アンケートを開設した直後、本家の方で「愛莉が人気ドラマに出演する」というアンケートで提示した内容まんまのイベントが発表されたのを知ってひっくり返った作者です。
小話の中編、前夜祭本番となります。風邪気味のまま執筆したので展開がおかしかったり、誤字脱字が多発するかもしれませんが、そこは笑って許してください。
誤字脱字は遠慮なく報告して頂ければと思います。
【体育館】
迎えた前夜祭本番。どんちゃん騒ぎの主戦場たる体育館は、すでに祭りの熱気に満ちていた。
普段なら体育を楽しむ生徒たちや体育教師の笛、放課後になれば生徒たちの大声が響く場所だが、今日はまるで別の世界だ。天井から吊られた簡易照明が白い光を落とし、体育館のステージを照らしている。体育館の壁には文化祭のポスターや装飾が所狭しと貼られ、ステージの両側に置かれているスピーカーから流れる軽快な音楽が体育館中を微かに震わせていた。
ステージ前に並べられたパイプ椅子はすでにほとんど埋まり、後ろには立ち見の生徒までいる。前夜祭は参加自由と銘打たれているにもかかわらず、前夜祭のメインイベントを見ようと体育館にはすでに全校生徒の9割近くが詰めかけていた。
「見えねーよ、前のやつ座れって」
「無理無理、もう満席なんだよ」
「仕方ねーだろ。肩越しに見ろ、肩越しに」
男子たちのそんな声がそこかしこで飛び交う。完全に観客モードである女子たちはすでにスマホを構え、録画の準備をしていた。
「今年も動画撮る?」
「もちろん。去年のやつめっちゃ面白かったし」
「去年のまだ残ってるよ、ほら」
去年の女装コンテストを撮影した2年生の女子が、動画を皆に見せる。スマホの画面を覗き込んだ2年生の女子グループが、一斉に笑った。
「これこれ!」
画面には、ピンク色のウィッグをかぶった騎士風の衣装の生徒が写っている。
キャピキャピした風貌、装飾の多いド派手なコスチューム、そして妙に堂々とした立ち姿。一目で男だと見抜くのは容易ではないだろう。
「去年の優勝者だっけ?」
「そうそう。なんかのゲームのキャラのコスプレ」
「しかも男の娘の騎士のやつ」
「あー、あれ。完成度めちゃくちゃ高かったよね!」
それを近くで聞いていた3年生の男子グループが、この話に反応して小声で会話し始める。
「確か去年優勝したのって、大久保だっけか? 1学期の終わりに転校してった」
「だったはずだぞ。にしても、女装コンテストでそこまでやるか? ってレベルだったわ」
「いや、あれすごかったよなー」
「最後にポーズ決めてたし。俺あれでクソ笑った記憶あるわ」
その会話の中で、3年生の男子がふとこんなことを言い出した。
「今年あれ超えるやついるのか?」
「いや無理だろ。あれ女子にしか見えなかったし」
「見た目女子だったけど、声は男だったんだよなー。そこだけ残念」
そんな話をしていると、ステージ袖からスタッフ役の生徒が慌ただしく出入りしているのが見えた。カーテンの隙間から色とりどりの衣装がちらりと覗く。その様子が噂となり、観客席のざわめきが少しずつ大きくなっていく。
やがてステージ中央に一人の男子生徒が現れた。胸元には手書きで「司会」と書かれた名札が下がっている。その生徒はマイクを持つと、軽く咳払いをした。
「えー……。皆さん、お待たせしました!」
その一言で、体育館の視線が一斉に集まる。同時に、客席から歓声が上がる。誰かが口笛を吹き、拍手がぱらぱらと広がっていく。
「これを楽しみに今日学校に来た人も多いんじゃないでしょうか! 皆さんお待ちかね、前夜祭のメインイベント!」
一拍、わざと間を取る。
「例年ならばこんなことはあり得ないんですが……。今年は大好評につき2年連続!
──女装コンテストを、開催いたしまーす!」
「うおおお!」
「きたー!!」
その宣言に、体育館が一気に沸いた。笑い声と拍手が渦のように広がる。司会は満足そうに頷いた。
「まずは、去年参加していない1年生のためにも簡単にルール説明をさせていただきます。──ルールはとてもシンプル! “
客席からどっと笑い声が上がる。観客の生徒から「もっとないのかよー!?」やら「それだけなのかー!?」といった、笑い飛ばすようなヤジが飛んだ。
「えー、たった今『それだけか』と言われましたが……。はい! それだけです! とにかく、女の子の格好をしていればいいです! コスプレでもOK! というか、女の子に見えればジャンルは問いません!」
観客席から「おおー」という声。主に1年生の声だ。すでにルールを知っている2、3年生は、なおも笑い続けている。
「ちなみに去年は、男の娘の騎士のコスプレをした人が優勝してまーす!」
その説明に、客席のあちこちから笑い声が上がる。それと同時に、去年のコンテストを振り返る声も聞こえてきた。
「アレマジで完成度高かったよな!」
「マジで可愛かった」
「ウチ、男だって信じられなかったもん」
観客たちの騒ぎをよそに司会は再びマイクを握り直すと、もう1つのルールについて説明を始める。
「そしてもう1つ、大事なポイント! それは、優勝の決め方です!」
そう言うと司会は、審査席の教師たちを指し示した。
「まず先生方による審査点です。こちらは40点満点で審査されます! そして今年、審査を担当してくださるのがこちらの先生方!」
ステージ脇の椅子に座る四人にスポットライトが当たる。
「まずは1年生の担任代表の高城先生!」
「えー、また去年みたいな人が現れるのか非常に楽しみです」
高城先生は一礼すると、今年のコンテストへの期待を述べる。その言葉に、会場から笑い声が上がった。彼の語る「凄い人」とは、当然去年の優勝者のことだ。高城先生は去年の女装コンテストでも審査員をしており、去年の優勝者に10点満点をつけている。
「続いて2年生の先生代表、大島先生!」
ふくよかな女性教師が腕を組んだままマイクを取る。
「ポーズとか歩き方とか、そういう“身体の使い方”をちゃんと見させてもらいますよー」
大島先生もまた、去年の審査員の1人だ。どちらかというと、女装の完成度よりも立ち振る舞いを意識して見るタイプである。会場から、また笑い声が上がる。
「3人目は3年主任、美術部顧問の三枝先生でーす!」
「衣装やメイクとか、そういうのも楽しむ要素ですからねー。美術部顧問としてしっかり審査させてもらいまーす」
赤縁眼鏡の女性教師が一礼し、柔らかく笑った後に採点基準を語る。そして最後に、筋肉質な中年の教師が立ち上がった。
「審査委員長は去年と同じ、生徒指導主任の小田切先生でーす!」
生徒たちから拍手が上がると同時に、厳しそうな表情の中年男性教師がマイクを持った。
「……まあ、節度を守って楽しんでください。それはそれとして、去年を超える激戦を期待します」
その言葉に、もう何度になるか分からない笑い声が上がる。小田切先生は生徒指導の先生だけあって堅物ではあるが、こういうイベントは誰よりも楽しむタイプであると、2年生以上の生徒たちは皆分かっていた。
まもなく、会話の主導権が司会へと戻る。
「さて、採点基準はもう1つあります。それが、皆さんによる投票です! 入口で配られた投票カード、皆さん持ってますよね?」
「はーい!」
「持ってんぞー!」
「出場者の皆さんが出揃った後、一番いいと思った出場者の番号を書いてください! 先生方の点数と皆さんの投票の票数を合計し、一番得点が高い人が優勝となりまーす!」
「おおおー!」
「やべぇ、めちゃくちゃ面白そう!」
その宣言に、今までで一番の歓声と笑い声が上がる。楽しみにする生徒、そわそわする生徒、既にテンションがぶちあがっている生徒と、選り取り見取りだ。
「というわけで! 今年も個性豊かな参加者が揃いました! それではさっそくいきましょう!」
「おおーっ!!」
生徒たちの熱狂をよそに、音楽が切り替わる。
「エントリーナンバー1番! 3年1組、藤崎俊太君!」
宣言と同時に、ステージ袖のカーテンが勢いよく開く。そこから現れたのは、背の高い男子生徒だった。
が、その容貌はあまりにもド派手と言う他ない。長い金髪ウィッグに派手なメイク、ミニスカート。アクセサリーまでじゃらじゃらつけている。そしてトドメと言わんばかりに、登場した瞬間、腰をくねらせてポーズまでかます。
その一連の行動に、会場は瞬く間に爆笑の嵐に包まれた。
「うわあww」
「濃い! 濃いよ!!」
「ギャルだ! ギャルがいるぞ!!」
「お前なんでそんなノリノリなんだよ!」
特に爆笑したのが、3年1組の生徒たちだ。藤崎は観客席に向かってウインクし、そのまま両手でハートを作る。さらに追い打ちの投げキッス。3年1組の生徒がさらに爆笑する。
「クッソwwwww」
「メンタル強すぎんだろ!?」
「ヤバい、今年最初からこれはヤベぇよww」
体育館中に広がる爆笑の中、1番目の出場者である藤崎が退場する。姿が見えなくなると同時に、司会が次の出場者の紹介に移った。
「エントリーナンバー2番! 2年1組、中山一郎君!」
「はーい!」
ステージの端からダッシュで現れた中山という男子生徒は、ミニスカートに学ラン、そしてどこから持ってきたのか、口にパンを咥えている。所謂漫画の女子高生の姿だ。
「いっけなーい! 遅刻遅刻!」
野太い男の声で発せられたその台詞に、会場に再び爆笑が広がる。中山はそのまま駆け抜けていき、ステージを後にした。
「ぶっはwww」
「いいねえ!」
「見せてくれました中山君。ずいぶんと野太い声の女子高生でした!」
司会のそのトークに、再び会場は笑いに包まれる。
「どんどん行きますよー! エントリーナンバー3番! 1年1組、萩原充希君!」
今度は小柄な男子が出てきた。先の中山と同じ白いセーラー服だが、小柄な体格故か驚くほど似合っている。肩までのウィッグに、控えめなメイク。歩き方もどこかおとなしい。その女装の完成度に、客席からは笑いではなく感嘆の声が聞こえる。
「おお……!」
「なんか、普通に可愛くね?」
出場者は少し照れたように歩き、ステージ中央で軽く会釈した。その可愛らしいしぐさに、女子たちが盛り上がる。
「え、めっちゃかわいい!」
「似合ってるじゃん!」
萩原は恥ずかしそうに手を振って戻っていく。その仕草に、さらに女子たちは沸き立った。
彼が登壇中一切喋らなかったことに観客たちが気づいたのは、萩原がステージから去った後の話だった。しかしそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、体育館の空気はどんどん温まっていく。
「続いて4番! 3年2組、前村勇気君!」
今度はメイド服。フリルたっぷりのエプロンをつけ、ステージ中央まで歩くと深々とお辞儀をする。そしてマイクを借り受けて、一言体育館に声を放つ。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
メイドに連想される猫撫で声とは違う、明らかに体育会系と分かる男の声。
一瞬の静寂が体育館中を包み込む。次の瞬間、客席から今日1番の笑い声が上がった。
「おいやめろwww」
「声低っ! 低いって!!」
「もうダメだ腹痛いwww」
本人は真顔のままスカートの裾をつまんでお辞儀している。その姿と声のギャップに、さらに爆笑が広がる。
「ありがとうwwwございwwましたwww」
「「おい司会!!」」
どうやら司会は先のメイド服の出場者のせいで完全にツボってしまったらしく、一定時間笑いすぎで進行不能になっていた。司会が立ち直ったのは、数分後の話だ。しかし未だ脳裏に例のメイド服がよぎっているらしく、思い出し笑いを抑えられていない。
「えー、ンフッ、失礼しました。続いて5番! 2年3組、田島浩紀君!」
今度は巫女服の男子が登壇してくる。しかも脇出しという攻めまくった衣装だ。ステージ中央まで堂々と歩いていき、その上で何故か本格的なお祓いの動きを再現している。
「なんでそんな本格的なんだよ!」
「お前どこでそんなん覚えた!?」
2年3組のクラスメイト達から笑いとツッコミが飛び交う。レベルの高い女装の連続で、観客席はすっかりお祭り状態だった。
「今年レベル高いですねこれ」
「もうこの時点で去年より面白いです……!」
「これは誰が優勝するか分からないな」
教師陣も今年のレベルの高さには目を見張るものがあるようで、小田切先生の発言に教師一同が頷いている。
そのままアイドル風の衣装で歌の1フレーズを歌って見せた6番の生徒、スケバンのような格好をして上がってきた7番の生徒、風邪をひいてしまって欠席してしまった8番、女教師の格好をして登壇してきた9番と次々に進んでいき、客席のボルテージはどんどん上がっていく。
「さあ、いよいよ終盤! 残る出場者は、あと2人となりました!」
「おおおー!」
体育館の空気は完全に出来上がっていた。笑いと期待が混ざったざわめきが体育館を満たすと同時に、観客たちのすべての目線がステージへと集中していく。
「それではいきましょう! エントリーナンバー10番! 1年4組、宮野正人君!」
ここで、音楽が切り替わる。先ほどまでのコミカルなBGMとは違い、少し落ち着いた和風の曲が流れ始めた。
流れてくる曲が変わったからか、観客たちはにわかに静まり返る。その物静かな雰囲気の中、舞台の脇から現れたのは──黒髪の長いウィッグに、白い着物。青い袴を着た男子生徒。いかにも大和撫子、といった立ち振る舞いの女装だった。
「おおー!」
客席から、萩原以来の感嘆の声が上がる。
巫女服で出てきた5番の生徒も似たようなテイストだったが、こちらは雰囲気がまるで違う。きちんと着付けをしたらしく、衣装はきちんと整えられており、袖の長さや帯の結び方までかなり本格的だった。体育館のざわめきをよそに、ゆっくりと一歩一歩、落ち着いた足取りでステージ中央まで進んでいく。
「なんか普通にそれっぽいぞ」
「すげー……」
観客席からそんな声が聞こえる。
宮野という男子生徒は中央で止まると、静かに一礼した。その所作が妙に綺麗だったこともあり、さらに生徒たちの目を引く。
「うお……」
「え、レベル高すぎでしょ」
男女問わず観客がざわつく中、宮野は両手を腰の位置で重ねる。そして真面目な表情のまま、一礼をしつつ言葉を発した。
「──皆様、ご機嫌よう」
……それは大和撫子とは程遠い、あまりにも低い男の声。声を作る気配すら見せていない。どうしようもないギャップを前に、体育館が静まり返る。
一拍の沈黙。そして、大爆笑が巻き起こった。
「おい声!!」
「全部台無しだよチクショウwww」
「せめて声変えてよ!」
「去年のあれよりひでぇぞおい!!」
「今年なんでみんなこんな感じなのwww」
宮野本人はいたって真剣なようで、真顔のままだ。それがまた面白さを加速させている。
すると宮野は扇子を胸元から取り出し、くるりと体を回して袖を大きく広げる。まるで舞でも舞うかのような動きだった。
「おお……っ!」
「意外とちゃんとしてる!」
「練習したんだろうなぁ」
「でも声が野太いんだよなぁ」
「言うなwww言ってやるなwww」
観客席から拍手が起こる。最後にもう一度、宮野は丁寧に一礼した。そしてそのまま、静かにステージ袖へと戻っていく。
一連の所作が見事だったこともあり、ぱちぱちと拍手が広がった。
「いやー、これは見事な大和撫子でした!
「だから司会www」
「そうだけども! そうだけども!!」
司会が笑いながら言う。「声以外は完璧」というその一言に、再び生徒たちからどっと声が上がる。
「衣装の作り込み、かなり良いですね」
「所作もちゃんとしてましたね」
教師たちのそんな会話が小さく交わされる。その様子を見ながら、司会がマイクを持ち直した。
「さあ! これで残る出場者は、あと1人となりました!」
体育館がどよめく。ざわざわとした期待の空気が広がる。ただでさえ今年の戦いは相当ハイレベルだ。ネタに振り切った者も、女を演じ切る者も、皆多種多様に個性を生かしている。誰が優勝してもおかしくない。当然ラストに出てくるということは、それだけ期待値も高くなる。
司会は手元の紙を確認する。そして、少しだけ補足するように言葉を付け足した。
「ちなみにこの出場者なんですが……
「ラスボスじゃねーか!」
「自信ありすぎだろ!?」
それを聞いた男子生徒の集団の中から、すぐにツッコミの声が飛ぶ。一方、女子のグループは顔を見合わせて何かを話し合っていた。
「誰だろ」
「2年と3年は全クラス出たから、たぶん1年生じゃない?」
「さあ、果たしてその自信のほどはいかに!? 見てのお楽しみです!」
司会は出場表に目を通した後、マイクを握り直して声を張り上げる。
「それではいきましょう! エントリーナンバー11番! 1年3組──星乃夏夜くん!」
決して有名人ではない名前。だからこそ、期待も警戒もない。ただの最後の出場者。その程度の空気だった。
まもなく、音楽が流れ始める。体育館の照明がわずかに落ち、ステージのライトが強くなる。舞台端の扉がゆっくりと開かれ、客席の視線が一斉にそこへ集まる。そして──。
「……は?」
──1人の男子生徒がそう声を出すのも無理はなかった。ステージに現れたのは、もはや「女装男子」ではなかったからだ。
美少女だ。どこからどう見ても美少女なのだ。ストレートの長い黒髪に、クールさを前面に押し出した、端正な顔立ち。誰から見ても女子にしか見えない。全ての観客たちが目を奪われる。ざわめきが止まる。誰も声を出さない。ただ、視線だけがステージへと吸い寄せられる。
髪も、顔立ちも、歩き方といった細かい仕草までも。どこからどう見ても、明らかに女子生徒だった。
「……え、誰?」
それが誰が発した声なのか、誰にも分からなかった。
しかしその疑問の声を皮切りに、体育館が今日1番のざわめきに包まれた。
「えっ……。はぁ?」
「完全に女子じゃねえか!」
「これ女装コンテストだろ!?」
「やべぇ、惚れそう」
目の前の光景を信じられない男子たちの声が次々に上がる。前列の男子が立ち上がりかける……というか、何人かは実際に立ち上がってしまっていた。その場の誰も、目の前にいる生徒が女装した男子生徒だとは信じられない様子だった。
「いや、普通に可愛いんだけど!?」
「なんだろう、女なのに負けた気がする」
「男子なの?」
「マ? あれで男子はヤバいでしょ」
男女の境界を超えてざわめきは一気に広がり、体育館全体が騒然となった。そんな体育館の空気とは対照的に、ステージ上の“少女”は落ち着いたままだった。まるで最初からその反応を想定していたかのように、静かに佇んでいる。
司会は完全に困っていた。
「えーっと……」
司会が審査席を見ると、先生たちも明らかに困惑していた。審査員である三枝先生が眉をひそめる。
「すいません、ちょっといいですか?」
マイクを受け取る。そしてステージに佇む少女に向かって質問をぶつけた。
「……あの、なんで女子が出てるんでしょうか?」
「そうだそうだー!」
「だよなぁ!? 女子だよなあれぇ!?」
体育館がどっと笑いに包まれた。三枝先生の真顔の問いに、客席からは口笛や笑い声、あるいはヤジが飛ぶ。
ステージの中央に立つ少女は少しだけ首をかしげた後、柔らかい声で答えた。
「女子じゃないですよ?」
その声は男子の野太い声などではなく──透き通るような、大人しい声だった。
「いやいやいや!?」
「今の声女子だろ! お前女子だろ!?」
「無理ある無理ある!」
ツッコミの嵐が起きた。司会も思わず笑ってしまっている。ステージの上に立つ生徒から発せられた声に、今度は女子たちが大騒ぎする番だった。
「いや、どう見ても女子なんですけど!」
「声かわいくない?」
「てか普通に女子でしょ」
「やっば、めちゃくちゃ綺麗……」
そこでステージの上に立つ生徒は落ち着いた様子でマイクを受け取ると、少しだけ考えるように目を伏せてから言う。
「えっと、男子ですけど」
しかし、やはりその声は女子の声だ。立ち振る舞いのそれまで、男子だとは到底考えられない。発せられたその声に、また一瞬の間ができる。体育館が爆発するのは、そう時間を置かずしてのことだった。
「嘘つけ!!」
「だからおかしいって!」
「お前絶対女子だろ!」
「男子なら男子って証明しろー!」
気付くと、男子の半数が立ち上がっていた。女子たちも今までのお笑いムードはどこへやら、半信半疑と言った様子で話し合っている。
「いやでも……」
「声も顔も女子でしょ、あんなん」
「え、あれホントに男子なの?」
困惑していたのは生徒だけではなく、審査員席の教師たちも同じだった。審査員席に座っている教師陣が小声で話し合っている。
「これ……どうしましょう」
「いや、ルール的には男子なら問題ないんですが……すいません、本当に男子なんですか?」
「はい」
三枝先生の問いにも、少女はあっさり頷いた。しかし声は相変わらず、綺麗な女子の声のままだ。観客席から疑いの声が飛ぶ。
「だから声! 声よ!!」
「信じられねーって!」
「証明しろーっ!」
体育館の空気は完全に「疑いモード」だった。新しいマイクを持ってきた司会が半笑いで言う。
「えーっと……このままだと、みんな納得しない感じですね」
観客席から「当たり前だー!」という声が上がる。他の学年の生徒のみならず、夏夜と同じ1年3組の生徒すら、ステージの上に立つ生徒が星乃夏夜だとは誰も信じていない様子だった。口々に上がる生徒たちの声に、少女は少しだけ考えた様子を見せる。
「じゃあ、分かればいいんですよね?」
「え? どうすんの?」
困惑する生徒たちをよそに、少女は両手を頭の後ろへ回した。そのまま、長い髪に指をかける。何をしようとしているのか、そう思いながら、体育館の誰もがその動きを見つめた。
そして──するりと、長い髪が外れた。外された黒髪のウィッグが手の中に収まる。その下から現れたのは、短い黒髪。あっという間にステージの上には、1人の男子生徒が現れていた。見間違えるはずもない、星乃夏夜その人が。
「ほら、ちゃんと男子だろ?」
ウィッグを外すと同時に、夏夜の声がいつも通りの男声に戻る。そのままどこかおどけたように語る夏夜の言葉すら、今の観客たちには届かない。あまりにも完璧な早変わりに、完全な沈黙が体育館を包み込む。
……1秒。2秒。そして。
「えええええええ!?」
「はああああああ!?」
体育館のすべての人間が、今日一番の爆発を起こした。立ち上がる生徒。頭を抱える男子。開いた口が塞がらない男子に、逆に口を押さえる女子。脳が理解を拒む男子に、黄色い声を上げる女子。反応は様々だが、その全てが同じように困惑し、また騒然としていた。
「マジか!?」
「え、星乃!? はぁ!?」
「いやいやいやいや!」
「えっ? ええ……?」
審査席でも先生たちが騒然としている。三枝先生や大島先生すら、思わず立ち上がってしまっていた。
「本当に男子だった……」
「いや、実際に見ないと分からないでしょうあれは」
観客席の女子たちも騒然としている。完成度が高すぎるというレベルではない。これが女装コンテストでなければ、彼自身の口から男だと言われなければ、誰1人として彼の女装を見抜けるものはいなかっただろう。
「え、ちょっと待って」
「やだ、顔良すぎるんだけど」
「女子より女子してね……? ウチら負けてね……?」
男子たちも男子たちで、別の意味でパニック状態になっている。特に去年の女装コンテストを見たことがある2・3年生の反応はすさまじいものがあった。
「なんであんな声出せんだよ!」
「今のなんだよ!? 完全に女子だったろ!」
「もう何も信じられねえよ、オレ……」
「これ去年のあれ超えたろ。もう女子にしか見えねえよ」
一方の夏夜は静かにウィッグを再び被ると、少しだけ首を傾げて疑問を呈する。ただし、声はしっかり女声で。
「……これで大丈夫ですか?」
『だから声がおかしいんだよ!!』
──その騒ぎもどこ吹く風といった様子で、夏夜は静かにステージから降壇していく。
こうして星乃夏夜の女装コンテストは、去年とは比にならないほどの混沌へ皆を引きずり込んだうえで幕を閉じたのだった。
前年優勝者のコスプレが誰のコスプレか分かった人は凄いです。ヒントは有るのですぐわかるでしょう。
また先日公開したアンケートですが、あまりにも「約束された気絶のみのり」と「桐谷遥、暴走甘えたモード」の2強(実質1強)過ぎたためそう遠くないうちに締め切ります。
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