星の夜が紡ぐ歌は   作:もりいぬ

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本来であれば本編を投稿する予定だったのですが、下書きが消滅するという事故があったため、代わりにパラレルシリーズを投稿させていただきます。
この作品は前回とは違い、「本編でも実際にあり得た可能性の世界線」です。

作品の都合上オリジナルキャラが複数名登場しています。世界観を壊すつもりはありませんが、オリジナルキャラが多分に登場する作品が苦手という方は閲覧をお控えください。
また例に漏れず、駄文にもご注意ください。



パラレル・三星、天高く

 

【ライブスタジオ】

 

 スタジオの時計の秒針は、いつ見ても5分前の過去を指している。

 たかが時計1つをわざわざ直す気が起きないのか分からないが、ここの時計はずっと壊れたままだ。いつになったら直すんだろうな、などと無駄なことを思いながら、俺はマイクの高さを少しだけ下げる。

 

 視界の端では、ドラムが軽くスネアを叩いている。音量は控えめなのに、身体の奥まで響いてくるいい音だ。それだけで、今日もドラムは快調だと分かる。

 ベースは今しがたチューニングを終えたようで、ベースを構えて静かに頷いた。

 

「じゃあ、昨日の続きからな」

「はい!」

「分かりました」

 

 誰が言うでもなく、練習は始まる。カウントも合図もない。3人で呼吸を合わせるのは、もう習慣だった。いつからそうなったのかは覚えていない。ただ、俺たちがプロとしてデビューしたころにはもうそんな感じだったような気がしている。

 

 このスタジオは、デビュー前から使っている行きつけのスタジオだ。床についた傷やへこみも、修理される気配のない時計も、売れる前から何一つ変わっていない。

 変わったのは、曲が世に出る速さと、帰り道に届くメールの量くらいのもの。あとは、時たま届く事務所からの連絡くらいか。とはいえ俺たちが入っている事務所は俺たちの実力を高く買ってくれているので、割と好きにやらせてくれている。だから、事務所から連絡が来るってこともそんなにない。

 サビに入る直前、ドラムがわずかにテンポを上げる。俺はそれに合わせて声を張り、ベースは何も言わずフレーズを足した。

 

「今のアレンジ、悪くなかったな」

 

 音を止めると、俺はフッと笑う。ベースもまた、それにつられて笑みを見せる。ドラムは少し首を傾げながら、「ライブだともっと走るかもしれません」と言った。俺はペットボトルの水を一口飲んで、息を整える。

 今練習しているこの曲は、次のアルバムに入る予定だ。でもこの程度じゃ、アルバムに収録するどころか人前で演奏することすらできない。せいぜい高校の文化祭の出し物レベルだ。俺たちはプロだ。プロである以上、出し物レベルの演奏で満足することなど許されない。

 

「もう1回いくか?」

「はいっ!」

「上手くできたなら、感覚を忘れないうちに……ですよね」

「その通りだ。もう1度行くぞ」

 

 その短いやり取りで、また音が始まる。

 ──売れているとか、期待されているとか、そういう言葉はこの部屋では意味を持たない。ここにあるのは、3人分の音。それと、自分たちの音を奏でたくて集まった俺たち3人だけ。

 

 それが、俺たち「Tri-stars(トライスターズ)」の日常だ。

 

 ────────

 

【神山高校】

 

 ……さて、プロバンドとして活動している俺たちではあるが、普段はただの学生でしかない。

 午前7時過ぎの神山高校、入学してから僅か1か月で「変人」の名を冠することとなった神山高校名物にして俺の幼馴染である天馬司(人間スピーカー)と別れ、俺は自分の席へと一直線に向かう。

 荷物を置いて席に着くと、前の席に座っていた淡い水色の髪の女子生徒がこちらを静かに振り向いた。

 

「おはようございます、夏夜くん」

 

 ──星宮(ほしみや)夢那(ゆな)

 俺がリーダーを務めるスリーピースバンド「Tri-stars」のメンバーで、ベース担当。結構いいとこのお嬢様なのだが、どういうわけかお嬢様校である宮益坂女子学園ではなくこの神山高校に在籍している。

 

 俺の前の席に座る彼女は、基本的に誰に対しても敬語だ。もちろんバンドメンバーの俺であっても例外ではない。それだけでも、彼女の育ちの良さが分かるというものだろう。

 だが同じ敬語でも、他の誰かに向けるものより音が優しい。名字じゃなく名前で呼ぶのも、彼女なりの区別だと俺は知っている。

 

「ああ、おはよう」

 

 それだけ返すと、彼女は満足したかのように前を向いた。

 

「星宮さんは、今日の数学の課題やった?」

「え、課題あったん!? うわ、ウチ何もやってないんだけど!? 終わった……」

「聞いてなかったの? 今日、課題の範囲で小テストやるってよ。あんたヤバいんじゃない?」

 

 夢那の前の席から声が飛ぶ。

 いつの間にか、夢那の席の周りに女子生徒が何人か集っていた。可憐さと人当たりの良さを併せ持った彼女は、クラス内でも人気者だ。夢那はきちんと姿勢を正したまま、同級生との会話へと混ざる。

 

「……よかったらノート、使いますか?」

「え、いいの!?」

「はい。使ってください」

「マジ助かる! ありがとう星宮さん!」

「困った時はお互い様ですから」

 

 いつ見ても、完璧な距離感。丁寧で人当たりも完璧だが、それでいて付け入る隙がどこにもない。さすが、入学直後から神山高校の学生掲示板で「難攻不落な女子ランキング」1位の座に君臨し続けているだけある。

 でもその会話が終わると夢那は俺の方に顔を近づけて、声を落として俺に話しかけてくる。

 

「今日、星来さんは直接スタジオですよね?」

「ああ。今日は委員会らしくてな、30分くらい遅れるって連絡貰ってる」

「分かりました。なら、先に2人で合わせちゃいましょう」

 

 最後の「2人で」が、いつにもまして柔らかい。

 誰にでも同じ敬語を使う彼女が、音の輪郭だけを変える瞬間だった。これを知っているのは、この学校では俺だけなのだろう。

 

 そのまま、なんでもないごく普通の1時間目……英語の授業が始まる。

 だが、俺からしてみれば英語に関しては特に学ぶ必要性を感じない。というのもわけあって、普通に海外で生きていけるくらいには身についているのだ。

 

(昔の俺だったら、『学ぶ理由がない』とかなんとか理由を付けてサボってたかもな)

 

 しかし、今の俺は形だけでも出るようにしている。仕事で公欠になることも割とよくある以上、テストの点数は高くても出席していなければ担任にどやされてしまう。ついでに夢那にも文句を言われてしまうからな。

 いつもの通り、ノートを取るふりをしながら新曲の歌詞を考えていく。すると、黒板の前で教師が名前を呼んだ。

 

「んー、じゃあ次の文章を……星乃」

 

 当然、その言葉を逃すことはない。俺は教師の話もきちんと聞いている。まあ、大体既知の内容なので聞き流してしまうのだが。とはいえうちの学校の英語教師は結構な割合で教科書の音読をさせてくるから、ちゃんと話を聞いていないと恥さらしという名の罰ゲームが待っている。

 特に詰まること無く音読を終え、席に着く。それと同じタイミングで、夢那が俺だけに聞こえるように呟いた。

 

「いつ聞いても、夏夜くんの英語は完璧ですね」

「……そうか?」

「そうですよ」

 

 いつも、夢那は俺の英語の発音を褒めてくる。なぜ褒められているのかは分からないが、悪い気はしなかった。

 

 

 そのまま午前の時間は何事もなく静かに過ぎ去っていき、昼休みのチャイムが鳴ると、教室の空気が一斉に緩む。

 教室中から聞こえてくる椅子を引く音と、皆が揃って立ち上がる気配。その流れの中で、後ろの方から立ち上がる気配を感じた。それに反応するかのように、鞄から財布を取り出す。

 

「行きましょう、夏夜くん」

「ああ」

 

 それだけのやり取り。だが、いつものやり取り。昼休みに2人で購買へ行くのは、もう特別なことでもなんでもなく、ありふれた日常の一幕になっていた。

 夢那は、俺の隣より、わずかに後ろを歩いている。意識してやっていることなのか、無意識でそうなっているのかは分からない。だが、夢那が俺と一緒に歩くときはいつもその位置なのだ。学校にいる時も、外にいる時もそれは変わらない。

 

「星宮さん、また星乃くんと一緒だ」

「やっぱ仲いいよね、あの2人」

 

 通りすがりに、そんな声を耳で拾う。

 特に反応するようなことでもないし、わざわざ反応する理由もない。こうして噂されるのは今に始まったことではないし、だからといって夢那と「そういう関係」になったこともない。

 というか俺から言わせれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。吹けば飛ぶような噂なんて、うちの学校じゃ霞同然に消えていくからな。

 

 程なくして辿り着いた購買所の前には、すでに長い列ができていた。割と授業を終えてからすぐに出たはずなのに、結局待ち時間が生じるのは確定事項らしい。購買は戦争だ、とはよく言ったものだ。

 

「今日は、何にしますか?」

 

 夢那が聞いてくる。これもいつも通り。

 ──夢那は何故か、いつもいつも俺が何を買うかを先に聞いてくる。理由は聞かないし、聞こうとも思わない。たぶん聞かなくていい類のものだろうし、聞いたところで答えてはくれないだろう。

 ふと、購買のお知らせに「期間限定、焼きそばパン30%増量」と書いてあるのが目に留まった。

 

「……たまには、焼きそばパンでも食べるか」

「それなら、私も同じものにします」

 

 そういうわけで、俺と夢那の昼食は秒で焼きそばパンに決定された。

 もしここに妹がいれば、この瞬間戦争が始まっていたことだろう。病的レベルで焼きそばパンに狂っている妹のことだ、仮に宮益坂ではなくこっちに来ていたとしても同じように焼きそばパンを乱獲していくに違いない。

 

「……人、多いな」

「いつも通りですね」

 

 それだけのやり取り。だが、夢那の声がいつもより少しだけ明るい気がした。

 まもなく、俺たちが列の先頭になる。どうやら購買の残量には余裕があったらしい。俺が食べる分の2つと夢那が食べる分の1つ、合計で3つの焼きそばパンを受け取って会計を済ませる。

 

「それじゃあ、戻るか」

「はい」

 

 踵を返し、俺たち2人は教室へと戻っていく。その道中で、夢那が決定事項を伝達してきた。

 

「そういえば……今度のステージのリハーサル、日程が決まりました」

「そうか。星来には送ったか?」

「はい。……星来さん、今日は遅れてくるんですよね?」

「朝言ったとおりだ。委員会ってのも、楽じゃないみたいだな」

 

 俺と夢那は同じ学校だが、バンドメンバーの最後の1人、ドラムの姫川(ひめかわ)星来(せいら)だけは、神山高校ではなく宮益坂女子学園に通っている。

 練習もライブも一緒だが、こういう学校の何気ない時間は共有できない。一応宮益坂に友達がいることは知っているが、それでも同じバンドメンバーとしては心配になる。

 

「しかし、遅れるってなると……揃って練習できるのは、1時間ちょっとになるか」

「だからこそ、音を合わせる時間は大事……ですよね?」

 

 夢那はそう言うと、足を止めて少し考えるような仕草を見せる。

 

「夏夜くんがギターと歌で前に立って、私が低音を支えて、星来さんが全体を動かす」

「改めて言葉に出されると、いかにも仕事って感じだな」

「れっきとした仕事ですよ、夏夜くん。でも──はい。大好きな仕事です」

 

 その言い方が、他の誰かに向ける敬語より、少しだけ温度がある。それはきっと、俺以外には誰にも悟られていないのだろう。

 教室に戻る前、夢那は一歩距離を取った。扉を開けて中に入れば、またみんなの知っている高嶺の花の彼女に戻るわけだ。

 

「それじゃあ、またスタジオで」

「はい、スタジオで」

 

 扉を開けて中に入れば、彼女はもう誰に対しても同じ声色だ。

 

 でも俺は知っている。

 同じ敬語でも、彼女が俺に向ける言葉にだけは、確かな温かみがあるのだということを。

 

 

【ライブスタジオ】

 

 そうして来たる放課後。俺と夢那はもうすでにいつものスタジオに集まり、音合わせや細かいフレーズの調整に入っている。

 

「お待たせしました!」

 

 そんな中で、聞こえてきた溌剌とした声。その方向を振り向くと、最後のバンドメンバーにしてドラム担当……星来が立っている。

 すっかり見慣れた宮益坂女子学園の制服のまま、息を切らしていた。様子を見るに、どうやらここまでフルスピードで突っ走ってきたらしい。

 

「間に合いましたか……!?」

「ああ、間に合ってるぞ」

「よ、よかったです……!」

 

 そう言って、星来は大きく息を吐いた。

 

「夏夜さん、今日もよろしくお願いしますっ」

「ああ、よろしく」

「夢那さんも、お疲れさまです!」

「お疲れさまです、星来さん」

 

 星来はいつも通り、俺たち2人に丁寧に一礼する。

 夢那はそれを見るたびに、少し楽しそうに笑う。この3人で集まると大体最後に来るのは星来になるというのもあって、すっかり星来が俺たち2人に挨拶をする、というのが練習開始の合図になっていた。

 

「着替えてくるので、ちょっとだけ待っててくださいね」

 

 星来が着替えのためにスタジオから一旦出ていく。さすがに制服のまま練習することはできない。これもいつもの光景だ。

 とはいえ、そう時間はかからない。3分も経たないうちに早着替えを済ませて戻ってきた星来は、所定の位置に着く。それだけで、スタジオの空気が一気に動き出す。2人だけの静かな練習とは違う、実践特有の良い雰囲気だ。

 

「新曲、ですよね?」

「ああ。譜面は覚えてきたな?」

「はい、ばっちりです!」

「なら結構。1回、フルで通すぞ」

「分かりました!」

 

 今日はいつにもまして、星来のスティックを握る手が軽いように見受けられる。その結果が演奏にどんな影響を及ぼすのか──それは音を出せばわかること。

 

「じゃ、カウントいきますね!」

 

 星来のカウントの声が跳ねる。

 

「ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

 ドラムが入った瞬間、曲が前に進む。だが星来は勢いがつきすぎている。スティックを握っている手が軽く見えたのは、気のせいではなかったわけだ。

 

 しかし、それもまた予想通り。夢那のベースが、すぐにそれを受け止める。前に出すぎない低音が、ドラムのリズムを下から支える。

 それ以降も細かい気になる点はありながらも、悪くない手ごたえを残しながら演奏は進み──やがて、最後の音が止まる。

 

「どう、でしょうか?」

 

 いつも通り、星来が真っ先に意見を求めてくる。それに対して俺は、忌憚のない意見を述べる。

 

「まずBメロ、出だしで少し前に出すぎだな。そこを抑えれば、全体がよくなる」

「わかりました、次は気をつけます……!」

 

 俺の遠慮のない意見を受けても、落ち込む様子はない。修正点として、素直に受け取っている。──それは彼女の美徳であり、彼女が音楽というものを楽しんでいることの証左でもある。

 

「夢那さん、さっきのフレーズすごく安定してたと思います!」

「……そう、かな? でも、ありがとう」

「ほんとです。夢那さんが支えてくれるので、わたしも安心して演奏ができますっ」

 

 その言葉に、夢那は表情を緩める。彼女もまた、音楽を楽しむ人間の1人だ。彼女は表情にこそ出さないが、日々の成長を、俺たちと音を重ねる瞬間を誰よりも楽しんでいる。

 

 ちなみに夢那は、星来に対してだけは敬語がなくなる。元々はしっかり敬語だったのだが、星来が頼み込み続けた結果夢那の方が折れた。そうしたこともあって、夢那は星来と話す時だけ(たどたどしくはあるが)普通の話し言葉で喋るようになっているのだ。

 ……俺相手には、まだまだ時間がかかりそうではあるが。

 

「では、もう一度やりましょう」

「はいっ!」

「ああ。星来、頼む」

 

 そうして修正点を改善した2回目は、今までよりずっとよく噛み合った。ドラムが前に出すぎず、でも勢いは残る。いい感じだ。そっちの方が、俺も思う存分動けるというもの。

 

「……なかなかいいな、今のは」

 

 俺が素直にそう口にすると、2人の表情が明るいものになる。

 

「やりました!」

「はい……!」

 

 俺の事実上のOKが出たからか、夢那と星来がハイタッチを交わす。昔はおずおずと手を出していた夢那も、今では自分から手を出すようになっている。その様子が微笑ましくて、俺も笑みがこぼれた。

 

「とはいえ、『出来立ての曲にしては』の話だ。しばらく、この曲を詰めてくぞ」

「はいっ!」

「分かりました」

 

 そうして音を合わせること1時間弱。今日の練習は、新曲の完成度を多少詰めたところで終了する。

 練習後、星来はタオルで汗を拭きながら俺たちに語り掛けてきた。

 

「やっぱり3人で演奏すると、楽しいですね!」

「そうだな」

「はい」

 

 俺たちの返事を聞いた星来は、満足そうに頷く。

 

「学校は別々ですけど……こうやって集まれるの、すごく好きです」

 

 その言葉に、夢那が静かに同意する。俺も静かに言葉を重ねた。

 

「私も、好き……かな」

「ああ。俺もだ」

 

 星来は俺たちの返事を聞いて、満面の笑みを浮かべた。

 

「また明日も、頑張りましょう!」

「はい」

「そうだな」

 

 音楽も、演奏も、全力で楽しむ。俺たち3人が、バンドを組むうえで掲げた信条。

 それを体現するかのように跳ねる敬語が、スタジオに残った。

 

 

 ────────

 

【神山高校】

 

 それから数か月後の、ある日の放課後。俺と夢那は、なんともなしに教室で語らっていた。

 特別な理由があったわけじゃない。ただ、流れでそうなっただけだ。今日は星来が家の用事で練習に来られない。ならもういっそのこと今日は休みにしてしまおう、と思ってオフにした結果がこれだ。

 放課後の校舎は、思ったより騒がしい。部活に励む生徒たちの声が、吹奏楽部が奏でる楽器の音が、廊下に反響している。教室内には俺たち以外誰もいないのも相まって、その音はよく届いてきた。

 

「……妹が」

 

 なんともなしに、俺は口を開く。今から話すことは、俺たち2人の間での話題作りにはちょうどいいだろう。

 

「妹さんが、どうかしたんですか?」

「バンド、組んだんだ」

 

 夢那はすぐに反応してきた。視線を少し上げて、俺を静かに見据える。

 

「そうなんですか?」

「ああ。幼馴染4人で」

「……幼馴染ですか。始まりとしては、理想的だと思います」

「そうか?」

「はい。最初から同じ時間を持っているのは、強いです」

「強い、か」

 

 そう零しながら、俺は窓の外に目をやる。

 ……確かに、強いといえばそうなのかもしれない。あの4人はそれぞれのすれ違いを乗り越えて、もう一度1つになれたわけだしな。4人の繋がりは前よりもずっと強いものになっただろう。

 

「……ベース担当の奴──志歩って言うんだが──多分、夢那も会ったことがあるはずだ」

 

 夢那の指先が、ほんの一瞬だけ動いたのが分かった。

 

「それは、どういうことでしょうか?」

「俺たちがいつも使ってるスタジオの近くに、もう1つスタジオがあるだろ? たまにそこで練習してるんだよ」

「そうなんですね」

「ああ。プロを目指す、って言ってな。妹も、それを承知でバンドを組んだらしい」

 

 その言葉のあと、夢那は少し黙った。こういう間の取り方をするところが、なんとも彼女らしい。言葉を選んでいるのか、はたまた噛みしめているのか……いずれにせよ、この沈黙は別に悪くない。

 

「……夏夜くんは」

 

 聞きたいことを吟味したらしい夢那は、やがて静かに問いかけてくる。

 

「どう思っているんですか?」

「何がだ?」

「妹さんたちが、私たちと同じ世界を目指すことをです」

 

 その問いは当然聞かれると思っていた。だからこそ、答えに迷いはなかった。

 

止めるつもりはない。俺は確かにあいつらとは見知った仲だが、本人たちに覚悟があるならそれを止めるのは野暮だろ。……ま、志歩はともかく他3人はどうか分からんが」

 

 夢那は、俺の言葉を噛みしめるように目を伏せる。

 

「……夏夜くんは、優しいですね」

「そうか?」

 

 優しい。そう言われたのはなかなかに意外だった。

 むしろ第三者の目線から見れば、俺の在り方は「冷たい」やら「厳しい」という言葉が適当なのではないか。

 

「はい。──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを聞いた俺は、ふと自分の幼馴染2人を想起した。

 

 ……1人は現在進行形で妹大好きな自称スター。その昔、病弱だった妹を元気づけるためにスターになることを目指し、今でもそう言って憚らない。今ではとあるショーユニットの座長を務めており、ハチャメチャで個性豊かな仲間たちとともに皆に笑顔を届けているらしい。

 

 もう1人はもっと極端だ。志歩の姉であり、有名アイドルユニットのセンターでもあるのだが、その正体は「志歩のことを志歩よりも知っている」と本人の目の前で言い切るほどのシスコンだ。それでいて天然×機械音痴×方向音痴という最悪の3要素を悪魔合体させてしまった残念美女である。顔が整いすぎているのも相まって、ビジュアルに大事なステータスを全部持っていかれたのではないかと昔から俺は思っている。

 

(改めて思い返すと、近すぎるなんてもんじゃないな)

 

 そう考えた時、割と俯瞰して物事を見られるであろう俺の存在は貴重なのかもしれない。特に、心の距離が近すぎるがゆえにお互いの変化に踏み込めないあいつら4人にとっては。今思えば、問題を解決するために俺もまあまあ奔走したものだ。

 必要な距離というのを聞いたことがあるが、俺はその必要な距離を保てているようだ。

 

「……結局は、続けられるかどうかだ」

 

 気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。

 

「上手いかどうかでも、楽しいかどうかでもない。俺たちがプロとしてやっていけてるのは、特例中の特例だ」

「……私も、そうだと思います」

 

 俺たち3人は本来、それぞれが自分の音楽を奏でようとして集まっただけだ。それが運よくスカウトの目に留まり、プロとしてやっていけている。それだけの話なのだ。

 だからこそ、プロを目指すうえで最も必要なのは「演奏が上手いか」でも、「演奏を楽しめるか」でもない。「チャンスを掴むまで、続けられるかどうか」なのだと俺は思う。無論楽しくなければ続けられないし、演奏の技術が無ければチャンスなんてものは一生回ってこない。俺の中の優先順位がそうってだけだ。

 しかし夢那はいつも通りの静かな、されどよく通る声で、俺の考えに同意する。

 

「続けられるかどうか、ですよね」

 

 その一言で、十分だった。

 また沈黙が落ちる。だが、居心地は決して悪くない。

 

「……妹さんのバンド、良いバンドになるといいですね」

 

 夢那が、独り言みたいに言った。いや、実際傍から見れば独り言にしか聞こえないのだろう。

 現に夢那の目線は、俺ではなく校庭を見据えている。だがそれは独り言ではないと、俺は知っている。バンドメンバー以外には見せない、夢那なりの独特の表現方法だ。

 

「ああ」

 

 短く返す。夢那との会話はいつもこんな感じだ。だがそれは、必要以上のことを語らなくても互いを理解しあえているということでもある。……少なくとも、俺はそう思っている。

 

「あいつらにとってバンドは、もう1度あいつらを繋ぐきっかけになったものなんだ。だから、尚更そう思ってしまうな」

「……はい」

 

 それと同時に、チャイムが鳴る。日常を区切る、いつもの音だ。窓越しに、これから家路につくであろう生徒たちの後ろ姿が見える。

 

「そろそろ、私たちも帰りませんか?」

「……そうだな」

 

 荷物を持ち、教室を後にする。

 落ちていく夕日の光だけが、教室には残された。

 

 

【星乃家】

 

 その日の夜。俺は妹の部屋に来ていた。妹に、今の自分の演奏を評価してほしいと頼まれたのだ。

 とはいえわざわざ俺の時間を取るのは申し訳ないと思ったのか、演奏を録音してきてそれを聞いてもらう、という体になっている。テーブルの上には、演奏を録音してきたのであろう妹のスマホが置かれていた。

 変なところで遠慮する妹だ。予定さえ合えば、いつでも直接練習を見ても構わないというのに。

 

「……じゃあ、流すね」

「ああ」

 

 イヤホンは使わない。決して大きくない音量だが、部屋は静かだ。ましてや、繊細な技術を持ち合わせてなどいないだろう。それなら、さほど大きくない音量でも十分判断できる。

 再生ボタンが押されて、曲が始まる。

 

(……まだ荒いな。志歩も納得しないだろう。コード進行は素直すぎるし、メロディも安全圏だ。かといって音取りが正確なわけでもない。ついでに言えば、ギターが空気すぎる。歌を邪魔しないことを優先しすぎてるんだな。でも──)

 

 ──声は、前に出ようとしていた。

 未熟なら未熟なりに、自分の音を出そうとしている。サビに入る一瞬、息を吸うタイミングが少し遅れる。それでも、今の自分を歌い切る。その意志だけは、よく伝わってきた。

 

 1曲分、最後まで聴き終える。

 曲が終わるまで、妹は俺の方を見なかった。俺の評価が怖いのか分からないが、どこか落ち着かない様子で指をいじっている。俺は、すぐには何も言わなかった。

 

「……どう、だった?」

 

 俺の長い沈黙に耐えかねたのか、妹がおずおずと問いかけてくる。

 

「歌。前に出るな」

「……え?」

「だからと言って、引っ込むな。出し切るんだ」

 

 妹は一瞬ぽかんとした顔をしたあと、困ったように眉を寄せながら首を傾げた。まあ、文脈だけじゃ何を言っているのか分からないだろう。

 

「えっと……どういうこと?」

「前に出ようとして、途中で引いてるんだ。どこか遠慮しがちにな。特にサビ前。突然出たと思ったら、直後に急に下がってる。実際のライブでやってみろ、どうしたって誤魔化しようがないぞ。自覚はあるんじゃないか?」

「……うん。やっぱ分かっちゃうんだ」

「逆に気づかないとでも思ったか?」

 

 ギターについては、特に語ることはない。語る以前に、技術も経験も足りないのがバレバレだ。どうしたってこれ以上の音は出しようがない。それでも、何かしらの助け舟は出すべきだろう。

 

「ギターは、まだ迷ってる。歌に合わせるか、自分が皆を引っ張るか」

「うん……」

「どっちでもいいから、決めておけ。それがお前の芯になる」

 

 俺の忌憚なき意見を聞いた妹は、膝の上で拳を握った。

 

「……お兄ちゃんみたいに、全部引っ張るのは無理だよ」

()()()()

 

 それだけは、伝えておきたかった。

 俺は俺で、妹は妹だ。妹は自分だけの──星乃一歌だけの、音を探すしかないのだ。

 

「俺は一歌じゃない。声も、立ち位置も、経験も、知識も、何もかもが違うだろ」

「じゃあ、どうしたらいいの?」

 

 それに対する答えは、ただ1つだ。だが答えを言う前に俺は、少しだけ間を置く。一歌にも、答えを聞くために必要な時間があるだろう。

 

「自分の歌を信じるしかない。志歩のベースより、穂波のドラムより、誰よりも、何よりも」

 

 妹は、しばらく黙っていた。やがて、ぽつりと自信なさげに零す。

 

「……難しいよ、やっぱり」

「だろうな。けど、それがギターとボーカルの仕事だ。失敗すれば全部破綻する。ライブを華やかにするのは、いつだって俺たち(ギタボ)の仕事だ」

 

 それは、俺の中で絶対に譲れない持論だった。それを聞いた一歌は小さく、苦々しそうに笑う。

 

「厳しいなぁ」

「甘くすると、長く残らないからな。志歩だって、似たようなこと言ってたんじゃないか?」

「確かに……」

 

 やはり志歩は俺と思考パターンが似ている。そんな無駄なことを思いつつも、俺はスマホを一歌に手渡した。

 

「もう1回、録ってこい。いつでも聴いてやるからさ」

「……ほんと?」

「ああ」

 

 一歌は、顔を上げて目を見開いた。どうやら俺の一言は、一歌が奮起するには十分だったらしい。

 

「なら、頑張ってみるね」

「ああ。それでいい」

 

 そう言って、俺は部屋を後にする。扉を閉めた後、俺は静かに一言呟いた。

 

「頑張れよ、一歌。そしていつか、一緒の舞台に立とう」

 

 いつになるかは、分からない。どこかで、バラバラになることがあるかもしれない。立ち止まらなければならなくなる時も、いつか来るだろう。

 それでもあの4人は、いずれ俺たちと同じステージに立てる日が来る。なんとなく、そんな予感がしていた。

 





前書きにもありましたが、このパラレル時空は本編世界でもあり得た展開です。時系列的にはレオニのメインストーリーの開始前~終了後から少し先、くらいでしょうか。
簡単なキャラ紹介も以下に置いておきます。

【星乃夏夜】
 この世界ではスリーピースバンド「Tri-stars」のリーダーで、担当はギター&ボーカル。本編よりも少しだけ沈着な印象。だが音楽への真摯さは変わっていない。
 バンドとしての道を歩むことを決めたことにより、バンドに必要な能力である「歌唱」、「演奏」、そして「作曲」の才能を常に、同時に最大限引き出すことを可能にした。その代わりとして不要な能力である「演技」と「踊り」の才能は完全に捨てている。
 夢那と出会う前まではとあるライブハウスでスタジオミュージシャン(のようなこと)をしており、「どんな演奏も、どんな楽器もそつなくこなす」ことで評判だった。変わらない毎日を送っていたが、ある日自らの道を決める運命の音色と巡り合うことになる。
 バンドだけに専念しているため、レオニおよび司、雫以外との繋がりがほぼ消える。屋上に行く理由がなくなっている(三日月夜になっていない)ので、中学時代に瑞希と出会うこともない。これらの理由によって、星空のセカイが構成されなくなる。地味に本編時空との大きな違い。

【星宮夢那】
 ほしみやゆな。
 このパラレル時空のオリキャラで、この時空における夏夜のヒロイン枠。「Tri-stars」のベース担当。
 夏夜との関係性は「パートナー以上だが、恋愛を自覚してはいない」という状態。学校での彼女は優等生そのもので、品行方正、成績優秀、容姿端麗と隙が無い。身持ちも固く、一定以上の距離に踏み込ませるような隙を見せない。つまり夏夜は例外中の例外。
 口調からは分かりにくいが、見た目も声も清楚で可憐なタイプ。その上で入学当初から神高男子からの注目を一身に集め、幾人もの男子からの告白を切り捨ててきたキラーマシンでもある。でもたぶん夏夜から交際を申し込まれたら無条件で受ける(ただし、夏夜は自発的に告白するタイプではない)。

【姫川星来】
 ひめかわせいら。
 パラレル時空のオリキャラで、唯一宮益坂女子学園に通っている。「Tri-stars」のドラム。持ち前の明るさで、バンドを2つの意味で引っ張っていくムードメーカー。「Tri-stars」というバンド名は、星来の「わたし達の名前ってみんな『星』って文字が入ってますよね?」という一言がきっかけとなって決定された。
 同じクラスかつバンド関係者という共通項があるためか、志歩との面識・関係が特に強い。また、夏夜と出会ったのも志歩繋がりである。一歌たちがレオニを結成した後は穂波がドラムの先輩である星来に弟子入りする……なんて展開もあるかもしれない。

【星乃一歌】
 ついに実の兄からも「焼きそばパン狂い」と言い切られた焼きそばパンイーター。
 夏夜と同じくギター&ボーカルだが、実力差は語るまでもない。兄からの厳しくも的確な指導を受けながら、日々成長を重ねている。
 本編との相違点は、兄がボカロP(三日月夜)になっていないので三日月夜のファンになっていないくらい。

【日野森志歩】
 恐らく夏夜の影響を最も受けている人物。
 夏夜がプロとしてデビューを果たした、と聞いた時に最も驚いたのは、一歌でも夏夜の両親でもなく志歩だった。スタジオミュージシャン(のようなこと)をしていた頃の夏夜からベースの手ほどきを受けており、そのおかげか本編より実力が上がっている。
 本編でもちらっと語っていたが、この時空の志歩は「自分の姉と夏夜を取り換えてほしい」と極めて真面目に考えており、一度何を血迷ったのか面と向かって「お姉ちゃんと代わってくれませんか?」と夏夜に聞いたことがある(なお、この後夏夜は自分がとんでもないことを言ったことに気づいた志歩に理不尽にもビンタされた)。

・咲希と穂波は解説していませんが、基本的に本編とほぼ変化ありません。 

パラレルの次案を選ぶとしたら、どれにします?

  • 約束された気絶のみのり(みのり)
  • 夏夜と愛莉、ドラマへの挑戦(愛莉)
  • 桐谷夏夜、伝説の兄妹オンステージ(遥)
  • 星灯らぬ夜、眠りを知らず(完全新規)
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