな旅立ちを迎える形で大団円を迎えることとなった。
「おいおい、嘘だろ……」
「どうしたの? そんな難しい顔して」
「……見ればわかる」
「え? あっ……!?
ちょっと、みのりーーーッ!!!」
……配信を改めて見返していた俺が、その雫の決意表明の間ずっと後ろで大の字になって倒れていたみのりを発見してしまったことを除けば、だが。
星乃夏夜について⑦
咲希に「お願い」された場合、一歌・穂波・司は基本的に10割、志歩はなんやかんや言いつつも8割の確率で咲希のお願いを聞いてしまうが、夏夜が咲希のお願いを聞く確率はせいぜい5割程度で、咲希と関係の深い面子の中では一番低い。
ただし、一歌の「お願い」は90%以上の確率で聞いてくれる。咲希はそれを知ってか知らずか、夏夜への頼み事は一歌を経由することが多い。
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